大原敬子公式ホームページ


大原敬子(大原とめ研究会・遊育会)公式ホームページです。
このページは”生まれ変わった道〜私と大原先生の想いで日記〜”です。
大原敬子先生に20年間学んだ私が、先生に教えていただいたことを思い出しながら毎日、書いています。
この日記を書き始めて丸4年が経ち、5年目に入りました。
新年度を迎え、この想いで日記をリニューアル致しました。
新しい私と大原先生の想いで日記はこちらです。
たくさんのアクセス、そして、いつも読んでくださっている方、あたたかいメッセージをくださる方、本当にありがとうございます。
今後も、温かく見守っていただけましたら、幸いです。(齋藤愛)



2015/3/31 社会

連続して発車するバスに社会をみた。
憧れた大学院も入ってしまえばその中に上下がある。
誰もが羨む世界にも同じように上下があることを知った。
その中でみんな生きている。
常に不安がある。

そんな社会で自分にはこれがあるというものを持っている人は強い。
他の人にはできない、自分にしかできないこと。
先生は、それをえんぴつ1本で生きていけるということだとおっしゃった。
つまり、ソフトだと。
先生に教えていただくことは、歩いた足跡が全部ソフトになっているような
勉強方法だった。(感覚的にわかったけれど、まとめてこなかった自分がいる)

2015/3/30 生きること

生きることは苦しいことだと思った。
死ぬこともできない。
苦しみながら、身についているでこぼこをひとつずつとっていくような感覚。
ただ、そのでこぼこがとれたとき、それは今の自分が想像できる世界とは違った世界のような気がした。

2015/3/29 楽になりたい

楽になりたいそう思った。
そう思って、諦めの道を選択しようと思った。
でも、それは楽とまるで逆の方向性なのかもしれない。
もっと楽ではないことは、
頭の中が何かに拘束されること。
つまり、諦めた自分に支配されるようになる。
夢に向かっている時が、いちばん苦しいようで
いちばん楽なのかもしれない。

2015/3/28 忘れる

忘れる。
「心を亡くす」と書くといつか先生が言っていた。
自分の中で整理できない怒りと、現実の事柄が重なると
心を亡くすことしか自分には知恵がない。
未だに自分で生きていないのかもしれない。

2015/3/27 1年

この1年間。
どう生きるか。
今日の意識が1年後をつくるのであれば
今日どう生きるか。
それは、多くの時間を頑張るのではなく
偽りの自分の時間をやめようと思った。
私はやっているふりの時間が多すぎる。
時間を埋める毎日だった。

2015/3/26 生かされている

生かされている。
改めて、先生のこの考え方を意識するようになった。
生かされていると考えると苦しみはなくなる。
今日もまた、一歩と、そう思える。

2015/3/25 夢の道

ひとつひとつを片付ける。
心の積み残しもひとつひとつ片付ける。
それはひとつの夢の道。

2015/3/24 木漏れ日

木漏れ日をみた。
キラキラと光っていた。
いつもこの木漏れ日をみてほっとするような毎日を送りたい。

2015/3/23 大事なもの

感情ですべてをなしにしてしまうのは、大事なものがわかっていないから。
私は思い通りにならないと、もういやだと投げ出してしまう。
でも、土台、今あるものをすべて捨てているかというとそうではない。
すべてを捨てられないのならば、そのすべてがあるから
捨てられないものがそばにあるのだと考えるようになった。
そうしたら、全部やれるところまでやってみようと思った。

2015/3/22 体験

身をもって体験しなければ、わからない。
無形のものが有形のものになることを体験し
自分の想像していたことと実際は違いがあることを知った。
ひとつに、私はものすごく大変で私の能力では無理だとどこかで思っていた。
だから、絵に描いたもちのようなことばかり考えてしまう。
でも、実際にはひとつひとつを資料化し、準備する。
自分が全部やろうとするのではなく、
できないことをどのようにお願いするかも勉強した。
今まで形にできなかったのは自分の性格が大きく災いしてたのかと思った。

2015/3/21 生かされている

「生かされている」と数ヶ月前に先生がおっしゃった。
私はふと立ち止まって、この「生かされている」という考え方に出会う時がある。
生かされているならば、今やることをやろう。
そして、何かあるならば、あったときに受け入れよう。
そう考えると心がすごく穏やかになった。

2015/3/20 プライド

プライドとは何か。
それは、今まで生きてきた自分の生き方だと先生はいう。
人間、最後の最後、諦められないのは、自分のプライド。
25歳なら、25年間、ここまでやってきたじゃないか。
それなのに、これでいいの?という自分のプライドが許さない。
あと少しのときが、いちばんきついときと先生は言った。
そこで、プライドを保てるかどうかが試されるのだと知った。

2015/3/19 何の土壌に立っているのか

感情は、自分自身ではなく
自分が立っている土壌との因果関係が強いことを知った。
自分が、どこに立っているのかわからなければ、
感情を抑制することなどできるわけがない。
逆に言えば、自分のたっている位置さえ、
しっかりとわかっていれば、感情で暴走してしまうことはない。
私は、今、何の土壌に立っているのか。

2015/3/18 人生は何が起きるかわからない

人生は何が起きるかわからない。
本当に、何が起きるかわからないものだ。
何が起きるかわからない人生において、
どんなことも乗り越えられる人と乗り越えられない人の違い
それは、その事実の受け止め方にあることを知った。
真実は、最悪の中どう生きるかしか、見出せないと学んだ。

2015/3/17 抑止力

抑止力は自由ということ。
本当に好きなことができる。
抑止力は抑える我慢ではなく手当をしているから。
好きなものをずっと続けること。
自分が変わるのではなく。
自分がもってる体質をどうするか。
本当の自由とは水の世界は、水の世界で変えない。質をかえる。
自由とはものの見方の尺度が見える。
自分の物差しを持った人は、冷静に自分と世界をみることができる。
先生の言葉。
「自分を変える必要はない。質を変えるのだ」という先生の言葉の本質を
身をもって知りたい。

2015/3/16 門出

「門出」この門を出発する。

門に着くまでに相当な時間がある。
門にたどり着くまでの準備期間。
それを、なしに、門出はないわね。

はじめて、門出の意味を知った。
私は、すべての卒業を、門出にしたい。

2015/3/15 自分に負けたとき

束縛されているというは価値があると思うこと。
その束縛の手が回らないくらいになればいい。

価値とはそういうものなのかと思った。
感情の勢いで飛び出した自分が、小さな小さなものに思えた。
感情の勢いは、自分に負けたとき。

2015/3/14 Working Girl

恋の苦しさと自分が頑張った仕事が同じ量だったときに両天秤。
先生のこの考え方は、本当のWorking Girlになれる気がした。

2015/3/13 挨拶は感情との境目

挨拶は、感情との境目であるということを知った。
自分が、意識をもってある行動をするとき、
挨拶をできるかできないか。
挨拶ができないときは、それは意識ではなく感情であると思うこと。
ひとつの基準が見えた。

2015/3/12 先生の世界

先生がみる世界に気づくと、それは到底到達することのできない領域に感じる。
では、なぜこの私が、先生に教えていただけているのか。
私は、ただ、それが好きだというだけで動く。
その好きには、無形のものもあれば、有形の、人間のみせてはならない部分の時もあるけれど
それを知った先生は、それだけしかない私を見てくださる。
不思議だと思った。

2015/3/11 生きること

やるだけやった!後悔はない人の生き方は清々しかった。
人生で何度ひとはやるだけやったという経験ができるのだろう。
私は短期ではあるとしても、長期的には成し遂げたことはない。
一度でいいから人生で1年というスパンでやってみたい。
先生は、いつも私に生きることを教えてくれる。

2015/3/10 プロミスは聖なり

約束とは何か。
約束は、相手の人が自分を守ってくれる愛というのもひとつにある。
でも、それだけではないと先生は言った。
約束は取引ではないと先生はいう。
では何か。
私にはわからなかった。
だから、自分がなぜ、朝5時の約束をしたか考えた。
そこから見えてきたものは、自分の意志を持ちたかったということだった。
ひとりでは、意志を持ち続けることは難しい。
でも、約束となれば、誰かがみていてくれると思えば、今日もまた、続けることができる。
約束は、自分の心に決めるものだった。
先生はプロミスは聖なりというけれど、そうか、そういうことだったのか。

2015/3/9 子ども

先生は、自然が、子供が教えてくれるという。
私は、小さな子と先生が向き合うのをみて、
自分にはできないことを、なぜできるんだろうと思う。
本気でそう思った自分を見る子どもの目も忘れられない。
子どもはやっぱり神様ねと先生はいうけれど
本当かもしれない。
もう一回、頑張ろうと思わせてくれる。

2015/3/8 素直

「私はこう気づきました。」と立派に言うことより
「私はこれを失いたくない。」と素直になぜ言えないかと先生はおっしゃった。
居場所がなくなるのは、自分にできることがないという能力面と
素直さがない精神からだと気づいた。
能力的についていくのが必死なの時は、せめて素直さだけは持っていられるようにしようと思った。

2015/3/7 居場所がないとき

私は居場所がないとき、
「人を責める」かもしくは、「時間が過ぎるのを待つ」ことをしてしまう。
これからは、居場所がないとき、聞くことをしようと思った。

2015/3/6 ソフトとは

いつも先生は鉛筆一本で世界にとおっしゃっていた。
先生は、お金をかけてはいけない、今の時代、必要とされるのは、ハードではないともおっしゃる。
先生のいう、ソフトとは何なのか。
例えば、それは1枚の紙でいくつもの立体が作れるかというのと共通しているのかもしれない。

2015/3/5 生きがい

生きがいがあると、他に何もいらないと感じる。
それはお金ではかえないもの。
人は、生きがいがあれば幸せになれると知った。

2015/3/4 猫のひたい

これだけ私はやってあげているという態度がいかにあなたは必要ない人になるかを感じた。
やってあげているという人の考え方は本当に猫のひたいのような世界しか見えていない。
だから、いくらでも、もっともっと高い能力で、確実に成果を出す人と交代される。
その土壌に気づかなくてはいけないと思った。

2015/3/3 学びの位置

・やってあげている
・こうできたのは当然(もともと私はこうだった)
・もっとできるはずだ
・だめなのは、あなたのせいだ
この思考の共通点は、相手が私の方法にあわせるべきだという考え方がある。
相手より、自分の位置が上にあるから、簡単に、ありがとうもごめんなさいも言える。
言葉は簡単だから。
でも、言葉と行動が違う部分を人はみる。
自分を知ること。
その自分を話すこと。
私こうしてしまう、できない、どうすればそうできるのかを聞くことが、
いっしょに道を歩んでもらうことであり、導いてもらうことであるとわかった。
学びの位置を忘れるのは、憎しみがあるから。

2015/3/2 情報伝達

緊急事態の情報伝達。
1、経由をしないこと。
2、自分がふんできた手順を瞬時述べること。
3、自分が知っている情報を話すこと。
これを身につける。
先生は、私が作った糸のほつれを、その場できれいにほどいてなおすような対応を実際に見せてくださった。
日々の積み重ね、人間関係と先生がおっしゃるのは、この部分なんだと思った。

2015/3/1 たったひとり

心の中に怒りや憎しみを抱えていると「誰かのために」は難しい。
でも、唯一自分を理解してくれている人との「約束」と思うとできないことはない。
人はひとりでは生きていけないこと。
また、たったひとり、自分を理解してくれる人がいれば生きていけることを知った。

2015/2/28 帰る場所

自信を失った時、取り戻せるのは自分の心しかない。
でも、小さな頃から変わらない帰る場所があれば、そこで必ず自信をもらえる。
それが私にとって算数だった。
算数は私に常に現実の自分の思考を示してくれた。

2015/2/27 本当の自分

自分のこの姿を出してしまったら、もうおしまいだという姿を私は持っていた。
でも、偽りの自分でいると、どうしてもコミュニケーションが取れなかった。
前の嘘を隠すためにまた嘘をつく。
全部、だめになるかもしれないという覚悟で先生にお話した。
今思えば、覚悟をもっても、今の状況から抜け出したかったという自分に驚く。
自分自身が、もうわからなくなり、なぜ、ひとつも手につかないのかがわからなかった。
先生にすがりついて、助けを求めたのかもしれない。
先生は、「あなたはどうしたいのか?」とあくまでも、偽りではない私にいう。
本音を言うと、先生は本当にわかったとおっしゃった。
そうしたら、方針がみえてきた。
約束も必ず守る。

2015/2/26 動機

そのまま行けばいいところをあえて、言葉にするとき。
そこには無意識に自分の中での「不安」があることを知った。
その動機を必ず忘れなければ、人の話を聞くことができる。
現実を直視できる。

2015/2/25 これがよかったと思える人生

「これがよかった。これが自分の人生だと思えるような人生を生きてほしい。」と先生は言った。
それは、現実に向き合うことだった。
自分の姿をみることだった。
自分が求めるものは何かを知ることだった。
自分に都合よく生きているとその日その日で違った努力をしてしまう。
それが無理なのかもしれない。
ひとつの道、ひとりの自分として努力した時、夢が叶うのかもしれない。

2015/2/24 現実

おかしいと思った時 自分の体調が変な時 現実を見ようとしない自分がいることに気づいた。

2015/2/23 楽しさ

夢中になる。 時間を忘れる。 それが本当の楽しさだった。

2015/2/22 機械的

いつも、形だけの機械的に収束する。
それはなぜか。
途中から相手がいなくなる。
前向きな精神もなくなる。
ただやっているという自分の守りでしかない。
それは、守りになっていないことに気づいた。

2015/2/21 1年

1年後と思うとすごく長いような気がする。
1年経ってみるとあっという間に感じる。
1年で、人は変われるということを知った。
1年で、夢を掴むこともできると感じた。
1年をどう生きるか。
それは、すごく大事なことだと思った。

2015/2/20 1週間前

先生は本番1週間前から、密に、密に、細やかに、空気の準備をし始めていた。
植物や日の光、色など自然の力をすべて味方にする。
私はその気を背中に感じて今日も過ごした。
母とはこういうものかと思った。

2015/2/19 友達

「雑巾洗ってくれる?」
「明日は僕がやるから、悪い、今日雑巾洗ってくれる?」
同じ結果、行動でも、人間関係には大きな差がある。
友達は自分の鏡と先生はいうけれど、自分の行動が、こうした位置を作ることを学んだ。

2015/2/18 精神力

欲が悪いことではない。
愛する人に金塊を持って帰りたいのなら、強い強い精神力がなければならない。
どんなに重くても、愛する人に持って帰りたいという気持ちが、砂漠の向こうに辿り着くと先生は言った。
点数だけ、自分の利益だけを求めている時、欠乏動機であるときは、どうしても精神力で負けてしまう。
本当に強い精神力は愛を知らなければ無理なのかもしれないと思った。

2015/2/17 実のない生き方

自分は何もしないで人を動かす生き方をしてきた。
「私はこんなに辛いのだから!」
と、言い訳をすれば、それが正当性な理由であるような気がしていた。
どうにも行き場のない人生は、こういう私のような実のない生き方からなることを知った。
これからは、実があるように、今日の一を積み上げたい。

2015/2/16 コミュニケーション

的確に相手が言っていることを捉え、
的確に自分の言いたいことを伝える。
これが、すごく難しい事に私は思う。
これこそが、コミュニケーションであり
瞬時に情報を収集し答えを出すインテリジェンスであると感じた。
私はこうした人の中で自分も会話ができるようになりたい。

2015/2/15 ロウソクの火

中学受験の前日、まだ、受験とは何かを知らなかった頃
いつも通りの先生とのカリキュラムの後、ロウソクの火をみた。
あの時から、ロウソクの火は私に何かを教えてくれた。
鏡で自分自身をみることはできないけれど、ロウソクの火は自分自身を見せてくれる。

2015/2/14 7色のハンカチ

1週間分のハンカチをジャブジャブ洗い、ピンと糊付けした。
なんとも言えないにおいが広がる。
あー幸せってこういうことだと思った。

2015/2/13 第3の道

道は、左か右かしかないと思ってないか。
先生は、そう言った。
道は真ん中もあれば縦横無尽に広がっているものだと先生は教えてくれた。
物事もすべて、白か黒、良いか悪いかで決めてしまうけれど、そうではない。
行き詰まった時、もうだめだと思った時、先生の第3の道のことを思い出そうと思う。

2015/2/12 自分であること

自分をしっかりと持つこと。
それは、意識ではなく、自分を知ることだと思った。
自分を知ることができれば、相手とコミュニケーションができる、判断できる。
自信は、たったひとつ、その自分自身を受けとめてくれる人がいること。
だからこそ、ずっとずっと自分でいたい。

2015/2/11 幸せを離したくないと思うのは

今ある幸せを離したくない、離したくないと思うのは、現実を見たくない時に思うこと。
現実をみたときは、幸せは一歩一歩築くものなのかもしれない。

2015/2/10 答えるべき時

ある時、友人が上司に「何で遅刻したんだ!」と言われた。
自分は、遅刻していたわけではないことを知っている。
その時、つい、「いえ、遅刻はしていませんでした」と横から余計なことを言ってしまう。
言うべき時は、「誰か、彼女の状況を知っていますか?」と言われた時。
それまでは言うべきではない。
遅刻をしたかしていないかという表面的な一部の話でしか、捉えていない。
でも、奥の、長期スパンでみた心の話の時もあることを考えると、自分にはっきりとした基準がみえた。

2015/2/9 幸せの基準

たすけてほしいとき、たすけてくれる人がいるか。
本当に自分の心のなかでおちるような方法でたすけてくれる人がもしいたならば、あなたは幸せです。
先生はそういった。
たすけてくれる人がいるかいないかは、そのまんま自分の日々の生き方の積み重ねだと思う。
たすけてくれるというのは、その人が自分の代わりに盾になるもの。
その人間関係をつくるのは、第一に、素直であるということだった。
素直に言うことができるから、不安や恐れがなくなる。
私は25年間の中で、素直な言葉がわからなくなってしまった。
損得勘定ではなく、素直に言うことをもう一度取り戻したい。

2015/2/8 心のプレゼント

私は、すべて、ルール通りの感覚しか持っていない。
先生は、心と心の関係をわかるようになってほしいとおっしゃった。
例えば、プレゼントは、金額が高いものが絶対にダメなのではなく、
自分の貯金箱から半分出すから、高いものを買ってもいいでしょうという考えがダメ。
でも、意地ではなく受け入れたその心に、2ヶ月後、プレゼントをあげる。
先生はいつも心のプレゼントだった。

2015/2/7 ダイヤモンドと原石

顔に青い線が出た。
先生だけが知る私の心の動き。
欲の計算が働いて「損」と感じたとき。
でも、その後、私は損得計算がいかに無駄であるかを知った。
先生に頂いた染色見本はダイヤモンドの原石だった。
私は、原石にしがみついて、オーバーに言えば、死んでも離さない
全部ひとりじめしようとした。

先生は、それならそれでいいと言った。
4つで、この資料から、使える資料をつくりましょう。
残り6つをあなたと妹で半分ずつ持っていていいと。
好きなものを選んでいいともおっしゃった。
そのときに、困ったことは、今までしがみついていたものが、石でしかなくて、
使えるものができたとき、それがまぎれもないダイヤモンドであるということ。
私は、ぜんぶ、ダイヤモンドにしたかった。

これからは、自分に使える能力がないとき、
ひとりじめしたいその欲の気持ちを捨てようと思った。
欲が無ければ、使う知恵を教えてもらえる。
そして、はじめて原石はダイヤモンドになる。

2015/2/6 積み残しの重たさ

洗濯物も、洗濯機で一気にやろうとするから、憂鬱だった。
朝、洗面台で、石鹸で洗えば、私にもできる。
最後に、柔軟剤を入れて、お湯をため、ジャブジャブすると気持ち良かった。
自分にあった器でなければ、気持ちのいい生活リズムはつくれない。
積み残しのなくなることが、幾分も、気持ちの良いことだと知り始めた。

2015/2/5 関心

関心がなければ聞くことはできないと先生は言う。
私は、この「関心」という言葉が気になる。
小さな頃、先生からの問題に「関心」と「興味」の違いというのがあった。
興味は自分主体。関心は、相手が主体なのではないかと私は思う。
相手が主体であってはじめて自分の位置がある。
相手に関心を持つことの例として、先生がこんな話をしてくれた。
「ねえ、何かあるの?」と聞くことが関心ではない。
「オレンジの話をすると、あなた、下を向くけれど、何かあるの。」
自分では見ることのできない自分の姿を教えてくれた時、人は、話したくなるという。

2015/2/4 お釈迦様とスジャータのお話

先生に、今までも何度かお釈迦様とスジャータのお話をしてくださった。
お釈迦様がありとあらゆる苦行をしても、真のものが得られなかった。
あるとき疲れきって、菩提樹のしたに横たわっていると、スジャータがいっぱいの牛乳をくれた。
それをひとくち口に含んだ時、おいしい!と思った時、滂沱の涙が溢れた。
自分が求めているものは、これだったのかと気づいたというお話。
先生は、このお話の時、ふたつのことを教えてくれた。
ひとつは、「愛は与えるもの」。
ふたつめは、「色即是空」。
見ているもので見ていない、聞いているようで聞いていないことがある。
幸せは、そばにある大事なものに気づくことなのかもしれない。

2015/2/3 最悪と思ったときの私に思い出して欲しいこと

最悪は、自分の心、自分の欲が決めている。
絶望がなければ、絶望までたどり着いてしまった、自分に身についた心を
捨てることができないことを学んだ。
先生は、絶望は、自分に気づくとき。新しく生み出すとき。と言った。
自分の心の積み重ね、思考の積み重ねがなければ、絶望はない。
はじめて、絶望がなければ、心が生まれ変わることはできないことを知った。
絶望のとき、自分の原点は何であったか、そのひとつに絞ることができないとき、
不幸になることがわかった。
誰にでも、絶望はあるのに、その絶望にどう向き合うか、
自分自身をみることができるかで、人生は大きく違うと学んだ。

2015/2/2 心の楽しみ

普段、私は、何かが気になりながらの行動だった。
だから、もうちょっと、もうちょっとと時間の延長をする。
でも、心は満たされない。
今日は、これをすると決めたとき、前もって準備をする。
だから、100も200も楽しむことができると知った。

2015/2/1 心の家

損得ではなく、自分がではなく、相手を考えた生き方。
一時、誤解を招いても、犠牲を払っても、貫いた時、それが心の家となることを知った。
だから、家出をしても、どこにいても、先生がいたのかとわかった。
自分の心が、いちばんよく先生を知っていた。

2015/1/31 ◯◯だったら・・・

「◯◯だったら・・・私はできる」と言う時。
自分が何の土台に立ってそれを言っているかと先生は言う。
そこで気づかされたことは、 自立ができていないということ。
自分の体、身の回りの管理ができていないとき、そう思う。

2015/1/30 算数の時間

算数の問題を解いている時、今、こうしていたら、他の人はどう思うだろうかとか
こうするべきなのではないかということを考えない。
目的は、この問題の本質、基準、ポイントを知ること。
そして、相手の子の思考を知ること。
それだけしか、考えない。
顔があつくなるほど夢中になれる数少ない時間。
普段は、その目的をいつもいつも見失う。
もしかすると、算数に関してのみ私は成功体験があるのかもしれない。
先生と何100回、何1000回、もしかすると何10000回、取り組んできた算数だから。

2015/1/29 私のくせ

私には癖がある。
ひとつに、ごまかしのテクニック。
もうひとつは、相手が何を聞いているかわからないとき、
自分の答える位置を迷ってしまっている時、自分がと置き換えることをせずに
強引に、観念論のようなものを述べてしまうこと。
これからは、自分の言葉で、自分の考えをそのまま話せるように意識する。

2015/1/28 さびしさ

さびしさの本質は、整理されていない怒りだと学んだ。
私は、いつも心がさびしかった。
なんでも思い通りにして、好き勝手で、わがままな私だと周囲は思う。
その私の心はいつもさびしかった。
先生が、こんなお話をしてくれたことがある。
外は嵐、小さな小屋からは一歩も出れない。
ひとりきりのとき、あなたはどう思うか。なんの行動をするか。
私は、最高だと思った。
心は踊る。
私の選択ではなく、自然が私を閉じ込めてくれたことにはじめて、自由を感じる。
私は、絵を描きたいと思った。
ひとつのあかりで絵を描きたい。
それほど、愛を得たくて、いつもは自由のようで自由ではなかったのだと思う。

2015/1/27 雲の上

下が雨や雪でも雲の上を突き抜けるとそこは、青い海原である。
人生は同じ。
と、先生は言った。
雲が自分の生い立ちであり、性格でもあると先生は言う。
先生がおっしゃるその「境目」はどこにあるのだろう。
私の頭はどこで、境目を決めるのだろう。

2015/1/26 ごめんなさいの意味

ごめんなさいはあなたの心にきづかなかったことをごめんなさい。
行為ではなく心だとはじめて知った。
だから、先生は、とりあえず終わらせるための「ごめんなさい」を私が言った時、
「そんなごめんなさいはいらない」と言ったのか。
また、先生が「ごめんなさいと言いなさい」と言う時は、
このごめんなさいで、私が先生の心を傷つけたのを全部忘れてくれる時だった。
今から、スタートのごめんなさい。
私は、25歳で、ごめんなさいの本当の意味をはじめて知った。

2015/1/25 一生もの

お金をかけてきれいにしたものは、もって1週間。
時間をかけてきれいにしたものは、一生。
なぜか。
時間をかけたときは、無理がない。
無理がないから、続けられる。
変化がおもしろくなる。
なんでもない時でも、意識があるから、いいものを発見できる。
これがやってみてわかったこと。

2015/1/24 ひとつひとつ

ひとつひとつ自分の財産だと思って資料を整理する。
結局のところ、かかった時間は、早くやってしまおうと思ってやった時と変わらない。
それどころか、多くの量を苦がなく終えていた。
先生は人生も同じとおっしゃっていた。

2015/1/23 心の家

イライラが止まらない時。
批判をしたくなる時。
どいつもこいつも腹が立つ時。
威張ってしまう時。
言わなければよかったことを言ってしまう時。
それは、側にある大事なものに気づかない時。
人にはきっと、何もかもなくなってもこれだけは変わらずにある
というものがあれば生きていけるのだと思う。
それが先生のいう心の家なのだと思った。

2015/1/22 幼い頃の自分

幼い時の資料をみると、自分が嫌いな自分がそこにいる。
それがあるから今があるとは言うけれど…。
昔、先生は言った。
生きるというのは、最初はぼこぼこの木を磨いて磨いて磨いて
だんだん丸くなっていくものだと。
今でも、たくさんぼこぼこはあるけれど、確かに昔の資料をみると
そこには、人一倍のこぶのようなぼこぼこがあったように思えた。

2015/1/21 1年かけて

1年間をかけて何かひとつのことに取り組めたことが1度もない。
理由の1つは、やっていない不安から、その先をどうしようということばかりに頭がいってしまう。
そして、今日がおろそかになる。
2つは、目的達成よりも、独り占めしたい欲であったり、その場の人間関係の感情に流される。
3つは、自分の位置を相手に伝達できない。しないこと。

2015/1/20 何もかもは嘘

あれも、あれも、あれも、あれも、あれも、嫌いと思う時は、
何かに焦っていて、不安で、手についているようで何も手についていない時。
その後、あるきっかけから、何もかもが嫌だと思うときがある。
そんなとき、自分自身にひとつ投資をしようと思う。
思っていない笑顔をするのをやめる。
首の後ろにホカロンをはってみる。
好きな音楽を3曲集めて聴く。
そしたら、生活のリズムに乗っていける。
それから、また、考えればいいと思った。
よく考えると何もかもなんて嘘だった。
あるひとつのことから逃れたいための言葉だった。
ひとつを積まずに、うまくいかないと嘆いている言葉だった。

2015/1/19 コミュニケーションの基準

コミュニケーションの基準は、自分がどう思われるかの前に、
相手の人がいかにして心を出せるかを考えることだと知った。
心を出しやすいようにするための発言であり行動である。
ようやく、その法則を知った時、今までの自分が小さく思えた。
私は私のことしか考えていなかった。
それなのに、自分のことしか考えない他人をみると腹が立っていた。
私はこんなに気を使っているのにと。
気を使っているのではなく、いい人に思われたい、ただそれだけだった。

2015/1/18 イライラの原因

イライラの原因をはっきり自覚した時、自然とイライラはなくなっていた。
自分の感情が揺れる原因は必ず相手ではなく自分にあった。
自分にあるとわかったとき、 その選択をしているのはやっぱり自分だった。
再度、自分に問いかける。
どっちを選択したいか。
答えは決まってた。
先生はいう。
集中できないのは、他のことを考えているからだと。
何も手がつけられないとき、ため息や休憩が多くなる時、自分の心に何があるか向き合うことにしようと思った。

2015/1/17 財産のつくりかた

大学生の時、とにかく、ほんのすこしでもいい続けなさい。
続けたものが財産になると先生は言った。
私は、ほんのすこしが財産になる気がしなかった。
たった数行の文章を書くことがそんなになるのだろうかとも思った。
でも、今言えることは、この日記は私が生きた証であり、
迷った時、困った時答えを見つけ出せる辞書であり、
諦めそうになったとき、もう一度自分を奮い立たせる本でもある。
まさに、どんなことも助けてくれる掛け替えのない財産だった。

2015/1/16 永遠

夢を持ち続けること。
夢だけは終わりがない。
夢の話しか永遠は得られないと知った。
私は永遠が欲しいし、永遠のパートナーになりたい。
それは不可能な話だと思っていた。
いつも、とったとられたの世界で心を悩ませるのが人生なのかと思っていた。
でも、先生の夢の話は、その世界に他人は入ってはいけないものだった。

2015/1/15 できない理由

自分にできないことを言った時、先生はすぐに私の心の分析をしてくださった。
兄弟の比較の中で私は「できない」としてしまうと知った。
それも、自分が劣っていると感じるのではなく、人一倍の欲張りで、相手のをとりたいと思ってしまう。
そんな自分を自覚しただけで、できないことや苛立ちはなくなった。

2015/1/14 1本の糸

夢は諦めなければ絶対に叶うと先生はおっしゃった。
今日、朝起きてから何をしたか、昨日から続いているものはあるだろうか。
そこにきっと諦めていない何かが存在していると思う。
私にも、死んでも離さないただひとつの糸がある。
本当に私にはただそれだけしかないけれど、間違えなく1本の糸を掴んでいる。
チャーチルは、運命の糸は1本しか掴めないという。
はじめて、複雑な気持ちが晴れた気がした。

2015/1/13 香りは自分をつくる

「香りは自分をつくる
 香りは世界をつくる」
先生は、そうおっしゃった。
私には、こうみられたいなあというイメージがある。それは、「紅梅」。
白梅がいちばん好きだけれど、昔、先生が私を「紅梅」のようなイメージだと言ってくださった。
梅は、夜、細い三日月が空に昇る冬、寒さ厳しい中、いちばんに春を知らせるかのようにパッと咲くと先生はおっしゃった。
そのイメージの人でありたいし、自分だけのにおいを持ちたいと思った。

2015/1/12 勉強の神様

私が勉強道具を床に置こうとすると、先生はあわてて「どこに置くの?」とおっしゃる。
「机の上にあると邪魔だから、床に…」というと、
「じゃあ、せめて紙をひきなさい」と、先生は紙をくださる。
そうしたところから、自分の中にほんの少しだけ本の神様、勉強の神様の感覚がある。

2015/1/11 ひとつひとつ

私が、落ち込む時、何にもしたくなくなる時、逃げたくなる時。
私には築き上げてきたものがなかったときだった。
築き上げてきたものは、大きなものではなく、細やかな昨日から今日繋げたこと。
例えば、今日はやる気がでないけれど、10分だけはやった。
とか、気になったことを先に済ませたなど。
これが逃げの愛ちゃんに先生が教えてくださった「ひとつひとつ」の意味なのかと思った。

2015/1/10 シンデレラの生き方

先生が教えてくださるシンデレラの生き方はなりたい自分になる方法。
自分の身近なこと、毎日のことしか自分の中に吸収することはできない。
環境ではなくて、自分の頭の中の環境が幸せかどうかを決めていると先生は言う。
お金をかけずに本当のおしゃれをしてみたい。

2015/1/9 灰になる生き方

木が燃えつきたなら、灰になる生き方。
木が土に埋もれたなら、完全に埋もれること。そしたら新芽がでる。
接ぎ木の生き方にならないでほしいと先生は言った。
先生はそうやって私に道はつくれるということを教えてくれた。

2015/1/8 自分がかわる

アドラーの言葉の中に
「不健全な人は、相手を操作し、変えようとする。
健全な人は、相手を変えようとせず自分がかわる。」
とあった。
先生がいつもおっしゃったことでもあった。
自分が一貫性を持って行動することが大事だと。

2015/1/7 無形から有形

無形から有形を生み出すことを私が小さな頃から先生は教え続けてきてくれた。
小学生の時は、旅行計画書という、ツアーを企画した。
資料集め、構成、編集、時間配分、優先順位。
全部先生が教えてくださったこと。
私の財産。

2015/1/6 歓び

歓びは成し得た時に感じるもの。
成し得るとは、形ではない。
自分の中に知っているものだと先生はいう。
歓びを感じた時、道がみえることを知った。

2015/1/5 色

色は重ねるなかで創り出していくものだと先生は言っていた。
パレットで混ぜ合わせた色と
重ねては消してを繰り返した色はぜんぜん違う。
先生の手が創り出す色は何色ということはできないけれど、
あのきれいな糸で織り成したような色が私は大好きだ。

2015/1/4 確実な1歩

生活において、今できるようになったことを思いついた順番に書き出してみる。
それぞれの項目に対して「習慣的にやっているもの」「イライラした時にやるもの」「音楽を聴いている時にやるもの」などいつしているかを記入する。
自然と自分は使い分けていることに気づいた。
これが、コントロールだと先生は教えてくれた。
習慣性のものが1つ増えれば、確実に1歩憧れの自分に近づける。

2015/1/3 環境

技術はその環境にふれなければ習得できないことを知った。
誰も何も教えてなくても、その環境にはいれば身につけてしまう。
環境がいかに大きいか。
また、憧れ環境に入りたいならば、マナーを身につけなければならないと思った。
マナーは自分を守るものと先生はいうけれど、人間性がすべてなんだと思った。

2015/1/2 四面楚歌

四面楚歌は、負けを知らない人のおごりが招く結果。
負けからしか人は分析した情報を得ることはできないと、
先生が中国の歴史の中から教えてくださった。

2015/1/1 決まりごと

自分の心の中の決まりごと。
それがあってはじめて「だいじょうぶ」と思える。
決まりごとが自分をつよくしてくれる。

2014/12/31 季節と行事

一週間、一ヶ月の感覚はようやく身についてきた。
でも、まだ、季節や行事の感覚がわからない。
先生がおっしゃる源氏香のようなかおりがする女性の一年間はどんな暮らしなのだろう。
そしてどんな生活なんだろう。
女性らしさとは何だろう。
女性の真のつよさとは何だろうと思った。

2014/12/30 無限に広がる物語

机に耳をつける。
何かの拍子に音がした。
そんなときに先生の電車のお話を思い出す。
机に耳をつけていると先生が電車の音を出してくれたこと。
東北に向かう寒い日の汽車だった。
あのときの灯りが忘れられない。
マッチ売りの少女のお話のように物語はマッチの灯りのなかにある、そんなふうに思える。
それほど、先生のつくりだす世界はあかりひとつで無限に広がっていた。

2014/12/29 事実

事実を忘れてはいけない。
起きた事実を忘れないための修行が、私は感情の事実を引きずっている形になってしまう。
修行の目的は、私が社会性を身につけるためであったのに、ぶれてしまっている事に気付いた。
先生が教えてくださった行動心理学もすべて、一番感情に流されやすい自分がどう自分をコントロールするかだった。
今、自分が社会で生きれるようになるために、生活、思考を身につけたい。

2014/12/28 仕事

自分がいいと思うことよりも
相手の人が「今持ってきて」と言ったとき、出せることが「仕事」であり
それができないと「社会」では生きられない。

2014/12/27 行動心理学

今、目の前にあるものを整理する。
机を拭く。
ゴミを捨てる。
そうしているうちに、さっきまであれだけイライラして、不安もあって、怯えもあったことが
なんであんなに自分が思いつめていたのかがわからななくなる。
すべては、自分の感情であることに気づく。
先生はこれが「行動心理学」だと教えてくださった。

2014/12/26 ポストの上

先生の先生が昔「ポストの上の汚れが気になる」というようなことをおっしゃった。
先生はそれを聞いた日から、毎日、毎日拭いていたという。
あるとき、先生がそこに行かれなくなった時、「君だったんだね」と言われたというお話。
ずいぶん前に聞いたけれど、ずっと記憶に残っているお話。
香りもそうだけれど、その人がいなくなったあとに気づくものは人の心にずっと残る。
私もそんな人になりたい。

2014/12/25 両手のなかに

昔、先生が両手を器のようにして、片手とは違ったものがあるでしょうと話してくださったことがある。
(少し余談になるけれど、サービスとは君のその眼差しのなかにある誇りと差し出す手のなかにあるとおっしゃっていた。)
私にとって先生はそんな両手ですくい上げてくれるような感覚だった。
両手だったらどんなものもこぼれ落ちない。
いつかお母さんになったら先生のような両手になりたい。

2014/12/24 神様からの借り物

爪に線がはいったとき。
口の横がきれたとき。
足先を打ったとき。
むくんだとき。
寒いと思ったとき。
胃が重たいとき。
髪がパサパサになったとき。
唇が荒れたとき。
先生はいつも手当と対処を教えてくれた。
同時に教えてくれたことは、どんな細かな変化でも自分を見てくれる人がいるということ。
不思議なもので、誰かの存在を感じる時、自分を大事にしようと思う。
はじめて先生の言う通り「神様からの借り物」であるこの体を大事に大事にしようと思う。

2014/12/23 はじめての生活

朝、起きてカーテンと雨戸を開ける。
ピカピカの床をスリッパで歩く。
冷水で顔を洗う。きれいな洗面台で歯ブラシをする。
お着替えをしてパジャマをたたむ。
夜、ゆっくりお風呂につかり、ふかふかのバスタオルで体をふく。
髪の毛をきれいにブラッシングする。
体がかたく感じたら、ホカロンをはる。
きれいな真っ白いシーツに布団カバー枕カバーの中で眠る。
当たり前のように思うかもしれない。
でも、私は24歳にしてはじめて手に入れた生活。
すべての心の中を空にした私に最初に先生が教えてくれたことだった。

2014/12/22 ひとりの世界

世界中にたったひとり自分のことをわかってくれる人がいるならば、
どんな状況でも人は生きていけると私は思う。
先生は、私のことを「ひとりの世界」を持っていると言ってくださった。
私は確かにひとりの世界が好きだ。
お風呂場の電気を消して音楽をかけながら過ごすひとりの世界。
黙々と歩き続けるひとりの世界。
ただただ電車の窓の外を眺めているひとりの世界。
私しか知らない世界であるけれど先生はそんな私を見てくれる。
だから、もっとひとりの世界が好きになる気がした。
うまく言えないけれど、先生が見てくれるならば、
そんな私が好きに思えた。

2014/12/21 聖なるもの

私には「聖なるもの」がわからなかった。
心のなかはいつもイライラと不満が埋め尽くしていたからなのかもしれない。
先生が私に教えてくださった大きな贈り物のひとつは「聖なるもの」だと思う。
気持ちがいい朝を迎えた日。
昼下がりに射し込む陽の光は聖なるものに感じる。
心のなかがすべてという先生の言葉が少しわかるような気がした。

2014/12/20 ポイント

あるworkshopの受付をすることになった。
英語がしゃべれない私。
ちゃんとしなければという漠然とした世界の中にいた。
先生はそんな私に何事にもポイントがあると教えてくださった。
ポイントは3つ。
1、過去の経験からわかっていることに対する準備
2、簡単な挨拶、受け答えを覚える
3、相手のお名前を復唱すること
体験して思ったこと。
ポイントを頭に入れておけば、変な動きをすることなくその世界を楽しめる。

2014/12/19 世界にひとつの物語

私はCMに興味がある。
わずかな時間の中で人の心に残すその世界が好きだ。
クリスマスが近づくと先生とのこんなお話を思い出す。
あるクリスマスの曲で先生には何が思い浮かぶのかをおききしたとき。
外苑前の銀杏並木。
雪が積もっている。
ベンチに小さなプレゼントの箱が。
それを車の中から見ている。
(曲がちょうど盛り上がるとき)
車のエンジンをかける。
バックミラーにベンチがうつる。
箱がどんどんどんどん小さくなっていく。
私はいつかこの先生の話してくださったCMを映像にしてみたい。

2014/12/18 思考

「まつ」の知恵を学ぶには「前田利家」の性格を見なければならない。
同じように、算数の問題を教えるにも相手の子の性格を見なければ、教えることはできない。
双子であっても解き方の思考は全く違う。
先生は、いつも答えではなく思考(解くまでの過程の共通点)をみていた。

2014/12/17 天と地がみている。風が伝える。

小学校低学年の頃から私は先生の三国志のお話が大好きだった。
なかでも「三顧の礼」は鮮明に記憶している。
24歳になってもそれは変わらない。
昨日、三顧の礼のもっと詳しいお話を先生がしてくださった。
1、諸葛孔明のもとに尋ねる2里前から劉備玄徳は馬を降り歩いて行ったお話。
2、劉備玄徳はずっと立って諸葛孔明が起きるのを待ち、諸葛孔明は立って待つ劉備玄徳を背中でみていたというお話。
3、関羽が火をつけぼやを起こした時も、諸葛孔明と劉備玄徳は動かなかったというお話。
自分が2里歩くことで、自分が立っていることで、自分の心がつくられるという。
「天と地がみている。風が伝える。」と先生はおっしゃった。
ここ一番、私は先生のこの言葉を思い出す。

2014/12/16 気分と一貫性の違い

行動における気分と一貫性の違いは決まった時間かどうかであることを知った。
バラバラの時間の時は感情とも捉えられる。
決めた時間にする中に意志や主張があると学んだ。

2014/12/15 はじめてのコントロール

イライラした。
そんなとき、絵を描いた。
先生が絵は光だとおっしゃっていたことを思い出した。
紙をガラスに貼って、後ろから光をあてて絵を描いた。
だんだん気持ちが落ち着いた。
無になった。
描き終えた時には、気持ちは変わっていた。
きれいにアルコールで床を拭いてから眠った。
気持ちのいい朝がきた。

2014/12/14 3つの受け答え

自分を守る方法。
それは3つの受け答えがあると先生は教えてくださった。
生きていく上で私は教えて貰った3つを必ず身につける。

2014/12/13 社会

自分自身は何も変わっていなくても
社会はどんどん進んでいる。
止まってはくれない。
感情に任せて、自分だけがとまっていたとしても
世界は自分をどんどん置いていくだけなんだと思った。

2014/12/12 心の拘束

先生は「相手が気にしていること」をつぶさに考えていた。
気にしている時、ずっと心が拘束されていると先生はいう。
だから、先生は私に、今の自分の状況を相手が見えるように報告すること
それが大事なのと教えてくれていたんだと思った。

2014/12/11 今日やること

嫌になりそうな時、感情に動かされそうな時。
そうだ、今日だけやろうと思う。
これから先もずっとこうなんだと思うと出来ないけれど
今日まで、今日限りで終わり。
だから、今日やろうと思うとできる。
出来た時、その達成感が明日につながる。
はじめて、先生がおっしゃっていた「今日やること」を体験して理解できた。

2014/12/10 感謝の意味

よく先生は「試験会場にこれたことに感謝」と言っていた。
私には、当たり前のことに思えてどうして感謝ができるのかがわからなかった。
でも、話を聞いていてはじめてわかったのは
1日たりとも、一瞬も心を切らさなかった自分を知っているから感謝するのだと思う。
きっとあなたに出会えて感謝と思えるのは
心を切らすことなくあなたを思っていた自分がいるからこそ感謝なんだと思った。

2014/12/9 電話の真実

3年前のこと。
ハーバード大学の話の時、先生からたくさんの着信とたくさんの留守番電話が入っていた。
今日の、今日までそれは、私がいかに電話にでなかったことかを教えることなんだと思ってた。
夜11時から朝7時まで続いたその電話。
先生は、「もし、次の電話でつながったなら・・・」と思って
もう一回、もう一回電話していたその心をはじめて知った。
先生はあれから何も語らなかったけれど、別の話を聞いていてはじめて気づいたこと。

2014/12/8 責任

何があっても責任がある。
責任は必ず果たさなければいけない。
自分中心で考えているからいつまでも社会性がない。
相手が求めるものが達成できるかが基準であり、
自分の事情は関係無い。

2014/12/7 ひとつひとつ

ひとつひとつ乗り越える。
先生は自分の感情を紙に書いてみなさいという。
紙に具体的に具体的に、どう思ったのかを書いてみると
その残酷さに驚く。
すると、先生は紙に出してしまえば、もうあなたの体にはないけれど
書かなければこれだけのものがあなたの中にあるのよとおっしゃった。
それと同じで、今向き合わなければならないことがある。
時間を置いてしまったらそれだけ自分の中にまた別の感情が広がる。

2014/12/6 心の家

夕陽の中に先生との日々があり
満月に先生がいる。
私は絶対に心の家があると思った。

2014/12/5 心の一貫性

一貫性は、心の一貫性だと先生はおっしゃった。
行動のみぶれないようにしようというのは、機械的であり、どこか相手に見せる意識がある。
心の一貫性は、自分自身が意識するぶれない核であり真念なんだと理解した。

2014/12/4 責任

責任。
それは失敗した後の行動だという。
失敗した後は、その人の人格であり人間性だと先生はおっしゃった。
私にはその部分が欠けていた。

2014/12/3 幸せの意味

人間は、死ぬ1時間前が幸せであるならば幸せな人生だった。
死ぬ1時間前が不幸せであるならば不幸せな人生だった。
先生がお話ししてくれたインドの教え。
私はつくづく幸せとは何かと思う。
幸せを意識した時、それは絶対に幸せではない。
何気ない日常のなかに心の想いでがあり、それをたくさん集めると幸せになる。
そんな気がする。
想いで日記を書くときも、思い出すのは、特別な日ではなくて、ありふれた日常。

2014/12/2 盾になる

盾になる。
それは、これでこの子が救えるならば。
自分がすべてをかぶっても。
の考え方。

2014/12/1 行動する

「いつお聞きすればよかったかわからなくて」
私がよく使っていた言い訳。
でも、わからなかったという身勝手な理由をつけて、何も行動しないずるさ。
先生はずるさには2つあるという。
1つは、得をしようというずるさ。
もう1つは、自分がいかに傷つかないかというずるさ。
自分が傷つかないように、自分だけが納得いくような言い訳をつけた生き方をしていたとき
自分自身がわからなくなった。
話を理解することができなかった。
いつも、何もしないといっても苔は生えるし、水は淀むと先生はおっしゃった。
そうであるならば、行動してみようと思った。

2014/11/30 学ぶ

自分の位置は自分自らが動いて行動して体で感じなければつかむことはできない。
同じ時間、同じ空気、同じ意識の中でしか先生が教えてくださることを学ぶことはできないと思った。

2014/11/29 仕事は生きている

仕事は生きているものだということを学んだ。
だから、「私はちゃんとやっています」の思考はありえない。
「ちゃんと」は過去で止まっている。
今、最新のものは何か。
自分は最新の情報を報告したか。
昔、先生が働くということは生きること。
その上にできたものが仕事だと農作物にたとえて教えてくださった。
確かに、生きていない作物で仕事ができたとは誰も思わない。

2014/11/28 自分を褒める

自分で自分を褒められる子は伸びると先生はおっしゃった。
点数のいい悪いをみるのではなく、昨日よりどうであったかの原点を忘れてはいけないと先生は言う。
また、自分が逃げた時、逃げていると自覚できていれば、伸びるともおっしゃった。

自分で自分を褒めることができるのは、今やっていることが何であるかという
目的と位置がはっきりとわかっているからだと思った。
例えば、部屋の片付けであれば、今日、洗濯物だけは片付けるとしたとき、
昨日より部屋から散らかった洗濯物だけはなくなっている。
全体で見ればまだ汚い部屋だとしても、着実にきれいな部屋への一歩を歩いている。
部屋のように目に見えるものだとわかるのに、なぜか”能力”などの見えないものだと
どうしても点数や他人の評価にこだわってしまう。

自分は、今、何を身につけているのかという位置を意識しようと思った。

2014/11/27 共通

「すべての物事は共通がみなければ、相違点はみれない。」
この間先生がおっしゃっていた言葉。
悩みも共通がわからなければ、あれが気になる、これが気になるでしかない。
と、先生は続けておっしゃっていた。
マズローの人間性の心理学の中に
「人間に関する心理学の法則と人間がかかわらない自然の法則とは、
 ある点では同じであるが、またある点ではまったく異なっている。」
とあったのが、目にとまった。
共通があって、はじめて比較ができる。
共通をみれなければ、すべて、論じることはできないのかなあと思った。

2014/11/26 コントロール

私の場合、心の中にイライラした事やムカムカをためていると、まったく別の部分で
体が拒否反応(例えば寝てしまうなど)を起こす。
コントロールは、自分の心にその感情があったことをまずみること。
そして、ではどうすればと現実に向かい合っていく事だと知った。
コントロールというと強引に考えてしまうけれどいつも先生が教えて下さる事は
根本から見つめ直すことだった。

2014/11/25 レベル

自分に本当にほしいものがあるとき、自分の中に律するものがある。
見えないところで自分の中に律する。
教えてもらう先生に「気づかなかった、知らなかった、聞いていません」というのは、
自分はそういう感性しかないレベルだということを自ら、言っているようなものだった。
だから、今気づいたこと、気付かされたこと。
自分のどこが間違っていたかを話すことが大事だと思った。
そうであってはじめて、「次回」があることに気づいた。

2014/11/24 こうだったならば

何の土壌の上に立っているのか。
「こうだったならば私はできる」と言えるのは、その土壌だから言える台詞。
日常生活から行動していれば、「こうだったならば」と考える前に自然とそれは実現できていることを学んだ。
香りはその人の生き方だと先生は言う。
先生が教えてくれた、私が最も憧れる源氏香は、どんな生活から生まれるものなのだろう。

2014/11/23 日曜日の朝

日曜日の朝を感じたのはいつぶりなんだろう。
平日も日曜日も違いがわからなかった。
空気の入れ替え、ベットのおそうじ、床拭き。
むかえた日曜日の朝は最高の時間だった。
至福のときはそうしたことからつくられることを教えて貰った。
真っ白いのりのきいたシーツの気持ちよさをはじめて知った。

2014/11/22 新世界

続けること、時間が財産。
そう先生はおっしゃる。
時間の中で新しい世界を先生は実践を通して見せてくださる。
それは、胸がわくわくするような世界。
自分で実際に体験するとニ度と忘れなくなる。
知識に限界はあるけれど、知恵は自由だと先生は言うように
経験体験から生まれる知恵は無限大の可能性を持っていた。

2014/11/21 怠惰の理由?

体のどこかが具合が悪い。
すっきりしない。
そういったことは、毎日あるとそれが普通と思ってしまう。
でも、なぜ当たり前ができないのだろう、何か変だと感じることはある。
次第に心までがおかしくなる。
心がおかしくなるとまた、過食になる等々で体に影響がある。
こうした生活を送ってきた。
でも、先生がその自分をみてくれると知ったとき、生活すべてが変わった。
結局原因は一言でいえばさびしかったのかもしれない。
自分を細やかにみてくれている人がいる、それがすごくすごく嬉しかった。

2014/11/20 仕事の鉄則

仕事は、自分の動きを的確に相手に伝えることだと学んだ。
・何分以内に、一度ご報告させていただきます。
・何分以内に折り返しさせて頂きます。
できた、できないに関わらずこれが鉄則だった。
先生は、動いている人間の15分と待っている人間の15分は全く違うとおっしゃる。
自分はやっていたのにと言い訳する前に的確に自分の位置を示したか。
相手にとって、見えない存在は仕事にならないのだとようやく理解できた。

2014/11/19 たったひとり

何万人の人のあなたが好きという言葉よりもたったひとりの・・・
先生の言葉。
たったひとりの何であったかは感覚的にはわかっているけれど、
正確な記憶が思い出せない。
たったひとりのその人にふれたとき、何があっても生きていけるのだと思う。

2014/11/18 心の関係

いつからか貸し借りの関係を身につけていた。
その私に先生は心の関係を徹底的に教えてくれた。
その先生の心がわかったのは、10年以上経ったつい最近。
はじめて人は心で教えてくださって、心の部分を怒ることを知った。

2014/11/17 たったひとつ

いつも先生と自分の関係。
そこでの自分の位置を守ること。
どんなときも誰といても。
それができないから、頭が混乱してしまう。
たったひとつ先生との関係をまもることができたら
他の関係もまもることができる。

2014/11/16 比例の法則

カーテンを閉め切っている時。
ライトをつけなくても気づかない時。
空気がこもっていても感じない時。
部屋が散らかっている時。
自分をみるひとつの尺度。
私は部屋の汚さと心が比例する。
だから、汚れてきたら、ひとつでも片付けようと思った。

2014/11/15 心のコントロール

先生は心のコントロールを教えてくださる。
それは、ひとつのことに、没頭することだった。
ひとりで、何かに没頭しようとしてもできないもので、
先生は、私に課題をくださる。
その課題は、私にとって最も無になるものだった。
課題を終えた頃には心は変わっている。
つまり、悩みはあってないものだった。

2014/11/14 知恵は自由

知識に限りはあるけれど、知恵は自由だと先生は言う。
だから、できないことはないと、コンピューターを前におっしゃった。
コンピューターを最大限に活用する.。
今日からまた新たな挑戦と思えた。

2014/11/13 同じ時間、同じ道

大学院の試験を受けた日と同じ道を歩いた。
合格発表を見に行った時間とちょうど同じ時間帯だった。
それから、約3年。
心の中にわいてくるように幸せを感じた。

2014/11/12 自分の世界観

自分の世界観で決めることから、複雑な心の悩みができていることをしった。
私が、こう思うのだから、相手もこうに違いない。
と、思って行動することは、でしゃばりであり、自分しか考えない。
そして、相手の不満がさらに、大きくなると、私は、あなたのためと思ってと、
相手にとってはこれ以上もない嫌がらせになることを学んだ。

2014/11/11 私について

理想の自分がある。
その自分になりきれていないとき、人一倍虚栄心などが強い私は落ち込む。
その落ち込みを、批判という形ですり替えた時エネルギーはなくなる。

もうひとつ、自分にはないものを確実に手にした友人を見ると私は落ち込む。
手にした友人に憧れるのではなく、あくまでもその事象を手にしたことが羨ましい。
その事を手にするには、毎日手抜きをしないことだという。
私にとっての手抜きをしないことは、これができていないということを先生に伝えること。
やっているふりから生じる先生との乖離がいつも崩れときに加速度をつける。

2014/11/10 5年目を迎えて

私と大原先生の想いで日記を書き始めて、今日で丸4年が経ちました。
この1年間は、前の3年間とは大きく違った1年だったと感じます。
ひとつに、この想いで日記を書かずに1日を終えてしまうことがありました。

このたった数行を書くことができなかった。
そのときの私は、自分は何を求めているのかがわかりませんでした。
自分自身わからないのだから、大事なもの(自分の核)も位置(人との関係)も見えなかったように
思います。
人間、求めるものがわかれば、その過程で逃げること、諦めること、挫折はないと感じています。
(「逃げの愛ちゃん」と言われる私が気づいたことです。)

目の前のことをひとつ逃げずに続けたら、この一歩が夢の道を明日につなげているのだと信じて、
今日もまたこの日記を書いています。
書かずにいることもあったこの想いで日記を読んでくださっている皆さん、ありがとうございます。

2014/11/9 おもてなし

たこでどんな料理ができるか。
ししゃもだったら・・・?
先生がつくってくださった特別ハンバーグを食べながらみんな想像した。
このハンバーグにあうのは何のスパゲッティ?
「おいしい」を想像するのはとっても楽しかった。
おいしいにはみためとにおいも必要だった。
先生がお話ししてくださる料理を想像すると、最高においしそうな最高のおもてなしだった。

2014/11/8 信じる

信じるというのはその子供が白だと信じるのではない。
半分は白、半分は黒だと思っている。
でも、自分との関係の何かひとつを自分が信じると先生はおっしゃっていた。
全てが白と思われたら、子供は生きていけない。
でも、関係の何かであれば、ありのままで守ることができる。

2014/11/7 去り際

去り際に心が出ると先生はおっしゃっていた。
先生はいつも「振り向かずに行ってね」という。
私はほんとうに振り向かない性格だった。
言葉のまんま。
自分がいかに、コミュニケーションができず
心のない人だったかと思った。

2014/11/6 話を聞くということ

人の話を聞くということは、その事柄を聞くのではない。
事柄はあくまでも例である。
事柄にたどり着くまでの過程に知恵があると先生はおっしゃった。
過程の期間や動機を聞くことではじめて自分に置き換えられる。
(もしくは、置き換えられないことが判断できる。)

2014/11/5 私にできること

自分にできることは自分の位置が明確でなければできないことを知った。
位置がわかれば自分にすべきことは自ずとわかる。
準備することができる。

2014/11/4 「どうでもいい」の恐ろしさ

「もう、どうでもいい!!!」と全てを投げ出すようなことを言えるのは、聞いてくれる相手がいるから。
その土台の上に自分はいることを忘れてはいけない。
そう言ったとき、もう自分の話を聞いてくれる相手はいなくなることに私は気づかない。
いなくなる世界を知らないくせに、現実を甘く見て、「私はいい」と我を張って生きてきた。
だったら、なぜ最初から、その聞いてくれる相手に、素直に自分の心を話さないかと先生は言う。
「先生いい?私こう思った。」となぜ言わないかと。
昔から先生は聞いてくれる仏とおっしゃっていた。
聞いてくれる人の土台の上で自分が存在することをもう、忘れない。

2014/11/3 無言の恐ろしさ

無言は、無言という建前を使って、本当の姿を隠している。
その、本当の姿を先生が実際にやってみせてくださった。
無言のとき、自分は、書くのも恐ろしいけれど、あえて書くなら
「聞くなら答えてやるよ。えー?だから何だよ。」と言っているようなものだった。

2014/11/2 身代わり

大事なものをなくしたときは身代わりだと先生は言う。
私の身代わりになってくれたあの馬のブローチに誓ったことがひとつある。
先生は「生まれ変わった」と言った。
いつもそうして、起きた負のことをプラスどころか、よかったと心から思えるようにしてくださる。

2014/11/1 大きな問題

大きな問題が起きた時。
まず、第一に、問題は、自分が起こしているのだから、解決できないことはないと先生は言う。
次に、その問題をどう受け止めるかだと先生は言う。
私は、先生に言われたことを全部全うすることだけを考える。
これができなかったら、自分はおしまいだと、そう思う。
自分にそれを誓うと、どんなに予期せぬことが起きても、自分の意志をもって行動できる。
行動しているうちに、自分の精神が変わっていく。
なんだ、先生はこの心を私に身につけさせてくださったのかと思う。
問題がなければ、人は変われないんだと改めて思う。

2014/10/31 心は錦

ボロは着てても心は錦。
いつか先生が言っていた言葉。
ようやっと私はこの言葉の意味がわかった。
心の中に先生がいるのなら、そのプライドにかけてできないこと、行けない場所がある。
いつも先生はこの世の中に悪いものはひとつもないという。
ただ、自分の年代と何の目的で行くかによっては、心が錦でなくなってしまう。
私は今日から必ず守ると誓った。

2014/10/30 漢字の意味

「傷」と「疵」の違い。
外傷と心の疵。(だからから病だれ。)
そうして先生はいつも漢字に含まれる意味を話してくださった。
「淋」と「寂」。
「悲」と「哀」。
私にとっては、「寂」と「哀」を教えてくれるのが先生。

2014/10/29 自分の環境

偉人は生まれたときから偉人なのではなくて
偉人である前に私と同じような人間であって
でも、何が違うかというと、現実の受けとめ方や日々の生活が違う。
それを教えてもらった。
この世に生を受けたなら、必ず使命があると先生はいうけれど、
ほかでもない自分の環境に生まれたのなら、他人と比較関係なかった。
ただ、自分がその世界とそとの世界を知ることが大切だった。

2014/10/28 失敗の意味

失敗は0ではなく、いびつであっても、形はできている。
あとは、どこをなおせばよかったかを学ぶこと。
先生が絵を描きながら教えてくれたこと。
練り消しを持った先生が描き出していくものは、マジックのようだった。
失敗に聞く耳を持てば、自分の癖と修正方法を知ることができる。

2014/10/27 本を読むこと

本を読むことは自分自身を知ることだった。
先生はその切り口を教えてくださる。
いつか先生言っていた。
「本に答えはないけれど道を教えてくれる。」
この意味がわかるようになりたい。

2014/10/26 感情

問題解決よりも、自分の中に溜まった感情を出すことを目的にしてしまう。
にも関わらず、ストレートに感情が溜まっているということを言わずに、
何か他の理由をつけて相手に絡んでしまう。
感情をためることが自分にとっての守りのようなものに思えていたけれど
、これがある限り、自覚しない限り、他者とのコミュニケーションはとれないと知った。
自分が自分の悩みにしがみついていたように思える。

2014/10/25 ずるさ

ずるさとは、自分がそうしなければいられなかった、自分にとってはその方が楽だったことを
苦労にすり替えて、私はこんなに苦労している!あなたのは苦労ではない。
こんなに苦労している私にもっと求めるのかと相手を責めること。
ようやく自分の姿が見えた。

2014/10/24 原因追及

原因追及の方法。
それは、意味のないデータから、共通点を探し、次にその基準で調べてみる。
ただし、調べる基準(見方)を返るのであって、方法は変えない。
こうして、日々のデータをみながら、焦点を絞っていくのが研究であり原因追及であることを知った。
すべてもとになるのは、一見、意味のないと見られる記録から。
つまり、意味のないというのは個人の意図が働いていないもの。
そこに、必ず答えがあることを感覚的に知った。

2014/10/23 信じるは何を

信じるというのは「あの人を信じてる」というのではなく、「自分の心を信じる」のだと先生は言う。
あの人を信じているというのは、損得感情の上にある。
あの人が好きだ、あれが好きだという自分の心を信じる。
だから、誰がなんと言おうと判断はぶれない。
その場の感情に流れない。
先生はよく、原点を忘れないことだとおっしゃるけれど、
自分の心の原点を忘れるから、思った返事が返って来ないと相手に腹を立てて、ベクトルの違う方向に進む自分を知った。

2014/10/22 いちばん求めているもの

自分が何をいちばん求めているのか。
ひとりで自由に生きてみたいというのがいつもあるのかもしれない。
大原先生と言えば、1本の鉛筆で世界に・・・というほど
自分の頭さえあれば生きていけるということを教えてくれる。
私は、30代も40代も・・・80代になっても
生きる歓びを感じていたい。
それは何かに興味をもてることであり、
そこから何かを自分の手で生み出すことなのかもしれない。

2014/10/21 心の約束

先生との心の約束。
それは、その内容の義務ではなく、
それをしている限り、心はともにあるということ。
先生はそれを意識と言った。
私の場合、先生はあるものによって、(ここでは書けない秘密)
それを証として、心の橋としてわたしてくださった。

2014/10/20 自己防衛の結果

自分を守るためだけの行動がいかに(好きであるからこそ)相手に不快感を与えるか。
ようやく気づいた。
好きであるならば、無防備であることが一番だった。
無防備で好きな相手に騙されたときは、それはもうしょうがない。
好きになる相手を間違えたと先生はそんなようなことをおっしゃった。

2014/10/19 生まれ変わる

生まれ変わるというけれど、それを実感した事はない。
3日経って、自分の中に初めて生まれ変わった感覚がある。
3日前大原先生に、自分の事実を全部まるまるもうこれ以上ないというほど話した。
話したというよりは喚いたかもしれない。
その事実を受け入れてもらった時、新しい世界を見た気がした。
私にとって生まれ変わるとは、今まで着ていた着ぐるみをぬぐことだったのかもしれない。

2014/10/18 憧れの自分

先生は空気を身につける勉強をさせてくれる。
自分が憧れの自分になりきれる。
その世界から帰っても、自分の中にその自分が残っているような。
何にもかえられないプレゼント。

2014/10/17 自分の心

あるとき先生は私にあなたはプライドが強いと言った。
自分が大事なものを馬鹿にするのはいいけれど、人に大事なものを馬鹿にされるのは許せないところがある。
そうであるのにも関わらず、自暴自棄になって、どうにでもなれとしてしまう。
きっと私の心は保っていられない。

2014/10/16 心の会話

私がもう一度電話するこの気持ちわかりますかと先生は言った。
先生は私に聴いていると思った。
いつも私は、大人が子どもに教えることとして聞き反発する。
やっぱり先生もそうなのかと。
でも、先生は、私に心を聴いていた。
心が理解できるのか、できないのか。
23年間の時間の中で、先生との心の交信だけはできる。
そして、それを話したとき、先生は、全部全部聴いてくださった。

2014/10/15 三日月

あなたは本当は暗い。
なぜそれに気づいてあげなかったんだろうと思うと先生は言った。
彩ちゃんは秋の落ち葉の中を歩いているようなだけれど
愛ちゃんは漆黒の中、細い三日月が照らす一本道を赤いコートを着て歩いているような暗さだと。
明るさに美徳のようなものを感じていたけれど、そのままの自分が好きになれた。
もう意地をはることもないと思った。

2014/10/14 夢と道

苦しみを風呂敷につつみこんで歩いている時、そこに道はできる。
と、先生は言った。
道は最初からあるわけではないという。
夢があるから苦しみをかかえても離そうとしないんだと聞いた時
はじめて、自分には夢があると自覚した。

2014/10/13 「はい、はじめ」の前

「はい、はじめ」と言ったときがスタートではない。
はじめたときはもうすでに終わっているようなものだと先生は言う。
そこまでの準備にすべてがあるのだと。

2014/10/12 解決の道

問題には、外壁、中核、核心があるという。
大きな大きな問題であっても解決できると先生は言う。
まずは外壁から時間をかけてすこしずつ、すこしずつ崩していく。
丁寧に外壁をとると、自分が当初想像していたよりずっと簡単に中核はくずせるものだと先生は言う。
気づけば問題は解決している。
問題が起きた時、逃げてしまうのか、人のせいにするか、解決するか。
解決する道は怖さは消えると先生はおっしゃった。
いつも現実問題から逃げる私は、常に心の中が動揺する。

2014/10/11 損得と誠意

損得と誠意の違い。 これをしたんだから、これくらいいいだろうと思う人は損得。 損得の人にはその結果がかえってくる。 これとあれは別だとわかっているでもお願いしますと言える人の誠意。 だからこそ誠意の人は、自分にできることは何だろうかと考える人。 それを細やかに細やかにするんだと学んだ。

2014/10/10 細やか

先生はいつも細やかだった。
細やかという意味は見えない部分に全神経を注ぐ事なのかもしれない。

2014/10/9 恩着せがましい

私が恩着せがましくなる理由が分かった。
私は自分にとって一番楽なところで、遠慮して自分はこんなにいい人だと思う。
そして、相手の反応を見て、思った答えが返って来ないと、不満になる。
その結果、次は恩着せがましくしてしまう。
最初から、事実をいう事をしようと思った。
先生に「なおそうと思う」と話すと
先生は「なおすのではなく意識することよ」と教えてくださった。

2014/10/8 嘘の後

嘘は誰でもつく。
でも、嘘をついた後が違う事を知った。
私は嘘をつくと、そんなつもりじゃなかったと思い込む。
それが何もかもわからなくなる原因だった。
認めることが出来たら、今までのあれもこれも何でもない事だったかもしれない。

2014/10/7 悩みの種

悩みは何か。
たくさん理由をつけてああでもない、こうでもないとしている。
いかにも複雑に思える。
親が、友達が、あの人がこうするからと理由をつける。
先生はいつも、どんどん掘り下げていくと答えがみえる。
答えが見えた時、もう解決していると先生は言った。
私なりに掘り下げてみるとその答えは自分では見たくないようなでもとっても簡単な理由だった。

2014/10/6 ごめんなさい

家出から帰ってきた日。
全部の心を話した後、また新しいスタートに立つ時。
先生は「ごめんなさいは?」と言った。
先生の顔はもう笑っていたけれど私も「ごめんなさい」と言った。
ごめんなさいと言っているけれど気持ちがよかった。
私はいつも思っていないテクニックのごめんなさいを言ってしまうけれど
本当のごめんなさいは違うのかもしれない。
物を割った時、壊した時にもごめんなさい。
「ごめんなさい」って何だろうと考えた。

2014/10/5 思考の法則

人間の思考は同じ。 それが法則と先生は言う。 なぜ、入試問題があるのか、思考は同じだから。 思考が全員バラバラだとしたらテストは出来ない。 私はある出来事から、思考の法則を思い知らされた。 必ずその思考を持っていれば、そのようになる。 終着点は決まっていることを知った。

2014/10/4 不思議

自分の心は不思議なものだとつくづく思った。
思いどおりにならないと人のせいにしてしまうけれど、
自分の本当の思いどおりは何かもわからない。

2014/10/3 何を求めているのか

自分は何を求めて何を恐れているのか。
それがわからなくて“現実を受け入れる”はありえない。
先生のこの言葉が自分の心の中に響いた。
こうであるにちがいないと思い込んで現実を見ない。
現実とのギャップが手に負えなくなるとパニックになる。
パニックになってまた現実をみない。
私は何なのだろうと思った。

2014/10/2 少しずつ、少しずつ

私はいつも欲しいかたちをその場で手に入れたいと思う。
相手が自分をどれだけ考えてくれるかというのが欲しい形にいちばん近い。
そして、その過程は私にとって楽で手抜きができること。
しかも、相手が手抜きと思わないこと。
その私が行き着く先までの方程式がはっきりわかった。
それでも欲しいかたちが入るまで不安感等さまざまな感情が浮き上がってくる。
私に先生が教えてくださった事。
「少しずつ、少しずつ、消していく。」
部屋の片付けも、一気にやろうと思うから捨てちゃってよかったかな、と判断が出来ない。
これだけ、少しだけやろうと思うと確実にその一個を判断できる。
それが今の自分にできる唯一の事であり、道をもらった気がした。
はじめて無心になれると思った。
無心の先にある形をみてみようと思った。

2014/10/1 心の約束

先生との約束。
いつも先生がすごく怒るのは約束を守れなかった時。
それだけ。
約束は心の約束。
「私(先生)とあなた(私)の関係での約束は何だった?
それを守ってよ!」と先生はおっしゃる。
私はいつも関係を忘れて今までの身についた勝手な自分の世界観の中で判断してしまう。
先生のときはどうであったかを考える事を忘れる。
例えば、先生の関係においてのベストは
いかに確実に役割を果たすかであり、自分はこれだけやったことをみせることではない。

2014/9/30 今まで身につけた事

昔、先生に「体調が悪い」と訴えた事があった。
最悪に悪い状況のように。
先生だからこそ訴えた。
先生が聞かない分けないと知っていたから。
体調に注目がいけば根本的な問題は前に進まなくていい。
そんな考えだった。
いつも私は自分にうまくいかないことがあると
他の問題を起こす。
そして、現実をうやむやにする。
身につけたのはその思考だけだった。
だからいつも不安。
私の心の中を見ているんじゃないかと
人の目線が気になってしょうがなかった。

2014/9/29 あの頃の自分

あるとき、昔のお教室の側を車で通った。
小さかった時の自分と今の自分。
あの頃の感覚を忘れかけるときがある。
私があの頃の感覚を忘れたとき、
もう私には何にもないかもしれない。
それくらい、自分の核であり、
今一番自分がなりたい感覚。

2014/9/28 いつか世界に

10年続ければ模倣も本物と先生は教えてくれた。
最初に聞いたのは小学校高学年の頃だったと思う。
その頃、そう聞いた私は、部屋中の壁を世界地図で埋め尽くしていた。
天井にも世界地図。
どこをみても世界地図が視界に入るようにした。
世界を飛びまわるような人に憧れたから。
先生に話すと「あなたは本当になる」と言ってくださった。
10年経った今も机の前の窓には大きなアメリカの地図がはってある。

2014/9/27 チャーチルのお話

私は先生のチャーチルのお話が大好きだった。
もちろん、Never,Never,Never Give upもそうだけれど
もうひとつWar roomのお話が好きだった。
赤いピンが打ってあるお話、革の電話、いつもチャーチルが着ている洋服。
先生のお話はいつも目をとじればそこにいるかのように思い浮かぶ。

2014/9/26 にらまんじゅうの想い出

先生とにらまんじゅうをつくったとき。
片栗粉と白玉粉を1対1の割合でお水を少しずつ入れながら混ぜていく。
それはそれは大変な作業で、少しの休みもなく高速で混ぜなければいけない。
私は不器用で、なかなか上手く混ざらない。
先生にバトンタッチすると先生も必死で混ぜてくださった。
その手つきは私よりはるかにはやい。
いつも講習会でたべていたあのにらまんじゅうは
先生ひとりでこうしてつくっていたのかとはじめて知ったときだった。
あのときの先生の横顔忘れない。

2014/9/25 最初の一歩

エネルギーがないときにどうするか。
自分の利き足(右足)から一日をスタートさせてみる。
先生に教わったこと。
その最初の一歩を踏み出した時、心の中は変わってた。

2014/9/24 気分一新

何となく気が乗らない日。
憂鬱な日。
いつものようにお教室に来て、お手洗いに入った。
いつもと少し違うそのいい香りにほっとした。
いろんなシャボンがもくもくと、ときおり弾けるようなその香り。
香りと一緒に自分の心も取り戻したそんな気分。

2014/9/23 喜んで

先生が教えてくれた言葉の中に「喜んで」がある。
何でもない言葉だけれどこの言葉の奥にある心を持てるようになりたい。

2014/9/22 思い出すとき

先生の言葉は自分が追い込まれたとき思い出す。
例えば、大恥をかいたとき。
お腹が痛いとき。
変な空気になったとき。
助けてほしい時に助けてくれるのが先生の言葉。

2014/9/21 法則

自分の心の中に怒りや憎しみを持っていた時、
その時であった人がどんなにいい人と思っても、
自分の心と同じような人である。
と、先生が絵画の解説をしながら教えてくれた。
一番わかりやすい基準だった。
だから、心の中を整理することが大事なかも知れない。
生きていく上で、出会いを何より大事にしたい。

2014/9/20 自分の世界の小ささ

頑固な自分。
戻れなくなる自分。
私が思っている世界、心の世界はとんでもなく小さいことを知った。
その小さな世界の中に固執することはもう絶対にやめようと思った。

2014/9/19 ロボットが弾くG線上のアリア

大原先生は、音楽には情動があるというけれど、今日初めて実感した。
それは、大学院の中である映像をみたときだった。
ロボットがピアノを弾いていた。
曲目はG線上のアリア。
私の大好きな曲だ。
でも、心の中にわき上がってくるあの感覚がなかった。
いつも、G線上のアリアを聴くと、深い秋、静けさを感じる。
それがない。
人の心を私たちはどこで読みとっているのか。
抑揚、強弱、・・・?
(少し話はずれてしまうけど礼拝堂のパイプオルガンに神聖な気持ちになるのにも
 理由があるとはっきりわかった。)
そうして考えていくと人の声は情動そのものだ。
先生はよくおっしゃっていた。
赤ちゃんはお母さんの声の情動を読みとってコミュニケーションしている。
言語がわからない赤ちゃんは何を感じとっているのだろう。

2014/9/18 冷静さ

言い訳をするとき、今そのことではなく、他の感情を引きずってきてしまっている。
あることをきっかけにその感情が出て、どんどんどんどん頑固になってしまう。
切り替えができない。
昔(まだ中学に入ったばかりの頃だと思う。)、
先生がひとりひとり、耳元でいちばん大事なことを教えてくださったことがあった。
先生は「愛ちゃんは、冷静さ」とおっしゃった。
はっきりと覚えてはいるけれど、この年になってもあの頃と変わらず、その冷静に切り替えることができない。
むしろ、感情にせき立てられて、もっと頑固になってしまった気もする。

2014/9/17 奉仕?義務?責任?

「奉仕と義務」ではなく「責任」だとあるお話の中で先生がおっしゃっていた。
私にはこの言葉が心に残った。
言われたことをやる義務だけでなく、問題が起きた時にどうするか、
どうすればベストなのかを考えること、準備しておくことが「責任」なのかもしれない。
私は今日から「責任」を持てる行動、言動であるように意識する。
そのひとつがこのホームページだと思う。
今までの自分を改められるよう、日記を書く時にこれから必ず毎日意識する。

2014/9/16 兄弟

今までの人生、絶対に彩にだけは負けないように生きてきた。
彩がだめになっても構わなかったし、それで自分の位置が保てるならかえってよかった。
先生が教えてくれたこと。
それはふたりでひとつ。
ふたりいれば、視野は2倍になる。
すべてを気づくことができる。
2倍の勇気を持って行動できる。
勉強できる。
得意分野がはっきりと別れているから、自分を発揮できる。
一番のライバルは自分の分身であったことに気づかなかった。

2014/9/15 先生とのルール

先生との関係の上で自分はどうするか。
大原先生は「いい悪い」とか「あなたのため」とか「こうあるべき」などと言うことは一度もなかった。
たったひとつ、「私とあなたの関係」だけおっしゃった。
この「私とあなたの関係」には先生と自分だけの約束がある。
それは、ふたりだけがわかるもの。
長い時間の中でわかっているやってはいけないこと。
必ずそれだけは守る。

2014/9/14 青い線

私は自分の中に限界を感じると先生いわく顔に青い線が出るらしい。
小さな頃からそうだった。
幾何の問題を解いていて、行き詰まって、さらに限界を越えると青い線が出る。
先生はそれをみると問題をかえましょうと言うのを覚えている。
誰も知らない自分の特質を知ってもらっているというのは何とも言えない心地よさ。
何があっても分かってくれてると思う。

2014/9/13 気持ちのいい朝がほしいなら

おやすみが気持ちよく言えたとき、明日の朝は元気に起きられる。
小さな時、先生が教えてくれた魔法。
今でも同じ。

2014/9/12 動く時と動かない時

「やっちゃった」と思うときは動かない。
なぜなら、その動機には「好きだから」こう思われたいというのがある。
気づいたときは、すぐ行動。
なぜなら、その動機には「ずるさ」があるから。
自分が得をしようとする心を知っているから気づく。
先生が私に教えてくれた一番分かりやすい基準。

2014/9/11 見えない世界

先生がこんなたとえ話をしてくださった。
大阪までいくとする。
自分たちは鈍行に乗っている。
ある人が品川駅ですーっと降りた。
「あれ、おかしいな」と思ったとしても、
「あの人は、たまたま今回・・・」と自分に都合良く言い訳する。
そうやって見えない世界にいるときは、永遠に見えない世界にいるんだということを知った。
ある人はもしかすると飛行機で行ってるかもしれない。
それでも、自分が楽に楽に解釈しようとするこの思考である限り、永遠に世界は変わらない。

2014/9/10 忘れない感覚

相手の方をみたとき、「これは出来ない」「やってはいけない」
「自分はどうすればいいのか」という感覚なしに過ごした時、
とんでもないことをしている。
自分が気づいた時に行動する。
自分が分からないことは聞く。

2014/9/9 明るさの本質

明るさは切り替えができる人だと先生は言った。
都合よくすり替えてきた私は乾いた明るさが多い。
現実の自分を認めて、その上で切り替えのできる人になりたい。

2014/9/8 それもこれもあれも自分

今までずっと現実をみない生き方をしてきた。
現実の自分ではなく、こうでありたい自分で話を聞き、話をした。
でも、今は現実の自分として先生とお話ししている。
現実の自分を見るのは、苦しい事でもあるけれど、
前より大きく違っている。
先生は、現実の上で、どうするかだとおっしゃった。

2014/9/7 無心

無心になりたいときがある。
何も考えずに何かに没頭する時間。
昔は、その無心になれることはそんなに大きな事だと思っていなかった。
今、この年代になって、無心になる事の大きさを感じる。

2014/9/6 完成品

あるひとつのものを仕上げることを先生が教えてくださった。
最初に自分が作ったものと完成品を比較すると、私は全体の枠組み、流れがないことに気づいた。
自分がいいと思うところに意識が入り、全体を見ていない。
これからは、まず枠(流れ)から作るようにしようと思った。

2014/9/5 油絵

油絵は全部忘れてその中に没頭できると先生は言った。
小学生の頃に先生が描いていた姿を今も覚えている。
先生の描いた絵も鮮明に覚えている。

油絵は哲学であり、緻密に計算された学問であることは
何となくわかってきたけれど本当に奥の深い深いものだと思った。
先生がみせてくれた油絵の世界にますます惹かれていく。

2014/9/4 演出

洋服は自分を守るものであり、自分を演出するものだという。
パーティーでも何でもひとつの場の中で、自分をいかに演出するか。
私は先生に私だけの演出を学びたい。
自分の人生もひとつの演出なんだと私は先生から学んだ。

2014/9/3 「歓」の人生

「楽」の真ん中にあるのは白い木。
私は「楽」ではなくて「歓」の人生を歩いていきたい。
先生は私にいつも「歓」を教えてくれた。

2014/9/2 私のキャンバス

油絵を描きながら先生が教えてくださったこと。
完成に思えたその絵を先生はたわしを持っていっきにふいた。
最初は驚いたけれど、じっとみていると、何とも言えない色が浮かび上がってきた。
美しき深い色だった。
自らの手でくずしたとき、それはゼロになるのではなく
このように美しい色ができあがっているということを教えてくれた。
私は先生との二十数年、いつもやってはゼロになりを繰り返していると思った。
でも、違う。
私のキャンバスの下地は誰にも負けない私だけの色になっている。
そう思った。

2014/9/1 本の世界

初めて本の世界を知った。
映像は目線の中に仕草の中に背中の中に心があると先生は教えてくださった。
本は行間を読みなさいと昔おっしゃっていた。
本に答えはないけれど、道を教えてくれるともおっしゃった。
少し遅いけれど、本の世界、映像の世界という心の世界に没頭したい。

2014/8/31 心の自由

心を自由にしてほしいと先生は言った。
心を自由にするには事実に向き合うことだと知った。
事実に向き合ったとき、学問は深くなり、
事実に向き合ったとき、心が軽くなる。

2014/8/30 風のように

人生は風のようにと先生は言っていた。
風は、木の葉が揺れるからそこにあると気づくもの。
そんなものだと。
大きな大きな看板を立てるから風が吹いたとき、軒並み倒れてしまう。
心も同じと言っていた。
ひさしぶりに肌で風を感じた日に思い出したこと。

2014/8/29 心のお家

「好きな人の心に建てる家」と先生から聞いたことがある。
心に住む感覚を私は知りたい。
執着とどこが違うのか。
本当に好きなとき理由はないと先生はいう。
私はたくさん理由を探してしまう。

2014/8/28 自分の性格

先生が私に怒ることは決まってひとつだった。
なぜ、素直に言わないか。
先生、どうしよう!となぜ走って来ないか。
嬉しかったら、なぜ、すぐに嬉しいと言わないか。
教えてほしい時、なぜ教えてくださいと言えないか。
自分に都合の悪いことを言わずに、
当然こうなるものだったというような自分の中で帳尻を合わせる性格。
相手を仕向ける。
私はその自分の性格さえも認めなかった。
そんなはずはないだろうと。
でも、初めて分かるのは、その性格の自分は
人との関係の上でどうにもならないものをつくってしまうということ。
類は友をよぶというけれど、相手もその私を知っていて、その部分がどうにもならなくなる。

2014/8/27 大きな一歩

事実の自分を話すことが自分にとっては大きな一歩だった。
その一歩を踏み出してはじまてわかるのは、事実の話をすることは何でもないことだった。
むしろ、全部を受け止めてもらえるということ。
自然と笑いが出ているということ。

2014/8/26 感情のまま

感情を全部出すこと。
いつも知らなかった感覚。
私はいつも感情のままに流されていた。
感情を出すのはそうじゃない。
自分の中に覚悟があること。

2014/8/25 何でもないの裏側

倖せをつかむのは、大きく動くのではなく、人は気づかないようなところまで準備、対処する人だと知った。
人と人とが創り出す社会ならば、人間関係の微妙な空気を見なければいけない。
先生はいつもその空気を情報の中から感じとって、事前に対処してくださっていたのだと今は思う。
「何でもなかった」という結果を私は簡単に過ごしてしまうけれど、
何の上での「何でもない」最高の状況ができているかに気づいていなかった。

2014/8/24 自分の心がみえたとき

私は無性にイライラしたときは、その奥の奥には羨ましさがある。
私が本当に求めているものは何か知った。
求めているものと、その場で欲しいものを帳尻あわせてしまおうとするから、
大きな問題を起こす。
都合の悪い部分は見ない性格が招いた結果は大きなものだった。
もう一度、自分のその性格を意識する。

2014/8/23 チャンスの神様

チャンスは「チャンスですよ!」というとき、チャンスではないと先生はいう。
「これくらい」と思っているところがチャンスであり、人はそこを見ているんだと知った。
だから、自惚れや、傲慢になってはいけないんだ。
「これくらい」と自分の頭に思い浮かぶことがあったら、必ず「あっいけない」と気づける自分でいたい。

2014/8/22 金魚鉢

先生が以前言っていた。 この子たちには、私が歩んで失敗してきたことを、その前に教えたい。
だから怒る。
同じ金魚鉢にこの子たちが入ってきたならば、同じように砂で遊んだり水草をつついたりする。
私がやって失敗したことが見えるから、先にいうと金魚鉢に例えてお話ししてくださった。
その意味が感覚的にしか分からなかった。
でも、外の世界にでて、はじめて、先生をみると、先生が私に教えてくださったことは、
先生が絶対にやらないことであることを知った。
先生のような心でいられる人になりたいと心から思った。

2014/8/21 贅沢

贅沢ってどういうことか先生が教えてくださった。
私は、お金持ちでなければ贅沢ではない。
高いものを買って、高いものを食べることが贅沢だと思っていた。
でも、本当の贅沢の意味は違った。
贅沢は体に身についているものだった。
講習会はお食事のときに先生が芸術とか諸葛孔明のお話をしてくださる。
最高なる贅沢な時間。

2014/8/20 豊穣なトマトをつくるには

すぐに、あの人のような真っ赤なトマトを作りたいと言ってもそれは無理。
1年、2年かけて、土を耕し、毎日毎日堆肥を混ぜる。
そうした土ができて、あの豊穣なトマトが育つ。
トマトだったら、わかるけれど、実際の自分の人生に置き換えると、
私はすぐに真っ赤なトマトを水だけで何とかならないか
とやってしまっていたんだなあと思った。

2014/8/19 自分を無にする

学ぶときは、自分を無にすること。
少し前まで、私の感覚の中には、無ではないものがあった。
自分を無にしなければ、聞くことができない。
それがわかると、聞くためにはどうすればいいか。
自分の中で整理し、判断できることを知った。

2014/8/18 世界にひとつ

世界にひとつしかないものを作れる子になってほしいと先生はおっしゃる。
頭がいいではもっと頭がいい子がいる。
そうではなくて、例えば問題を分析できる力とか
鉛筆一本で色を出すことができるとか
そうした、世界にひとつの自分が持っているもの。
私もそうした力を身につけたい。

2014/8/17 Boys, be ambitious

”Boys, be ambitious 少年よ大志を抱け”の意味を先生がお話ししてくださった。
日々の小さなことをコツコツすること。それが大きな志となることを教えてもらった。
私が日々続けていることを振り返った。
自分が志すものを考えたことはなかったけれど、続けているものの世界が私の志す世界なんだと思った。

2014/8/16 恋愛と加速度

昔、先生にこんなことを聞いたことがある。
好きな人に、どうしてもメールを送りたくなったらどうするか。
どうしても送りたくなったその気持ちを胸にためて翌日会いなさい。
一瞬の楽しみはすぐに消え落ち込みだけがずっと残る。
自分の感情に左右されて、自分自身がわからなくなってしまう。
先生は、自分が好きな人は必ず相手も好きです。
ただ、加速度が違うだけだという。
好きになると最初の自分から変わってしまうから、上手くいかないんだと。

2014/8/15 言い訳の思考

いつも言い訳して生きていると何が一番怖いか。
それは、いい訳ばかりしているから、自分の何を直すべきなのかがわからなくなることだった。
悪い部分を自覚できたら、直す方向に進むことが出来る。
でも、自覚していないから、いつもずーっと例えるなら、泥水の中にいる。
気持ちがいい感覚を永遠に知ることが出来ないんだなと思った。

2014/8/14 真実のありか

先生は、真実は何気ない部分だという。
例えば、誰かが全員分の用紙を配っていて、「半分配ろうか」の一言。
本当の優しさも、優しくしようと思って出るものではなく、自分の心の中がどうであるかによるのかもしれない。
私は人のせいにする生き方をしているから、いつも不満があって、自分のことしか考えられなかったのかもしれない。

2014/8/13 基本的生活習慣

どんなに形を装っていても、基本的生活習慣が出来ていないと必ずボロが出てしまう。
そのときのボロはいたたまれないほど恥ずかしい。
生活の汚れを人に、特に好きな人に見られた時は、たまらない。
いつも、先生が生活が大事だと言っていた意味を痛感する。

2014/8/12 あなたの本当に欲しいものは何ですか?

「あなたの本当に欲しいものは何ですか?」
先生からのこの質問。私はしばらく考えた。
自分が本当に欲しいものは何か。
自分が心から欲するものがわかったとき、自ずとやることが見えてきた。
それは、いつもやろうやろうと思っても出来なかったこと。
今なら出来る気がした。

2014/8/11 なぜと考えられる時

なぜ今この話をしたのか、考えられること。
あれ、変だなと気づけること。
自分の心に何かあるのかと見つめること。
先生との時間の中で、こうした思考が働く時とまったく働かないときがある。
まったく働かないときは始末が悪い。
都合良く、自分はそれだけすごい人なんだと解釈してしまうことが多いから。

2014/8/10 世界の夕陽

ニューヨークのクライスラービルにうつるダイヤモンドのような夕陽。 中国の真っ赤な夕陽。 きれいなイタリアの夕陽。 さんまの香りが漂う日本のほっとする夕陽。 先生が夕陽の話をしてくださった。 いつか世界の夕陽をみたい。

2014/8/9 今後のテーマ

言うべき時、言わないべき時があると先生は言う。
数人の話の時、位置がない自分はどうするべきか。
話の流れの中での質問の答え方、そういったところに、その人の生き方がでるんだと思った。
私はこれから、言うべき時と言わないべき時の勉強をする。

2014/8/8 夏の日の思い出

ある夏の日、汗をびっしょりかいてお教室に行ったことがあった。
すると、先生が大きなタオルを貸してくださって、これで体を拭きなさいとおっしゃった。
先生に言われた通り、熱い熱いお湯でタオルを濡らし、固く絞って体をふいた。
夏といえば、あの心地よさを思い出す。
いつかお母さんになったとき、夏の日は熱いタオルを用意して帰りを待っていようと思った。
なんでもない夏のなんでもないこの日のこの感覚は、ずっと忘れられない思い出だった。

2014/8/7 安らぎの生活

安らぎの生活と普段の生活は大きく違う訳ではなかった。
目に見えて違うのは、起きる時間。
たったそれだけ。
だから、先生は受験でも何でも勉強より先に、起きる時間だけをおっしゃったのかと思う。
起きる時間が決まると、なぜかおいしい食事をつくりたくなり、次ににおいが気になる。
気になったから、行動する。
「こうしたら、もっとよくなるかなぁ」という自分の気持ちが動機になる。
結果として、安らぎの生活になる。
あれだけ改善することが難しく感じた生活や自分の体が変わりはじめた気がした。

2014/8/6 時間をかける

時間をかけたものが財産と先生は教えてくれたことがあった。
でも、私は時間をかけた美しさも一日で間に合わせた美しさも変わらないと思っていた。
だから私は、一日でつるつるの肌になろうとした。
5時間ぐらいお風呂に入り、ありとあらゆる美容法を一度に試した。
たしかに、つるつるの肌になった。(お風呂の中では)
翌日、新陳代謝が急激に良くなったのか、汗は止まらなくなり汗の塩分で肌がしみた。
皮膚をなですぎたせいか、やけどのような痛みがあり、肌は赤らんでいた。
急速に求めたものは大きな代償を払うことを知った。

2014/8/5 ときめきの時間

先生がこんなことをおっしゃっていた。
「この1時間、明日のあの1時間にときめくような時間をつくれたらいいな。」
私はこの言葉にすごく惹かれた。
1日のうちに1時間、ときめく時間があったなら・・・と思う。
遊びでも、お風呂でも、料理でも自分にあった自分だけのときめく時間。
楽しみはいつか飽きてしまうけれど、ときめきは止まらない気がした。

2014/8/4 願いが叶う時

楽しみや願いが叶う時、夢が広がる時、先生は頑張れと背中(両肩)に両手をあて、
「頑張れ!」の意味でポンと最後に叩いてくださる。
そのおまじないをもらった私はいつもその空気に包まれていた。

2014/8/3 歩く

走る勉強ではなく歩く勉強をしてほしいと先生はおっしゃる。
走ったときは、転んでしまうし、走りきった後、息切れになってしまう。
今やることをやる、歩く勉強が大事だという。
今年一年、しっかりと歩いて行きたいと思った。

2014/8/2 芸術

芸術はものごとの思考の原点だと先生がおっしゃっていた。
先生のいうその「しっかりみる」見方を身につけたい。

2014/8/1 時を刻む

土台と基盤と基本は違うと学んだ。
土台作りは算数であれば全部問題を解き、出来ない問題のみを抽出する。
その分析によって基盤が出来る。
自分が今何をしているのか。
土台なのか基盤なのか基本なのか。
それによって時間の使い方が違うと先生は言う。
時間は流れている。
時間は刻むものだという先生の言葉の意味を理解できるようになりたい。

2014/7/31 爽やか

爽やかな人になりたいと思った。
先生が爽やかな人のお話をしてくださった。
爽やかな人は、100の力でしっかりと受け、それをポンと返せる人なんだと思った。
コミュニケーション能力がすごく高くなければ爽やかになれない。
私は、先生がおっしゃっていた駅まで自転車で走るお話が忘れられない。

2014/7/30 生きる哲学

私は今まで、怒られないように無難で安全だと思われる選択をしてきました。
だから怒られると、すぐに言い訳するか、怒られている私というしおらしい演技をしてしまいます。

先生はいつも最も愛されるのは怒られ上手とおっしゃいました。
私にはどうしてもそれが出来ませんでした。

学ぶということは、自分の意志を持つことだと分かりました。
「私は、こう思うからやってみる」
意志を持って行動し怒られた時、自分の位置と基準が明確であるので、相手の注意の位置が明確に分かります。 自分の意志という基準があるからこそ、はじめて、相手の人という存在を知りました。

今までの私は、自分の世界観の眼鏡でしか相手をみたことがないため、全員同じに見えていたように思います。
怒ったという刺激だけを察知し、次からはもうしないように記憶しようとしていました。
相手や状況を考えることなく上手くいった、いかなかったという記憶だけをたよりにしていたから、瞬時の対応が出来ないことに気づきました。

2014/7/29 顔の変化

以前の私は、先生に1日会わないと顔が変わっていた。
別人のようだった。
その理由が今は分かる。
全部自分だと認めることなく、この部分は仕方なかった。
こんなに無理をしたんだから、これくらいいだろうと考えていた。
自分がしたい!という気持ちではなくて。
全部が自分だと分かった今は、顔が変になることが少なくなった気がする。

2014/7/28 行動すること

先生が、自分が思ったことをやってみなさい。
まず、行動してみることと言った。
その言葉が瞬時頭に出てきた。
行動したことのない自分にとってはどきどきもした。
でも、不思議なことに、そんなとき先生のお食事を思い出した。
気づいたら、駆け足で行動にうつっていた。
先生に、自分の行動を話した時、
先生は、「そうです!それが大事です!」と
褒めてくださった。
初めてしっかりと乗り越えたそんな気がした。

2014/7/27 夢

夢が出来た。
今後の私は2本の柱。
夢があっての今と、ただの今では、目の前の資料のまとめ方ひとつ違う。

2014/7/26 道

自分の道が決まった。
私は道を選ぶ時、必ず最初に、逃げの道を選ぶ。
先生は私が書いたその逃げの道の紙をとっておきなさいとおっしゃった。
後になって、現実に突き詰めた道が決まった後、その紙をみると
いかに自分が現実逃避しているかが分かった。
でも、そのときは、そう思っていない自分がいる。
これから生きていく上で、自分がこの感覚になることを忘れないようにしようと思った。

2014/7/25 自分を知る

先生は指示するとき、意味はあるんだけれど、その意味を話してしまったら意味がない。
だから、なぜやってくれないのかとおっしゃる時がある。
今回、自分には信じられないところから、自分がなぜ論文などがまとめられなかったのかが理解できた。
自分を知ることはすごく大きなことだった。

2014/7/24 黄金の時間

耳のうしろ、それから後頭部。
手をまわしてだっこするように…
そして、おなかをさする。
もう一度耳のうしろと続く。
これが先生が教えてくださる黄金の時間の作り方。
黄金の時間はやすらぎだったと知った。

2014/7/23 遠慮の恥ずかしさ

頭の中では思っていないのに、控えめなふりをする行動は一番やってはいけない。
私の頭の中は見抜かれているのに、遠慮しますと言った時、一番恥ずかしいことをしている。

2014/7/22 無言はずるさ

自分の考えを見られてしまった時、そんなつもりじゃないと口ごもる。
無言になる。
私は、いつもその手を使ってきた。
でも、この行動が、相手にしてみれば、もっともっとずるい行動に見えることを知った。
嫌われないようにと思うのではなく、もう嫌われたのだったら、
全部、自分の考えたことを話すことが大事だった。

2014/7/21 いいなぁと思うこと

味わってみたい感覚を全部、体験させてくれるのが先生だった。
「いいなあ、やってみたいなあ」と思ったことは時間がかかっても必ず達成する。
それが生きる意味じゃないかしらと先生は言う。
先生の基準といえば心身ともに健康であること、それだけだった。
いい悪いを決めない先生。
自分で気づき、判断できるようになってくれれば最高ともおっしゃる。

2014/7/20 スケジュール

私は、先を見て今を行動することができない。
パターン化した変わらないものならできるようになったけれど、
イレギュラーに対する対応は全く出来ていない。
スケジュールは一ヶ月単位でみなければならないことを学んだ。

2014/7/19 生活

時間に境目があって、はじめて生活を感じることができる。
家という感覚がわかる。
おふろやお布団の気持ちよさがわかる。

2014/7/18 先が見えない

「先が見えない」というのは、今やることをやっていないからだと学んだ。
昨日から今日、今日から明日に続けたものが道になる先生は言う。
また、道に途中に、大きな岩などの障害があるから、人は先を考える。
岩などをさけて、逃げて、野原のようなところでは「先が見えない」のは当たり前だという。
逃げる人生に先はないことを、実感した。

2014/7/17 実感

生きてると実感した日。
毎日、色でいえばグレーな日々を過ごしてた。
時間の境目がないような、刺激のない毎日。
思いきって、ピンクならピンク、真っ赤、ブルーの時間になれば
時間が過ぎるのはあっという間だった。
そして、達成感や満足感など、心の中を埋め尽くすことができた。

2014/7/16 流れる雲

みてごらん。
さっきそこにあった雲はもうあそこにいっているの。
どんどん流れているのね。
止まってはくれないものね。
空を見ていると、昔、先生がいっていた言葉が、聞こえてくる。
わずかな時間であっても、空を眺めてみると気づくこと。
でも、そのわずかな時間も空を見上げることのない時もある。
私は、外に目を向ければ、いつでも先生がいる。
お月様も、イチョウの葉も全部が全部、先生となって語りかけてくる。

2014/7/15 生きた時間を過ごしたい

生きた時間を過ごしたい。
そう思うようになった。
先生はよくマスローの5段階欲求のお話をしてくださったけれど、
承認欲求が満たされたのかもしれない。
緊張状態から徐々に解き放たれていく感覚。
間違ったり失敗したり嫌な自分をみることになると、以前は落ち込んだ。
ただぼーっと時間が過ぎるのを待つように、考えるのをやめていた。
今は、それも自分なのかなあと思う。
それだから、今の自分の悩みもあるし、今まで生き抜いてきた理由でもある。
でも、この先、このままではいけないから、何を意識しようか考える。

2014/7/14 戦いに勝つには

受験も全て戦いは「実力×心」であることを学んだ。
100の実力があっても、心が0であったら、0である。
また、70の実力であっても、心が1であったら、70の力を発揮できる。
戦いは、100をとることではなく、勝つこと。
つまり、私には私の勝ち方があるということを先生が教えてくれた。
だからこそ、データが必要であるという。
10より100、100より1000のデータがあれば、
より精度が高い自分の戦略を立てることが出来ることを知った。

2014/7/13 先生の物語

外も暗くなっていたある日のこと。
机の真ん中にはひとつのオレンジ色のランプだけが灯されていた。
私は耳を机につけて、先生のお話をじっと待った。
一番好きなのは東北行きの列車の話。
駅での音を先生が話し始める。
シューシューと机を先生がこすりはじめたら、列車が動き出す合図。
そして、ゆっくり、ゆっくり、ガッタンゴットン、ガッタンゴットン
(先生が手と指を使って机を叩いている音。)
徐々に速く、ガッタンコットン、ガッタンコットン、ガッタンコットン、ガッタンコットン・・・
重たい重たい汽車が動き出し、走って行く。
あー遠くに行ってしまうと思ったとき、
寒さと、寂しさと、切なさが入り混ざった感情が心の中に広がる。
夢からさめたように、耳をはなし前をみるとあったかいランプにともされた先生がいる。
「あったかい」って思えるのは、こういうことだと思った。
わずかな時間の先生の物語は、あったかいお布団のなかでみる夢のような感覚になる。
目をつむれば、無限の世界が広がり、気づいたら私はその世界に入っていた。

2014/7/12 心が歪む理由

私が、感情的で、何一つ形に出来ないのには理由があった。
自分の中で許せない感情があるとする。
でも、自分の行動は、感情をねじ曲げて、楽な行動をとる。
そうしていくうちに、ねじ曲げられた感情だけが心に残って行く。
自分が守りたいものがあるのなら、楽をとることによって生まれる矛盾をおかしてはいけない。
自分が楽をしないリスクを負う事によって、はじめて、感情ではなくなることを学んだ。

2014/7/11 大地に水がしみこむように

「大地に水がしみこむように」と以前先生が比喩として話していたこの言葉。
私はこの言葉が好きだ。
好きな理由のひとつには、もちろん表現がきれいだからというのがあるけれど、それだけじゃない。
この言葉は、私にとっての先生でもあるから。

2014/7/10 夏の色

私が大学生か修士1年生だった頃、先生がいろいろな国の色や、季節の色の話をしてくださった。
私は色の話が大好きだ。
そんな私は今日、生まれてはじめて夏の色をみた。(気がした)
お教室から見える目の前のビルに、西の空、真横から光りが射していた。
光りの色は、蜂蜜に水を加えたような色。
ビルの白い部分は、その光りの色になっていた。
そして、今まで気づかなかった、よもぎ色に白を混ぜたような緑色がやけにきれいにみえた。
風になびく国旗もいつもより引き立っていた。
これが私が思った夏の色。

2014/7/9 私が気をつけること、気づくべきこと

人が教えるときは、その人の思考がそこにある。
だから、わかっていないのに、感覚だけで、表面上同じように書くことがいかに相手に不快を与えるか。
私は、そこに気づかなかった。
分からないときは、自分では書かない。
明確に分かっている部分だけを記入し、質問する事がマナー。

2014/7/8 先生のおっしゃっていたことの意味

先生が怒った意味がよくわからなかった。
私と先生の世界は違うからわからないんだとずっと思ってた。
先生との関係ではありえない話だけれども、普段の日常生活では私はそんなことはしていないと。
でも、はじめてわかった。
先生は私が好きな人の前で恥ずかしさや絶望を感じさせないように、全部私に教えていた事だったんだと。
先生にそれを話すと、先生は
「そうよ、またそれに気づくような人と幸せになってほしかったから」とおっしゃった。

2014/7/7 過去に執着している自分

自分が何か上手く行かない事、幸せではないと、過去に自分がどれだけ苦しかったかを考えて、それのせいにする。
人のせいにすることによって、現実を見ないでいられる。
そういう生き方を繰り返しているから、食べるだけ食べたり、ずーっと寝ていたくなる。
先生は、たとえどんな状況があったにせよ、最終的に選んだのは自分だという。
どこかで、自分にとって、都合がいい、楽だった点がある。

2014/7/6 流れ

流れは外部から止める事はできないと先生は言う。
外部からは流れに乗せる。
パニックの流れは自分自身が止まるしかないと学んだ。

2014/7/5 先生の4つの褒め言葉

先生が言ってくださる言葉。 「いい顔してる!」
「素敵!」
「きれいよ!」
「ほんとに可愛い!」
全部違った意味がある。
先生が「いい顔してる!」とおっしゃってくださる時は、目標に向かって頑張っている時。
先生が「素敵!」という時は、私が想像の話、憧れの自分を話した時。
先生が「きれいよ!」とおっしゃる時は、そこを意識すればあなたは美人と教えてくれる時。
先生が「ほんとに可愛い!」という時は、私の良さを引き出してくれる時。

2014/7/4 何にもなくても

私の中にはいつもどこか、本音を言った時は、じゃあやらなくていいと切り離されるという感覚があった。
先生が以前「これはあんまり好きじゃないけれど、でも頑張るよ!」というのも愛だとおっしゃっていた。
私にはその愛がまったくわからなかった。
演技ばかりして生きていると何もなくてもそのものの自分を好きでいてくれるというものが信じられなかった。
だから、向けられない感情は、気づいてくれる人に絡む行為によって出してしまう。
その事実のやったことだけでなく、「どうして私は」「じゃあもうどうすればいいの」
といった自分の満たされない感情が一気に爆発する。
感情が爆発した後は、相手の気持ちは考えていない。
相手は、私を私としてみてくれているから、私に対する感情が残ることに気づかなかった。

2014/7/3 感じる心

感じる心はどうやってつくられるのか。
私にとって、「先生だ!(反対に先生じゃない)」と思う項目はたくさんある。
香りにはじまり、色、部屋の空気、お料理、手(握手等)、文字、レイアウト、お店、赤ペン・・・
その無意識の情報の中で私の頭は、「先生」と認識している。
だから、香りの変化や微妙な味の変化に気づくのだと思う。
先生のスープは日によって、あまぁーいクリーミーになったり、
ほっとするお味噌汁のようになったり、食感がたくさん楽しめるスープになったりする。
香りも、怒られた時、雨の日、講習会、季節の変わり目、
それから距離によってもわずかに違う。
わずかに違うすべてが先生の香り。

2014/7/2 先生でなければ

同じ言葉も先生でなければだめであり、
このタイミングでなければだめな自分がいる。
先生は必ずそのタイミングで背中を教えてくれるときもあれば
怒るときもあり、事実を言う時もある。
だから、前を向いて歩ける。
あなたのまわりに
「愛ちゃんさあ、あのときすごく、可愛かったよ。
 だから今、少し我慢した方ががいいと思うけどなあ」
と言ってくれる人が何人いるかと先生はおっしゃっていた。
私はこの言葉の中に幸せを感じた。

2014/7/1 今の自分

時間は待ってくれないと言いながら、何も変わらない自分がいる。
私は5年経っても同じように悩むのではないかと怖くなる時がある。
でも、そのときはもう30歳になる。
先生は、ほんの小さなことをなぜやらないかとおっしゃる。
ひとつのことができなくて、何で他のことができますかと。
悩んでいながらも、今さらひとつひとつ積み上げると考えると萎えてしまう。

2014/6/30 連絡

言葉の連絡も「もの」を渡されたと同じ。
運ぶ係りの役割は、一番最初にその「もの」を渡すこと。
この一番大事なことが守れない。

2014/6/29 喜び

久しぶりに喜びを感じた。
喜びは自分自身を感じることなのかもしれない。
そのひとつに、出来ないと思っていたことが、私にもできると思ったとき。

2014/6/28 私の思考

私は自分の最初の動機を変えてしまう。
例えば、何かをするのが嫌だとしても嫌とは言わない。
むしろ喜んでやる。
そこで抑えた部分の心が違う部分で出てしまう。
そうした思考の最後に待っているのは
「私はやってあげた」
という考え。
相手は、ではやらなくていいですとなる。

2014/6/27 「ごめんなさい」を言ってはいけない時

全部自分がしたいようにして(先生はこれを全部食べてしまってという)
その後の「ごめんなさい」は相手に不快を与えるという。
全部食べてしまった後は、行動しかない。
そして身につけた後、「あのとき学びました」というのが
「ごめんなさい」の意味であり絆が深くなっているものだと学んだ。

2014/6/26 お金の価値

お金の価値が分からない。
そういう私に先生が話してくださった話。
先生は目の前にあったスティックのりを手に取り、こののりも全員が欲しいと言ったら10万円にもなるのよ。
お金ってそういうものだと。
みんなが欲しいという情報がお金であり、お金(貨幣)はいくらあっても、紙でしかない。
人によっては1万円の中に10万円の大きさを持つ人もいれば、100円の大きさの人もいる。

2014/6/25 100%の意味

人生、100%はありえないと先生は言った。
私にとっての100%は、言われたことを言われた通りにすることができたら100%。
先生はそうではない。
心の100%のことだとおっしゃった。
何かを心を基準に行動したことが今までの人生で何回あっただろうとひとりになって考えた。
ずいぶんと長い間、なかった自分に気づいた。
いつも何もなくても息苦しいわけだった。

2014/6/24 一瞬を生きなさい

「一瞬を生きなさい」
先生はそうおっしゃった。
私の好きな言葉の中に「一刻の中に永遠を感じる」というフレーズがある。
好きな言葉であり、私の中ではテーマのように思えるこのフレーズ。
その私が求める答えのようなものを先生がおっしゃった気がした。

2014/6/23 ツケ

人生のツケはやってしまった行動、行為ではなく
自分の性格として身についてしまった思考だと先生は言う。
24年の歳月の中で身につけた私の「人としてやってはいけないことをやってしまう」性格。
言葉に出すと恐ろしいものに感じるが、自分の心に直接届いていないような感覚がある。
現実逃避なのかもしれない。

2014/6/22 生理的

私は、自分が「おもしろい、すごいもの!」と感じると相手ではなく、
自分の世界観の中で全部突き進んでしまう。
相手が生理的に嫌と感じるのは、突き進むだけ突き進んで、
責任はとらないところ。
相手の意見を変更して自分の意見を通したにも関わらず、
結果が、相手の意見が正しかった時にも言わないところ。

2014/6/21 適当なその場の言葉

自分がどう思われるかを気にして逃げた言葉を言った時ほど恥ずかしい思いをすることはない。
一度、そういう感情のループに入ってしまうと、なかなか抜け出せない自分がいる。
でも、事実に向き合うのではなく、適当にその場をおさめようとすることのこわさを私は忘れない。

2014/6/20 何一つ

何か一つが守れなくなった時、何一つ出来なくなる。
何でこんなにうまくいかないのだろうと思ったとき、
私の場合は、ひとつ繋げてきたそのものの糸が切れている。

2014/6/19 私

私は勉強ではなく、やってあげるの形に必ずなってしまう。
そうすることによって、自分の存在位置をつくろうとする。

2014/6/18 バナナとリンゴときれいなドリアン

先生が、こんな話をしてくださった。
バナナとインドリンゴと皮をむいたきれいなドリアン
好きなものをどうぞと言われたとき、
皮をむいたきれいなドリアンは高級だし、めずらしいから本当は一番食べてみたい。
でも…、遠慮してインドリンゴをとったとする。
他の人の中には、私はインドリンゴがいちばん食べたかったのに!と思う人もいる。
つまり、好きなものを選んでいい時は、
自分の「ドリアンいちばん食べたいけれど、お高いでしょう、じゃあ私はリンゴ!」と言えば
全員理解できる。
本当に好きな物を手にいれられるとき
または、好きなものを我慢したことを理解してもらえると
子どもの頃エネルギーが生まれたと思う。
でも、それは今でもこれから先も変わらないことだと気付いた。

2014/6/17 親子

親子のコミュニケーションがなぜ大事であるか。
自分の心を抑圧したその感情は、向けるところがなくたまっていく。
たまった感情は、大事な人にぶつけてしまう。
結果として、愛されない人になってしまう。
私は、コミュニケーションの大切さを実感した。

2014/6/16 気になる

気になること。
これが、頭の中にあると今やっていることさえ全力でできていない。
気になることがあったら、紙に書きだすか、
先にやってしまうこと。
これが、自分を管理するひとつの方法だった。

2014/6/15 私の性格

私は、ひとつのことに夢中になると、他の事を忘れてしまう性格。
それをもう一度立て直す。
また、他の事もできたとき、その夢中になっているひとつのことは
もっともっとできるようになると先生はおっしゃった。

2014/6/14 とことんがなぜ重要か

ひとつのことにとことん限界まで挑戦すると、
その次に教えてもらったことは、はっきりと理解できる。
なぜなら、それがずっと探し求めていた答えであるから。

2014/6/13 化学と科学

科学は俯瞰鳥瞰の思考。
化学はフローチャートと先生が教えてくださった。
化学の分類には生物も数学も含まれる。
フローチャートの思考を身につけることができたら、
瞬時、ポイントを導き出すことができる。

2014/6/12 夢中

私には夢中になれるものがある。
そのひとつめが、先生の幾何クラスだった。
もうひとつが、今のフローチャートの思考法。
夢中になれたとき、かけがえのないものを必ず掴む。

2014/6/11 身に着けること

「できました」というのは、そのことに関する確認事項も含めて「できました」。
その確認事項がない人に頼むことは出来ない。
確認事項は今回の場合、全部で11あった。
この11が常に頭の中に入って、それがシステムのようになっている人にはじめて任せられる。
また、的確な意思疎通をすることができる。

2014/6/10 守ること

私がいいと思ったらいいという性格でここまで押し通してきた。
その私に先生が教えてくださった基準は「大事な人、好きな人がこれで理解できるか、いいと思うか」を考えること。
簡単だった。
今までの私のやり方を好きな人が、大事な人が、いいと思うわけがないと思った。
これから、必ずそれを守る。
もうひとつ、守ること。
一週間なら一週間のサイクルで必ずやってくるものがある。
失敗をしたとしても、どんなことがあっても、そのやってくる期日のものは守らなければいけない。
これは社会で生きる最低条件のことだった。

2014/6/9 私だけの花

薔薇でなければならないことはありません。
百合の種を蒔けば百合の花が
りんどうの種を蒔けばりんどうの花が
コスモスの種を蒔けばコスモスの花が咲きます。
先生はこんな話をして、「結果はその先についてくるもの、だから一級品の種を蒔きなさい」とおっしゃった。
今の私は、薔薇に憧れ、薔薇になれないなら、百合を目指そうと考え、百合にもなれない状況。
良い悪いの価値なんて知らないのに。
そうではなくて、蒔いた種を大事に大事に育てていけば、私だけの花が咲くことを教えらえた。
いつか先生は私にあなたは「梅とたんぽぽ」とおっしゃってくださった。
一面にたんぽぽの花を咲かせられるように、ひとつひとつの種を蒔いていけるようになろうと思った。

2014/6/8 未来

私は、今いいこと、今楽なことを何でも食べてしまう性格だった。
だから、優しさとか思いやりの気持ちはない。
それどころか、人の迷惑も考えずに生きてきたところがある。
私が大学に入ったころ、先生が自分に投資するお話をしてくださった。
今日の自分が明日をつくり、1年後、5年後、10年後をつくると。
はじめて、自分の未来を考え、その基礎にある今日を考えた。

2014/6/7 楽しみ

生きる価値は何かのお話を先生がしてくださったとき、「気持ちがいい」「おいしい」と感じることだとおっしゃっていた。
私は、掃除はしなければいけないもの、ご飯は欲求を満たすものだと思っていた。
でも、その目的を、「気持ちがいい」や「おいしい」に変えるだけでずいぶんと違う。
例えば、お風呂掃除。
しなければいけないからするのではなく、「溝も全部きれいになったら、最高に気持ちがいいお風呂にはいれるだろうな」と思って磨く。
それは、楽しみに変わり、普段気付かなかった蛇口のくすみまで磨き、気づいたら終わっている。
意外と時間はかからなかった。
そして、お風呂全体が明るなって、ゆったりお風呂に入った時は、最高に気持ちがよかった。
その原理に基づいて、今度はお部屋の床を、熱い香りを含ませたタオルで床を拭くことを目指して片づける。
(先生に教えてもらったこの香りの文化を体験することが楽しみ。)
食事も本当においしいものをつくろうとしたら、おいしいものはこじんまりとしていることに気づいた。

2014/6/6 やる気の理由

不思議なくらいエネルギーが湧いてきた。
なぜ、ここまでやる気になったのかを自分自身知りたくなった。
きっかけは4月の体重まで戻すと決めたこと。
私には「誰かに止めてほしい時」がある。
誰かといっても言うことを聞かない私には先生しかいないわけだけれど。
具体的にみれば体重という数値だけれど、この数値を通して、自分の感覚を変えたい。
自分自身で変えようと決断することはすごく難しい。
でも、自分を見てくれている、気づいてくれる先生がいると思ったら、自然とやる気になっていた。

2014/6/5 人はどこを見ているの

私は先生に完全に依存している。
今までずっと認めてこなかったけど彩にも依存している。
何かあった時、すぐに助けを求められる彩がいなかったら乗り越えられなかったものがいくつかある。
心の楽しみも彩とは共感できる、さびしさも紛れる。
依存している人間にも関わらず、自分の位置、態度はあっていない。
依存は一方(私)だけが、ものすごく必要としている状態。
自分が出来ること、自分の役割を果たせていない状態。
今は、自分自身で立って歩いていく能力がない。
これが、先生が昔からおっしゃっていた
「裸ひとつで、何日、他人があなたを家においてくれますか?」
と、おっしゃった意味なのかもしれない。
依存の原因は日々の積み重ねの中にあったと気づいた。
雇ってもらえない自分に気づいたとき、土台をつくろうと思った。
人はどこで何を見ているのだろう。
どこで私の土台がないことに気づくのだろう。
それを知りたくなった。

2014/6/4 おなかのムシムシ

学ぶとき、絶対に言ってはいけないのは「一生懸命やりました」。
「一生懸命やりました」と言う時は、「私はこれしかやっていません、出来ません。」と言っているようなこと。
それでいて、教えてもらう分はもらおうという考え。
学ぶ人は「そうなれるように、努力します」。
これが、私が身を持って気づいたこと。
努力しますと言っているとき、おなかの中に(私が小さなころから先生が言っている言葉を借りるなら)ムシムシがいなかった。
おなかにムシムシがいるとき、それはすでにもう、学ぶことはできないんだなと思った。
そういえば、昔、先生が「おなかにムシムシがいるねぇ。」「どれくらいだろう。」「先生が食べてあげよっか?」とお話してた頃、先生にムシムシを食べてもらうまでは、なあんにも問題が解けていなかった。
今も昔も同じかもしれない。
ただ、自分だけが、ムシムシのことを忘れて、「これだけ私はやったのに」とすり替えていた。

2014/6/3 常に、”過程”であるということ

兄弟で常に足の引っ張り合い。
彩にはどうせできないと思っているし、ほらね、彩も失敗したでしょと思ってしまう。
小さな頃から、自分が身についていない、もしくは空であったとしても、大人を味方につけることがあった。
一番わかりやすい例が、相手の悪いことを言いつけることで自分はいい位置にいけるような感覚。
自分だって、その悪いことをしていたかもしれないのに。
いつも不安だった。有利になったり不利になったり。
実質的に学んだことは何もない。
先生は、先生であっても、そうやって彩の方につくんだと私が思うのではないかと考えるのがもう本当に嫌ですとおっしゃった。
何年たっても同じこと、同じ性格、同じ悩みの原因かもしれない。
これからは、目的を達成する、あるいは責任を果たすこと、常にどんなことがあってもその過程であることを忘れないようにしようと思った。

2014/6/2 問題の原点

「何で怒るの?」と父に言ったことを先生に言うと、先生がすごく怒ったのを覚えている。
とんでもないことだと。
その考えがある限り、絶対にダメなんだということも感覚的にわかった。
「あなたは何様のつもりなの?」という位置に私はいる。
私はいつも位置が変わってしまう。
起きている問題は私が起こしたにも関わらず、その原点は無くなってしまう。
そして、次第に相手を責めている。

2014/6/1 裸の王様

恥ずかった。今思い出しても恥ずかしい。
それは、自分だけが位置を保とうとして、余裕があるような言葉を使い、振る舞おうとするけれど、まわりの全員に自分の中身を見透かされた時。
裸の王様になったとき、「自分は正しい、悪くない」という正当化の性格が出来たのかもしれない。
どうしたら、裸の王様にならなかったのだろう。
自分の心が見つかった時、「でも」とか「一生懸命やったのに」と言わずにすぐ帰るべきだった。
もっといえば、自分にずるさがあるから、自分の心が見つかってしまう。
出来ないのであれば、出来ないなりに、もっと早く相談するとか手段はあった。
それを後回しに、後回しにして、出来ているつもりになったからいけなかった。

2014/5/31 先生が褒めてくださるところ

先生は必ず、自分が少しでも変えようと努めた部分を見てくださる。
例えば、コンピューターの修理。
いつも、私は、手あたり次第直そうとする。
手順順序などは一切なく。
だから、直るときは直るし、元に戻れないこともある。
その私が、確認事項から、手順を追って問題を探していると先生がすごく褒めてくださった。
変わることはすごく難しいことだと。

2014/5/30 感情

心の中に怒りとかそういう感情をためていると原点にある問題や当初の目的を忘れて、感情の中であおられるように、 突っ走ってしまうことがある。
はっと我に返った時には、人間関係で修復できないものをつくってしまう。
怒りを持っている自分をこれからは意識する。
意識すると一度置くことができる。

2014/5/29 真実の追求

先生はいつも真実の追求だった。
その先生が、「なぜ、そう思ったの?」「そのとき、どうしたの?」と聞くのは、その奥にある真意を知ることで、解決の道が開かれるから、前に進めるから。
そのことに、私はずーっと気づかなかった。
なぜ?と聞かれると、普段からずるさや適当さがある私は、「あ、まずい!」と思ってしまう。
そうして、自分を偽っていくことがどんどん自分を見失うことにつながっていることに気づかなかった。

2014/5/28 嘘

自分の世界観の中でいいと思ってつく嘘は、解決のできない最悪な結果を招く。
だから、事実が大事だと先生は言う。
事実である限り、自分自身の行動範囲の中で起こした問題は必ず解決できると先生はおっしゃる。

2014/5/27 絶対言ってはいけないこと

「こう言われたからやった」と言ってしまう。
私ではないと。
でも、実際には、自分にとって嫌なこと、不利なことはこう言われてもやらない。
必ずそこに自分の「意志」がある。
それなのに、頑として認めない自分。

2014/5/26 私は、私は、私は

先生に「あなた、それをやったら人は絶対につきませんよ」と言われたことが何度かある。
自分の中で、この言葉がはっきりと理解できたことはなかった。
いつも、頭の中に「私は」がある自分は、
「私はちゃんとやった」
「私は役割通りに動いた」
「私は、私は、私は…」だった。
でも、先生は違う。
「相手がどう思うか。」
「どうしたら迷惑をかけないか。」
「そのためには、どうすればいいか。」
それだけだった。

2014/5/25 核となるもの

先生は必ずイメージを教えてくださった。
イメージがわかなければ自分の位置を知ることはできない。
私が頭にイメージを描けるようになると先生は
「そう、そう、そうなの!」とおっしゃっる。
このリズム、情動が私の中に入った時、自分のおなかの奥にしっかりとした核のようなものができる。
先生とのすべてがその中にある。

2014/5/24 人を育てるということ

先生と私のお約束がある。
ところが、いつも自分の世界に入ってしまうと、相手が先生であることを忘れて、お約束を破ってしまう。
私は頑として認めなくなる。
その性格になってしまうと、相手があの先生であることもわからなくなる。
ただただ、ものすごい気迫を感じる中で先生の目だけを見ていた。
不思議だけれど、一瞬フラッシュバックの時に、昔の(私が小学生の頃に見た)先生の記憶が頭をよぎった。
そのあと、私は先生が言っている意味が全部まるまるわかった。
(後で聞くと、途中であなたの顔が穏やかになったと先生はおっしゃっていた。)
いつも、先生は、私に、ひとりの人間として教えてくださっていた。
それは、「こういうもの」という作られたものではなく、年月の中で作られた私と先生を結ぶ見えない何かという約束をなぜ守れないかということ。

2014/5/23 気になること

私には気になることが今までたくさんあった。
でも、心が満タンになっていると、「それどころじゃない」と思っていた。
割れた画面や、いつも汚くなってしまう部分、におい、等々。
目に見える部分もあれば、見えない、「あの人に言われた言葉」もある。
こうしたことをひとつずつ、対処なり直せしていけたら、もっともっと心が優しくなれる気がした。
そのひとつである、あの人に言われた言葉は、次がまたあるからこそ気になっている自分を知った。
先生は、そんなときの対処法。切り替えの言葉を教えてくれた。
それだけで、頭の中を占拠していたひとつが消えた。

2014/5/22 人生って楽しい

いつもマニュアル的に、これはやってはいけないこと、こういう場合はこうすると覚えておけばいいと思っていた。
だから、人一番そのマニュアルを意識する努力をしてきたように思う。
だからこそ、マニュアル以外のことが来ると、「もう、無理」と思ったし、マニュアル通りではなくて順調に進んでいる人を見ると何だか腹が立った。
でも、生きていくうえでマニュアルなんてひとつもないことを知った。
相手の人に自分の心を言えること。
自分の感性で気づいたことを話せることだけなんだと。
人生はものすごく楽しいものかもしれない!

2014/5/21 勇気

「あなたには、そんな小さな勇気もないの!」
唯一、私の心に小さく、暗闇の中に一滴のしずくが落ちるように響いた先生の言葉だった。
たくさんのことを先生はおっしゃったけれど、嘘もついてない、悪くないと思っていた私にはひびかなかった。
勇気?
勇気って何だろう?
私は結構勇気がある方だと思っていた。
みんなが出来ないことだって、「よし!じゃあ私が」と思うから。
(勇気の意味がわかった今、今まで勇気だと思っていたことは、見返したいとかそういう心からくるものであり勇気ではなかった。)
一瞬心に何かがきたものの、悪くない自分を変えるはずもなく、そのままでいた。
すると、先生が本気で怒った。
私は、人が怒るという心をはじめて知った。
相手の人が怒るという心を今まで私は知らなかったことに気づいた。
こうしたらいけないから、怒るのだと思ってた。
でも、先生は、私にかけたぶん、先生が許せなかったんだと感じた。
それを知った今、私ははじめて自分がすごいと思った。
私が、私であることを言う勇気を持つことだけが先生が求めていることだと知ったから。

2014/5/20 真実

第三者にはわからなくても先生と私だけがわかることがある。
先生がおってくださったリスクも半分くらいかもしれないけれど感じることがある。
そういう言葉にできないものが積み重なって今があると思う。
真実は感じることがなければ永遠にわからないと思った。

2014/5/19 準備

準備は目的の日まで、ひとつひとつの階段をふんでいくことだとはじめてわかった。
必要なものを揃えるのは用意。
何日前に、何を用意するのかを考えるのが準備。
準備はそれだけでなく、心の願掛けもある。
それは、自分の心だけが知っているもの。
三週間前、二週間前、(特に大安の日)、一週間前の準備の経験を生れてはじめて体験して実感したこと。

2014/5/18 目標を明確にする

先生の著書「ジョン・F・ケネディ 君らしく生きてみよう」の中に「いくつもの試練を乗り越え、希望に向かって突き進めるのは、目標を明確にできる人」という言葉がある。
目標を明確にするということは簡単なことのように思えるけれどすごく難しいことだった。
例えば、ただただ「痩せる」ことは、目標を明確にできていない。
自分が本当に求めているものは何かを知らなければ、目標を明確にはできない。
また、だからこそ、目標は単発なものではなく、さまざまなものと連携している。
目標を達成するときには、全方位においてバランスがとれているのかもしれない。
常に自然と同時並行していくものなのかもしれない。
いくつもの試練を乗り越え、希望に向かって突き進む人でありたいと望むからこそ、私は目標を明確にするという真の意味を習得したい。

2014/5/17 嘘と偽り

私は自分の言葉で話せないことがある。
自分が感じたこと気づいたことを自分の言葉で話している人はすごく魅力を感じる。
もっともっと聞いていたいと思う。
なぜ、自分の言葉で話せないのか。
どこかでまだ、自分の中で一致していない部分が私にはあることを再確認した。
自分の心を偽って、「そうではない」としているうちに、自分でもわからなくなってしまった。
そして、自分の中でのかい離が始まり、本当の自分が何であったのかが分からなくなる。
嘘をついたとしても、自分だけには偽らずに生きたいと思った。

2014/5/16 判断

こうしていれば、安全だろう。
相手は喜ぶに違いない。
上手くいくだろう。
そんなことばっかり考えて生きてきた。
そうしているうちに、何が正しくて、何が間違っているのか。
何が得で、何が損なのか。
何が良くて、何が悪いのかが基準となった。
でも、先生は言う。
言い悪いなんて何もないと。
そのときの状況によっては、善も悪になり、悪も善になるという。
だからこそ、いつも人間としての判断をしたいと思うし、その中で自分というものを持ち続けられるようになりたい。

2014/5/15 梅の香

先生が源氏香のお話をしてくださった。
日本にもあの時代に香りの文化があったと私ははじめて知ったと同時に強いあこがれを抱いた。
梅の香りのする女性はどんな女性なんだろうと想像をふくらませた。
最も寒さ厳しいなか、細い細い三日月が見える。パッとはじけるように咲くのが梅の花と以前先生がおっしゃっていた。
厳しさの中で、自分にも厳しく生きるからこそ、そばにいくと落ち着くような、優しく、それでいてどんな花よりも女性的なにおいがするのかもしれない。
私は梅の香りがにあうような人になりたい。

2014/5/14 焦った時の対処法

心の中にあるうちの厄介なもののひとつに焦りがある。
焦りは見えないからだと先生は言う。
焦って集中できない時のひとつの方法を先生が教えてくれた。
それは、焦っている原因と考えられるものを全部紙に書くことだと。
たしかに、実行してみると、紙に書いてしまえば、意外と多くはないもので、今やっている作業が終わったらやろうと思える。
とにかく、一度心の中から外に出してしまうことが大事なのかもしれない。
それだけで、今目の前の作業に集中できることを知った。

2014/5/13 今

「今さら言ってももう遅い」と思い、心の中に溜め込んでいるものが私はいくつあっただろう。
先生は、「今さら」は自分に都合のいい解釈だという。そして、気づいた今どうするかという。
それには3つあるという。
1、時間がまだ少ししか経っていない時。
2、時間が経ってから相手に言われた時。
3、まったく相手が気づかない(特に身内)の時。
時間は何のためにあるか。
返すためであるという。
返すことが生きることであり、人はすべてを返して死ぬために生きると先生はおっしゃった。
心の中にためているものをいつも返していきたい。

2014/5/12 時が経ったように

実際には昨日なのに、一週間も経ったように感じたことがある。
先生はそんなとき、その経ったように感じた分だけの心の変化があった時だとおっしゃった。
今まで、これなしで生きていけないと思っていたものがそうでなくなったり、あるいはその反対だったり、そういう心の変化だった。

2014/5/11 人間

先生は、私の数多くの失敗を「これは愛ちゃんの個性」とおっしゃった。
ただ、ある種のものだけは、絶対にやってはいけないことだとおっしゃった。
違いをよく見比べると、
個性と先生が言ったものは、人間である限りやってしまうかもしれないこと。
だからこそ、次は同じ失敗をしないように努める。
絶対にやってはいけないことは、人間としてやってはいけないこと。
「それをできるあなたの心」で学ぶことは何もないと言う。
自分を正当化してしまえば、人の目を考えずに生きていける。
その時間が長ければ長いほどいかに恥ずかしく取り返しのつかないものかをどこか感じた気がする。
私は自分のやってしまったことを忘れない人になる。

2014/5/10 一円の価値

「一円の使い道、十円の使い道、百円の使い道、千円の使い道を知っていますか」と私がたしか中学の頃、先生はおっしゃった。
大学に進学する頃になるとお金を使う能力のお話をしてくれた。
先生はお話の中のたとえ話を私はよく覚えている。
君たちが、小学生の時ほしかったものがあるよね。
もし、100万円のお金でそれを好きなだけ買っていたとしても、今いるかしら。
私は、買ったすべてのものがゴミになっている気がした。
私にはいよいよお金というものが難しい存在に思えて仕方ない。

2014/5/9 生きる価値

生きる価値って何ですかと先生に聞いた。
私は、生きる価値は、人の役に立つ何かができなければならないような気がしてた。
先生は生きる価値は人の評価ではないよとおっしゃった。
生きる価値は自分が感じるものだと。
気持ちがいいなあ。美味しいなあ。あの子がこっちを見た!嬉しいなあ。
人は、またそれがほしいから頑張るんだと。
それが生きる価値でありエネルギーだと話してくれた。
「そんな安いものでおいしいと思うなんて、不幸だ!」と人に言われて、不幸と思う人は本当に不幸。
しんでしまう時、豪邸もお金もすべて持って行くことはできないけれど、自分が感じた想い出だけは、ここに(両手を胸の前にもってきて)いっぱい持って行ける。
それが生きる価値なんだと教えてくれた。

2014/5/8 全力のとき

全力でやったとき、先生は必ず本気の握手をしてくださった。
たとえそれに欠陥があったとしても。
まずは、握手だった。
私のすべてを出し切ったと思ったときの先生との握手は格別だ。
いつも、思う。
子どもが全力を出したとき、それを最初にぜんぶわかってくれるのが先生。
間違っているところ、もう少し修正の必要があるところは、そのあと少し間があってから、
「ここをこうするともっといい」と言ってくださる。
そうなったら、自分からもっといいものにしたくなる。

2014/5/7 目をとじて

中学生の時、講習会の始まりはよく先生の「目をとじて」から始まった。
少し経つと、先生が「今日、何と何をやるか考えてください」と言う。
一年後、あるいは二年後の夢、目的を達成した時の自分をイメージしてみる。
さらに少し経つと先生が「大きな深呼吸を3回しましょう」とおっしゃる。
3回終わったころには、まっしぐらに問題に飛びついている。
今日は、どんなことがあっても、ここまで終わらせる!と、そう思う。

2014/5/6 赤と緑

赤をより赤く見せるには背景の色を考えなければならない。
と、先生がおっしゃっていた。
昔、先生に華やか世界にどうしたらいけるの?聞いたとき、先生は毎日毎日こつこつすることだとおっしゃった。
毎日楽しいとき、それはもう楽しいものではなくなっているという。
私はよく、何もはじめずに、「あの人が羨ましい」と見えているところだけで思うけれども、見えないところに、見える赤に対して緑のような努力や日々の生活があるのかもしれない。

2014/5/5 夏の空冬の空

ある冬の日、7時ごろ窓の外を見ながら先生が、あの空を夏の空に見せるにはどうしたらいいと思う?とおっしゃった。
数秒後に先生は、高層ビルの上の方にあるネオンの文字が夏の空はもっとぼやけて見えると言っていた。
次にもっと寒く見せるには、あの文字が刺すように見えると聞いた。それで上に細い三日月があったらというお話。
人は、そういう何気ない部分を無意識のうちに感じていることを知った。
でも、普段見ていて見ていないと、何でそう感じたのかわからない。
「なんとなく」の中にはこういう情報があるんだと思った。

2014/5/4 自分の心

小学生の時は、限界を感じると私はほっぺに青い線が出ると先生がおっしゃっていた。
今は分からないけれど、必ず自分の心を見てくれる先生。
まるまる心が楽になるこの感覚。
何があっても頑張ろうと思う。

2014/5/3 人の話を聞くとき

人の話を聞くときは顔を意識しなさいと先生は言う。
自分の顔を見ることができたら、果たしてその目つきや態度はできただろうかと思うとすごく怖くなる。
見えない自分の顔だからこそ、常にこれから意識しようと思った。

2014/5/2 銀杏の木と5月

銀杏の木のしたに座って銀杏をみると「迷ったとき自然が教えてくれる」といつもおっしゃっていた先生の言葉を思い出した。
5月の銀杏は、よくみると、あの銀杏の葉の姿のまんま小さくなっていた。色は鮮やかな緑。
何かがわかったわけではないけれど、そうして銀杏の木陰にいると深い深呼吸をしたときのような気持ちになった。
はじめて、5月を見つけた気がした。

2014/5/1 走ったとき

先生といっしょに全力で走ったことがある。
大学2年生の頃。
私は本当に全力で走った。
横に同じ速さで走る先生がいた。
あのとき、何にも気づかなかった。
走ったのには理由があったように今は思う。
あのとき、いろんな感情を引きずっていた私だった。
感情を引きずっていると今の時間が存在しない。
走った時だけ、今を感じた。
先生は、それを教えたかったのかもしれない。
なぜなら、あの日は、特別な日だった。

2014/4/30 いちばん怖いこと

「うまくいった」と思ったときは大きな大きなものを背負っていると先生はおっしゃる。
中学生の頃、事実は違うことは知っていたけれど、「私はこう思っていました。聞いていません。」という理由で自分を通そうとしたことがあった。
そういう私に先生は、じっと目を見て、「本当にそうなのね。わかった。」とだけおっしゃった。
席に戻って、「自分は間違っていない」と思い込もうとした。
だけれど、何かに掻き立てられて、もう一度先生にお話しすると、先生はこうおっしゃった。
「いちばん怖いことはね。これで通ったと思うでしょう。その思考が身についてしまうこと。」

2014/4/29 赤い筆箱

小学校1年生から中学3年生までずっと同じ赤い筆箱を使っていた。
それからさらに数年たって、あるとき先生が
「文具品にこだわりがあるのは大事なこと。」
と、おっしゃっていた。
確かに、あの赤い筆箱といたときは、必ずえんぴつをきれいに並べていた。
そうして、終わると筆箱に戻す。
この繰り返しのサイクルがあるとき、毎日を、その時間を生きた感覚があったように感じた。

2014/4/28 忘れない味

小学校高学年の頃、低学年の子と一緒に何かをすることがあった。
実際に何をしたのか覚えていないけれど、器以上に頑張ったことを覚えている。
その日の最後、先生がみんなにスープをくださった。
頑張った自分とスープのおいしさに涙が出てきた。
すると、先生が私のところにきて
「頑張ったの、先生、知ってるよ。だから、いちばんおいしいところのお肉をいれたんです。」
と、おっしゃった。
どこか、無理した分、イライラをほかの子にぶつけたくなっていた自分が恥ずかしくなった。
あのときの、お肉のおいしさ、今でも忘れない。

2014/4/27 髪型

中学三年生の時、髪の毛をちょんまげのように結んでいると先生が絵を書いて言った。
ここの髪の毛を結んでしまうと、上と下に分かれてしまうでしょう。
そういいながら、横にもうひとつ絵を書いてくれた。
毛先がうちまきになった髪型だった。
嬉しくなって、なんだって頑張る気持ちになった。

2014/4/26 おにぎり

中学生の時、先生がおにぎりをつくってくださったことがあった。
みんなが食べたいといったたらこのおにぎり。
先生がおにぎりをにぎって帰ってくると先生の手は真っ赤だった。
たらこのおにぎりは甘い味がした。

2014/4/25 中学一年生

中学になって最初に先生のところに来た日のこと。
はじめて学校から直接、電車に乗ってお教室に向かった。
代々木上原で乗り換えを間違えて、知らない路線に乗ってしまった。
次の駅は「明治神宮前」とアナウンスが聞こえてきたから慌てて降りた。
とっさに先生と明治神宮に歩いて行ったことを思い出したから。
明治神宮があんなに広いとは思ってもなかった。
走って、走ってお教室についた。
着いたのは授業の終わりの時間だった。
先生がエレベーターのところに出てこられて、横から私の肩を抱き、頭をすっぽりつつむようにして話しかけてくださった。
学校での不安な気持ちにあおられるような毎日を送っていた私は、先生の腕の中で息を整えるのと同じくらい、気持ちも楽になった気がした。

2014/4/24 改札でのこと

先生は歩いているとき、信号待ちの時、駅で待っているときの姿を意識しなさいと常に言っていた。
あるとき、大事な願書をお教室に忘れた。
先生が駅で願書を待っていてくださった。
両手に願書を抱いている先生。
いちばん見えるところの真ん中より少し右寄りに立っていてくださった。
私が少しパニックになっている表情をみて、先生は両手を持って私の目をみて話してくださった。
最後に、振り返らず行きなさいと言う。
背中に先生を感じながら私は歩いた。
「もう、だいじょうぶ。」と、私は思った。

2014/4/23 油絵クラス

小さな頃を回想すると必ず思い出す風景の一つとして油絵クラスの時がある。
私はいっつも床にすわって、思うままに絵を描いていた。
ふと先生をみると、左手にパレット、右手に筆をもってキャンパスをみているところ。
つよく記憶に残っているのは、絵を描いているときの先生はどこかいつもと違って見えたからかもしれない。
私は絵を描いているときの先生が、そして描かれた絵を見るのが好きだった。

2014/4/22 プライド

何でも食べてしまう私だった。
特に先生のお料理はおいしいし、美容にも抜群。
あるとき、講習会で友達があまったサラダを「愛ちゃんたべるでしょう」ともってきた。
私が普通にそれを食べようとすると先生は、すごく怒った。
「あなたにプライドはないんですか?」
「あなたが、ちょうだいととりにいくならわかる。
 最初から、3分の1なり、分けて置いてあったならわかる。
 これは違う。」と先生。
そして、先生はそのサラダを捨てられた。
私はその時、意味がよく分からなかった。
「愛ちゃん、忘れないでね」
ただただ、覚えているのは、いつも私がずるさや言い訳をしたときとは違う先生の表情。
そのあと、くださった干しブドウとわかめがのった別のサラダの味。

2014/4/21 正当性

自分が少しでも正当性があると思い込んでしまった時、一番大きな大きな問題を起こしてしまう。

2014/4/20 自分の行動

恥ずかしいと感じた記憶を無くしてしまう。
代わりにこうされたという怒りの記憶ばかりを集めている。
こうされたから仕方ないというけれど、最終的に選択し、行動したのは自分だと先生は言う。
結局、自分の行動はすべて自分の意志で決めてきたことを再確認した。

2014/4/19 何年経っても

何年経っても同じ記憶しかないのは、都合よく生きているから。
今を生きていないという。
自分ではなく作り出した自分の中で生きているような気もする。
いつか、先生は水も溜まっていたら淀んでしまうと話してくださったことを思い出した。

2014/4/18 肌寒く雨が降る春の日

肌寒く雨が降る春の日。
私が撮った一枚の写真を手にとった先生を思い出す。
その写真を数秒見ていた後、詩のような文章をつけてくださった。
タイトルは「迷いの心の公衆電話」。
私は、その文章をみると、自分が小説の主人公になった気になって嬉しかった。
喜んで、先生に話をすると
先生は「うん。どんな気持ちでこの写真を撮ったのかなぁと思うのよ」とおっしゃった。
とたんに涙があふれてきた。
言葉にならない寂しさがあった。孤独ではなく孤立のような。

いつか先生がおっしゃった。
「たったひとり、この世の中で自分のことをみてくれる人がいるならば」
毎年、毎年、肌寒く雨の降る春の日は思い出す。




『迷いの心の公衆電話』

心を空っぽにして歩いた。
あわれさの主人公を演じているかのごとく、酔いしれば酔いしれるほど、私はあわれさの中にひたった。
ふと気がつくと二又にわかれる道にいた。
「どっちにする?」
「考えることがめんどくさい」
汚れた公衆電話が私の前に立っていた。
「現実をみておくれ、人も物もすべて、時の中にうずもれ忘れられることを」
公衆電話が言った。

たしかに言った。
私は公衆電話を横目に大またで右の道を歩いた。
気づくと線路が私の傍らにあった。

2014/4/17 必要な人

「必要な人になりなさい」といつからだろう、言われていた。
私は、必要な人になっていなかったと気づいた。
必要とされる第一条件は、一貫性だと気づいた。
例えば、一度、始めたことは最後までやる。
始めたことの中に大きなヒントがあったことに今になって気づく。
必要とされるようになることが、もっとも学ぶことであることだと思った。

2014/4/16 見えない部分

見える部分ではなく見えない部分にあるものが信用だという。
小さなころは、見せる部分ではなく自分では何気なくやった部分を先生が褒めてくださった。
だから、先生がぎゅっと手首を持っていてくれているような感覚がある。
大きくなるにつれて、見せる部分が多くなった。
同時に、見えない部分も多くなる。
見えない部分での自分と見える部分での自分。
自分だけは両方ともしっかりと知っている。
せめて、見えない部分と見える部分が同じでいたい。

2014/4/15 安らぎ

何年経っても会えばお互いに同じ空気の中で会話ができる。
いつでも、その感覚に戻れることが永遠であり安らぎであると知った。

2014/4/14 リズム

先生はいつもリズムをくれた。
小さなころはタンバリンで。
タタタンタタタンタタタンタン。
と、先生に続いて手をたたいた。
大人になると会話のリズム。
私はそんなふと感じるリズムが好きだ。

2014/4/13 くらべっこ遊び

先生はくらべっこの遊びをたくさん教えてくださった。
お味噌をつくったときは、ミキサーを使うかすりばちを使うかで味のくらべっこ。
油絵で描くときは、ナイフを使うかワイヤーを使うか割り箸を使うかで線の違いをくらべっこ。
設計図を書くときは、部分で見るか全体でみるかで製図の違いをくらべっこ。

2014/4/12 組み合わせのお話

先生の組み合わせのお話が私は大好きだ。
たべものも洋服も器もすべて。
あっという間に日本的になったりイタリアになったり。
同じ赤でも日本の茜色があることを知った時の感動を忘れられない。

2014/4/11 言葉の衣装

言葉にも衣装があると先生はおっしゃった。
同じ言葉でも使っていい時、悪い時があるという。
言葉の衣装を使い分けることができることこそ魅力なんだとはじめてわかった。

2014/4/10 先生のにおい

先生のにおいはいつも違う。
季節、時間、天気、相手?
わからないけれど、なぜかほっとするあのにおい。

2014/4/9 車輪の下

今まで読んだ本で記憶に残っているのはヘルマンヘッセの車輪の下。
高校一年生の時だった。
車輪の下を通して、先生と愛についてお話しした。
見えない、つかめない、愛についてはじめて考えた時だった。

2014/4/8 生まれてきたならば

私が中学、高校の頃だったか、時代はよく覚えていないけれど先生が
「この世に生まれてきたならば、必ず神様から与えられた使命がある」
とおっしゃっていた言葉を思い出した。
自分の使命は何か、それを考えながら生きているという先生のお話。
私の使命は何だろうと思う。
本当のことを言えば、私はその言葉を聞いても今日までは使命なんて考えずに生きてきた。
何でも人のせいにする性格がわざわいしたのか、いつも怒りとかばっかりをため込んでいたから。
今でもそういう感情が出るときもある。
でも、先生に生きること、生かされているということを教わって今は自分という存在を感じる。
自分という存在を感じてはじめて、他のものを守りたい、守らなきゃという感覚のかけらにふれた気がした。

2014/4/7 一瞬の楽

一瞬の楽を選んだ時。
その楽はすでに楽ではなくなっていて、何もかも思い通りにならなくなる。
原点は目先の欲に走る自分なのかもしれない。

2014/4/6 魅力

言葉と行動と見た目、すべてが一致した時それが魅力なのかもしれない。
先生はその人にしかない魅力の引き出し方をお話してくださる。
シャツの色からお話してくださるそのお話が私は大好きだ。

2014/4/5 頑張る

私があることに夢中になると先生も同じ目でそれを見てくださる。
私は途中からそれにうれしくなって、もう一回やろうとする。
子どもの時から変わらない感覚。
子どもであっても大人になっても「頑張るから。」と思える瞬間。

2014/4/4 やってごらん

私が小さなころから先生は「やってごらん」とおっしゃった。
分からなくてもやってみるというのが先生と私との暗黙のルールでもある。
そして、やってみて途中から歯車が回転していくように自分の思考が、あるいは心が前へ前へと動き出すのが分かる。
終わるころには別の何かが生まれている。
先生の「やってごらん」は私の背中を押す唯一の言葉。

2014/4/3 置き換え

自分に置き換えて聞くことができなければ、何一つ理解できていないことを実感した。
置き換えてはじめて分かる。
それを忘れないためにも、ひとつひとつ自分に言い聞かせながら行動することを先生に教えてもらった。

2014/4/2 深呼吸

大きく5回深呼吸してごらん。
もういっかい、もういっかい。
最後!
先生の声を思い出した。
あのとき、先生も深呼吸していた。
先生との深呼吸は新しい一歩を踏み出すようなそんな気持ちになった。

2014/4/1 記憶

想いでの記憶は不思議なもので、頭に浮かばないときはまったく浮かばない。
今の自分の性格がそうさせるのかもしれない。

2014/3/31 条件

自分ひとりで自分を変えることはできない。
本当に変わるときは、大きな力が必要。
だからこそ、素直でなければならない。
自分もそうありたい。

2014/3/30 永遠

永遠とは何か。
いつでも、”あの感覚”に戻れること。
そのためには、受け入れられる、もしくは本音を言える自分でなければならない。
そうあることが向上心だと学んだ。
私は私の中での先生という永遠を知っている。

2014/3/29 続ける理由

この思い出日記を書くことがどうしても苦しく感じるときもある。
もう、今日は無理だと思う日もある。
それでもなぜ、続けるのか。
私にはこれしかない、ただそれだけなのかもしれない。
そして、そうして気づいたら4年が経っていて、その4年という月日が私をまた鼓舞させる。
ここでやめたら、もったいないと。

2014/3/28 これくらい

「これくらい」「少しぐらい」と思うこと。
それが、最終的には大きなことになる。
例えば、最初は「これくらい」と思ったことが、次第にやらなくなり、何もなくなる。
私は、この「これくらい」を必ず意識しなければならない。

2014/3/27 幸せの意味

心からの満足は、本当に他に何もいらなくなる。
これさえあれば、もう十分と思える。
それが、幸せの意味なのかもしれない。

2014/3/26 無言の世界

何も話さなくても横にいられる。
それができる関係は何だろうと思う。
先生はいつも私の見えない世界を少しずつ見させてくれた。
私はこの新しい無言の世界を知りたい。

2014/3/25 想い出

想い出に残るのは、自分がこうみられたいと演じたものではなく、
心がふれた瞬間。
それは、日常の何気ないなかにあるのだと先生から教えてもらった。

2014/3/24 たったひとつの

先生はいつも無条件。
たったひとつの条件といえば、そのままの自分でいること。
それは、言葉に出来ない倖せ。

2014/3/23 気持ちがいい

「気持ちがいい」と感じたら、誰だって優しくなれる、頑張れる。
先生はこの「気持ちがいい」を与えてくれる。
今日の「気持ちがいい」は、充足感。
先生は「今度は、達成感を味わってほしい」とおっしゃった。

2014/3/22 想い出

想い出は不思議だと思う。
あんなことがあった、こんなことがあったという事実は、時間をかけて何かをきっかけによみがえってくるもの。
寂しいとき、勇気をほしいとき、たすけてほしいとき、会いたいときの想い出は、そのときふれた感覚。
私の場合は、ドロケイをしたときの芝生を走るいつもの先生の足。
それから、家出した時の公衆電話から聞こえてきた先生の声。
先生のデラックス版料理を前にしたときの自分の中に広がった喜び。
お教室の明かり、先生のにおい、先生のピンク色。
ほかにもあるけれど、こういう空気のような、あるようなないようなものが想い出なのかもしれない。
確かにその時間はあったのだけれど、夢だったようにも思える世界。
夢のような世界も、楽園も、安らぎも、ぜんぶぜんぶ心の中にある。

2014/3/21 落ち込みの原因

なぜ、落ち込むのか。
怒りや憎しみは人のせいにできるけれど、落ち込みの原因は100%自分にある。
相手に自分がどう思われたか。
先生は、そうではなくて、相手はどう思っているのかを気づくことだという。
だからこそ相手を見なければならない。
相手をみることこそ、自分を大事にすることなのかもしれない。
先生の「自分を大事にできなくて、どうして人を愛することができるか」という言葉を思い出した。

2014/3/20 今日の雨のように

「今日の雨のように」
先生のこの言葉が心に残る。
雨は全部、全部を流してくれる。
そして、乾いた土を潤してくれる。
「今日の雨のように」
たまには、こんな雨の日が心の中にもあるのかな。

2014/3/19 大事なもの

一番大事なものを心に入れたなら…と先生が言った。
一番大事なものは大きなものではないと言う。
大きなものでも、形あるものでもなくて、あなたのその心を私はもらったというもの。
だからこそ、その大事なものをくれたたっひとりの人がいちばん望むようにという先生のお話。
大事なものを築ける自分でありたいし、大事なものに気づける自分でありたい。

2014/3/18 生きていると感じるとき

自分の知りたいことに全神経を集中させて、そして、おいしいご飯をたべて、気づいたらうたた寝して、目がさめたとき。
「生きてるなあ」と思った。
先生は生きているそのこと自体の感覚をくれる。
遊びも勉強も全部おんなじだった。

2014/3/17 教えて

「教えて」と先生の口からきくのは何度目のことになるのだろう。
先生の「教えて」の言葉は私に自信をくれた。
そして、24歳の私が見る世界を先生にきいてもらえることの倖せ。
私が7歳の頃、等積変形の問題(1枚の折り紙を指定された枠内にあてはまるように切って貼る問題)で、紙を切り刻んだ時も先生は「教えて」と聞いてくださった。
廊下の椅子に座っていて、先生が通られるときに立ち上がった時もそうだった。
そうして、その後、必ず、「その心がすごい!」「その発想がすごい!」と褒めてくださった。
先生がそうして褒めてくださるときの目は忘れられない。

その先生がある時こんな話をしてくださった。
「知らないことを知らないと言える人は、あと少し、それさえ分かれば手に入るから。」
先生はいつも何かの目的や夢に向かっていて、常にそのアンテナがあり、それを紐解きながら、たぐり寄せながら、歩いているのかな
ふと記憶と記憶のシナプスをつなげながら思ったこと。

2014/3/16 100以上の楽しみ

先生からのプレゼントは心の中をまぁるまる全部うめてくれるものだった。
開放感と充足感と憧れと特別と感動とそして安らぎ。
言葉にするならそういったものによって、心が誘われるようなそんな世界。
先生は楽しむときにはそうした100以上の楽しみを教えてくれる。

2014/3/15 生きる道

ひとつの道を選ぶなら、そのほかはすべて捨てる。
捨てた自分のその顔も見せない。
先生が図を描きながら説明してくださったこと。
このときの道は自分の欲ではなく相手。
相手が生きる道が自分の望む道になっている。
そうして選択する先生の姿が私の頭には浮かぶような気がして、またひとつ、みえない世界の核の部分にふれたような気がした。

2014/3/14 愛される法則

素直は「あ、やっちゃった」と自分に向けるもの。
相手に対しては素直ではなく”事実”と先生はおっしゃった。
「今日、待たせてしまってごめんなさい」と言うよりも、
「あまりに楽しかったから、時間忘れちゃってた!ごめん。次回頑張るから許して!」という事実。
先生のこの5分間の言うならば「愛される法則」講座は私が全部、全部、吸収しようと本気を出す瞬間。

2014/3/13 自分の意志

自分の行動、自分の発言は自分の意志であり自分が主語であるはずなのに、
あたかもそれが自分でないような言い方をするとき、一緒に長い間いるのはきつい人になってしまう。
私はこれから、自分の意志、希望を言えるように意識しようと思った。

2014/3/12 言わなければよかったというとき

言わなければよかったと思うのは自分の世界観、劣等感だと先生は言う。 言わなければよかったと気にしている対象は自分であり相手ではない。 相手に自分がどう思われたかでしかない。 大事なのは相手がどう思うかを考えることだと学んだ。

2014/3/11 欲

好きだという気持ちから欲になった時。
欲は自分の世界観で行動するからベクトルを間違える。
と、先生がおっしゃった。
身にしみて理解できる。
自分の欲に走った時もとには戻れない後悔になる。

2014/3/10 私がいつも陥ること

幼稚性は原点を忘れてしまったときと聞いた。
今、そのとき聞いたことをとって、「言われたとおりにやったのに」となる。
原点から結び付けてみると、聞く位置が違うことに気づかない。
そんなときは、目的さえ見失っている。
私がいつも陥ること。

2014/3/9 意識と心

意識と心は不思議なもの。
嫌だなあ、困ったなあ、どうして抑えられないんだろうという欲望を先生に聞いてもらう。
それだけで、話しただけで、その抑えきれなかったものがすーっと引いていくから不思議。
私が先生にそのお話をすると、先生はとことんいくところまでいきなさいとおっしゃる。
中途半端だからこそ何一つ満たされなくて不満が出るという。
それにしても、あれだけ止まらなかった自分が自分で意識してブレーキをかけられるようになるから不思議。

2014/3/8 生きる意味

大原先生しか教えてくれないこと。
それは生きる意味でもある。
例えば、好きな人に恥ずかしいところを見られちゃった!というときどうするか。
私の場合、いかにも何でもないようにふるまおうとしてしまう。
それがかえって印象に残すことになることを知った。
恥ずかしい時ほどオーバーにと先生は具体例をあげて話してくださった。
先生の具体例の人は想像するだけで好きになる。

2014/3/7 情報

大原先生はいつも憶測推測ではなく事実の情報だとおっしゃった。
それも歴史の中のお話を交えて話してくださる。
それを実際の自分たちの問題に置き換えて考える。
こうした日常がすごく幸せだということを改めて感じる。

2014/3/6 良心

先生のお話の中で「良心とは何か」というお話があった。
例えば試験勉強のとき、眠くなる。
「よし、今日はもう寝よう」と思って寝るのもひとつ。
「眠いから、出来ない。しょうがないから寝るしかない。」
これは全然違うという。
自分に言い訳をしたとき、結局何一つ手に入らない。
それを私は何度も経験している。

2014/3/5 時間と世界

ねずみの時間、ゾウの時間と言うけれど、神さまから与えられている時間は決まっている。
その決められた時間の中でさまざまな世界がある。
大原先生がみせてくださる世界は、今この一瞬も動いていて、動かしている、そんな世界。
いつもいる自分の世界から見ればすごく夢の世界。
そして夢の世界を見るからこそみえた自分の世界もある。

2014/3/4 嘘にもふたつある

自分を偽る嘘は本当の嘘。
自分の心にこれしかないと思った時の嘘は嘘ではない。
それは、相手を守ろうとするから。
と、先生がおっしゃっていた。
私は自分を偽る嘘で固めてきた。
だから、自分自身を見失った。
相手を守るための嘘を言える人になりたい。

2014/3/3 無理

自分の守りのためにする無理は、最後には意地悪をしてしまうのかもしれない。
相手が好きだからする無理はもう無理ではなくなっている。

2014/3/2 ありのまんま

ありのまんまの自分で愛されること。
それが生きる上での一番の目的だと思う。
ありのまんまでいられると人に怒りを向けることがなくなる。
ころころ笑うことができる。
さあ、ちょっとやろうかなあと思うようにもなる。

2014/3/1 生きていれば

先生は「生きていれば」と言う。
私にはこの言葉がすごくつよく優しい、湖のような言葉に聞こえた。

2014/2/28 母なるもの

自分の世界観の中で人の話を聞いてしまう。
だから、実際に先生に現物を見せてもらって驚いた。
先生のお料理は、気が遠くなるような作業と、痛みを伴うものの上に出来ていた。
母なるものっていうけれど、私にはやっぱり偉大な先生だった。

2014/2/27 心の自由と生活

心の自由は二十四時間を生活で埋めることだと先生がおっしゃった。
私は暮らしているけれど、生活が出来ない。

2014/2/26 着地点

人間は必ずもとにおさまるように生きなければならないと先生がおっしゃっていた。
それには必ず着地点をつけることともおっしゃった。
私には少しまだ難しく感じるけれど、すぐに動くことでも、見ないふりをすることでもなく、着地点をつけられるように準備すると感覚的に理解した。

2014/2/25 嫌なことがおきたとき

嫌なことがおきたとき、ついてないと思うか、自分をここから見つめ直すか。
と、先生は言う。
嫌なことがなければ、自分のこの性格は治せないと思うようにする。
だからこそ、現実、事実を見るようにする。

2014/2/24 そんなつもりじゃない

「そんなつもりじゃない」と言ったとき心の関係が切れるとき。

2014/2/23 私が私であること

「感じること」は忘れてしまうと、いったい感じるとはどんなことだったか分からなくなり、ある感覚を感じたと思い込むようにしてしまう。
思い込むようにしていること自体意識はなく、これを感じたと勝手にすり替えてしまう。
例えば、自転車を指さして外国人が「バイセクル」と言っていたら、自転車がバイセクルなんだと思うのと同じように当たり前の事実としてそれはそういうものだと受け取る。
でも、感じるものは1に対して1の正解があるわけではないから、パニックが起きる。
私のような頭は、そうした当たり前の事実として認識したものを記憶する。
その記憶にあるとき矛盾を感じる。
あのとき、この人が、これがきれいと言っていたから、これがおいしいと言っていたから、きれい、おいしいと思っていたけれど、その人が今度は違うことを言っているように思える。
つまりは、その人がおいしいと思った感覚をとらえ違えたのだと思う。
一度パニックになるとそうした記憶がバラバラと崩壊していく。
何が事実なんだろうかとなる。
そんな私も、あることをきっかけに感じることを思い出す。
きっかけというより、心が空っぽになったからかもしれない。
心が空っぽというのは怒りとかがない。
感じることのできたとき、そのうえで話ができたときの喜びが、生きる上でいちばんのエネルギーかもしれない。
私が私であることに気づく。
先生はその私が私であることの喜びをおしえてくれる唯一の先生。

2014/2/22 嫌な部分

自分の嫌な部分は自分ではないと今までずっと思ってた。
だから、現実逃避が起きておかしくなる。
嫌な部分は今だけのことだと思っていたけれど、私は毎年この時期になるとこうなる。
これが私なんだと思うと、お話を聞くことコミュニケーションはとれるようになった。

2014/2/21 感情のコントロール

何かひとつだめだと思った時、自分の感情が抑えきれなくなって全部投げ捨てるような感覚になるときがある。
先生はそういう時どうするか。
当初の目的は関係なく、今までやってきた自分をここで全部だそうと思うことだとだとおっしゃった。
感情のコントロールはいちばん難しい。
でも、こうした先生の言葉が記憶にあると一瞬切り替えることができる。

2014/2/20 生きている時間

なぜ怒るのか、それをやってしまったら社会に出たときに愛されないから。
愛される子になってほしいと先生はよくおっしゃっていた。
今までストレートに先生の言葉を聞いたことが自分にあるだろうかと思う。
もちろん、自分に得だなと思うことは真っ先に聞く私だけれど、それは何ていうかストレートではない。
今になって、はじめて、先生の言葉のような「愛される人」になりたいと思う。
分からないなりに何となく気づいたことは、愛される人はきっと、変な不安、無気力とかそういったものがないように思う。
失敗する、落ち込む、気づく、前に進むというように、全部が生きている。
私の場合、変な不安のような時間、いつも生きていて生きていない。
一日のうち生きている時間はどれくらいなのだろう。

2014/2/19 みている世界

「本当に楽しいとか嬉しいとか思ったことあるのかな?私はね、本当にやったとか嬉しいとかそういうことがいくつもあるような人生をいってほしい」と先生は私に言った。
私はよく、自分がカプセルの中に入っているような感覚になる。
だから、大きな身振り手振りで、大きな声でここに自分がいると主張したくなるのかもしれない。
感情的になるときは、急にそのカプセルがとれてしまったような感覚で、振り返れば、自分でもびっくりするような行動をしてしまう。
いつも勝手に限界とか境界をつくっていたのかもしれない。
そのカプセルの中にいると感じることができなくて、きっとこうなんだろうという想像しかない。
想像での会話は本当に難しい。その点では、自分は少し頭がいいのかなとさえ思う。
そんな自分に対する先生の言葉は不思議なものだった。
先生がみている世界はどんな世界なんだろう。
と、先生がみている世界がほんの少しみえたような気がしたからこそはじめて感じた。

2014/2/18 ほんとのやさしさについて

本当のやさしさは、最初に涙が止まらなくなって、次に笑いがこみあげてくる。
何って、全部ウソで意味のないことを話しかけてくれていることが分かるから。
あれが全部ウソって思うのは私だけかな。

その嘘にも段階があって、最初は人が聞けばぎょっとするようなこと。
まず、死ぬなら誰もひきとめないって。
お次は、家出するならケータイは持ってくな。
家出して雨にあたらずにすむなんて思わないこと。
一連のそういった話が終わると、しばし間があって、今度はちょっと真面目なトーンで
「愛ちゃん、これどうやるんだっけ?」と聞かれる。
いつもの先生の言葉を借りるなら、私は「必要な人」になった。
先生は「ネットの世界について」検索したいと言った。
それを、一応説明していると「で、ネットって何だっけ?」って。
その矛盾もさておいて「あーそうやってやればよかったんだ」とおっしゃった。
最後に「ありがとう。いかにもお愛想」と笑っていった。

役目が終わったから帰ろうとすると
「あなた、もしかして泣いてるの?」と言う。
私が「泣いてないです」とこれもまた嘘を言うと、
「バスタオルなかったかしら。あーそこのティッシュひと箱持って行っていいわよ。足りないだろうから。」
と、ティッシュを持たせてくれた。

また、少し経つと「あめたべる?」とみんなに聞いた。
先生は奥から紙袋を持ってきて、その中からあめの袋を3つとりだした。
「たべる人?」と聞かれたので、私も一応、ここはと手を挙げた。
すると「あ、あなたも食べる?」と言いながら本当に嬉しそうにくしゃっと笑ってる。
あめをみんなそれぞれもらって食べた。
私は、あめを食べたあと、泣きすぎて顔が痛かったからトイレに顔を洗いに行った。
トイレから出てきて着席するやいなや「はい、傷心の愛ちゃん」と呼ばれた。
先生のもとに行くと「あなた、これが好きだっけ?」と私が選んだあめを袋の中からどっさりと取り出した。
両手に、いっぱい、いっぱいくれた。

やっぱり、先生は私が小学校の頃にみた先生と変わらなかった。
大きくて、大きくて、やわらかい毛布で気づかないうちにくるんでくれる。
そんな魔法をつかっているような先生の神わざ。
わずか30分のできごと。
時間の中を漂ってるだけだった私。
誰にも何も求められているわけでもない。
私が何かを求めることさえしなかった。
その私が目の前のやることをやろうと思っているのだから。

何ともいえないあたたかさが心地いい。
これを知っちゃうと、今のこの環境、道はないけど道、そして今のこの私、お得意のなかったことにするわけにはいかないなと思ってしまう。

2014/2/17 自分

自分がやってしまったと思ったとき、私はそんな自分に落ち込むのではなく、まず相手だった。
そこに一番の問題があったのだと思う。

2014/2/16 思いやり

思いやりというのは、もしもこの相手が好きな人だったらと思うことだと先生がおっしゃった。
私にはいちばんわかりやすかった。

2014/2/15 おもしろい

ちゃんとやれるようになったのはきっとおもしろくなってきたからだと先生は言う。
おもしろいというのは、自分の方法がみについて、自分の分析方法で、結果が変わること。
自分の毎日磨いている包丁に、さまざまな調味料等の自分で作った道具があれば、料理をするのはおもしろいだろうなあと思うのと同じなのかもしれない。

2014/2/14 笑うこと泣くこと

笑うことができるとき、泣くことができるとき、人はすごく幸せなのかもしれない。
先生が昔、「笑うこと」はすごく大事なことだと教えてくださった。
「泣くこと」は心が許される関係だと教えてくださった。

2014/2/13 だいじょうぶ

本当のやさしさが私にはわからない。
「だいじょうぶ」のなかにある関係の上での心を知りたい。

2014/2/12 生きること

生きること。ある状況を受け入れること。
受け入れることで、最悪な環境もこんなに最高な環境はない、あれがあったから今があると思える日がくるお話を先生がしてくださった。
最大の短所を長所にかえるようなそのお話は私にとって衝撃が強いものだった。

2014/2/11 日はまた昇る

太陽はこの時間になれば必ずそこにあると言った先生の言葉がすごく印象的だった。
もう半年くらい前だと思う。
たとえ曇っていて見えないとしても、太陽は必ずそこにあるのだと。
明日になれば、また太陽は昇る。
自然は必ず、どんなことがあっても同じサイクルでまわっているのに、自分はなんだろうと思うことがある。
曇りや嵐でみえないとき、もう太陽は昇ることはないような気になる。
みえなければないのだと思い込んでしまう。
自分の心が見えなくしているのかもしれないのに。

2014/2/10 たんぽぽとひまわり

先生はよくお花に例えたお話をしてくださった。
一番記憶に残っているお話のひとつにたんぽぽとひまわりがある。
たんぽぽがひまわりがいいなあと思って、ひまわりの背丈にたんぽぽの顔があったとしても変よね。
でもその代わりにたんぽぽは綿毛になって遠くまで飛んで行ける。
ひまわりは顔を動かしてお日様のほうを見ている。
どっちがいいなんてないのよ。
それなのにたんぽぽがひまわりになろうとしたときにおかしくなってしまうのかもしれないねというお話。
この日記を書くために、このお話を思い出して、文字にしているうちにほっとした自分が不思議だった。
人間は記憶をたどるときに、その中で求めているものがあるのかもしれない。

2014/2/9 目の中に

目は心の窓と先生は言う。
目の中に真実がある。
言い訳をしたり現実を見ない目ではなく、生きた目になりたい。

2014/2/8 風のように

先生の言葉の中で「風のように」という言葉が私は好きだ。
風は見えないけれど、確かに存在する。
ほほにふれたとき、揺れる木の葉をみたとき、風がふいていることを知る。
先生は人生は風のようにとおっしゃるけれど、感じるものがなければ、あってないものなのかもしれないと思った。

2014/2/7 おいしい

「おいしい」と感じたとき、心は満たされていると先生は言う。
「おいしかったなあ」と感じたのはいつぶりかわからない。
今までは、自分が好きと思っているものを食べて、おいしいと思っていた。
(その感覚を「おいしいもの」と認識していた。)
おいしいは、本当はそうではなくて、それを食べるとそのときの感覚がよみがえるものなのかもしれない。

2014/2/6 感情

どんな感情があるにせよと先生は言う。
人間、感情で切ってしまう。
それが二度と戻れないことに気づかない。
いちばん自分にきざみこみたい言葉。

2014/2/5 当たり前

先生が、当たり前とは、目的(当たり)があるのなら、その前にやることがあるのではないか、ということと教えてくださった。
生きる上で目的を見失うから、当たり前の事ができなくなるのかもしれないと思った。
自分で生きなければ、目的は見失う。

2014/2/4 器用

器用の本質は何か。
器用の本質は技ではないと先生がおっしゃっていた。
自分が何が必要かと分かっていると、必然的に行動が決まる。
そうしなければ必要な物は手に入らないと分かる。
その行動を見て、人は器用な人というと学んだ。

2014/2/3 節分の日

節分の日。
先生が昔、季節の節句のお話をしてくださった。
竹にも節目があるように、節句は節目の日だと。
一年の節目を今まで意識をしないできたけれど、これからはひとつひとつ、ふんでいきたいと思った。

2014/2/2 一番基本的な事

一番基本的な事が守れない。
一番基本的な事とは、人と人との上でやってはいけないこと。

2014/2/1 自分とは何か

記憶にあるのは、中学生の頃から、先生に「自分を知る」ということについて話してもらってきた。
自分とは何か。
それが分からないから常に心が萎えたりするのかもしれない。

2014/1/31 自分の心

自分の心は自分がいちばんよく知っているという。
だからこそ、変だな、いいのかなと思った時に、そのままにしてはいけない。

2014/1/30 なぜ学問をするのか

なぜ学問をするのか。
人格を磨くためと先生はおっしゃった。
先生は、学問を通して、私にひとりの人として生きること、社会も学校も全て人であるということを教えてくださる。

2014/1/29 ほっとする

ほっとする
それは、起きた現象ではなくて、人からもらえるぬくもりなのかもしれない。
外は嵐であったとしてもその人がいればというものなのかもしれない。

2014/1/28 悩み

心の悩みは、体を使う事によって消えると先生に教えてもらった。
例えば、不安で不安でたまらないときも、今この目の前にある事を2時間なら2時間集中する。
こうして、自分は、今の2時間を集中する事だけをしているうちに、悩むことはなくなる。

2014/1/27 一日の終わり

一日の終わり、先生がお話ししてくださる。
君たちがどうきくか。
それによってまた変わる。
私はこの空気の中にいることがいちばんの財産であると思う。

2014/1/26 心の贈り物

心の贈り物の第一条件は相手の負担にならない事。
その上で、空気のようにただようその人の存在があるもの。
先生の心の贈り物は、そんな香りのようなものだった。

2014/1/25 ひとりの女性

何かの役名(私の場合は学生)がある前に、ひとりの今を生きる女性として生きていたい。
大原先生の中にあるその一瞬に懸ける思いを私は知りたい。

2014/1/24 いちばん幸せなこと

いちばん幸せな事は、人を心から好きになれる事なのかもしれない。
好きでいられる間、生きられる。
かけがえのない幸せである事をしった。

2014/1/23 現実

どんなことも現実をみることさえできたなら、コントロールできることを知った。
現実を拒否した時に、前後の自分の行動を棚に上げた時に私は、コントロールできなくなる。

2014/1/22 たましい

私という器があって、その中にたましいを吹き込むようなものが情動なのかもしれない。
先生が見せてくれた世界は、同じ世界だけれど、全く違う世界だった。

2014/1/21 楽しい

本当に大事なものが分かれば、今あるものからそぎおとしていくことができる。
それはちょっとテレビの時間を減らしたり、ちょっと食後のデザートを減らすというような小さなことからなのだけど・・・。
そうして過ごしている事が、本当の楽しいなのかもしれないと思った。

2014/1/20 心の健康

心が健康であればと先生はいつもおっしゃった。
また、心が健康であることを先生は喜び、褒めてくださった。
だから、本番、何倍もの力が出る。
そのときの先生の顔がまぶたにうかぶ。

2014/1/19 道

先生の算数はいつも、気づいたら自分が解けている。
数年という時間が経ってみると、解けるような道に誘導されていたことに気づく。
もしかしたら、こうしている今も、算数じゃなくても、そうなのかもしれないとふと思う。
それはいつも、1年は経った後で気づく。
自分のことばかり考えているほど、やっていなくて、不安で、焦って、人を責めてしまう。

2014/1/18 日の光があたるその場所

見えないところに命をかけるのが先生だった。
日の光があたるその場所。
その光景が忘れられない。

2014/1/17 その一瞬に

その一瞬に命をかける先生。
命をかけるというのは、どんなに小さなことでもひとつひとつふんでいくような感覚だった。
本当に、どんなに小さなことも、一瞬の隙も逃さない。
それが自分の流れをつくるのかもしれない。

2014/1/16 話を聞くとき

話を聞くときは、最初の原点を忘れてはならないと先生は言う。
私の場合、原点を忘れ、今聞いた部分だけの点で考えた時、立場も関係もすべて忘れたとんでもないことを言ってしまう。
これから、必ずお話の原点を意識する。

2014/1/15 好き

好きだったら離してはいけないんだと先生は言う。
受験もすべて。
好きであるからこそ、どんな試練も受け入れられる。

2014/1/14 最後の最後

最後の最後までやり遂げなければならないと先生は言った。
自分が手抜きをしては絶対にいけなかった。
それが、力をもらったときの最低限守る事だった。

2014/1/13 断崖絶壁

断崖絶壁は自分の心がつくると先生は言う。
私はそのことを身を持って体験した。
自分の心がもう無理だと思ったら、どんな状況であったとしても、大丈夫と言われたとしても、絶対に無理という意識に変わりはない。
自分の心が作っているから、いつどんなときも、その不安がある。
そして、それが頭のほとんどをしめ、結果として何一つ対処、対策と言った行動もしていない。

2014/1/12 ここ一番

先生は「ここ一番」とおっしゃる。
ここ一番のときの行動が、その後の心をつくる。

2014/1/11 見えない心

見えない心があるからこそ「できない」行動がある。
そこに心がなければいとも簡単にできることだけれど。
私はそういう心が分からない事が多かった。
先生は、その見えない部分の心をいつもおっしゃった。
そのときの先生の顔がいつも頭に浮かぶ。

2014/1/10 思考

小学校、中学校で徹底的に幾何を先生に学んだ。
その幾何の問題は思考の基礎になっている事を改めて感じた。
こうした思考力が複合的になって問題解決があるのかもしれないと思った。
先生は、その頃から、今やっている間違えた問題のノートの学習思考法は、人生で行き詰まった時の整理方法と同じだとおっしゃっていた。

2014/1/9 自分

すべての時間の色が混ざってきた時、私は関係もまわりも全く見れなくなる。
その自分に気づいた。
そういう自分である事を意識する。

2014/1/8 美しさ

いちばん美しくなる方法は学問だと先生は言う。
3時間と言う世界をひとつの問題集の中で、本の中で、つくれること、そのときの横顔は本当にきれいだと先生は言った
昔先生が、将棋が好きな私に、将棋はあの一枚の板と駒だけで無限の世界をつくるという話をしてくださった。
まさに、学問もあの本の中に無限の世界をつくれるのだと思うと、本当に美しい。

2014/1/7 カーテン

カーテンを開けなくなった時、それがひとつの自分をみる尺度。
そんなときは、まずカーテンをあけることを意識する。

2014/1/6 限界を超えて

「ぞうきんをしぼる時、もう限界!というところまでしぼる。
 それから、でも、もう一度と思ってしぼったときの水はきれい。
 あれは、不思議ね」
と先生が教えてくれた。
それと同じで、もう限界と思った後、もう一度そこで、終わらせずにやることだと言う。
私はその感覚に、出会った事がある。
限界を超えた時、以外とできるものであり、そして、その時、想像以上の力を発揮できる。

2014/1/5 自分は正しいと主張してしまう時

自分が防衛に走ると、相手との関係もすべて忘れて、自分が質問しているのにもかかわらず、自分は悪くない、正しいと主張してしまう。
こうして主張した時、相手との関係は切れると先生は教えてくださる。
先生に、私がこの状況になって、感情が抑えきれなくなったら、どうすればいいかを聞くと、先生は
「あなたの場合は、今、先生に見つかってしまったと言う事に対する防衛と、過去の悪さの性格が葛藤しています」
と短く話す事だとおっしゃった。
声に出して、言う事で意識し、感情は止まると言う。
私はこれから、必ずこの私の方法を覚えておく。

2014/1/4 鄧小平の話

先生が「鄧小平」の話をしてくださった。
その中で学んだ事は、夢は絶対にあきらめないこと。
どんな状況になったとしても、それは今、夢をつかむための試練なんだと思うこと。

2014/1/3 先生の味

講習会。先生のお料理を食べると、帰ってきたなあと思う。
そうしていると、心の中を占領していたムカムカの気持ちが、自然とどこかに消えている。
なんだったんだろうと思う。

2014/1/2 意識する事

私は、自分の防衛が強くなると意地をはる。
そのときはもう、関係も時間もすべてをなくして、意地ですべてを倒してしまう。
意地を張りそうな時は必ず自分の中に感情がたまっている。
その事実を言うこと。

2014/1/1 心の中

心の中が今のストレートな感情になることがほとんどない(幾何の問題に取り組んでいるときを除く)私だった。
だから、それが普通であると思っていた。
でも、ふれる感覚を知ると、心の中の何かの感情が氷解する事を知った。
本当に氷が溶けてなくなるような・・・。
先生がいつもお話ししてくださっていた事はこういうことだったのかとはじめて思った。

2013/12/31 次に進むエネルギー

一度渡った橋は最後まで渡りきる。
ところんやること、と先生はおっしゃる。
とことんやったときのエネルギーは前向かう事を知った。
次に進むことができる。

2013/12/30 ご卒業

友だち同士での苦い思い出(やってしまった取り返しのつかない事)は、永遠にどこかで本人は残ってしまうもの。
先生は、それを”今日でご卒業”としてくださる。
私は、半年前(8月の講習会)で、言うならば、意地悪、”はめた”ということをやってしまった。
いつになってもそういう記憶はどこかでよみがえってきて、でもあえてふれないような感覚になる。
先生は、それをあえて、明るさの中で口にして、「今日であの因縁の夏の思い出もご卒業」とおっしゃる。
小さなお祝いをそえてのご卒業。
流れの中で、さりげなく、でも完全にご卒業。
いちばん、心が楽になる方法。
心を楽にしてもらえる事が、いちばんの幸せな事だった。

2013/12/29 マナーは自分を守るもの

マナーは自分を守るものだと先生にいつも教えてもらってきたけれど、感覚的にしか分かっていなかった。
自分を守るには、自分のことだけを意識するのではなく、相手との架け渡しの部分を必ず意識しなければならない。
そのときは、必ず一度、自分の動作を止めなければならない。
止め方にも意味がある。
こうした、空気のように通り過ぎる、誰も教えてくれないでも、愛されるために一番知りたいことを先生は講習会のお食事を通して教えてくださる。

2013/12/28 そこにある景色

教室から、外を眺めると、そこにはいつもの景色がある。
私にとって、この景色がいつもであることが、かけがえのない幸せに感じる。

2013/12/27 甘え上手

甘え上手になれたら、人に優しくできると先生は言う。
昔、先生がだっこした時にすごく気持ちがいい、抱かれ上手とおっしゃっていたことがある。
それもひとつかもしれない。
もうひとつ、自分の要求を言うとき、どうするか。
そこには、言っていいとき、言わないとき、条件、基準が必ずあるという。
先生は、いいも悪いもすべて経験させてくださる。
そうして、最終的にはまるまる心を満たしてくださる。
私は、はじめて、お願いの基準が分かるようになる。

2013/12/26 準備

急いでやった準備や片付けは、急いでやるような思考の準備だから、整理されていない。
時間をかけて少しずつ準備していくと、確実におさまるようになる。
先生が教えてくれる準備は、同時に心の整理でもあった。

2013/12/25 包まれる世界

包まれる世界の中にいると、自分の頭の中がひとつに一致する。
顔色を見たり、何かの要員で変化する事なく、自分の目的だけを意識する。
達成感はこうした世界の中でしか見いだせないものなのかもしれない。
生きている気がした。

2013/12/24 己のものさし

関係、位置、時間を忘れてはいけない。
気づいたとき、気づいたその場で、「教えてください」と言える人になる。
なぜ、教えてくださいなのかの理由を先生に聞くと、いつもの先生の答えが返ってきた。
私も、そうなりたいし、そういう人でありたい。
もうひとつ。
一流の世界も美しい世界もすべて、どこか遠くにあるのではなく、そこにある。
ただ、私の目がみることができないだけなんだ。
先生は、人間は己のものさしでものをみるとおっしゃった。
見えない世界を見える人になりたい。

2013/12/23 きれる人になりなさい

頭がいい人はいくらでもいる。
きれる人になりなさい。
先生はおっしゃった。
きれる人とは、相手をみること。
相手のルールを守れること。
その場所のマナーを守れることだと。
この言葉を私は忘れない。

2013/12/22 見えない世界

何となく、落ち込んでくる時、「何もない」と言うけれど、無意識のうちにキャッチした情報の中に原因があると先生はいう。
そのひとつに、「そこにいつもあったものが、なくなった」という例を先生が実践を通して教えてくださった。
確かに、「なくなった」と意識した瞬間から、その日のモチベーションはいつもと同じであるかと考えると確実に違う。
引っ越しのなか日というような意識であり、今日を今日として生きることはなくなるのではないかと思う。
先生の(私自身は気づかない)心との対話を解説してもらってはじめて知る。
あの心地よさは、見えないところでのこうした細やかさから成り立っているんだと思うと、私には見えないことがたくさんあったように感じた。

2013/12/21 怒り

自分の中でやることをやっていないとき、その焦りが他者に向けられると怒りになる。
怒りをもったときは、自分自身を振り返ってとまることが大事だと学んだ。

2013/12/20 判断

私がいちばん直さなければならないことは、
自分の世界観の中で判断してしまうという事。
相手との関わりの上で、自分の世界観での判断は決してしてはならない。
その一番の基本は、お借りした物は、もとの状態に戻しておくこと。

2013/12/19 今を生きる

「今を生きなさい」と先生は言う。
その言葉は、生きた先生の言葉だった。
10代には10代の、20代には20代の、30代、40代・・・
それぞれその年代にあった生き方があるともおっしゃっていた。
先生の時間はどんな時間なんだろうと思う事がある。
私は、24時間を生きているだろうか。
24時間と限られた時間、あるいは一時という時間の中にも、言うならば永遠があるのかもしれない。
永遠は終わりのないという意味ではなく、時がとまったように、時の中をかけるように感じた。

2013/12/18 先生の色

先生の色。
王様の椅子のような濃いピンク。
あの色をみると、帰ってきたような気持ちになる。
先生のピンク。

2013/12/17 どこをみたのか

「先生はよく、どこをみて、そう思ったの?」と聞かれる。
視線、しぐさ、行動、表情によって同じ言葉でも全く別の意味になる。
だから、どこをみて、それをみたあなたがどう思ったのかが大事なんだと学んだ。

2013/12/16 哀しみと辛さ

「哀しみと辛さを抱えて生きる人生は豊かになる。
 哀しみと辛さを抱えながらも笑顔で生きる人は最高に美しい。」
先生の言葉。
これから生きていく上でずっと持っていきたい言葉。

2013/12/15 幸せ

先生は何気なく言った言葉を覚えていてくださる。
覚えておいてもらえる事は、いちばん幸せな事なんだと私は思う。
頭の中に自分とがいれること。それはじわーっとうれしさが込み上げてくる。

2013/12/14 無条件

母なるものというのは、無条件であるということなのかもしれない。
先生はいつも無条件で満たしてくれた。
無条件で心の居場所がある、それこそが、帰る場所なんだと思う。

2013/12/13 素直に話すとは

素直に話すというのは、自分の意志を言う事だった。
一生懸命頑張った事でもなければ、状況説明ではない。
そんな自分でもこうしたいと言うことこそが、言葉だけの「好き」ではない「好き」の意味なのかもしれない。
先生にそう教わって、心が洗われたような気がした。

2013/12/12 愛って

自分にとって苦い経験を「あの時もそうでした」と話す事は愛だと先生は言った。
私は、やっぱり昔から変わってないと思われるのではないかと思い、言うのに抵抗があった。
でも、先生は、そう話した時は、もう意識があるからだいじょうぶとおっしゃっていた。
愛と言うとまだよく分からないけれど、時間がたっても覚えている事がすごく大事な事なんだと思った。

2013/12/11 意識する事

学ぶとき、教えてもらうとき、「自分はそうではない。そんなつもりはなかった」という防衛は自分に防衛のつもりかもしれないけれど、それでは、何も教える事はなくなってしまう。
防衛しそうになったとき、自分の頭を切り替えられるように意識する。

2013/12/10 心の窓

「昨日の帰り、寂しそうな目をしていたのが気になった」というさりげない先生の言葉。
その言葉で、はじめて、自分は「あ、あのどうにもならない感情は寂しかったんだ」と自覚する。
先生は、目は心の窓という。
先生は、私のどんな目も見てくださった。
あるときは、その目をしたら、人はつかないと教えてくれたし、
その目は、心の中に何かある、鏡を見てごらんとおっしゃった。
そして、あるときは、目がきれいだと褒めてくださった。

2013/12/9 興味

何に対しても興味を持つこと。
そこがあなたのいいところだと先生はおっしゃってくださった。
私にとって先生のお話はいつも最高におもしろいものだった。
あたまの中に世界が広がる。
先生の描いているものがどんなものかが知りたくなる。
分かりそうなとき、それは、一番どきどきして、最高に幸せなとき。

2013/12/8 努力

苦しい事だけが努力だと思ってた。
でも、楽しい事も努力だと先生はおっしゃった。
今までの私の場合、その瞬間の楽しみを味わって、次に積み重ねをしないから、努力にならなかったのかもしれない。

2013/12/7 二度とない今日の日

高校生の頃、先生と○年○月○日という今日の日は二度と帰って来ないと話した事がある。
当たり前の事だけれどすごく考えさせられる。
二度とない今日の日の今日を生きる。

2013/12/6 意識する事

自分の防衛を主張しようとしているときは、自分の位置も全て忘れて、相手を責めてしまっている。
その自分の行動を客観的に見る事ができない。
私は、防衛したくなった時、とんでもない行動をしてしまうということをこれから必ず意識する。

2013/12/5 法則

すべて法則があると先生は言う。
先生と法則を紐解いていくときが、いちばん楽しい。
新しい世界が開かれる瞬間だった。

2013/12/4 先生

やるだけやって、自分の限界はここなんだというところまで来たら、あとはおぶっていくしかないじゃない。
先生からこぼれたような言葉だった。
目を閉じるとまぶたに浮かぶ。
先生の言葉が聴こえてくる。
私はこの先生のもとで学ばさせてもらえていることが何よりも誇りであり幸せであると思う。

2013/12/3 最高の景色

最高の景色は、どこかに見に行くものだけではなくて、自分の行動範囲の中にある。
私には3カ所その場所がある。
それはもう、涙が出るほどうつくしい。
いつもそれをみると、心が浄化される気がする。
その場所から景色を見ていると、今は過去の先にあり、この先に未来があるということを感じる。
そして必ず、先生だったらこの景色にどんなメロディが流れているんだろうと思う。
それを考える時間が私はたまらなく好きだ。

2013/12/2 道

先生は苦しい中で見つけた道は全力で応援してくださる。
だから、別の道があると思うと、今の道を頑張ろうと思える。
不思議と力がわいてくる。
先生があの時、本気で賛成してくださらなかったら…。
きっと私は、どこにも進むことができず、うずくまり、時間とともに押し出されたと思う。

2013/12/1 帰る場所

自分の帰る場所があったなら、人は生きていけるのかもしれない。
その場所にいくと、すべてが包まれているような感覚になる。
もう一度、頑張ろうと思う。
自分が好きになる。

2013/11/30 欲望と願望

欲望と願望はちがうという。
欲望はあれもこれもほしがるのに対し、願望は、一本にしぼりきれるものだと先生はおっしゃった。
先生はよく、海水に例えたお話をしてくださった。
のどが乾いたとき、今、この瞬間を潤そうと思って、海水を飲む。
すると、さらにのどが乾くというお話。
欲望ではなく、願望を叶える人生でありたい。
だからこそ,日々の準備をしたい。
楽しみの心をもって。

2013/11/29 諦めると捨てる

諦める事と捨てる事は違うと先生は言った。
人は、可能性がないものを目指そうとはしないと言う。
可能性がある以上諦める事はない。
捨てるのは、自分の努力した分を捨てるという。
だから、強くなると先生はおっしゃった。
諦めない人生、捨てる人生でありたい。

2013/11/28 太陽

お教室からは直方体のビルが見える。その一面が、16時半頃になると輝きはじめる。
輝きにもいろんなものが、あるけれど、あの色は何と言ったらいいのだろう。
先生は色は光と言うけれど、まさに光が織りなす色なのかもしれない。
そのわずかな黄金の時間の中で先生がお話ししてくださった事。
雨が降ったり、嵐が来たり、低気圧がやってくると、あの太陽は見えない。
でも、必ず太陽はそこにあるし、明日になればまた昇る。
私は落ち込むと太陽はもうないように感じてしまう。
でも、必ず太陽はある。自分の感情が見えなくしているという事を学んだ。

2013/11/27 自分

相手が見えないと、自分がこうしてほしいこと、こうしたらよく見えるだろうということばかり考えてしまう。
いつも、自分だけしか世界にいない。
相手は何を求め、何を考えているのかが分かるようになりたい。

2013/11/26 自分

自分を知っていることが大きいと先生はおっしゃった。
だからこそ、自分にできることは、いかにして、言われたことを忠実に守れるか。
一生、これだけは守れる人でありたい。

2013/11/25 実際

実際に肌で感じなければ、分からないことがある。
実際に行動しなければ、自分自身さえ分かっていないことに気づかない。
当然、相手の人が話したことの意味も分からない。
その空気にふれなければ、今までの自分の世界の中での想像であるから、すべてを間違える。

2013/11/24 意識

失敗をしたときは、その部分を意識し、その部分を直す努力をする。
自ら、逃げることでゼロにするのではなく、現実を見た上で、意識をしていると、ひとつひとつの行動が違ってくる。
本当にわずかだけれど、ゼロからまた少し前に進めるような感覚を、はじめて知った。

2013/11/23 これくらい

「これくらいいだろう」の感覚が一番こわいと昔から先生はおっしゃった。
私は幸せであればあるほど、「これくらいいだろう」と自分のもっている一番の悪い部分を出してしまう。
「これくらいいだろう」は、原点を忘れ、位置も忘れ、自分を知らない人の行動の一端が切り取られて出る思考。

2013/11/22 無形から有形を

無形から有形を・・・と先生は私が小学生の頃からおっしゃっていた。
それには、シンプルであるけれど、ひとつひとつに、情動が掻き立てられるような、イメージが広がるようなものでなければならない。
そして、それに惹かれる人によって価値、重みがつけられる。
はじめて、まさに、無形から有形を生み出す先生を見て、目に見えないものの中にある凄さを感じた。
私はこの目に見えないものを生み出せる人になりたい。

2013/11/21 人生、精一杯生きてみよう

「人生、精一杯生きてみよう」と思うのではないかと先生がおっしゃった。
自分の心に嘘をつかずに生きていきたい。
最初に思った原点の心を忘れないで生きたい。
信じる能力を持てる人でありたいと思った。

2013/11/20 人に見せる時間

人の心は騙せても自分の心は騙せない。
人に見せるものは、100時間やっても身に付かないと先生はいう。
私は、1日の時間のうち、何時間が人に見せるものだろうと思った。

2013/11/19 哀しみと辛さ

嬉しさ、苦しみ、楽しみ、怒り、憎しみは自分ひとりのもの。
哀しみと辛さは自分だけではどうにもならないものを抱えながら生きなければならない。
だから人をきれいにすると先生はいった。
哀しみと辛さを抱えながら笑顔でいられるそんな人になりたい。

2013/11/18 十年ぶりの再会

十年ぶりの再会。
そのとき、自分の十年は何だったんだろうと考えると先生がおっしゃっていた。
私は、その感覚を2度味わったことがある。
何とも言えない自分の生きてきた道を考えてしまう瞬間。

2013/11/17 自己中心的世界

自己中心的世界で行動する自分を意識する。
私には、相手、まわりがなくなってしまい、自分の世界観の中で動いてしまうことがある。
それが、習慣となり、思考もそうなってしまう。
これから、必ず、その部分を意識する。

2013/11/16 誇り

生まれて初めて、「誇り」が何かを感じた。
自分の背中に感じるのは、こういう部分から生まれるんだと思った。
先生が創り出す世界には、誇りがあることに気づいた。

2013/11/15 本音

先生は、本音を言ってごらんとおっしゃるときがある。
そうでないと、あなたが分からなくなるからと。
本音を言ったとき、先生は100%受け入れてくださる。
本音を言わない中にあるずるさを持ってはいけないんだとまた、自分に言い聞かせた。

2013/11/14 自分の姿

自分が行動している時の姿は自分では分からないことがある。
その分からない部分を先生は教えてくださる。
そこで、はじめて記憶する。
意識化できると、自分の行動も見えてくる。

2013/11/13 焦り

焦りは、今まで形だけしかやっていなかった自分を忘れて、今、聞いた情報に焦り、一番聞いてくれる人、何とかしてくれる人に対して、焦りの表情を出してしまう。
焦りの顔は夜叉の顔になるという。
先生は、一番大事なことは素直になることだとおっしゃる。
素直は、自分の原点を忘れないこと。

2013/11/12 心は身の主也。しづかにして安らむべし。

養生訓の中に「心は身の主也。しづかにして安らむべし。」とある。
私はこの意味がはっきりと分からなかった。
でも、大原先生の話してくださった置き換えの中で理解できた。
それは、何か気にかかるという時は、先に行動するということ。
心静かなのは、何もないからではなく、神経を張り巡らせた上で、先に、気になる目を摘んでおくと言う意味だった。
身も、同じように、風邪を引く前に、本の少し、いつもと違う違和感を感じた時に対処する。

2013/11/11 それも自分

それも自分と受け入れると先生はよく私におっしゃっていたけれど、いつも私にはその意味が分からなかった。
嫌なことは見ないで過ごすことが多かった。
そうして生きると、どこかで意地悪をしていた。
その意地悪も、あれだけのことを考えれば、こんなこと、大した意地悪ではないとすり替えてしまう。
あれもこれも全部自分であり、間違えなく自分がしたことだと認めなければ、いつもおどおどした顔になってしまう。
現実をみることは、ずしりと重たいものもあるけれど、他の部分でエネルギーが倍になることを知った。

2013/11/10 3年の時を経て感じたこと

今日で、この思い出日記を書き始めてから、丸3年が経ち、四年目に入ります。
そんな私にとって記念である今日、思いで日記を書いたきっかけを書こうと思います。

小さな頃から、その場、その場で「いい子」と思われる選択をしてきた私は、どこか向けようのない敵意に似たものが常にありました。
心と行動が乖離していると、常に緊張が走ります。
そんな私にとって“ふれる”感覚は特別なものでした。
だから、先生にふれた感覚、空気、温度、色、すべてが目をとじると思い浮かべられるのかもしれません。
まさに“特別”なものだったから。
その私が先生からもらった感覚を読んでもらいたくて、また、記憶を共有してもらいたくて10個ぐらい文章にしたことが、この思いで日記の最初の文章となったのです。

私は、先生の「無形の財産」という言葉が好きです。
20年間、先生に教えて頂いて、感じることは、目に見えないものに命をかけるということです。
命をかけるという言葉の意味は、「日々の、小さな、小さな、心の変化に気づくこと」と先生がおっしゃっていたのを聞いたことがあります。
今となっては、この思いで日記が私にとって、財産であり、ひとりの人間としての命でもあります。
この日記がなくなったら、自分がなくなるような感覚です。
これからも、この思いで日記とともに、これからも一歩、また一歩、歩いていきたいと思います。
最後に、いつも読んでくださっている方、あたたかいメッセージをくださる方、見守ってくださる方に、心から、心から感謝申し上げます。

2013/11/9 生み出すには

何かを生み出すとき、企画は、必ず一貫性を作らなければならない。
その基準を何にするかが大事。
先生の基準は、いつも値ではなく、文化だった。

2013/11/8 つなげること

夢があったなら、毎日つなげなければならない。
つなげているものが核となり、揺るぎない信念をつくるんだと先生は私が大学に入った頃おっしゃった。
わずかでも、つなげたことは必ず自分の身になる。

2013/11/7 道

自分を偽っていると道はなくなる。
自分を偽らない限り必ず道はある。

2013/11/6 生きる歓び

自分の言葉で話せること。
自分として聴けること。
ありのままの自分を認めてもらえること。
これが、私の生きる歓びを感じる最高の時。
先生は生きる歓びを与えてくださる。

2013/11/5 道

不安は第三者の意識があるときだという。
第三者の意識が働くと、「こうでなければならない」と選択肢がなくなる。
道がみえれば、前に進むことができることを知った。

2013/11/4 悩み

すべての悩みは自分の心の中がつくっていると先生はおっしゃった。
実際の事実よりも心が作り出したものが大きな割合を占めているのだと。
だからこそ、やるだけやることが大事なんだと思った。

2013/11/3 プレゼント

いちばんのプレゼントは、そのものの中に相手がいることなんだと知った。
相手があなたでなければ、ならないものが本当の贈り物。

2013/11/2 企画

先生に企画を教えて頂いた。
何かを生み出すとき、大まかな流れは1時間でつくらなければならない。
そのとき、コンセプトとなるポイント、デザインは最初の段階から見なければならない。
それ以外は、全体像を掴んでから、ひとつひとつ作り上げていく。

2013/11/1 遊び

あなたは、楽しいこと、遊びは終わってしまえば、もう価値のないものだと思っているのかもしれない。
遊びの中で生まれたものはすごく価値があると先生はおっしゃった。
自分が中心となって楽しんでいるとき、すべてが遊びだと先生はよく教えてくださった。

2013/10/31 無形から有形

無形から有形を生み出すことを、私が小学生の頃から先生がおっしゃっていた。
何かを生み出すには、必ず基準となる軸があることも改めて知った。
本当に、無から有が作られる事にいつも私は興奮する。

2013/10/30 動かない事

先生はよく迷ったときは動かない事だとおっしゃった。
動かない。
一番簡単そうに見えて、一番難しい事。

2013/10/29 夢を叶える方法

「いつかきっと」「これくらい、いいだろう」と毎日のように思ってた。
そんな私に先生はこうおっしゃった。
10年、あなたの年なら1年、あるいは3ヶ月後、なりたい自分があるでしょう。
その時の自分を想像する。
その時の自分がもしいたら、自分に何ていうか。
このままでだいじょうぶよとなるだろうか。
そう考えると、今やっておかなければいけないことが、確実にあった。
最後に先生はこうおっしゃった。
気づいた今。今からやれば確実に夢は叶うと。

2013/10/28 置き換え

自分に置き換えて聞くことが大事だと先生はおっしゃる。
置き換える事なく批判してしまうから、何一つ前進する事ができない。
いつも、今の自分に置き換える意識を持てるようにする。

2013/10/27 不安

悩みのほとんどは自分の心が作り出していると言う。
不安なのはやっていない自分を知っているか。
じゃあどうするか。
今は目の前にあるやることをやる。

2013/10/26 自然が鏡

自分の顔が分からなくなった時、自然が鏡だと先生はおっしゃった。
あの花のにおい、澄んだ青空の気持ちよさに気づくのは充足感があるからだと。
自然を忘れている時、心も忘れている。

2013/10/25 世界

自分の考えている世界はいかに小さなものか。
それに気づかずに、行動していると取り返しのつかないことをしてしまう。

2013/10/24 学ぶこと。生かされていること。

ずるさは、学ぶことをしない時。
自分を大事にしていないのは、生かされている今を当たり前と思っているから。
いいことは自分1人で、悪い事は人のせい。
学ぶことをせず、今の自分を当然と考える時、そのままの結果、誰からも疏外されることになる。
それでも、自分は悪くないといいはる自分に早く気づくべきだった。

2013/10/23 落ち込む原因

落ち込む原因。
それは、ある時まではしっかりやっていた。
だけれど、何かをきっかけにやめてしまった。
期限ギリギリになって、ある時以前の感覚を取り戻そうとする。
でも、なかなかもとには戻らない。
感覚だけを取り戻そうとするから、形だけになっている。
その結果が出て落ち込む。
だったら、毎日少しでも続けようと改めて思った。

2013/10/22 サービス

先生は言葉の意味、本質を教えてくださる。
例えば、「サービス」
サービスと聞くと、提供してもらうものだと思っていた。
でも、サービスは、お互いに与える、与えられることによって成り立っていることを学んだ。
相手の人が笑顔にならないサービスはサービスではないんだと思った。

2013/10/21 道

自分に持っているものがないと、最悪なことはさらに今の状況を悪くする。
自分に持っているものがあるなら、最悪なことがなければ、道は開かれないとを先生に教えてもらった。
持っているものというのは、精神力でも何でもいいと先生は言う。
私には持っているものがあるのかと考えた。

2013/10/20 コツコツ

「今日からコツコツやろう!」と思っていたのに出来ないことがある。
なぜか。
先生に聞くと、コツコツやるには、全体、道筋、全てを把握していなければ出来ないとおっしゃっていた。
何かを達成するには、達成する法則があるんだと思った。

2013/10/19 幾何の時間

私にとって先生の幾何に挑戦する時は、
無になれる。
そして、自分は必ず出来ると思える。
唯一の時間だった。
だから、今の幸せがあるのだと心から思う。
この時間を与えてくれてありがとう。

2013/10/18 好きなこと

好きを見つけることだと、先生は私に言ったことがある。
ひとつ好きなものがあると、それまでの嫌だったこと、辛いことは、少しの苦しみと少しの快感を共なう試練に変わる。
生きていること、生かされていることそれ自体が幸せに思う。
「また、明日」その言葉が心の歓びとなる。

2013/10/17 自分像

この世に生まれてきた限り、私なりの最高になることができることを知った。
仏像にも仏と鬼があるように、仏も鬼も私たちは求める。
仏はいつも仏の顔をしていて、鬼はいつも鬼の顔をしているからその揺るぎのないものに惹かれる。
揺るぎのないものをつくるには、まず自分を知らなければならない。
自分が分かってはじめて、その自分像を守りたくなる。
自分像は自分であり、なりたい自分でもある。
そうすれば、いいものがいいのではなくて、私にとってのいいものが選択できる。
言葉も色も香りも服装もすべて。
生まれてきて最高のプレゼントは自分像を見つけられること。
先生はいつも、私の自分像を引き出してくださった。

2013/10/16 続けること

続けることだけが財産をつくる。
続けることだけが自信をつくり、ありのままの自分でいられる。
自由な世界は、続けることの土台の上にあった。
3年間続けて気づいたこと。

2013/10/15 思考

幾何の問題は、一つの思考を学ぶと、その思考を使わなければ、次の問題は解けない。
同じように、論文をまとめる思考も、一度聞いたことを守らなければ、次のステップには進めない。
幾何の問題だけは、理解していたけれど、他のときはいつも、思考が途切れていた。
思考が途切れるのは、聞く耳が持てないことかもしれない。
そこに、別の感情を持ってきているから聞くことができない。
それが、すべての原因だったことに気づいた。

2013/10/14 君の手の中に

「変革は君の手の中にある」と先生がおっしゃった。
変えるのも変えないのも、自分であるということ。
いくら人のせいにしても、自分の人生は自分に返ってくるということ。

2013/10/13 お金と時間

美しくなるにはお金と時間をかけることだというポンパドールの言葉を先生が教えてくださった。
お金と時間は並列にあるものではなく、お金をかけたものをどう活かすかは、自分次第であって、それには時間をかけることだという。
時間をかけること、誰にでも出来ることなのに最も難しいこと。

2013/10/12 幾何学物理学

瞬時に、全ての情報を収集し、そこから最適を判断する。
先生の幾何学や物理学は、そうした能力を身につけさせてくれた。
問題が解けることが目的ではない。
いかにして、ポイントを見つける目を養うかであった。

2013/10/11 基準

先生の、一番の基準は命であって、子どもが自分の身を守れること。
その次は、どきどきしたり、心が躍るような感覚を味わってほしいとおっしゃる。
先生は、いい、悪い、正しい、正しくないの世界ではなく、感じる心で話してくださった。

2013/10/10 心

大学2年生の頃、私にとって大きな出来事(経験)があった。
大原先生に教えてもらいながら、はじめて、社会との交渉をした。
そのときに作った資料の茶封筒をずーっと先生は持っておいてくださった。
そして、何でもない今日の日、その思い出の茶封筒に渡す資料を入れてくださった。
そこには、私の先生の歴史があり、その時を生きた証しのようなものだった。
同時に先生は一枚の写真を同封してくださった。
心というのはこういうものなんだと実際に感じた日だった。
それは、先生と私にしか分からないもの。

2013/10/9 がんばろうと思えるのは

がんばろうというエネルギーはどこから来るのか。
頑張れの言葉ではない。
何かをもらうことでもない。
ただ、そこにその人がいてくれる存在ががんばろうになる。
だから、いつもふれてほしい。
それだけなのかもしれない。

2013/10/8 良心

良心とは何か。
私には分からない。
ただ、大原先生との関わりで初めて知ったことがある。
それは、部分的に見れば正論であっても、繋げてみると、人として、出来ないことがあるということ。
今までの私にはまったくなかったもの。
だから、自分を大事に出来なかったのかもしれない。

2013/10/7 過去

先生は過去に執着しているのは死んでいるのと同じだと言った。
過去を見ていると未来を見ることは出来ないという。
大事なのは、今、どうするのか。
なのかもしれない。

2013/10/6 情景

見たことがなくてもその場所の情景が浮かぶというのはどういうことか。
地図を覚えるのにも2つあると先生が少し前におっしゃっていた。
紙上の地図のように覚えるのと、「ここには、あのポストがあった。ここにくると、あの花のにおいがする。」などと、 感じた感覚で覚えるもの。
どちらも大事なことかもしれない。
ただ、その、情景が目に浮かぶ話ができることに憧れた。

2013/10/5 未来

今日のことが明日をつくり、明日が明後日、それが、一年後、五年後、十年後をもつくる。
昨日から、今日にかけて続けたことは何か。
いいも悪いもそれが私のこの先を作っていると先生は言った。

2013/10/4 気持ちがいい

「気持ちがいい」から続くんだと先生がおっしゃった。
生きていく上で、一番大事な感覚なのかもしれない。

2013/10/3 三角形の回転体

言葉の奥にある意味を瞬時見れるようになりたい。
時間、距離、相手との関わりこの3つが必ずあると先生はおっしゃった。
数学(幾何)にも同じことが言える。
2つの円を見た時、瞬時三角形の回転体と思えるかとどうかで何もかもが違ってみえる。

2013/10/2 小さな歓び

小さな歓びが本当の歓びだと先生はおっしゃっていた。
大きな歓びは自分の世界。
小さな歓びは相手との共通の世界。

2013/10/1 憧れ

毎日毎日ふれているものは、自分の肌のように、自分のものとなると先生が教えてくださった。
憧れの人の感覚を毎日毎日入れていたら、いつか、私もそんな雰囲気を醸し出せる人になれるんだと思った。
今日から、毎日毎日その空気を吸収する。

2013/9/30 文化

指先に出るその文化が欲しい。心からそう思った。
私はいつも昔、先生が見せてくださった、写真を思い出す。
そこには、昔のMacintoshの前で話を聞く先生が写っていた。
その感覚、ペンの持ち方、すべて、忘れられない。

2013/9/29 積み重ね

一日の中で、毎日必ず続いていることがどれだけあるか。
それが、1年後、さらにはその先の自分をつくると先生は言う。
私はまだ、確実に毎日続けていることが2つしかない。
もうひとつ、今は、まばらになってしまっているものを続けようと思った。

2013/9/28 学問

経営に衰退はあっても、学問に衰退はないと先生がおっしゃっていた。
だから、経営的損得で学問に向かってはならないんだと学んだ。

2013/9/27 生かされている歓び

ヒトとしての生物的生きるではなく、人間として生きる意味。
先生が、この世に生を受けたなら、必ず自分の使命があると以前おっしゃっていた。
まだ、使命が何であるかは分からない。
ただ、生かされている歓びを感じた時、生きている幸せを実感した。

2013/9/26 母なるもの

母なるもの。
同じお弁当がふたつあるとしたら。
本来、ひとつひとつたべるところ、自分のお弁当を半分、相手にあげるようなこと。
そんなとき、こんなに食べたら、眠くなってしまうから、と言うんだ。
一生、忘れない、言うならば、母なるもの。

2013/9/25 お月様

いつか、先生が、辛くなったら、お月様をみるといいとおっしゃった。
お月様は、大事な日の朝も空に昇っていたし、大失敗した日の夜も空に輝いていた。
いつの日からか、お月様を見ると、先生がそこにいるような気がした。

2013/9/24 目と目を見ると

先生の目と目を見ると、一瞬にして、いろんなことがよみがえることがある。
そんなとき、先生も、今、同じことを思ったような気がして、どんなに意地をはっていたことも、そのすべてが無であることに気づく。
今、この時も、あの時があって、存在し、そして、今、この時が、やがて、あの時になるんだと、ふと思った。

2013/9/23 自分と同じ色に

自分と同じ色に相手は染まるという。
だから、自分に嘘をついていると、怒りや不満が出る。
どんなことがあっても、原因は自分なんだと学んだ。

2013/9/22 解答と解決

数学における「解答」は今まで積んできた経験の中からひとつの答えを導きだす。
人生における「解決」は今の前後の情報をなくして解決はありえない。
と先生が図を書いて教えてくださった。
頭のいい人は、この前後や経験をすぐに取り出せる人だと分かった。

2013/9/21 今やらなければいけないことがある

中学の頃、私は「数学バック」を持っていた。
そこには、1枚につき、1問、数学の問題を切ってはった紙が入っていた。
紙は全部で千枚。
それをやりきったとき、私は心の中に「自信」という何にもかえがたいものを手に入れた。

2013/9/20 言葉

今まで、一度も英語が面白いと思ったことはなかった。
でも、言葉の中にその人がいるという感覚を先生に教えてもらってから、 英語を日本語に訳することがはじめておもしろいと思った。
人間の発するもの関わるものは、すべて機械的ではなく、やっぱり人間的であるのだと 当たり前のことかもしれないけれど、今、気づいた。

2013/9/19 求めているもの

自分が本当に求めているものは何か。
自分の無意識のうちに頭によぎるものの中に本当に求めているものがあるような気がした。
それと同時にそのよぎるものの世界においてはすべての欲求段階を満たされているのかもしれないと思った。
だから、不安な時や助けてほしい時、ふとよぎるのかもしれない。

2013/9/18 空気の中に

自分の心をコントロールしようと意識しようとしてもできないときがある。
そんなとき、自分を包んでくれる香りや音楽があれば、コントロールすることができる。
目が「いやだ。無理だ」ということを作っているのかもしれない。

2013/9/17 3つのこと

帰る時に「家に帰ったら何をするか。3つのこと」を頭に思い浮かべる。
すると、一度頭に思い浮かべたことはやろうと思う。
先生のこの方法は私にはぴったりの方法だった。

2013/9/16 変わろうと思った時

変えるときは、一気に変えるのではない。
ほんの少しずつ、ほんの少しずつ前の部分をなぞるように変えていく。
それでも、気づいたら、変わっているものだと先生がお話ししてくださった。
私はつい、変わろうと思った時、一度、ゼロに戻してからと思ってしまう。
でも、ゼロに戻したら、元に戻ることもできない、元がないから変わることもできないことに気づいた。

2013/9/15 お箸の先に

お箸をもったお箸の先に、鉛筆をもった鉛筆の先に、その人の人格がでると先生がおっしゃっていた。
自分が生きてなかで積み上げてきたもの、身につけてきたものは、そうした一瞬のしぐさに必ず出てしまうことを感じた。

2013/9/14 生きている

すべてのものはその役割をまっとうしなければならない。
そうでなければしんで(朽ちて)しまう。
雨戸は夜、無防備に寝ているときを守る役目がある。
だから、夜閉めて、朝開けなければ行けない。
自明性の問題だけれど、どうしてかわからなくなったとき先生がこの生きて、生かされる話をしてくださった。

2013/9/13 家の外

一歩、家の外に出たら、意識を持って歩く。
その意識がないから、いざというとき、おどおどしてしまう。

2013/9/12 心の場所

心から笑える場所が安心できる心の場所であり、他の何にも代えられないものなのかもしれない。
「いい人」になるよりも「ありのままの人」が怒ったり泣いたりするから笑うこともできるんだと思った。

2013/9/11 7段目からみた景色

私は、階段を1段、2段、のぼっては、また1段目に戻るというのを繰り返していた。
一度も、7段目からみた景色、感覚を味わったことがなかった。
やりはじめて少しのときに、ずっとこのペースで行くんだろうなと想像し、やる気がなくなる。
そして、途中から人に見せるような内容になる。
人に見せるために目的が変わっているから、その次の階段は上がれないし、もとの積み上げていたものも分からなくなる。
でも、学ぶ時は、1次関数ではなく指数関数であり、習熟度(時間)は対数関数であることを感覚的に知った。
先生がよく本に例えて話してくださった、ページをめくっていき、あるところを過ぎると、背表紙の方からおっかけられるように本が閉じる、あの意味が理解できた。
やめてしまいそうなとき、今、踏ん張れば、本の方からおっかけてくるように乗り越えられると意識しようと思った。

2013/9/10 心地いい

心地いいと楽しいは違うと先生は言う。
楽しさはその後さびしさと疲れが出る。
でも、心地いいは先が見えているから疲れがまったくない。
眼鏡のレンズをきれいにお掃除したようにと教えてくださった。
最後に、1日のうち、3回、心地いいを味わえたら、先に必ず進めるとおっしゃった。

2013/9/9 人間

生物学的な命と人間としての命。
人間としての命は生活。
生活にも家庭と社会がある。
生活の命は、心の中の神様(良心)のことでもある。
やってしまったと気づく心。
そんなお話を先生がしてくださった。
最後に先生は、蓮の花のように、一度泥に潜っても、あの白い花を咲かせるような人にとおっしゃっていた。
私はヒトであるけれど、人間だろうかともう一度考えた。

2013/9/8 真実

先生は「絶対にやってはいけない」ということはない(自分を守れないものは除く)という。
すべて、関係の上において基準がある。
目に見える事実が違ったとしても、そこにある真実を先生はみる。
真実はその後の行動によって見えることを知った。

2013/9/7 失敗をしたとき

失敗をしたときは、今自分に出来ることをするしか前に進むことは出来ない。
だから、必ず今出来ることを精一杯やることが大事だと学んだ。

2013/9/6 騙す生き方

相手を騙す生き方をしているとそのつけが必ず大事な時に返って来ることを知った。
相手を騙す生き方を自覚せずに、同時に自分をも騙していると自分自身を守ることも出来ない。

2013/9/5 梅とたんぽぽ

お花に例えるならばあなたは梅と一面に咲くたんぽぽだと先生がおっしゃってくださった。
お空に細い三日月、黒ではなく青い空、そこにぱっと咲く紅梅。うぐいすがとまっているイメージと先生が話してくださった。
私はすごく誇らしかった。
また、そうなれるように生きよう、そう思った。

2013/9/4 もう、こんな季節と思う時

「もう、9月だ。そしてすぐにお正月が来る。あー、もうこんな季節だ」と落ち込む時。
私はエネルギーがないんだと思っていた。
でも、先生にお伺いすると、その逆で、エネルギーがあるからこそ、上手くいかないことに焦っているんだと教えてもらった。
だから、何でそう思ったのかを書いてみると、自分がやる前に、欲でいっぱいだということに気づいた。

2013/9/3 コミュニケーション

コミュニケーションは今の自分の状態を言うことが大事だということをはじめて理解できた。
「そうじゃない、いつも通り、出来ます」ということが、いいことだと思っていたけれど、その結果、実際にはできない。
今の自分を自覚すれば、事前に対策ができて、その自分で出来ることをやることが出来た。

2013/9/2 とぼけること

先生は常に前後とおっしゃった。
相手との会話は相手との時間の上に立って成り立っている。
その時間をないものとして、知らなかったとすることが一番の信頼を失う理由。
当然のことなのかもしれない。
だから、とぼけてはいけないんだと再確認した。

2013/9/1 構造

この勉強の構造は人体なのか派生していく路線図なのかそれとも面積を埋める畑なのか。
と、先生がおっしゃった。
それによって、勉強方法が変わる。
目の前にある課題を見たとき、手当たり次第取り組むのではなくて、この構造を頭に浮かべられるようになりたい。

2013/8/31 立ち上がれる理由

先生は私がぽろっと言った言葉を憶えていてくださる。
それを、何気ない中で守ってくださる。

2013/8/30 恥ずかしい

自分の行動が正しかったと思い込めば、現実を見て「恥ずかしい」ことを見なくてすむ。
恥ずかしいことを恥ずかしいとしないことの方がもっと「恥ずかしい」ことで、またその恥ずかしいことをやってしまうことを知った。

2013/8/29 信じる

器を決めてしまっているのは自分なんだと先生はおっしゃった。
信じるにもふたつあるのだと思う。
ひとつは、意識を続けたもの。
もうひとつが、意識をせずに行動したもの。

2013/8/28 意志を持って

相手の人はきっとこうするだろうと考えた行動は結局は自分のひとりの世界の枠から出ていないことに気付いた。
そうではなくて、私はこうしたい、これが欲しいという自分の意志を持つ。
意志を持って行動したとき、それに対する相手を見て、はじめて相手を知る。
次からはその経験の上に立って判断することが大事だった。

2013/8/27 共に過ごした時間の上で

私は、やってしまったとき、大体は「そんなつもりじゃなかった」と逃げる。
でも、これがどんなことだったのかが分かった。
いつかあなたには刃物で切り捨てるような冷たさがあると言われたことがある。
今、はっきりと分かる。
正論やいい悪いの世界ではなくて、関係の世界がある。
私は、正論を言えるための言い訳作りをして、ねじ曲げてでも私はちゃんとやったとしてしまう。
ところが、先生の中には、今までの私との関わりの上で、「あの時も、乗り越えたじゃない。なのに、なぜ今回こうしたの?」という思いがあったことに気付いた。
それを、「そんなつもりじゃなかった」と言い訳してしまったら、共に過ごした時間の中で感じたものは、嘘であって共有はしてなかったということになってしまう。
これから、どんな失敗をしたとしても、「気付いていたけれどやってしまった」と言おう、心からそう思った。

2013/8/26 恐れ

不安と怖れは違う。
恐れは一度幸せを知った人にしかない感情だということを知った。
自分のやってしまったことを知っていて、さらに今ある幸せが消えてしまうのが怖い。
そんなとき恐れの感情となる。
先生は、恐れの時は現実を受け入れることだとおっしゃった。

2013/8/25 もの

物は本来死んでいる。
でも、そこに何らかの経験があってそのものは生きると先生がおっしゃった。
もっといえば、そのものを食べ尽くした、自分の中に入れてしまうことだと。
そして、欲しくて欲しくてたまらなかったものが数年後にはなんであんな物と思えるように、物自体にいい悪いはないともおっしゃっていた。
つまり物を生かすのは自分なんだということを学んだ。

2013/8/24 執着

自分の執着しているは、原点に戻ればゴミであることを知った。
同時に、悪いこと(私にとっては、コンピューターが壊れたこと)は、自分では自分を直そうと思っても直せないこと を神様が、悪いことを与えることによって、今直す機会をくれていることを学んだ。
これが、発狂しそうになった私に先生が体をはって教えてくださったこと。

2013/8/23 MY WAY

MY WAYの音楽をかけながら先生がお話ししてくださったこと。
自分の道を歩きなさいという先生のメッセージは音楽に乗って心にずっと残っている。
私は、夜頑張るとき、ひとりでそっとMY WAYを流して目を閉じる。
ひとりではなく、包み込まれた中に私がいて、自由に夢に向かっていることを実感する。

2013/8/22 やってはいけないこと

これをやってはいけないという部分を教えてもらう時、事実の一部をとって「そんなつもりじゃなかった」というのは絶対に言ってはいけない。
そんなとき、自分の思い当たるものを全部あげて、この部分ですかと聞くことが大事だったと学んだ。

2013/8/21 自分の心についた嘘

自分自身の心に嘘をつくと、その嘘が最後まで自分の心に残る。
土壇場になって信じることができなくなるのは、最初は小さな嘘なのかもしれない。
自分の心だけが知っている嘘。

2013/8/20 15分のちから

この15分。何でもないと思う15分。
これが大きいと先生がおっしゃっていた。
確かに15分が出来ない時と出来る時では翌日の意識が全く変わってしまう。

2013/8/19 前よりも

先生は常に、前回よりどうであったかを細かく話してくださった。
体調に関してだったら、昨日よりどうであるか。
だから、前に進む力が出る。

2013/8/18 「気持ちがいい」の理由

においや光や温度、そして音楽など、目に見えない気づかないようなところが変わっているのが先生のお教室。
意識をしてみると、本当にわずかに変わっていることに気づく。
だから、無意識のうちに「気持ちがいい」と感じるのかもしれない。
夏の終わりと同時に少しの秋を感じるようなお教室で思ったこと。

2013/8/17 あかね色

先生が日本の”あかね色”のお話をしてくださった。
そして陶器と着物をみると場所がわかるというお話。
土があって器や着物があるという。
それから、日本人としてのおもてなし。
すべてが憧れの世界であると同時に、世界の中の日本人として誇れるようなそんな気持ちになった。

2013/8/16 私の財産

怒られるとき、怒られるだけの能力を持っているということだと先生はおっしゃった。
そして、その先生との日々が私にとっては財産だった。

2013/8/15 水の神様 光の神様

水の周り、それから光るところには必ず気があると先生が教えてくださったことがある。
排水溝から、蛇口、鏡など、磨いてみた。
本当に、家の中の空気が澄んできたことを実感した。
心の中の悩みは空気次第で変わってしまうのかもしれない。

2013/8/14 金の燭台

お教室の私の席から10メートルほど離れた棚に金の燭台があった。
その燭台が光を反射して、私の席からは、ガラス職人さんが高熱でガラスを溶かしたときの重みのある光、それでいて金色で まるで、すべての光を一点に集めたようだった。
先生は、愛ちゃんにパワーをと思って、その席から見える角度にしたとおっしゃっていた。
あの、輝く光りは私にとって神様のように思えた。

2013/8/13 自分だけの教科書

自分だけの教科書、本を作りなさいと先生は言う。
その本は、世界にひとつのいちばん分かりやすい本。

2013/8/12 心配

心配と言うのは2つの意味がある。
1つは好き。
もう1つは責任。
と先生がおっしゃっていた。
心配の意味を知ると同時に、心配を掛けた自分の行動を振り返ると、心が痛くなった。

2013/8/11 意識すること

何でもない時に、ありがとうを使って、肝心な時にありがとうが言えない。
だから、私の言葉は信じる意味のない言葉になってしまう。
ありがとうを言うと、人に好かれると思ってた。
感情をすり替えてしまって何でもないふりをした方が、好かれると思ってた。
そうではないことをはじめて感じた。
すりこまれた思考を変えるのは難しいけれど、毎回、毎回、意識する。

2013/8/10 歩み寄って

色も音楽も人間関係もお互いが歩み寄ってひとつのものになる。
先生が実際に音楽を組み合わせて教えてくださった。
人間はひとりでは生きていけないということを実感した。

2013/8/9 都合のいい解釈

自分にとって都合のいい解釈ができるような行動をしてしまう。
だから、意志と行動が一致しない。
そして、表面だけ、何もなかった形を作ろうとする。
心のなかだけに感情が残る。
この残った感情、そして身につけた思考を第三者の時にもやってしまう。

2013/8/8 自分の心

「こんなこと」が守れない。
そこに自分の心がみえる。
常に不安になったりするのは、どこかで自分のその心を知っているから。

2013/8/7 夏の高層ビル、冬の高層ビル

先生がお教室の窓の外を見ながら教えてくれたこと。
お教室からは高層ビルが見える。
直方体のビルでたくさんの窓が並びいちばん上に青いライトで文字が書かれている。
そのビルを見ながら「これを冬に感じるとしたら、どうなっているとき?」と私に聞いた。
木が見えてくれたなら、簡単に言えるけれど、対象はビルでしかない。分からなかった。
すると、先生は、冬は、ひとつひとつのあかり、ライトがもっと差し込むような光であると教えてくださった。
そして、空の高いところに細い三日月があれば、冬だと思うと。
感じること、感じさせるすごさを知った。

2013/8/6 都合のいい解釈

都合のいい解釈が勝手な行動となる。
都合のいい解釈をする前に、聞くこと、話すことが大事だと学んだ。
そのひとつで、まったくその後が変わってしまう。

2013/8/5 無限

色は無限にあると先生が言っていた。
そして、色は自然の中にあると教えてくださった。
私は先生の色の話が大好きだ。
色から自由自在にイメージや世界を作り出して話してくださる。

2013/8/4 自分の心

事実を見ることができることがすごく大事だと知った。
でも、「そんなつもりじゃなかった」と「自分は悪くない、正しい」と自分に都合よく解釈し、捻じ曲げてしまうことをしていると、最後には事実が何も なくなり、自分の存在すら分からなくなる。

2013/8/3 昨日より今日

昨日より今日どうであるか、前回より今回どうであるかを先生は見てくださる。
それを、具体的に言ってくださる。
だから、自分自身を見てくれているという喜びと、前向きのエネルギーにかわる。

2013/8/2 もう、だいじょうぶ

いちばんの安心感は何か。
自分の心の中を知ってくれる人がいるということ。
それは、「もう、だいじょうぶ」という意味とおんなじだった。

2013/8/1 イギリスの道

先生がイギリスの道のお話をしてくださった。
イギリスの道は通称よっぱらいの道と言われるほどくねくねしている。
なぜなら、木や畑があればよけて道をつくるという。
だからイギリスの道を歩くと心が落ち着くらしい。
先生は人生も同じだと言う。
まわり道をたくさんしながら、生きてみたい。

2013/7/31 身体

体のどこかに痛みがあるとそれが小さなことであっても先生は取り除いてくださる。
取り除いてもらって、はじめて、気持ちの良さを知る。
気持ちの良さを知ると、それを放したくなくなる。
コミュニケーションも思考も変わってくる。

2013/7/30 世界

怒りや憎しみなどを持ち続ける自分の世界、それは本当に小さな小さなもので、何の意味も持たない世界。
自分がその世界に浸っている間も、時計の針は進んでいて、世界(社会)は動いている。
私もその世界を動かす歯車のひとつになりたい。
そのためにも、前後を忘れてはいけない。
心の中に違う分子が入ってしまった時は、一度外に出て、置いてこなければいけない。

2013/7/29 5の生き方

100一気に進むのと5ずつ20回に分けて進むもの。
この違いを先生が歴史的戦争に例えて教えてくださった。
100一気に進むときは、内容ではなく100という数にばかり意識がいってしまう。
だから、いつになっても100のうちの濃さは薄いものとなる。
5のときは、丁寧に、考えながら、進む。
5の中の濃さは色あせていない。
私は、いつも100一気に進む生き方をしてきた。
だから、気づいたときには、何もない。
1日、1日、5を意識して生きたいと思った。

2013/7/28 とりあえず

「とりあえず」これは私のいちばん意識しなければいけない言葉。
大事なものは、とりあえずなんてことは絶対にしない。
とりあえずは、今、いいことを言って帳尻を合わせる言葉。
全ての信頼を失う言葉。

2013/7/27 体調管理

自分の体を知らなければ乗り越えられるものも乗り越えられないのかもしれない。
自分の体調管理が出来ることが、いちばん大事なことなのだと感じた。

2013/7/26 メッセージ

相手に自分が何を伝えたいか。
写真をとるときには、自分の中にその柱を持たなければいけない。
保存記録用と見せるものでは全く撮り方が違うことを知った。

2013/7/25 夏風邪

私は相手を見ずに行動してしまうことが多い。
先生は、カイロを貼る位置ひとつとっても、あなたはこの位置と言ってくださる。
お食事から私のつぼも、全部全部。
夏風邪も一日ですっかりなおってしまう。
大原先生は、私が苦しい時、辛い時、その部分から必ず救い出してくれた。

2013/7/24 風のように

よく、先生は「これもまた、過ぎていく」とおっしゃった。
だからこそ、現実を見ることが大切なんだと思った。
これもまた、過ぎていくのであれば、その瞬間を(現実に)生きていたい。

2013/7/23 耐えられない世界は自分の頭の中にある

恐怖や耐えられないと思うものは自分の頭の中の世界がつくっていることを教えてもらった。
自分には、どうしても耐えられないと思っていたものがあった。
それを言って、話して、騒いだりしていた。
それまでは、全員それは耐えられないものだと思っていた。
ところが、ほとんどの人がそれを、さほど感じるものではないことを知った。
そうして、自分だけなんだと注目を浴びているうちに、ふれられるようになってきた。
そして、それはただの紙(紙の上にかいた絵)だということに気づいた。
それが、自分を侵食するはずもないし、動くことすらない。
解離していた世界と現実の世界が一致した。

2013/7/22 苦手な問題

私は小学生の時、幾何クラスが大好きだった。
でも、その中で、特に時間の関わるグラフの問題や、容積の問題が苦手だった。
解くのにいつも時間がかかり、そのたびに先生と整理したのを覚えている。
今となっては、その延長である物理学を選択し、今の道につながっている。
苦手なもの、嫌なものが必ず自分の道具や核となる日がくる。
だから、逃げてはだめなんだと知った。

2013/7/21 会話

「だいじょうぶですか?」の意味は「昨日はよく眠れましたか?」という意味だと先生がおっしゃっていた。
私は、この先生の言葉の意味のお話を聞くのがすごく好き。
ほっとする、それこそ、会話をしている感覚がわかる。
言葉の意味がわかってはじめて会話があることを知った。
先生は、知識の言葉ではなく、感じたままの言葉を話すことが大事だと教えてくださった。

2013/7/20 崇高

先生がおっしゃる『崇高』なもの。
それは、心の中にある世界だった。
例え、どんな状況に置かれたとしても、相手に向けることはない。
その中で、生きるつよさ。
高山に咲く花があるようにと先生は言った。

2013/7/19 魔法

先生が背中をおしてくれるとき、おしりをたたくとき、握手をするとき、両手首をにぎってくれるとき、抱きしめてくれるとき、ぜんぶ、ぜんぶ違った意味。
だけど、どれも私に力をくれる魔法。

2013/7/18 愛されるつよさ

いいところだけ見せるのではなく、できなかったときに言えることがつよさ。
その方が、もっと好きになると先生は言う。
私は、ありがとうのときにありがとうを、ごめんなさいのときにごめんなさいが言えなかった。
そうでないときに、いくらでも言えているのに。
自分でも自分が分からなくなったのは、こういうことからはじまったのだと今は分かる。

2013/7/17 どうやったら一流になれるの?

私が小学生の時、先生に「どうやったら一流になれるの?」と聞いたことがある。
先生は、一流は心の中につくるものだと教えてくださった。
私が思っていた一流は”一流”と言われるものや、”一流”に見える何かを持つことだと思った。
先生はそうじゃないという。
何にもなくたって、裸になっても一流は一流、この言葉がずっと頭に残っている。

2013/7/16 生きていける

これさえあれば生きていける、そういうもの、と先生はいう。
怒りを持っている限ぎり、手に入ることはないもの。
何のために、怒りを持っているか。
新しい、感覚を知りたい。

2013/7/15 必ず

私が中学生の時、先生が「必ず」の意味を教えてくれた。
「必ず」は自分の心にたすきをかけることだと。

2013/7/14 自分を愛すること

自分のことを愛することができなければ、人を愛することも、愛されることもできないと先生は言う。
自分を愛することはどういうことなのか。
憎しみを持つと、自分が前に進むのではなく、その憎しみにしがみついてでも、はらそうとしてしまう。
憎しみの目で、はらしたい相手ではない人にもぶつけてしまう。
自分はそれでもいいと本当に思っているのか。
現実を見ないようにすることで、いられるだけなのかもしれない。

2013/7/13 ごめんなさい

先生が怒るとき。
それは、ひとつに、「社会に出たときに…」
ふたつに、「愛される人になるため」
みっつめは、心を傷つけた事。
私は、はじめて、心を傷つけてしまったことを知った。
そして、「ごめんなさい」は心を傷つけたときに言う言葉だと知った。

2013/7/12 畏敬の念

畏敬の念を持っているか。
その感覚がいちばん大事なんだと私が中学の時から先生はおっしゃった。

2013/7/11 算数から教わったこと

算数は、問題で与えられているすべてのヒントを結び付けて、答えを出さなければならない。
つまり、事実を全部拾い集めること。
次に、例えば「重なる」という言葉に隠された奥を読まなければならない。
重なるということは、基準(図形内に隠された基準線)があってはじめて重なる。
本質を見なければ、問題を解くことはできない。
(答えは出たとしても、説明することは難しい。)

2013/7/10 自分の顔

大原先生は、自分の顔を教えてくださる。
その(心の)ときの、その顔、相手はこうとる。
今日は、さびしそうな顔をしている。何かあったの?
体調悪いんじゃない?ホカロン張った?
先生でなければ教えてもらえない自分の顔。

2013/7/9 問題の種

問題は今、起きているのではないという。
問題に、今気づいただけであって、その種はずーっと前から育っていた。
だからこそ、気づいた今、その問題を直視することが大事なんだと学んだ。

2013/7/8 たすけてほしいとき

「たすけてほしい」と思う時は、自分がバスに乗っていて、どこで降りるか分からないときだと先生は言う。
どこで降りるか、降ろされるかわからないとき、いくら楽しいと言われてもたすけてと人は思う。
理由は分からないけれどたすけてほしいときは、今、自分が行先の分からないバスに乗っていると分かるだけで、前に進める。

2013/7/7 心

自分の心に嘘をついていると、どこかでその感情が出てしまう。
そのときに、いちばん大事な人に、その感情を向けてしまう。
自分の今の心を見て(自分の心に嘘をつかない)伝えることが大事だった。

2013/7/6 生きがい

自分にとってのひとつの限界を迎え、そのまま続けていたら、急に、もつれた糸がほどけるように、見えなかったものが見えてくる。
本当に視界が開けたように感じた。
ふと、窓の外をみると、アイスブルーの空がみえた。
(窓の外が明るかったことにも気づかなかった。)
生まれてはじめての生きがいを感じた。
YESマンの私には、生きがいそのものが何かさえ分からなかった。
なぜ、たどり着けたのか。
お教室の扉を出る直前の先生の目、それに包まれて気づいたらここまできていた。
今なら、はじめて分かる。
先生が言っていたことはすべて、道しるべだったんだ。

2013/7/5 すべてのこと

すべてのことが動いていなければ、何一つ出来ていないのと同じなのかもしれない。
先生はよく、見方をかえればこの世のものはすべてダイヤモンドだとおっしゃっていた。
ダイヤモンドはそこにあるのに、気づかない。
だから、”ない”。
でも、本来、すべての事の中に、ヒントや答えがある。
だから、欲を張って自分の得と思う事だけをやっていても何一つ身につかないことを知った。

2013/7/4 わずかな積み重ね

わずかでも続けること。
先生に、続けることを教わってから、すべてが変わりはじめる感覚がある。
例えていうなら、水車もすべて軸があって、回転し、エネルギーを生み出すように…。
細くてもつなげることで、頑丈な軸が出来る。
これから、私は、ほんの少しでも続けることをする。

2013/7/3 心

先生は私に、ひたすらに、心を教えてくれた。
全てが心あってのことだった。
一度たりとも、心をなくして、今回は目先のものを…ということはなかった。
だから、自分の体験を通して、心を理解することが出来るようになった。
20年と少しの時間をかけて、はじめて分かった先生からの最大なるプレゼント。

2013/7/2 発車オーライ

右ヨーシ、左ヨーシ、発車オーライ。
自分で言うことで知覚する。
私も、これから、こうして確認。

2013/7/1 心のコントロール

コントロールの仕方を先生がおっしゃっていたことがあった。
部屋に入っているとする。
ある扉を開けると外は嵐。
ある扉を開けると外は道が続いている。
どの扉の外に行っても、部屋に帰ってきたときは、静かな心の世界がある。
こうした部屋を持つこと。
どんなことがあっても、一日のうちに部屋に帰ることがコントロールだと知った。

2013/6/30 生活

生活が心をつくる。
先生と徹底的に生活をみなおすことからはじまった。
1日の決まりごと。
曜日の決まりごと。
資料の整理。
部屋の片づけ。
歯車が回転し、エネルギーを生み出すように、人生が変わり始めた。

2013/6/29 0と1の違い

0と1の違い。
それは、ほんのわずか、だけれど、そのときそのときの完成形をつくること。
百も、千も、万も、もっともっと大きな数も1からはじまる。
先生が、そのほんのわずかを積み重ねることを体験を通して教えてくださった。
無形から有形を生み出す、最初の思考。

2013/6/28 私色

先生は香りも音楽もすべて私色をつくってくださる。
私色に包まれると何気ない行動が変わる。
見えないものは直接私の心に届く。
見えるものは、直接ではなく、私の場合、少し歪んで、届いてしまう。
だから、無理が生じる。
無理は、自分色にはならない。
最終的に、何気ない行動の変化から、今までできなかったことさえ、やってみようかなと思えるようになる。

2013/6/27 会話

会話は自分の軸を持っていなければ出来ないことを知った。
自分の軸は、作ろうと思って作れるわけじゃない。
毎日、つながっているものが、知らないうちに自分の軸になっている。

2013/6/26 信じるってどういうこと?

信じるってどういうこと?と私が聞くと、先生は私の両手首をぐっとつかんで、こう教えてくれた。
普段、信じてると考えること、信じようと思うことはない。
ただ、こうして私(先生)がつかんでいる。だからだいじょうぶ。
どうして、つかんでくれるの?と私がさらに聞いた。
すると、先生は、私の無意識の行動の中に、その答えがあるというようなことをおっしゃっていた。
目の前にあった電気スタンドを見ながらこう教えてくれた。
スタンドの軸(棒の部分)があるかぎり、上のライトの形が丸になっても、四角になっても、変形してもかわりはない。
ただ、どうして変形したんだろう、その心は何だろう、何を求めているんだろうと考えるだけ。
だから、これから先にあるだろう失敗も、本能でやってみたいとやってしまったことも、すべて、上のライトの変形に過ぎない。
先生のこの話を聞いて、私は丸は丸でなければ好かれないと思って、嘘をついたり、言い訳していたけれど、違うんだとはじめて知った。
心がすぅーと軽くなった。

2013/6/25 安らぎ

親知らずを抜く時など、怖いと思った瞬間、自然と思い出す光景がある。
すぅーっとその世界に入る。
私は、小学生の時、先生といった場所の芝生を思い出す。
私が木のそばにいて、真ん中に太陽の光が差し込んでいる。
そこをトントンと走る先生のヒールと足がいっつも頭に浮かぶ。
確かその時は、私たちがドロケイをしたいといって、遊んだ時。
こうして考えると、私にとっての究極の安らぎだったのかもしれない。

2013/6/24 夢

小学校に入るころ、大原先生のもとで"エジソン"という名前のコンピューターに触れ、中学では本格的に、コンピューター上での三次元設計を教えて頂いた。
小学校5年生で連れて行ってもらったロシアのテレビ局内の天気予報の合成技術も忘れられない。
確か、コンピューター教室には製図版もあった。
すべてが、自分が実際の目で見て、触れたものだった。
これらは、部分的に切り取られた写真のように記憶されている。
この破片のような記憶が、今考えてみれば、自分の夢の道をつくっているのかもしれない。
夢は、普段、生きている空間、空気のように存在している中から見つかるのだと私は思う。

2013/6/23 決まり事

必ず叶えたい目標がある。
そのために、自分の中に決めた3つの決まりごと。
日常生活なくして、掴みたいものを掴むことは出来ない。

2013/6/22 感情的

自ら感情によって、どん底に落ちる。(落ちていると思っている)。
状況は何一つ変わっていなくても、自分が自分の首をしめている。
手抜きをして、誰かが何とかしてほしいと考える時の発想。
感情的な自分はいつも他人のせいだった。

2013/6/21 失敗から学ぶ人

失敗から、学ぶ人は、失敗したことを再挑戦する人だと先生がおっしゃった。
再挑戦する思考力、冷静な心、それと少しの勇気を身につけたい。

2013/6/20 意識

小さなことを続けることが準備だと先生は言う。
小さなことというのは、意識。
木曜日だから、鞄に入れておくもの。
最初に、机に出すもの。
たったそれだけだけれど、その意識が大事。

2013/6/19 しかられ美人

もっともクレバーなのはしかられ美人だと先生がおっしゃっていた。
しかっても、気持ちがいいという人になりなさいと先生は言う。

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2013/6/18 愛する能力

大原先生が教えてくださることは、生きることそのもの。 それには、まず私に愛する能力を教えて下さった。 はじめて分かったことは、人を愛するには、自分に道がなければならないということ。

2013/6/17 準備

自分の感情をコントロールするには、準備が必要。
準備のひとつに、曜日の色がある。
火曜日、水曜日、木曜日、日曜日。
私には、この4つの曜日の色がある。

2013/6/16 悩みが悩みでなくなるとき

悩みが悩みでなくなるとき。
それは、自分の意志で選択する時。
選択は捨てること。
すべての基準が自分の大事なもの。
守るものがなければ、人はつよくならない。
そのための24時間である。
それがいちばん幸せなことに思えた。
そんな先生のお話は、私に生きることを教えて下さった。

2013/6/15 ごっこ

大原先生は昔から発想の転換を教えて下さった。
発想の転換によっては、最悪なことが、ありがたいことになる。
そのひとつに、ごっこ(なりきること)がある。
昔、先生が小公女のお話をしてくださった。
私は、先生が教えてくださる小公女などの昔からあるお話の解説が大好きだ。
小公女は、なりきることができる天才だったと私は知った。
私も、なりきる能力を身につけたい。

2013/6/14 大変なこと

大変なことが起きたと思うのは、それが初めてのことだから。
でも、その大変なことも自分の道、自分の行動範囲の中で起きたこと。
だから、必ず解決の道があると先生はいう。

2013/6/13 母なるもの

よく先生が母なるものとおっしゃった。
母なるものは、どんなものか私には難しかった。
分かったことは、母なるものは、見えないところで必ず、どんなことがあっても、守ってくれるということ。
そのときに母なる人は犠牲(言葉があっているかは分からない)になる。
それでも、帰ってきたときには、「おかえり」というような、心の場所をつくって待っていてくれる。

2013/6/12 誠実

誠実であることは
1に、心をもらったとき、その瞬間、受けた感覚で行動する。
2に、それでも出来なかったことは、最初に相手に伝える。
完璧であることが誠実なのではない。

2013/6/11 話を聞くということ

話を聞くということ。
先生が比喩のお話をしてくださるとき、思考が違っていると教えてくださるとき、これは自分の気づかない自分を知るときだと分かった。
自分の気づかない自分を知ることが出来たなら、新しい思考の道具を身につけることができる。
思考の道具は、机上の勉強、研究だけでなく、人間関係のコミュニケーションにもいえる。
同時にそれを身につけたなら、どうしても今まで乗り越えられなかった、手に入れることができなかった当初の目的を達成することができることを知った。

2013/6/10 判断基準

1に命。
2にお金で買えないもの。
 お金で買えないものを失った時は、これで神様が今、私に必要なことを教えてくれた。
 今でよかったと思うこと。
3にお金で買えるものは、(失った)過去はもう過去。
 自分のものではなかったと理解し、前に進むこと。
先生の明確なこの基準が私にはいちばん分かりやすかった。

2013/6/9 思い出


「今、このときも思い出をつくってる」
先生のこの言葉が心にずっと残っている。
いつまでも、そんな思い出をつくれる関係を大事にしたい。

2013/6/8 強い


先生が「強い」の意味を教えてくれた。
つよいは弓を引く力に虫。
つまり、どんなに離れた的であったとしても、どんなに小さな虫のような的であったとしても、 弓を引く力と的さえわかれば、射抜くことが出来る。
私にはこのお話がすごく頭に残った。
弓を引く力が毎日の積み重ね。
的をみるのが、思考法ポイントの見かたなのかもしれない。

2013/6/7 心の自由


生きるか死ぬか。
次にヒトなのか人間になるか。
こうして、究極に考えることから、はじまった。
先生は私に心の自由を教えてくれる。

2013/6/6 細やかさ


よく、先生が"前後を忘れてはいけない"とおっしゃる。
普通、前後というとあのとき、あーした、こーしたという自分の感情に残った部分を思い出す。
先生の前後は違う。
何気ないやり取り、しぐさ、行動のくせ、体型、瞬時の表情…。
私にとっては目にとまらない小さな点。
この小さな点に見える私の心に対して先生は話してくださる。

時間をかけることが愛だと先生から聞いたことがある。
結びつきはまだ上手く説明できないけれど、私はこの小さな点と時間という2つからはじめて細やかさを理解した気がした。

2013/6/5 無理


無理をして怒りをもって過ごした毎日と無理をしない毎日。
不思議なことに、日々やることの進行具合があまり変わらない。
怒りを持っていると積み上げることができないと先生はいう。
いくらやっている気持ちになっても、結局はゼロになる。
無理をしない毎日は、少しずつ「やってみようかなあ」という気持ちになる。
今、ひとつ片づけることが、流れの中で終わってしまう。

2013/6/4 試練


試練は、神様が今までのやり方を変えてくれるとき。
今のお風呂の中にはたくさん汚れがたまっていて、このまま入り続けると病気になる。
でも、自分には水を変えることが出来ない。
そんなとき、神様が突然栓を抜くという試練を与える。
自動的に水を変えなければいけないという状況になる。
そして、はじめてきれいな水になり、気持ちがいいということを知る。
試練とはこういうものと先生がおっしゃっていた。
試練は、いいことなんだと納得した。

2013/6/3 器


自分の器は決まっている。
その中が満たされていれば本来、満足や喜びがある。
でも、器を見ずに量ばかり求めると、器からあふれていても満足しない。
あの人より少ないと考える。
自分の器を満たせるようになりたい。

2013/6/2 昨日より今日


昨日より今日、どうであるか。
ほんの小さなことひとつ褒めることがあるか。
誰も知らない自分だけが知っているこの小さな一つを続けることが出来るかと先生がおっしゃった。
人に見せることは出来ても、見せることではなく自分が自分の中に築き上げていくものが私にはひとつもない。
今日はひとつ、自分だけが知っている昨日までとは変わったことがある。

2013/6/1 人間


人間をつくる。
そのためには3つの柱がある。
それがいずれはひとつとなって立体になると、先生が図を書いてくださった。
柱のすべてが自分の好きなもので、見ているだけで嬉しくなった。

2013/5/31 分からなかったら聞くこと


分からなかったら聞くこと。
出来る人は、何でも自分の判断でやることではない。
相手の人が今何を求めているのかを的確に実行するには、分からないときは聞く。

2013/5/30 魔法の言葉


「安心していい。大丈夫だから。」これは魔法のことば。
全部を分かってる。その上で、ついているから。という意味。
私にとっての魔法のことばを使える人は世界でひとり。

2013/5/29 自分


自分を知りたいと思うようになった。
先生との研究を通じて、はじめて、「自分」を見たくなった。
今までは、他人のせいにして生きてきたから、自分を考えることなんて一度もなかった。
今は、自分が何を求めて、何が好きなのかを知りたい。

2013/5/28 触れる感覚


心が触れる瞬間、感覚を知りたい。
先生と出会って、いつしかそう求めていたのかもしれない。
先生は触れる感覚を教えてくれる。
今、それを知るためのマルチメディアツールの提案を先生としている。
私にも見えなかった世界が見えてくるような、急にひとつひとつのシナプスがつながって連鎖反応を起こすような感覚がある。
人は、本来触れる感覚を知らないはずがないのかもしれない。
それが、何らかの外部からの刺激によって、自分を守るために(楽するために)感覚をなくしてしまって生きていたのだと思う。
感覚を知りはじめると、もっとその世界を知りたいし、自分を知りたい。

2013/5/27 夢


私はいつも現実とかけ離れた夢を描いていた。
「こうなったらいいなあ」とその世界に浸ることで、その瞬間、心になっていた。
先生は違う。
現実の夢を叶えるための準備をしていく。
その準備期間は、夢の世界に浸ることになる。
私も現実の夢を描いてみたい。

2013/5/26 愛されるには


相手が理解できることが、いちばん愛されることだと先生がおっしゃった。
だから、これが嫌いということも大事。
これは嫌いだけど、あなたが好きだから半分食べると言うのが事実。
ぶれることのない安定感を人は求めると言う。

2013/5/25 時間の色


自分の心のコントロールをする。
そのために私には、朝の時間。夜の時間。水曜日。1日と15日。の決まりごとがある。
少しずつ、増えていって、いつか、曜日の色、一か月、季節、一年の色が分かるようになりたい。

2013/5/24 感動


感動って何だろうと思う。
先生が褒めてくれるときは想像をはるかに超えるという話を先生にすると、先生はあれは褒めたのではなく感動したのねとおっしゃった。
先生は確かに感動をくださる。

感動を味わうと、感動の世界の中にひたることができる。
ずーっとその言葉や光景を思い出していたい。
こうしたら、ああしたらと自分が自分なりに少しでも考えて、試行錯誤しているときにくれる思いがけないものが感動なのかもしれない。

2013/5/23 人間がつくったもの


先生は、背中で私たちのことが分かる。
少しの情報でも、その企業や学校の目的が分かる。
私には不思議で、不思議でたまらなかった。
先生に、聞くと、「人間がつくったものだから。」とおっしゃった。
人間が作ったものではないもの例えば自然界などはデータだと教えてくれた。
感情ではなく、事実の流れを見たとき、相手の思考が分かるという。

2013/5/22 自分を好きになる法則


なぜ、気になったのかを追及していくと自分の求めているものが分かる。
自分が求めているものをひとつひとつ集めていくと、自分色ができる。
自分の色ができて、はじめて自分が好きになる。
自分を好きになれるから、人にも優しくできる。
新しく学んだ法則。

2013/5/21 心の自由


「気持ちがいい」と思う感覚。
自分が楽しむ心を持つ。
時間をかける。
これが、心の中が自由になる法則かもしれない。
先生のお話を聞いていると、私は心の中で女王様にもなれるし、世界中をとびまわることができる。

2013/5/20 感情を捨てるとき


相手が感情でないならば、自分の感情を一度捨てなければいけない。
そうすれば、必ず聞くことができる。
聞くことが出来れば前に進める。

2013/5/19 「なんか変だなあ」


「なんか変だなあ」と思うときは原点のベクトルが間違っている。
そのときは、すべて、今の考えを捨てて、原点に戻ることと学んだ。
なんか変だなあというときは、一度、今執着している考えを捨てることだった。

2013/5/18 気になること


何か気になること。
気になることが自分の心をみるいちばんのカギなのかもしれない。
自分の心の奥にあるから、気になる。
自分の心の奥を知ることが、いちばん生きることのように思えた。

2013/5/17 要領


例えば、球場一面に広がるものを運ばなければいけないというとき、「無理だ!」と思う。
先生は、そのときは、重ねなさいとおっしゃった。
人は、目で見て無理と諦めると言う。
私の場合、その部分の変換なくして、容量は同じなのだからと強引に運ぼうとする。
でも、実際に球場一面に広がるものを運ぶのは不可能。
積み重ねていけば、トラック何台分かに収まってしまう。
一瞬の発想の転換が、ものすごく大事だと知った。
先生は、要領がいい人は要(かなめ)の領域を知っている人だとおっしゃった。

2013/5/16 心


心を忘れてはいけない。
自分の心が自分のまわりに影響する。
自分の部屋がいちばんいい例だと思う。
そして、空気も自分の心のままになっていく。
その空気を吸いながら、毎日生きている。
神様は自分の心の中にいる。
心を忘れた生き方をしていたら、生きていけるはずがなかった。

2013/5/15 関係の糸


続けると言うことは糸をつむぐように関係を繋いでいく。
だから、意識すること。
形だけ続けることだけが続けることではないことを知った。
全部は出来ないけれど、どれを優先すればいいですか?
今日、すっかり忘れてしまった。ごめんなさい。
ということも、続けること。(続ける意志がある。)
糸が切れたら終わりなのと同じように、関係の糸を切ってはいけない。
それはそんなに無理なことではなくて、聞くこと、言うことが大事だった。

2013/5/14 現実


自分の選択じゃないと思えば、感謝はなかった。
自分を自覚すると今までのように適当にはいけないと思うと、断固として動かなくなった。
動かない時間の分、7時間半、もっといえば朝から夜中までが自分のすべてだった。
自分は本当に欲しいものがあった。
それは自分ひとりじゃ、自分には手に入らない。
手に入らないかもしれないと思ったら、人のせい。
手に入るかもしれないと思ったら、人のためと切り替えて、現実を見なかった。
本当に欲しいあるものを手に入れたい。
努力も優しさもない私。
ひとつひとつ、現実に身につけていく。

2013/5/13 位置を変える


自分の位置を言わない。
そして、自分にとって得な情報が入ると、自分の位置を変えて、最初から分かっていたと言うような位置にする。
なぜ、そうしてしまうのか。
自分なりに考えた、努力したという現実の実感がひとつもないから。

2013/5/12 なおす性格


一番なおす性格は、自分がやることをやろうとせずに、相手のいい話だけを調子よく聞き出してしまおうと言う考え方。

2013/5/11 謝ること


100の力で聞くこと。
何を教えてもらっているのか、理解しようとすること。
それが、同じ位置になれる方法。
位置が同じでなければ、先に行くことも、話をすることも出来ない。
理解してはじめて「ごめんなさい」なんだと教えてもらった。

2013/5/10 見て見ぬふり


自分の心と顔が一致しているとはじめてみえる世界がある。
落ちているごみをさりげなく捨てること、自分には出来ない、気づきもしない、気づいたとしても発想にもないことだった。
中学生の時、先生に床をそうじしてくださっている方がいるのに、なぜ、座っていられるのか、と言われたことを思い出した。
その心がいつも私にはあったのだと思う。
大事なのは、自分の心に嘘をつかないこと。
見て見ぬふりが心の中に積み重なっていってしまう。

2013/5/9 言い分


「自分にも言い分がある」と思った時。
こんな言い分があるから、それ以外の部分においての私の行動は全部許されるべきというような考えを持っている。
言い分を自分の中に持っているときほど、信頼も関係もすべてなくなることに気づいた。
これから、言い分を自分の中に持つことは絶対にしない。
持つ前に、知らないふりをしないこと。聞くこと。一貫性を通すこと。

2013/5/8 なぜ失敗が宝なのか


全力でやった時、後悔はない。
その失敗が宝なんだと先生がいつも教えて下さった。
今、はじめてその意味が分かる。
全部の力を出したときの失敗は、新しい世界を知るとき。
自分に気づく時なんだと理解した。
だからこそ、私は挑戦し続けられる人になりたい。

2013/5/7 投影


「怖い」と思うときは、自分の心が知っているから。
自分が何かしているから、怖いと思う。
先生はこうした「投影」の話をしてくださる。
私は、すごく納得できる。
あの人が…と思うときは、自分の心に何かあると今では思う。

2013/5/6 社会で生きる


「私はこれが出来ます。だから、家に置いてください。」といって、置いてもらえるか。
食事も寝る場所も与えてもらえるものがあるか。と、先生はよくおっしゃった。
必要とされるのは、こんなに私は出来るという点数ではない。
勉強が出来ても、教えられなければ、置いてはもらえない。
それは、すぐに身につくものではなくて、生きてきた過程がそのまま影響する。
小さなことでも、必ず、確実に守るということが、まずは大事なことだと思った。

2013/5/5 悪いこと


私の心にある悪いことは大きなことではなく、小さなことの積み重ね。
小さな偽りが、大きく影響する。

2013/5/4 確実


ひとつのことを始めたら、続けなければいけない。
私は、何か新しいこと、おもしろそうなことがあると、いままでやってきたものをおろそかにしてしまう。
そして、次第にやらなくなる。
確実というものが何もない。

2013/5/3 道なき道


何でもないと思いたい、なかったことにするという人生は、道なき道を歩むことになると先生がおっしゃっていた。
私はこの言葉がすごく理解できた。
何も、進んでいなくても、進んでいると自覚する。
いざというときになって、パニックになる。
現実のその場から逃げなければならなくなる。
そして、それを繰り返す。

2013/5/2 違いを見る目


先生は必ず「感情で怒るとき」と「教えてるとき」の違いを教えて下さった。
私が社会で生きるとき、相手の人が感情なのかそうでないかを見る目を身につけるために。
感情じゃないときは、100の力で聞くこと。無になること。ありのままの自分を話すこと。
先生が身につけさせて下さったこの違いを見る目が、私を守ってくれる。
そして、導いてくれる。

2013/5/1 行き詰ったとき


新しいコンピュータープログラムを書く時、ひとつの部分でずーっと行き詰るときがある。
何度見ても、どこを見ても、何がどう違うのかが分からない。
まさに、その状態のとき、先生が「思い込み」をしているのではないかとおっしゃった。
「思い込み」言葉では理解できるけれど、その執着を断ち切ることは出来ない。
すると、先生がまったくプログラムに関係のない話をしてくださって、役割を与えてくださった。
次第に、私は先生のお話やその作業に夢中になった。
そして、何分が経った頃だろう。
のめり込んでいたから分からないけれど、1時間くらい経った時、プログラムに戻った。
全く別の世界に夢中だったため、さっきまでのプログラムに対する執着も何もなかった。
すると、丸三日、悩みの種であったそのプログラムが、不思議なくらいあっさりと解決できた。
はじめて、出力されたその図をみて、心臓の音が早くなった。
思わず、「先生、出来ました!!」と言った。
先生は、「そうでしょう。」と私が出来ることに確信を持っていた様子だった。
そして、先生は「ずっと見ているとあなたがどこで行き詰っているかは、何も聞かなくても分かる」とおっしゃっていた。
私の行き詰る部分は2つの思考があって、ひとつがこの「思い込み」。
もうひとつが、興味で走っているうちに、もとに戻れなくなるとき。
思い込みの時は、切り替えさせること。
戻れなくなったときは、白紙を与えてもう一度整理すること。と教えて下さった。
何とも言えない幸せな気持ちになった。

2013/4/30 真実


続ける中に真実があると先生がおっしゃっていた。
人の目を気にして、自分の最初に思った、感じた行動を変えてしまう。
変えないで貫き通したときにはじめて自分という位置が出来るのかもしれない。

2013/4/29 怒る


なぜ、怒ってもらえることが愛なのかがはっきりと理解できた。
怒ってもらえなければ、自分はその思考でいいと思ってしまう。
そのずるさが通用すると体が覚えてしまう。
また、新しい世界でもその身につけた思考法で切り抜けようとしたときに、もう関係を失っている。

2013/4/28 生の世界


生の世界。
瞬時の判断を求められる中で生きる話を聞いた。
2つの脳を使い、判断する。
それには私が理解した中でも5つの思考の図があった。
この世界を理解できるようになりたい。

2013/4/27 地図


全体をみること。
例えば、東京・長野・大阪の位置をひとつひとつ書いていても、位置は覚えられない。
日本地図を書いて、3つの位置を線で結ぶと、はっきりと位置が分かる。
次に大事なことは自分が今、どこの位置にいるかを知ることだと先生がおっしゃった。
私は、全体の地図を書くことなくはじめるから、優先順位も時間配分も分からなくなる。

2013/4/26 気づいた今


どちらに進めばいいかわからなくなったとき、先生に相談した。
すると私の話を聞いた先生がこう置き換えて話してくださった。

高尾山に登るとき
ひとつは何時間待つか分からないロープウェイ。
もうひとつは自分の足で登る。
この2つの選択肢においてどちらを選ぶか。

私はちょうど2時間ぐらいロープウェイを待ったところくらいの感覚。
2時間待ったなのに、前をみればまだ長蛇の列。
半分も進んだかどうかわからない。
でも、待った2時間があるから、ここで列からはずれ歩き出すのはもったいない。
時間が過ぎていけばいくほど、焦り、でもどうすることもできない。
この結果、期限が迫ると最終的にうずくまるという。

先生は私に「まず、歩きなさい。そして帰りロープウェイにのりなさい。」と教えて下さった
いちばん大きな理由は、歩いて行くうちにリズムがつく。そして心が無になるという。
そして歩いているうちに、高尾山がどういうものか見えてくる。
そしたら、途中からロープウェイに乗ることもできるという。
私はこれから、たとえどんなに待ったとしても、気づいた今、自分の足で歩こうと思った。

2013/4/25 必要な人


必要な人になる、それが愛される人になる第一歩だと先生はいつもおっしゃっていた。
必要な人になるということはどういうことなのか。
私は何でも「はい」と言ってしまう。
そしていざというときにだめになる。
理由は、全部自分のことを考えているから。
必要な人になる基本は相手なのかもしれない。
香りも自分がいいと思っていいと思う場所につけると嫌なにおいになる。
先生は、相手を想像してつけてごらんと教えて下さった。
そうすると、包み込まれるようなその香りに自分が幸せになれた。

2013/4/24 心の天国、心の地獄


中途半端、「これくらいでいいや」の気持ちが地獄をつくる。
地獄をつくるのは、今、目の前のことをどう対応するかによって決まる。
目の前のことの積み重ね、積み残しが、心の中に地獄をうむ。
今、やることをやっていれば、地獄にはならない。
心の天国、地獄は先のことを思って決まることじゃないと先生がおっしゃっていた。
”今”なんだということが私にはいちばん大きなことだった。

2013/4/23 魅力


魅力とは何か。
先生は、自分の言葉で自分の意志、心を的確に伝えられることが魅力的だと教えて下さった。
だからこそ、言うタイミングを間違えてはいけないともおっしゃった。
自分の言葉で話せること。この簡単に思えることがどれほど難しいことかと思う。
自分が何を見て、何を感じるかがない限り、自分の言葉にはならない。
私は自分の頭にずるさがあると、感じることが出来ない。
今までの自分を振り返ってずるさとは何か考えた。
最初に思ったことを最後まで意識した時、ずるさではなかった。
いつもそれが基準なのかもしれない。

2013/4/22 暮らしと生活


先生に生活と暮らしは違うと教えてもらったことがある。
生活は、日々毎日のこと。
暮らしは、移動やその変遷。
意識にもこの2つがあるのかもしれない、と思った。

2013/4/21 ふたつの箱


わからない原因、それは頭の中にひとつの箱しかないからだと理解できた。
箱は必ず2つ必要だと先生は言う。
比較も2つあるからできること。
優先順位がみえなくなるのもひとつの箱の中で考えるから。
私は、目先に期限がある(優先順位がいちばん高い)ものをやっていながら、興味があることがあると、それを引きづり出してきてしまう性格だということがわかった。
そのとき、優先順位が高いものをどう仕上げるか。例えば、枠組みだけしっかりしたものをつくり、あとは埋める。
もしくは、一部の技術を完全に習得するなどという目的を持つことだという。
目的が分かれば、まずはそれに取り組む姿勢になる。
パニックの原因は2つの箱の中身を引き出したりしているうちにひとつの大きな箱にみえてしまうことだった。

2013/4/20 いちばん望むこと


自分がいちばん望むことを書いたとき、その共通点は、「感じる心」だった。
先生と触れる中で感じる瞬間がある。
その瞬間、生きていることを感じる。
大声で心から笑うことができる。
大声で心から泣くことができる。
このふたつは表面上に見える例。
多くは表面上に見えない。それは言葉ではない。
心と心だけが通じ合える。
そして、頭の中にその世界を広げることができる。
ずっとずっとそれを胸に生きていける。
この瞬間を私はたくさんたくさん持っていきたい。

2013/4/19 人間として生きる


生きることは苦しいこと、苦しみの先に見えるものがあるんだとずっと思っていた。
前に進むにも、進まないと妥協することも出来ない自分のずるさは、逃げるしか方法を見つけることが出来なかった。

ただ、それ以前に、人間として生きよう。そう思った。
大原先生は私にずっとこの人間の感覚をいれてくださった。
先生が「なぜ」というときは、私が人間の感覚でいないとき。
人間として生きるときの苦しみは、人間として生きようとしないときの苦しみとまったく別なものなのかもしれない。
あの感覚さえあれば生きられる。
私は大原先生にいつも、自分が行き詰ったからごめんなさいだった。
ごめんなさいはそうじゃないんだと今日初めてわかった。
人間としての感覚をなくしたとき、触れて、理解できて、はじめてごめんなさいだった。

2013/4/18 時間の事実


心が行動となる。
だから大事な人ほど、事実を話すことが大事なんだと知った。
先生は、同じ事実でも、気づいた今ではなくためた部分に私のずるさをみる。
いちばん大事なものを知ること、すべてがその土台の上にあるのだからこそ、事実に向き合える自分になりたい。

2013/4/17 一瞬


先生が信じてくださるところは、ほんの一瞬の、ほんの小さな、気づかないようなところ。
ひととひとの関係はその一瞬にあるんだということを知った。
簡単に言ってしまえば、コンピューターの角度を変えたただそれだけのこと。
その一瞬を感じ、でも空気はなにひとつ変わらず時間は過ぎていく。
先生が教えてくださることはこういう部分なんだと私ははじめてその感覚を知った。

2013/4/16 習慣


1度のことなら小さなことのように思えることも、習慣となって身についてしまうと、いざというときに大きな失敗をしてしまう。
損得の思考は、ずっと損得の思考になってしまい、自分は気づかない。
気づいたときには、何が原因か分からない。そのときには、人の話を聞くことも出来なくなる。
これからは自分の中で意識化してから行動する。

2013/4/15 資料


自分が学ぶとき、資料は自分の頭を整理するものではなく、相手の人が一目見て分かるようなものでなければいけない。
何を目的にその資料をつくるかを考えなければ意味のないものになってしまう。

2013/4/14 たんぽぽとコスモスとひまわり


たんぽぽからみたひまわりは、緑の太い棒(茎)しかない。
コスモスからみたひまわりは、葉っぱも花も大きい。
大事なことは自分の目で見ること、そう先生がおっしゃっていた。
だからこそ自分を知ることが大事なのかもしれない。
自分の劣等感がみているのか、まっすぐみているのかを知っていたら、行動は変わるかもしれない。

2013/4/13 すべてを放棄したくなったとき


「もうだめだ。」と思っているのは自分。自分の頭と自分の手と自分の足があるじゃない。
いつも私は、先生のこの言葉を思い出す。
そして、次に、先生が常におっしゃるチャーチルの”Never Never Never Giveup.”を思い出す。
必ず乗り越えられる。

2013/4/12 崖とオオカミ


分かれ道があります。
ひとつにはオオカミの集団が、もう一方は崖です。
どちらに進みますか。

昔の私は、間違いなく崖だった。
一瞬忘れられるというような感覚。
でも、今は、オオカミかもしれない。
ほんの少しの可能性を考える。
大原先生の心理学テストをやっているうちに、自分の心が見えてくる。
心が見えたら、不安がなくなる。

2013/4/11 3本の鉛筆


3本の魔法の鉛筆があります。
ひとつは「戦う力」をもった鉛筆。
ふたつめは「失敗する力」をもった鉛筆。
みっつめは「人(第三者)の力」を借りれる鉛筆。
ただし、人の力は100%か50%か30%かはわからない。
そして、一度きりしか使えない。
あなたはどの鉛筆を選びますか?

一瞬、戦う力が欲しくなる。
そして、失敗する力を選ぶ意味なんてどこにあるんだろうと思う。
でも、先生のお話を聞いて理解したことは、失敗する力を選んだ時は、「戦う力」も「人の力」も得ることができる。
戦いのえんぴつが恐れであるのに対し、失敗のえんぴつは勇気だと先生がおっしゃった。

2013/4/10 砂漠の真ん中で考えたこと


今、砂漠の真ん中にいます。
3・4日で死んでしまうような状況です。
どうしますか?
そのとき、頭に思い浮かぶものは何ですか?
先生がこう言われた。
そのとき、私は自分がいちばん求めているものが分かった。
私には、一度でいいからみてみたいという夢がある。
その夢を思えば、維持でも生きるエネルギーがわく。
必ず、生きよう、そう思える。
私は夢がなくなったときは死ぬんだなと思うと、現実が見えた。

2013/4/9 分かりました


すぐに、「分かりました。」というのは嘘。
必ず、自分なりに理解したことを確認すること。
文字にしてしまうと、当たり前のことのように思えてきた。
でも、私はすぐに、「分かりました。」と言っていた。

2013/4/8 試練


大原先生が、「君は試練を乗り越えられないと思っているかもしれないけれど、神様は君が乗り越えられると思って試練を与えている」とおっしゃっていた。
試練に向き合う力をもらったそんな言葉だった。

2013/4/7 広い世界


広い世界をみなさいと先生がそう言っているように思えた。
マルチメディアの思考、リテラシー、この思考を持って、世界をみる。
世界が平面ではなくて、自分がその中に入ることができる。
狭い考え、平面的な考えを持つと、落ち込む。
その落ち込みは、思考がかわらない限り、抜け出すことが出来ないのかもしれない。
先生は、その私に言葉ではなく、教えてくださった。
先生はいつも私が言ったことを(自分は感情で言った部分も少しあるにも関わらず)覚えていてくださる。
それが、すごく幸せだった。

2013/4/6 子供は夢


大原先生が"子供は夢"とおっしゃっていた。
夢という言葉がすごく印象的だった。
夢って何だろうとすごく思った。
よく先生は石をまず投げる。そこに向かって歩いていくというお話をしてくださるけれど、石は目的だと理解している。
目的と夢はどちらも未来であるけれど、違うような気がする。
夢とは何か知りたくなった。

2013/4/5 今、直す


怒られたときの無言は一番のずるさ。
今、その場で直すこと。

2013/4/4 心に残る


先生の言葉はずっと心に残る。
嬉しいではなくて、「大声で泣きたいですね」とおっしゃっていた。

2013/4/3 「がんばれ」よりも


大原先生は音楽をかけながら、背中を押してくださる。
目に見えないところにたくさん心と時間がかかったお料理をつくってくださる。
小さな小さなことも逃さず拾い上げて下さる。
励ますことは言葉じゃないんだと先生と触れながら思う。

2013/4/2 ほんの小さなありがとう


先生はティッシュの端っこをちぎって、これくらい小さな、ほんの小さな、「ありがとう」を寝る前に5つみつけられたら、 鬱には決してならないと教えて下さった。
今日もこの日記を書くことができたことにありがとう。

2013/4/1 信じる


信じるってどういうことなのかと考えることがある。
多くの場合、私は「信じてる」という言葉を聞くと、嬉しさよりも苦しさの方が少し多くなる。
大原先生は、ふつうと信じてくださるところがちがう。
一般的な表面上の評価ではない。
誰も目にとめるところではない部分。
先生の、先生だけが信じてくださる部分。
だから、いざというとき、自分の持っている能力以上の力が湧いてくるのかもしれない。

2013/3/31 苦労


大原先生が以前、苦労とは捨てることだと話してくださった。
今、私に理解できることは、黒は、いちばん大事なものを失いたくないからこそ、あるものだと思う。
大事なものなくして、苦労はないと思う。
大事なものがあるから、捨てられるのだとはじめてわかった。

2013/3/30 分析・解析


大原先生は、「1に分析、2に解析。そして優先順位」だという。
分析は、道を歩きながら、目の前のものを振り分けていく。
解析は、それをヘリコプターから眺める。
そして、密度をみて、濃いところから取り組む。

2013/3/29 自分の心


いつも、どんなときも、自分の心が決めている。と先生は言う。
出来ないと決めた心が出来なくする。
無理だと思うその心に問題がある。
自分の心が見えたなら、人は先に進むことができると知った。

2013/3/28 最初


最初の成功はそのあと大きなことを背負う。
最初の失敗は黄金。
先生がそうおっしゃっていた。
いちばん大事なことは学ぶこと。
だから、最初が肝心っていうんだと思った。

2013/3/27 心の家


家路の音楽を聴くと先生のお料理を思い出す。
どんなことがあっても、自分には心の家があると思える。

2013/3/26 「もう、間に合わない!」


「もう、間に合わない!」と思った時は、一歩先に行くとき。生まれ変わるときだと学んだ。
今までの自分の思考が、もう間に合わないと決めている。
新しい思考を知るときなんだと思って、取り組むこと。
もう、間に合わないと思った時、やけになって、今までの方法を変えようとせず進み、最終的に投げ捨てる自分だけど、 先生のこのお話を聞いて、いちから立て直そうと思った。

2013/3/25 命があるかぎり


大原先生は「命があるかぎり」とおっしゃる。
命があるかぎり生み出すことができるという。
この言葉がずっと頭に残っていた。

いつも、とりかえしのつかないことをやってしまうと思うと、すぐに消えたくなった。
実際に、次の日いかなくなるということは、3回やった。
その私も、同じような大きな失敗をしてしまったけれど、失敗の行動の後、少しずつ 前の経験を思い出して行動するようになった。
正直に言うと、「どうしたら、明日もこれるだろう。」ということしか考えていないのかもしれない。
それでも、消えたときの心の空しさ、どん底を知ると、はじめて、私も考えるようになった。
消えたくなったのを2度、踏みとどまった今、私はまたひとつ新しい世界を見せてもらったような気がする。
命があるかぎり、変わること、ひとつ大きな世界をみることができるんだと今は思う。

2013/3/24 メッセージ


心を伝えることは難しい。
先生のお話を聞いていると、心を伝えたいとき、相手の人に”心をあげる”のではなくて、自分に言い聞かせるような言葉が本当に心のこもったメッセージなんだと知った。
だからこそ、いつ伝えるものなのかという時間がすごく大事なんだと学んだ。
先生がくださるお手紙はいつもそうだった。
だから、そこに先生がいてくださる。それは、世界でひとり、先生だけが私にくださるメッセージ。

2013/3/23 朝


お教室に朝、お伺いすると朝を感じることができる。
この当たり前のように思えることが、普段はない。
朝を感じることができると心が穏やかになれる。
朝は空気が澄んでいて、優しいひかりに包まれていることを知った。

2013/3/22 確認すること


確認すること。確実であるか、もう一度確認。
今までの私に全くなかった部分。
学生生活を通して、電話に出ることを最初に体で覚えた。
次は、確認することを必ず覚える。

2013/3/21 開き直る


開き直りと腹をくくるは全く違うと先生は言う。
開き直った時、その通りに必ず進む。
どうでもいいといいながら、そんなはずないだろうと思っているとき開き直る。

2013/3/20 ファッション


先生は顔をつくりなさいとおっしゃる。
だからこそ、新しい環境に入るとき、最初はブレザースタイルなど決めたものをほとんどぶらさないこと。
そして、顔が出来てきてはじめて、それから少しずつ変えていくという。
昔、小さなころは、白いシャツに紺のスカートで顔をつくると先生が教えて下さった。
それが自分になじむようになると、何でも似合うようになるとおしゃっていた。
先生が教えて下さるファッションは、同じ洋服でも少し組み合わせや折り方を変えるだけで、様々なイメージになる。
なりたい自分になることが出来る。
だからこそ、ひざやひじなど肌をみがくことが大事なんだと知った。

2013/3/19 自分の役目


自分が分からないことは、本当にゼロだと思って聞くこと。
それを確実に実行できるようにその場で、その時間にすることが大事なことを知った。
もうひとつ、役目を頂いたときは、最後まで確実にできたか、確認すること。
私にないこのふたつ。これから必ず守る。

2013/3/18 気持ちがいい


人が気持ちがいいと感じるときは、時間がかかっているということに最近気づいた。
気持ちがいいなと思うのは一瞬、感じない人もいるかもしれない。
でも、時間が経つにつれて、あるいは失った時、気づく。
気持ちがいいときは、見えない時間の中で、繰り返し繰り返し積み重なった中で作られていた。

2013/3/17 演出


人数や自分の座る席、性別などの要素、そして自分の目的によって、自分の行動や服装も変わると先生はいう。
私は、自分から相手と言うような一方通行の準備はしていくけれど、相手に自分がどうみられたいかという準備をしない。
私は、先生のこの選択基準と法則を絶対に身につけたい。

2013/3/16 さようならのあと


”さようなら””また明日”のあと歩きだし、一瞬振り向いたときの感覚。
先生はこうした感覚を私に教えてくれた。
この感覚は背中に翼がついたような気持ちにさせてくれる。
出来ないことだって出来てしまう。

2013/3/15 立ち上がる


やってしまった、もうどうにもならないと思った時。私なら逃げる。いなくなる。
先生は、そんなとき、立ち上がることだとおっしゃった。
立ち上がるときは前しかないという。
私は以前、先生との関係で自分にとってすごいなあと思った話がなくなってしまったとき 普段やっていることお全部やらなくなってしまった。
先生は、そのときはまだ執着していると教えて下さった。
この立ち上がる性格が運命をつくると学んだ。

2013/3/14 相手


相手がいて自分がはじめて分かると先生は言う。
私はよく、人に頼むことや出来ないということが出来なかった。
何でも独り占めしたかった。
そうじゃなければ褒められても半分ないしはそれ以下になると思ってた。
褒められるというのも「あの人は、こういうことを褒めるんだろう」よいう自分の世界で決めている。
その想定がはずれたとき、くやしさとイライラが込み上げてくる。
相手がいて自分がいると思っているときは、興味がつよい。
自分がそのものを好きだからこそ、相手を通して自分の姿や位置を見ることができるのかもしれない。

2013/3/13 一途


一途であることは、1日1時間でも、次にあったときのための準備をすることだと先生のお話の中から学んだ。
そして、すべての判断基準がその一途になる対象となる。だから一途のときは24時間その世界にいるという。
私も一途でありたい、そう思った。

2013/3/12 自分が求めているということ


自分が求めている限りそれは、100%求めている。
求めていないのであれば、しない方がいい。
くるしさは本来、自分が求めているからある。
求めているからこそあった苦しさが、都合よく考えているうちに、自分を守る苦しさに変わってしまう。
都合よくというのは、求めていながら、求めていないふりをすること。

2013/3/11 性格が運命をつくる


先生が”性格が運命をつくる”とおっしゃっていた。
どんなに頭がよくっても運命を切り開けるわけではない。
どんなにお金持ちになっても、どんなに見た目を飾っても同じ。
どんな選択も、どんな理由をつけたとしても最終的に選ぶのは自分。
環境がとつい周りのせいにしたくなってしまうけれど、
自分はどうしたのか、自分はどうであるかが大事なんだと学んだ。

2013/3/10 100万ドルの笑顔


笑うときは大きな声で笑う。
泣く時は今日は泣きたいといって大泣きする。
先生と一緒にいるとその気持ちよさを知ることが出来る。
だから、次の日にはすっかり元気になれる。
先生があなたの笑顔は100万ドルの笑顔と言ってくださるから、思いっきり笑うことができる。

2013/3/9 空間設計


部屋を自分の空間にするには、全体のバランスをみなければいけない。
そのためには、簡単に時間をかけずに、イメージできるものを用意し、 それを配置しながら、決めていく。
微調整を繰り返し、最終的な空間ができあがる。
先生がつくってくださるお教室が、いつも気持ちがよく、頭が切り替えらて、「よし、やろう」と思える理由がわかった。

2013/3/8 生きる意味


生きる意味は自分を知っている人とはなしができるから。
誰も自分のことを知らなかったとしたら、生きる意味は分からなくなるかもしれない。
自分を気にかけてくれる人が生きていくうちで一番の宝物であり、生きる意味なんだと気づいた。

2013/3/7 つよいひとになるには…


発想の転換。
それは、白いハンカチに赤い点はすごく気になるものだけれど、赤いハンカチに赤い点は気にならないと同じ原理。
つよいひとは、それが当たり前と思っている。何でも、当たり前と思ってしまえば、受け入れられると先生が教えて下さった。
嫌なことがないと思っていることが間違えであって、私には嫌なことが起るもの。
そう考えていくと、1日の中での悩みはないものになった。

2013/3/6 意識と顔


怒られたときは怒られた顔にならなければいけない。(なぜ、怒られたのかの意味を考えていれば自然とその顔になる。)
でも、怒られた顔を引きずってはいけない。
私はよく、次の日も、怒られた顔を引きずっていた。
これこそが、いちばんやってはいけない演技だったのかもしれない。
先生は、先を考えて、今なおさなければいけないことを怒る。
だからこそ、今から意識する。
先生は、はじめてひきずった顔をしないできた私を「成長しました」と褒めて下さった。
一歩前に進めた気がした。

2013/3/5 見えない時間


無言のときや会っていないとき、その見えない時間に相手が何を考えているのか読み取ることができたなら…。
私は、いつも焦ったり不安で行動しているときは、自分自身がありのままではないから、当然まったく感じる心がない。
ただ、究極の状況になった時、(現実に直面した時)、大体は逃げてしまうんだけれど、そのときだけは自分自身と行動が一致しているから 無言の中でも感じることができる。
一度、知っているからこそ、その感覚を大事に、逃げる前に行動しようと思った。

2013/3/4 不安の色


不安にも色があるという。
不安な理由を箇条書きに書きだす。
そしてひとつひとつ潰していく。

先生はいつもこうして、不安を取り除いてくれた。
対処が分かると不安はまるまるなくなっている。

2013/3/3 トライアングルの法則


思考は必ず3つあると先生はいう。
空も海も陸もしった上で自分の立つ位置を決めるのと陸だけを知っているのは歴然の差があるように、 3つの思考を比較することが大事なんだと学んだ。
3脚が3本であるように、4よりも3が安定しているという。
そして3から広がって様々な立体を作り上げることが出来る。
確かに、デルタ多面体も正多面体も基本は三角形からなっている。(正多面体は六角形なども含むけれど)
ひとつの目的や応対において、いつも、まず、3つ考えてみようと思った。

2013/3/2 土を耕す


働くことは土を耕すこと。
仕事は出来た作物。
3・4・5月は徹底的に基礎をやる。
基礎はいつでもできる。
基礎を深く掘り下げること。
教育も同じだと先生は言う。
3・4・5のときに、時間をかけて教えること。
土が出来ていれば、作物は必ず育つことを知った。

2013/3/1 風の音


ただ風の音だけを聞いている。
それだけで、頭の中に先生との研究が思い浮かび、広がり、自分自身、あるいは人間の感覚に興味が湧く。
先生が導いて下さる研究はいつも、人間と密着している。だから、ふとしたとき、いつでも研究資料がそばにある。
私は、はじめて、風の音に聞き入って、そして、それが何だか嬉しかった。
小学生のころ、空を飛びたいといって、先生と一緒に翼をつくった時あの感覚を思い出した。

2013/2/28 私は私


いつか先生が言っていた「私は私。」という言葉を考えることがある。
ひとつに、誇りは自分にとって大事なものを知っていることから持てるのだと思う。
朝のお月さまをみると、私は、「先生がいるじゃない」と思う。
つぎに、誇りを持つと、生活と一体化したその人だけのこだわりのようなものがあるのだと思う。私はまだ、生活と一体化していない。だからいつも、途中で崩れてしまうのかもしれない。

2013/2/27 先生が本気で怒るとき


先生が本気で怒るときは先生と過ごした時間がそこにある。
だからいつも、小さなころから何一つ変わらない先生と触れるあの感覚がある。
終わってみると自分のまわりについたとげとかぼこぼこしたものをもう一度まあるくしてもらっているような気がする。
大きくなって、きめて歩いていると、段々、そのぼこぼこしたものを誰も言わなくなる。
自分がいちばんと思っていながら、自分が自分で抑えきれなくなって、たすけてほしいときもある。
先生は必ずわたしに戻してくれる。そうしたら、本当のいちばんでいられる。
つまり、自分が自分をいちばん大事にできる。

2013/2/26 目的達成


私は、痩せようと思っても、よくて1週間、数時間後には諦めることが多い。
その割には、維持でも痩せようと、断食するなど、極端なことをする。
当初の目的ではなく、とにかく痩せるという体重計の値だけを意識し始める。

痩せようと決めた最初の理由、動機があったはずなのに、それを忘れてしまう。
最初の理由は本当に人から見れば何でもないという人もいるような、自分だけのもの。

先生は、「好きに理由はないけれど、好きを追及していくとそこに自分が好きになる原石が必ずある」という。
そして、「ひかれたときには、今の自分にはない新しい何かを教えてくれる」という。
最初の自分の気持ち、動機を大事にすることが、必ず目的を達成する秘訣なのかもしれない。
私も、時間をかけて遠回りをしながら、最終的に”あの体験”をしてみたい。

2013/2/25 真のつよさ2


私は、どうしても真のつよさを知りたい。
つよい人は、最初からスーパーマンのような人を想像する。
でも、そうじゃないと先生は言う。
ミカちゃん(ひとつ前の記事を先に見て頂きたいです。)もスーパーマンなわけではない。
どちらかというと、誰よりも人間らしい。
大泣きしているのを何度も見たことがあるし、顔が変わることもある。あっけにとられるときだってある。私と同じように損得も考える。
それなのに何かが違う。

昔からずっと一緒だけれど、ミカちゃんを意識し始めて、一番、頭に残っているのは肝心な時、すべてを捨てて、先生に教えてもらう姿。
そのとき、見た目や、イメージ像、まわりからの視線といった誰もが考える部分がミカちゃんにはない。
私は、自分が追い込まれているとき、すべてを捨てることはできる。すべてを捨てて覚悟する。でも、自分が望むとき、すべてを捨てるかというと、捨てられない。
意志のつよい人は、本当に望むものをひとつ知っているのかもしれない。

2013/2/24 真のつよさ


真のつよさはなんだろうと考えることがある。
私はつよい女性になりたい。先生は一貫性とおっしゃる。
つよい女性、一貫性ときいて私の頭に思い浮かぶのは医学の道のミカちゃん。
私はあのミカちゃんのつよさがほしい。
その意志の強さはそれこそ、てこでも動かない。
だから、何かひとつ成し遂げたときは、それはもう、圧巻で、ひとことで表現するなら・・・美しい。
真のつよさこそが美しさなのかもしれない。
今日もまた、お教室にあるミカちゃんがつくった解体新書をみながら、私は医学の道ではないけれど、そのつよさは何か考えた。

2013/2/23 春色の風


私は、季節の違いを気温でしか感じられなかったところがある。
もっといってしまえば、季節そのものがよくわからなかった。
いちばん微妙なのが春と秋の違い。
でも、先生が選んでくださった”春の曲”。
それは、間違えなく春だった。
先生のそばにいると、1日のなかにも、1年のなかにも、人生にも色がある、そう感じる。
うまく言えないけれど、風のようにその色がある。
私の人生にもいろんな色の風を感じたい。

2013/2/22 苦しい理由


「これでいいのかなあ。」と思うこと。
例えば、夜ご飯の準備をしているとき、お惣菜をひとつ落としたとき。 お惣菜が取り分けるものだったらいいけれど、揚げ出し豆腐のように、ひとりひとつのもののときどうするか。 私はよく、妹にその私だけが知っている落としちゃったお皿を置くときがある。 みないと思っても、そのお皿を、何も知らないで食べる妹。 知らない、知らないと思ってどうにかその食事を終わらせる。
私が、この揚げ出し豆腐の話をすると、先生がひとつの話をしてくださった。 先生が今でも心に残っていると言ったその話は、一瞬頭によぎったことで、誰もがそのときになれば当然頭によぎることのように私は思った。 もっと大きなことをやってしまう、ないものにしてしまう私、そして、それをたくさんやってきた私には透明のような先生の言葉が 何て言うか、あまりに透明で、だから、心に少しささった。 自分の心はやっぱり知っているから。
今日からひとつ自分の中で続けることの意味ができた。

2013/2/21 ”何をしたいか””何とともに歩んでいきたいか”


”何をしたいか””何とともに歩んでいきたいか”先生のこの言葉が私の頭にすごく残っている。
何をしたいか。
何とともに歩んでいきたいか。
何をしたいかを明確にするのは少し私には難しい。でも、何とともに歩んでいきたいか。これは、明確にある。 きっとともに歩んでいきたいものは、自分の心にいつもある(普段何でもないときは気づかない)。 形が変わっても、その何かは変わらないものなのかもしれない。
この心の中のものが、あるときはこれだけは嘘をついてはいけないと自分を制し、あるときはここでこれを捨てようと覚悟を決める動機となる。 そして、例えば、きれいな夕焼けをみたとき、その何かとともに歩んでいることを実感する。

2013/2/20 全ての道は


「全ての道は偶発ではなく、必然に与えられているもの」と先生がおっしゃっていた。
起きたことは、全部偶然ではないんだと言う。偶然ではなく、与えられていると思うと、受けとめること、受け入れることが出来る。 必然であるなら、起きたことの中に、今までの自分になかった何かを教えてくれるためのメッセージがきっとある。 どんなことであっても、きっと今までの自分にないことと思うと、現実に向き合おう、そう思えた。

2013/2/19 今、どうするか。


自分が求めた人。それは世界でたった一人の人。出会えない人もいるかもしれない。 それを、自分のことを見てくれないと言うだけで切るなんてそんなさみしいことある?と先生は言う。
一番大事なことは、自分が求めているということを知ることなんだと先生は教えて下さった。 まず、悩んだときは、求めている証拠。だから、先生は止まれと言う。
それなのに、”今”が最悪だと思って自分自身をみようとせず、自分の世界観で突っ走ってしまう。 今、起きたことは最悪じゃない。先生はそう言う。 だからこそ、自分に都合よく考えるのではなく、その”今”どうするかが大事。

2013/2/18 夢をつくる人


必要な人になることが夢をつくることだと先生がおっしゃった。 夢が夢のままになってしまう感覚が私にはある。でも、先生は夢は叶えるものだという。 自分は必要とされる人になっているかともう一度、考えると・・・そういえない。 ひとつひとつ、必ず、やる。それが出来ないから。いちばん簡単そうでいちばん難しいこと。 その意識がないから、続かないんだと言うことに気づいた。

2013/2/17 関心、そして興味


興味と関心は違うと先生はいう。興味は興して味をつけなければいけない。 関心は、関わりをもった上で心がひかれること。関心があって、興味があると教えてもらった。
私の情報収集能力を先生が褒めて下さったことがある。 そのときは、先生が何を求めていらっしゃるかを考える明確な自分の軸があった。 だから、興味があり短期間でも資料を集めることが出来た。 自分が何も軸を持たず、漠然と調べたとき、形だけ持って行ったときは興味がない。 だから、何も情報にならない紙が集まった。 (形だけ持って行ったとき、「形だけ持ってきた」と言えたなら、人と人との関わりがある。その心が自分にはなかった。) 興味と簡単に使ってきた言葉だけれど、興味をもつことはそこにひとつの形を作り上げることができるすごいことなんだとはじめて思った。

2013/2/16 “どうしてこうなっちゃうんだろう”


“どうしてこうなっちゃうんだろう”のときは止まることと先生はいう。
自分がぐるぐる動いているから、どうして・・・の状況になる。 ぐるぐる動いているときは、当初の目的を忘れているという。
例えば、私の場合、床に洋服などが散らばっていて、片付けようとしていながら、棚の中や、飾りにこりはじめ、最終的に、もとの状態より散らばってしまう。まさに、どうしてこうなっちゃったのかと思う。 当初の、床を片付ける目的さえ忘れなければ、必ず目的達成できるという。 コンピューターの中身も同じだった。今までの研究データが散らばっていて(中にはファイルが壊れていて)どこから探せばいいのかわからない状態。 最初から整理しなければと思うと、もう手に負えない。まず、目的のファイルから、確実に確保していくことが大事なんだと知った。

2013/2/15 一瞬の判断


大学院でパソコンのキーボードに紅茶をこぼしてしまった。 それもマグカップの65%ぐらい。 コンピューター内にみるみる液体が浸水していった。 あわてて拭き取り、データやキーボード入力、ソフトの起動を確認すると何の問題もなかったので、いつも通りお教室に向かった。

教室で40分くらい作業すると、キーボード入力が出来なくなった。そのときはじめてインターネットで対応を調べた。 調べているときに画面が切れた。慌ててコンピューターのねじをとり、中の液体を出そうとした。三角定規で時間がかかり、ようやく4つめのねじにたどりついたとき、先生が「愛ちゃん、何やっているの?」といった。

なんとかなるの考えを捨てない私。
先生のいうことを聞こうとしなかった。
妹の助言にもイライラしてにらみつけた。

すると先生がハンマーを持ってきた。

そこで、初めてわかったこと。
1. 今日作ったデータは今日中にバックアップをとること。 私はこうならなければ、何度いわれてもやろうとしなかった。
2. 一番大事なものは何か:判断基準
お金で買えないもの。その大事なものを少しでも確保する方法を考える。 3. 大事なもの以外(お金で買えるもの)は捨てたとき、はじめて解決に向かえる。「なんとかなる」は決してなんとかならない。

先生のいう通り、まずデータの復元を試みた。すると移動できるデータを全部救出することができた。もし、あのときねじをとっていたら、すべてを失っていたかもしれない。

2013/2/14 話す


会話、しゃべること、話すことは全部違うと先生はいう。
会話は相手が変わっても同じことが成り立つもの。
しゃべることは、何も先に進まない。悪口もしゃべることのひとつ。 だからきっとこれも、その人でなければという特定の相手はいない。自分にとって都合のいい人を相手に選ぶ。
話すことは、相手がその人でなければならない。
話をしたとき、伝わらないことは絶対にないと今では思う。先生はいつも話をしてくださった。

私がかたくなに頑固になったとき、先生は怒りながら「あのときは嘘だったの?」と言った。 私は、それには答えられなかった。というのも、はぐらかそうとすると、先生は、同じ質問を繰り返した。 はぐらかしたい理由は、先生と同じあのときを想像できるから。頑固を通しきれなくなる。 そうして、思わず、「私だって先生を許せない。」と言ったことがあった。 このままひかない自分もすぐに先生に飛び込む自分もどっちも嫌で、とっさに言っていた。 頑固になった理由も、自分で正当性のあるような理由にすり替えて思い込んでいたけれど、結局は、自分だけを見てほしいという不満でしかなかった。 (こうして文字に書くと、いよいよ自分が小さく小さく見える。)
私のそれまでの「先生がおっしゃっているのはどういうことですか?」というような姿勢がくずれ、 自分の言葉になったとき、それがどんなに矛盾と言うかおかしい言葉であっても、先生は怒っていなかった。
そのとき、話すってこういうことなんだとはじめて思った。

2013/2/13 「絶対に無理」ってどういうこと?


「絶対に無理」ってどういうこと?と先生はいう。そして、「絶対に無理」の言葉の奥にある意味を教えて下さった。
絶対に無理と言うのはハードルの高さが分からないとき。それは、自分が不安定な位置に立っているから。 毎日、目的を意識して続けているうちに、足場の土台が出来る。その台にのってみると、ハードルの高さが見えるようになる。 そのときは、絶対に無理ではなくなっているという。
第一に、人は、本当に無理なことは、頭にも思わないという。 例えば、「ガガーリンに先こされてしまった」と思ったことはないし、私は宇宙が好きだけれど「よし、宇宙に行こう」と思ったこともない。 (私は、先生のガガーリンのたとえ話が大好きだった。)
先生のこのお話を聞いてから、絶対に無理は自分が決めているのであって、無理なことなんてないんだと思える。

2013/2/12 上を見る


怖いと思った時は下を見ている。上を見て怖いと言う人はいない。だから、上をみることと先生は言った。あれが出来ていない、これが出来ていないではなく、これだけやったと思うことが上を見ることなのかもしれない。

2013/2/11 働く意味


働くと言う意味は大地と先生がおっしゃっていた。大地があってはじめて仕事が出来ると言う。 土を耕すように、毎日、毎日、コツコツと準備することが働くことであり、大事なことだと思った。 仕事量を増やして、早く結果だけをほしがってしまうけれど、おいしい野菜やきれいなお花は 土がよくなければ育たないことに先生のたとえ話を聞いていると気づく。

2013/2/10 実践


私は実際にやってみてはじめて分かる。幾何もいつも実践の繰り返しで理解できるようになった。 先生のプリンターもなぜ壊れたのかとことん解体させて下さる。以前、コンピューターも下さった。 方法も全部好きなようにさせてもらえる。だから、夢中になれる。もっともっと機械が好きになる。

2013/2/9 一貫性


一貫性をもった時、必ず望みはかなうと先生は言う。 毎日続けていることが自信になる。
毎日続けるためには、それに意識が行くため、1日の時間配分がある。だから、同時に1日1日のリズムが出来る。
毎日続けている限り、どんなことがあっても諦めない。
毎日続けたと言う自分の心が知っている事実が、プレッシャーや不安などの心揺れを吹き飛ばしてくれる。

2013/2/8 1日中


私には、3歳のころからの友達がいる。友達の名前はありす。また、携帯といえばありす。先生とありすの携帯をめぐった話は何度も聞いたことがある。 一番強く残っていることは、先生とありすが同時に携帯を水につけたこと。(先生はそれから、約7年経った今でもその壊れた携帯をずっと手に届く場所に 誰も知らないのに保管していたこともこの間知って、驚いた。)
もうひとつ、印象的だったのは、ありすが携帯をやりたいくってたまらなかったとき、先生は、「そんなに携帯がしたいの?分かった」と言って、 講習会のとき、全員がそれぞれの机に向かっているとき、ありすだけはずーっと携帯をすることになった。 そのときの光景、ありすの顔が忘れられない。やりたいと言ったけれど、きっとあれほど苦痛なことはなかったと思う。 「そんなに、携帯をみることない。出来ない。」とありすが言っていた。 私は、ふとこの日を思い出す時がある。一日中やると考えたら、その前に、相手の人のお話を聞こうかなと思う。 こういうときのやりたいことは、その後にも出来ることなんだと知った。

2013/2/7 怒る美学


先生は怒るにも美学があると思うとふとしたときおっしゃっていた。 確かに、先生に怒られたあの日、いちばん印象的だったのは、いいにおいだった。 最後、先生に抱きついたとき、はじめて気づいたけれど。 いつもと少し違ったあのにおい。

2013/2/6 変わらない憧れ


先生は縦割りが大事とおっしゃる。
私が小学校の時は神保君という憧れの憧れのお兄さんが英語で算数を教えてくれた。 一番忘れられないのは、正面の窓の前に白衣を着た神保君がいて、 黒板に、+、−、×、÷、=などを書いて、英語で読みながら教えてくれたこと。 そして、自分が問題に取り組んでいるとき、かがみこんで、私の問題の図形にさっと補助線をひいて教えてくれたこと。 私にとっては数字の書き方も線のひき方も独特な神保君の書き方だった。 窓の前に立っていたその姿と、補助線を書いてくれた手、そして自分の顔の横にいると思った感覚を鮮明に覚えている。 私はこの環境の中で算数が大好きになった。
神保君がアメリカに行ってしまって、何か月か経った頃、先生がお手紙を書いたら出してくれると言った。 私は、画用紙をきれいに切り、3時間くらいかけて手紙を書いた。 きっと、私のことを忘れないでと必死だった。 次の日、それを大事に持って、先生に渡した。 渡す瞬間に、その分厚い紙を見て、母が、エアーメールなのに、何考えているのと怒った。 そのとき、母に言われてはじめて、外国への手紙は重さでお金が違うことを知ったけれど、 私にとっては、画用紙が最高級の紙だと思ったから。 すると、先生が、「いいですよ」と言ってくださって、私はほっとした。 その後、母が先生にすみませんと言っていたあの日を今も覚えている。
そのころから、今まで、私の中にある感覚は変わらない。 けれど、今日、先生が小さな女の子にとって、あなたたちは神保君のような存在になるんでしょうねとおっしゃっていた。 小さなころから、先生と自分の関係は変わらない。そして、小さなころに受けた憧れはずーっと変わらない。 だから、信じられないような不思議な少し嬉しいようなそんな感覚になった。

2013/2/5 欠けていたこと


新しい役割を頂いたとき、必ず相手の方の状況を考えて、シュミレーションすること。 実験をすることが出来ないと思った時は、対応できているかどうか、調べること。 私には相手がいなかった。これから、必ず気をつける。

2013/2/4 おしまいだと思う前に、思い出すこと


同じことを繰り返しそうになったとき。
すぐに、感情的になって、全部をやめそうになったとき。
先生の前で、めちゃくちゃな文句を言った。自分で言っていても、何を言っているんだろうと、少し思うくらい。でも後には引けなかった。
おしまいだと思った。すると、先生は、あなたが分かったというようなことと、謝りなさいと言った。 言われるままに、謝った。
先生は、その後、普通にお話しし始めた。笑えるようなお話。あっけなく、終わった。 すべての終わりを感じていた私には、分からなかった。
そして、気づいた。前回、2か月間家出していたときも、本当は私の小さな小さな世界での感情的な行動だったこと。 立ち止まることが出来たら、自分の本当の気持ちを言っていたら、その日のうちに、こうして先生とお話しできていたこと。 感情的になる前に、これからは、何かを私に教えてくれていると考える。いつも言われてきたことなのにそう思えない自分がいた。 それから、先生がいつもありのままでいることが一番だとおっしゃっていたけれど、どうしても、少し変えてしまう自分もいた。 今回のこの経験を私はきっとずっと忘れない。そして、次はもっとはやく、出来たら、最初にありのままを話そうと思った。

2013/2/3 魅力的な話


自分の言葉で話す人に人は惹かれると言う。自分の言葉で話す人には3つの条件があると先生は言う。ひとつは自分の経験した話であること。二つ目に、そこで感じたこと。そして、それを自分なりに、もう一度納得していることだと言う。 人は、誰でも、この条件に合った話をしているとき、ひきつけられる話が出来ることを知った。

2013/2/2 好き


好きに理由はないと先生はいう。でも、好きを突き詰めていくと、ひかれる原石があると知った。その原石を知ることが出来たなら、人は、絶対に手放さない。諦めることはない。

2013/2/1 気づいたとき


大学3年生のとき、大事な役割を先生に頂いた。 そのとき、動きの鈍さ、役に立たないところは多々目立った。(目立ったどころか、役割を何も果たさず終わった。) 先生は何もできなかった私に対して何一つ怒ることはなかった。ただ、問題は終わった後だった。 その役割の関係の報告を忘れてた。忘れたことだけでは先生は怒らない。最悪なのは、気づいたときにすぐ言わなかったこと。
大学4年生のとき、また、大事な役割を先生に頂いた。 そのときは、報告が報告ではなかった。報告内容が途中で切れているにも関わらず、お構いなしだった。
大学卒業時、先生から自分のことで、大事な、大事なお電話を頂いた。 お電話に気づかなかった。気づいてすぐ、衝動でお教室に向かった。でも、結局行動しなかった。
今回も同じ。先生に全面的にお力をもらっていた。 そのおかげで、自分が居心地がよくなった途端のことだった。 その関係の大事なことを忘れていた。また、気づいたとき、お電話をしなかった。
なぜ、気づいたときにお電話をしないのか。
自分が、困ったとき、助けてほしい。でも、自分が困らなくなりそうだと思ったら、いいやと思う。
しりくらい観音をやってはいけないと先生に何度も言われてきたけれど、自分はやっていないと思っていた。 言葉だけは、言っていたから。 なめているという意味は、言葉と行動が違うときなんだと思う。
この生き方は、すべてを失う。

2013/1/31 気になったこと


きになったこと。そして行動しなかったとき、そこで働いた意識が、一番やってはいけないこと。

2013/1/30 曲


怒った後、落ち込んだ後でも、聞ける、そして、何で私こんなところで立ち止まっているんだろうと、もう一度立ち上がれる曲があるかと先生がおっしゃっていた。 私には、一曲ある。それを聞くと、ある時間を思い出す。無言の中にあるあの大事な時間。そして、いろんな味を思い出す。 必ず、前に、自分の道を進むことが出来る。

2013/1/29 プライド


 プライドは自分の意志を持つこと。女性のプライドは素直になることだと先生がおっしゃっていた。 「あなたが、そう思うなら…」という発想では、何もかも違った方向に行ってしまうことを教えてもらった。

2013/1/28 気遣いと迎合


気遣いは、相手が何を求めているのかを知ることであり、迎合とは違うと先生が以前、おっしゃっていた。迎合は、あくまで、自分であって相手がいないことに気づいた。

2013/1/27 7回


7回聞くと真実が分かると先生はいう。嘘を見抜くのではなく、7回も言い訳を考えるところにそれほどまでして守りたい何かがあるというところをみるとおっしゃっていた。 7回言い訳をしないようなことならば、最初から言った方がいいというひとつの目安にもなった。

2013/1/26 先生の選曲


先生の選曲。それを流されていると、終わってみて、はじめて、3時間なら3時間に気づく。それまでは、時間ではなく、刻を積み重ねているイメージ。だから、時間を感じない。

2013/1/25 捨てること


捨てることのできない人は全てを失い、捨てることの出来る人は失うことはないと先生がお魚取りに例えて教えて下さった。
浅瀬で魚とりをしていたとする。
みんながもう少し深いところに行っていたので、自分もついて行く。
しかし、自分の腰につけた網は、浅瀬のものだったため、水かさが増すとともに、網に入れておいた魚が全部逃げてしまったというお話。
捨てることの出来る人は、自分が何で魚とりをしているかを知っている。
自分の食事用だとしたら、浅瀬で取れた数匹で、満足し、深いところに行くことは捨てる。
商売だと思ったら、もともと網を変えている。

捨てることの重さ、大きさは先生から常に教えて頂いている。同時に、意志ではなく失うことの怖さを知った。

2013/1/24 基準


判断力があるのは基準が明確だからと先生はおっしゃる。基準さえわかっていれば誰でも判断できる。基準なくその場その場で動いているから、判断できず、捨てることが出来ない。基準が自分の軸になることを知った。

2013/1/23 倖せ


一番の倖せは毎日の中にある。本当に好きなものが身近で食べれるものであるのと同じように、倖せはどこかに行って、何を食べてといった特別な日を演出することじゃないことを知った。倖せは時間の中にあった。先生は、毎日、毎日、私に時間をくださった。最高に幸せなこと。

2013/1/22 気になった時


相手との関係の上で、気になった時、その気になったことを必ず頭に入れておく。その瞬間の現実から目を背けないようにしようと思った。その後、相手の人の話の中で、現実に目を向けていれば、「あのとき・・・」と話すチャンスがあると知った。人は気づく人に教えると先生は言う。

2013/1/21 言葉にならない


同じものをみて、感じて、過ごす時間。ときに、大声で笑ったり、泣いたりできる。何にも言葉にはならないけれど・・・。 そんなとき、見ているものに、その人が重なり合って、それで泣けて泣けてしょうがなかった。 意味のない不安や恐れが何もない世界。

2013/1/20 悩みの種


悩みはミクロの部分を肥大化している。と先生が教えて下さった。悩みが見えれば悩みじゃなくなる。捨てるか覚悟と言う道が決まる。でも、悩みが大きな大きなものに見えてしまい、見えないから悩む。自分がたっている位置がどこなのかもう一度考えることが大事なのかもしれない。

2013/1/19 みずみずしい


みずみずしい人ってどんな人?と聞かれると分からない。先生は、こう教えて下さった。みずみずしい果物は、やわらかくって、色が新鮮で、少しボイルすると甘みが出る。 つまり、人間でいえば、柔軟性がある。輝いている。1を聞いて10こたえられるような人だとおっしゃった。言葉の奥にある意味をこうして、理解するんだということを学んだ。

2013/1/18 試験の時


試験の時。能力では負けるかもしれない。でも、その時間誰よりも集中すること、全神経を注ぐことは出来る。みんなが10のところ、100の力の姿勢で取り組むことは出来る。みんなが網で魚をとるとき、手づかみで一匹一匹自分の中におさえていく。1分1秒、一瞬の気の緩みもなく。時間を食べつくす。 試験を受けられる運の強さを信じることだと先生は教えてくださった。自分の器の全部を出すというのは、こういうことだった。

2013/1/17 小さな器


小さな器の中を全部埋める生き方。自分の器の大きさも知らずに焦って何でも入れようとするのではなく、他人をみるのではなく、小さくてもいいから確実に入れること。先生が教えて下さった。 将棋で言うなら歩でもとる。歩をどう使うがが大事。自分の弱点を知り、見極めていくことが小さな器でも勝つ方法なのかもしれないと思った。

2013/1/16 信用


先生が信用とは何か、それは事実を言うことだと教えて下さった。宿題を忘れたときは最初に言うことが信用。相手との関係の上では、「聞いていません」ではなく、「忘れてしまいました。」が事実。 言葉の現地を逆手にとってはいけないと学んだ。

2013/1/15 ともに


上手くいく、いかないを考えるのではなく、その子に何があっても対応できる自分をつくると先生がおっしゃっていた。 先生はどんな状況でも、どんなことがあっても、私がどうなっても一緒に歩いてくれている。諦めかけたとき、先生は諦めないことも知っている。

2013/1/14 強い生き方


今を生きる。過去に執着しない。一瞬、一瞬を自分が自分でいられるように。先生が強い生き方を教えて下さった。心が決まると、悩みはなくなるということを知った。

2013/1/13 承認の欲求


迎合するとき、あれもこれも欲しがるときは、承認の欲求が満たされていないことを先生の教えてもらった。私は、自分の全てを出して、先生の前からいなくなったとき、それでも、こうして今があるとき、承認の欲求が満たされたのかもしれない。

2013/1/12 私は誰


神様があなたはだあれ?と聞いたとき、名前以外で答えられるかという話をされていた。先生もずっと考えられていたという。 そのときに、大事なことは好きなものがあるかということ。自分の好きなものが明確化できたら、もっとエネルギーは生み出せる気がした。

2013/1/11 失敗


私は失敗して、体で覚える。自分がすぐに、ぶれてしまい、同じ失敗をしそうなときは、自分の体が覚えていられるように決まり事をつくる。 それを守っている間、毎日、そのことを自然と意識する。今までもほとんどの失敗が、実際に自分が行動し、それに対して何かの答えが自分にかえってきた。 社会で大きな取り返しのつかない失敗をする前に、たくさんの失敗を体に覚えさせておきたい。失敗から、失敗の後は、相手との心の関係で行動すること、 本当に聞きたいことではなく、相手に言わせるような質問はしないこと、自分の位置が分からないときは、質問することなど、一番大事なことを学んだ。

2013/1/10 後ろ姿


先生は後ろ姿が大事なんだと私が中学のころから教えて下さった。見えない生き方が後ろ姿に出るという。真実は後ろ姿にある気がした。

2013/1/9 時間の拘束


私はよく自分が考えた時間で動いていた。でも、相手との関係があるときは、その時間、10分前なのか15分、30分前なのかを伝えることがすごく大事なマナーであることを知った。 相手の人の頭の中を拘束してはいけない。

2013/1/8 3つのこと


大切なこと、大事なこと、好きなこと。これが分かれば生きていけると先生がおっしゃていた。 以前の私は大切がないから大事も分からなかった。好き嫌いがないからいつも不満だった。 24時間のうちこの3つの時間がどれだけあるかと先生は言う。それが自分が自分であり生きていることなんだと知った。

2013/1/7 もし、先生だったら


もし、先生だったらなんとおっしゃるかなと私はよく考える。考えたときに共通して思い浮かべるのは、基準は何かということ。そう決めた基準はどこなのか。 そして、全体の位置(骨組)の部分であるか。そのためには、置き換えた例えがいえるかどうか。具体的なものではないものを先生はおっしゃらないだろうなと考えていく。 今まで先生に教えて頂いた何かの思考法と類似していることが分かると納得できる。そうして、考えていると時間はあっという間に過ぎていた。

2013/1/6 無条件


先生は「食べてください」と言われる。出してくださるお料理はどれも世界で一つの先生の味。 22歳の私にもひとつひとつのお料理の深さ(時間だったり、きっと先生が元気になってね、体力をつけてねと思ってくださった食材)が感覚的に分かる。 無条件で心をまるまる満たしてくれる。どんなことがあっても私はきっと頑張れる。そう思う。

2013/1/5 社会


社会にはいろんな社会がある。数学の中にも社会がある。数学の中に層があり、チャートに書けるように、人間社会にも層がある。自分がどの層にいるのか。その中で自分はどの位置にいるのかを明確に知ることが重要だと学んだ。自分の位置が分かれば、自分を持って話すことができる。

2013/1/4 複合


研究は複合している。複数のものが重なり合った部分がマルチメディアであり研究ということを先生に教えてもらった。

2013/1/3 人間


先生の研究はいつも人間がテーマだった。人間が生み出したコンピューター。人間が集まった社会。人間と植物・・・生命。だから、それぞれの分野が重なり合っている。

2013/1/2 今日1日


 頭の中で自分が何をするのか考える。私は、先のことと講習会5日間のことを考えた。その時間が終わったあと、先生が今日1日を考えることを教えて下さった。 今日1日は骨格の部分だという。その骨組が出来ていれば、いつでも乗せることが出来る。でも、今日一日が分からなくて始まってもいない5日間を考えても薄まってしまう。 そして、もうひとつ今日一日を生きる人のお話をしてくださった。生きるのが辛い。だけれど、道がほしいから今日一日を生きる。一番印象的だった。

2013/1/1 目的


 好きな世界があると目的が見つかる。その目的がゴールになることはありえない。目的の先がある。こう思えるのも、はじめて。

2012/12/31 節目


 節目。小学生のころから先生が節目の話をしてくださった。竹が天に向かってまっすぐにまっすぐに伸びていけるのは、節目があるから。生き方の中にも節目はあるけれど、1年の区切りもひとつの節目。 節目の日に先生とのこの研究の世界にいれたこと。自分への課題が達成できたことが嬉しい。きっとこれからも、この先もこの世界にいられるような気がして。

2012/12/30 時間を使う


 ”時間に使われる”のではなく”時間を使う”。朝の時間。昼の時間。夜の時間。ちょっとした休み時間。時間には色があると先生は言う。 時間を使うようになるには、まず自分を知らなければいけない。そのためには、時間を区切り、自分自身をはかる。こうして、緻密な計算をしていくことを知った。

2012/12/29 忘れられない1年


 先生との1年間。今まで生きた約23年間で一番忘れられない1年間。本当の自由、心の自由を先生に教えてもらった1年間。先生が命を懸けて教えてくれたこと。 好きなことを見つけさせてくれたこと。
 あるとき先生が、命を懸けるという意味が分かりますか?と聞かれているのを耳にした。先生は、そのあと抑えた声でこんなことをおっしゃった。 命を懸けるというのは何も大それたことを急にやることじゃない。日々の小さな小さな心の変化を気づくことだと。
 こぼれ落ちた全ての心を救ってくれてありがとう。

2012/12/28 ダイヤモンドなのか、くずなのか。


 一貫性を持たなければダイヤモンドなのか、くずなのか、分からないと先生がおっしゃっていた。
 先生が研究の流れを教えて下さった。研究の最初は、なぜ自分がそれに惹かれたのか、興味を持ったのか。次に、自分がどの位置にいるのか、そして、2色(二つの川)に分けて分析する。
 一貫性、核がなければ、最初の動機を忘れ、型にはまった順番通りに進んでしまう。そして、何がダイヤモンドなのかが分からなくなってしまう。

2012/12/27 トロフィー


 朝、目が覚めると起きた視線の先に『子どもはみんな天才だ』のトロフィーがある。小学生の時に先生にもらったトロフィー。
 先生と一緒に歩いた時間の一部が切り取ってそこにある、そんなふうに見える。先生はどんなに離れていても、そばにいてくれた。

2012/12/26 忙しいは禁句


 忙しいはありえないと先生は言う。自分はどれくらい時間がかかるかが分かっていれば、時間の逆算を行う。ひとつのことをやっている間に別に出来る作業をする。
 私は、よく時間内に仕上げることが出来なかった。ある作業をするのに何分かかるのか、自分がどれだけの作業を決まった時間内にしなければいけないのかの全体を把握しないまま、 身近な所から始めていた。今は、最初に終わらせる時間までに仕上げられるものを考える。それに加えて、自分はどの時間帯が集中できるかを知ることが私の次の目的。
 先生は受験もすべて、自分を知ることだとおっしゃる。

2012/12/25 ありのまま


 何をしても受け入れてもらえる環境があったとき自己実現ができると聞いた。 だから、ありのままが大事。そうすると、考えることはあっても無理がない。 無理は自分が作っていたことに気付いた。

2012/12/24 母なる


 母なるもの。すべてを受け入れてくれて与えてくれる。いいところもわるいところも見てくれる。 無条件。私が、どうして?と聞くと先生は「好きだから」と一言おっしゃる。 小さな器の中なりに、頑張ろうと思う。

2012/12/23 楽しい人生


 楽しいから受け入れる
 楽しいから意志はブレない
 楽しいからとことん貫きぬく
 楽しいから責任をとる
 楽しいから辛くても続ける
 楽しいから不満はない
 楽しいから傷つかない
 先生が教えてくださった楽しい人生。一度きりの人生を楽しむ能力を身につけたい。

2012/12/22 働くと仕事


 ”働く”と”仕事”は違うと先生は言う。働くは、大地(土地)。仕事はその土地に育った草花だと教えて下さった。だから、土を耕すように、 毎日、毎日、ひとが動く(手をかける)ことが働くこと。そして、そこに育った草花は命がある。仕事は命なんだという。命(=生きている、生かされている、生かすもの)。 だから、心と頭がない限り死んでしまう。先生に教わって、はじめて仕事と働くことの意味を知った。

2012/12/21 あの色


 「この色彩、すごくいい。覚えておいて。スウェーデン、ノルウェーの色合い。」と先生がおっしゃった。 赤のようなピンクのような色にミントアイスのようなグリーン。先生は褒めるとき、その場で褒めて下さる。だから、そのときのイメージがそのまま長期記憶になる。

2012/12/20 美しさ


 本当の美しさは事実の中にしかないと思うと先生がおっしゃっていた。作られたものは造花にしかならない。事実の中にある葛藤を人が見て美しいという。 生活、思考、すべてが一体となって美しさがある。私はよく、見た目の美しさだけ、簡易的に、すぐに手に入れようとする。そうではなくて、日々生きている中で感じること、 その自分が感じとったものに向き合うことが大事なんじゃないかと今は思う。事実に向き合うと、好きであるからこそ、自分の心をもう一度奮い立たせる。

2012/12/19 怒るとき


 怒るにはエネルギーがいる。怒られたときは、愛されていると思うことと先生は昔から言っていた。今になって、その意味が分かる。 先生は、怒ったあと、前に進めるようにレールを引いてくださっていた。私はよく、それにも気づかず、最後まで意地を張っていた。 だから、あなたは冷たいと先生がおっしゃったことがあったのかもしれない。自然にそのレールに乗って進んだときは、先生は「よく、乗り越えた。」と言って 必ず握手か抱きしめてくださった。

2012/12/18 自信


 自分を作らなくていられること。ありのままを言えること。そしてそれを受け入れてくれる人がいると、自分に自信が持てる。 何の飾りのない服でも、それを着ている自分の方が好き。すごく肩に力がなくなって、でも一瞬の緊張感を持てる。

2012/12/17 好きということ


 自分が好き。自分の仕事が好き。相手の人が好き。「好き」ということそれだけが行動する上で一番大事な判断基準。先生にそれを教えて頂いた。

2012/12/16 私の思考


 私は整理が出来ない。よくデータを消してしまう。消えてしまったものに執着し、どうデータを復元するかに時間を費やしていた。 すると、先生があなたは完成と思ったものを一度置き、さらにそれを崩してもう一度作った時にすごくいいものができると言ってくださった。 友禅や陶器と同じともおっしゃっていた。 小学生のころ書いた自慢のイコン画も完成した絵を一度濃紺で塗り、それを先生と水で洗い流して仕上がったとき、最高の今まで見たことのないような色になった。
 もうひとつ。私は自分にあった時間配分、手順が分かっていない。その私に先生はどこからはじめるかの入り口を教えて下さる。 たとえば、まずすべてやらなければいけないものの枠だけ作ってからはじめるということ。次に、一番作りやすく、興味のあるものからはじめるということ。 私は最初のエネルギーをつけてもらえれば、そのまま回転するように進むことができると教えて下さった。 確かに、それまで1日1つだった私が、その方法で1日に11もの作品を仕上げたときは、自分でも驚いた。

2012/12/15 小さな点


 先生が褒めて下さると何倍ものエネルギーがわく。
 先生は、白い大きな円の中に小さな小さな赤い点があったとしたら、その部分を褒めて下さる。そうすると私は、私には赤しかないと考えるようになり、 次第に、全体が赤のように思える。その赤い点の部分を言ってくれる人は先生しかいない。だからきっと本当に小さな点なんだ。
 そのまんま先生にお話しすると、「普通はその赤い点がない。小さくても赤い点があることがすごい」とさらに、自信を持たせてくださった。

2012/12/14 大事


 ”こんなもんでいいや”の生き方をしているときは、自分の行動の核がなくなっているとき。こんなもんでいいやと思った時は、立ち止まって、自分の行動を見直さなければいけない。 先生が私の異変、顔に気付いて下さらなかったら、私が意識することがなかったら、取り返しのつかないことになっていた。
 先生が私に怒るところは、いつも同じ。
 先生に電話をしてから家出をしたときや、急に来なくなったとき、大事な大事な場面で逃げたとき、受けた私の感覚に先生が怒っているということはない。 100の力で先生が向き合ってくださっていることだけがひしひしと分かった。
 先生が、怒るところはどこか。自分の生き方がないとき。自分の命をもらっていながら、自分を自分が大事にしないとき。
 私は、いつも心が不安定になる。それは、あの人なんかに負けないと思っていながら、どこかで、負けないと思っているのは表面であって、つまりそれは砂でしかないということを知っているから。 自分を大事にしない生き方の結果だった。目は心の窓と先生は言うけれど、本当にそうだと思う。私は、目がおよぐ。
 自分を大事にできない限り、相手を大事にもしていない。自分を大事にできない人を人は助けない。自分を大事にできないから、相手がどんな人であるかも見ることができない。

2012/12/13 世界に一つだけの花


 劣等感は人それぞれ違う。それが花を咲かせたとき、世界にひとつだけの花になると先生が教えて下さった。魅力は劣等感とどう生きるかによって磨かれるのかもしれない。

2012/12/12 お願い


 「お願い」は好きじゃなければ言えない言葉だった。頼むことよりも頼まれる方がまし、と私は思ってた。やってもらったことは、見たくなかった。当然、お願いすることが出来なかった。だから、自分が何もせず得するために相手に仕向ける。 そんなとき、自分の心が自分ばっかりが無理しているという怒りでいっぱいで、誰一人好きじゃないかった。全ての選択は自分がしていることも忘れて。


2012/12/11 ありがとうよりもありがとう


 その人の関係の中で何か続けることがありがとうよりもありがとうなんだと先生がおっしゃった。 それから、「これは直してね」といわれたことをまたやってしまったときは、「またやっちゃった」とそのことを覚えていることがごめんなさいよりもごめんなさいなんだと先生は言った。

2012/12/10 真実を知るには


 真実を知るには、時系列をおわなければいけない。そして、事実の言葉を読み解く。先生の分析のひとつの方法を教えて下さった。X軸・Y軸で考えると、行動の意味が分かる。

2012/12/9 恋


 恋愛は久しき仲の中で心が変わっていくものと先生が教えてくれた。だから、変わらない、成長しない恋は恋じゃないという。私は本気の恋をしてみたい。

2012/12/8 生かされている


 先生は「生かされている」とよくおっしゃった。出会いがあって、今があり、生かされているという。私の中でずっと忘れられない先生の言葉。

2012/12/7 無条件


 1番おいしいものは全部あげる。自分が食べるものは半分あげる。先生はいつもそうだった。半分この中で私がおいしいと言うと、先生は最後に、全部あげるといって持たせてくれる。無条件で包み込むように満たしてくれる。

2012/12/6 さようならの後


 先生が別れた後の姿の話をしてくださったことがある。そこに心が出るという。さようならにこみあげてくる思いがあった時、先生は「最後にもう一回」と私に力を下さった。

2012/12/5 代わりのない思い出


 背中に泣けるのは、それまでのさまざまな思い出を想像するからと先生がおっしゃっていた。先生があるきっかけがあったとき、「大理石で正座もしたな。あのとき・・・」と声を詰まらせながらおっしゃってくださったこと。私には、その真実であり、本当に私と先生の思い出であって、代わりのない思い出の言葉が、何よりも宝物だった。

2012/12/4 無心


 無心になれる。だから、笑って泣ける。何でも乗り越えられる。
 先生は、私に無心になることを教えてくれた。無心になれることが私の強さ。

2012/12/3 あとの行動


 怒られた後、叱られた後、失敗の後、その行動を人は見てる。私の場合、何もないとき、調子がいいとき、誠実ぶって、この肝心な3つのことの後、誠実さがなくなる。
それから、先生はよく、怒られたことを覚えていることが一番の愛だともおっしゃった。

2012/12/2 毎日が記念日


 言葉は軽く、多くを言わないときこそ本当の心のプレゼントだということを知った。この心の関係の中では、無心になれる。すると、毎日が記念日、思い出の一日になる。

2012/12/1 原点を忘れない


 自分の原点を忘れないこと。原点を常に頭に描けば、行動も一貫する。私は、その場その場を切り抜けることを考えるから、原点を忘れてしまい、動揺する。

2012/11/30 母なるもの


 先生がさりげなく、「お母さんはそういうもの」と言ったあの横顔、姿が忘れられない。

2012/11/29 大事な人


 私は、非情な冷たさを持っているからこそ、表面では、自分を下に下に、してしまう。でも、それでは、感情が収まらず、特定の人にだけ強く当たってしまう。先生があなたが強くあたった人があなたにとって大事な人だとおっしゃったことがある。 こんなにやさしい自分と肯定していると、本当に大事な人に気付かなかった。また、言葉だけの”大事”だった。

2012/11/28 泣ける幸せ


 泣けることが一番幸せかもしれない。泣くと心にかかった些末なことを全部流してくれる。大原先生は思いっきり泣かせてくれる。

2012/11/27 ラッキーアイテム


 先生は、どぶ川の水が、光によって橋の裏側にうつった模様がきれいだったといった私を覚えていて下さる。この感性を徹底的に褒めて下さる。これほど嬉しくって、自分が自分であってよかったと思えることはない。そのときの味、忘れられないオレンジの味。

2012/11/26 お月様


 ふと空を見上げるとまぁるいまぁるいお月様。先生はいつだって見ていてくれる。どんな悩みも些細なことに思える。

2012/11/25 走っていける


 きっと先生驚くだろうなあと思って頑張っているうちに、判断を間違い、結果として時間内にお見せできなくなったとき。
 結果は”出来なかった”ということしか残らない。上手く言葉にも出来ない。そんな自分にちょっと落ち込んだ。  帰り道もどこか心ここにあらずで帰った。
 家に帰って少しすると、先生がお電話をくださった。次はどうすれば時間内に出来たかなと考えたそのことはすごく大事。そして、あなたのいいところは、言われたことを言われたままじゃなく、これはどうかな?と考えるそのエネルギーだと言ってくださった。
 次はもっと、もっと、もっと頑張れる、そう思った。

2012/11/24 リスクを負う生き方


 リスクを負う生き方は、人がついてくれる。だから、伸びると先生がおっしゃっていた。
 リスクを負えるのは、なぜか。
 私の場合は、人がリスクを負っていると思ってもリスクを負ったと思わないことがある。 それは、自分が好きだから。自分を意地でも守るとき。
 私がリスクと認識してリスクを負うときは、私にとって一番心に痛い(えぐい)ものを出すとき。 そのときは、相手の方が本来なら自分の手に届かないすごい人だと知っている。だから、すべてを懸ける思いでリスクを負う。 だれよりも欲深くて自分が大事なのかもしれない。
 私の場合、相手との関係をなくして自分だけを考えたときはいつも、”次”がなくなった。

2012/11/23 成功体験


 大原先生がいう成功体験というのは何かと考えることがある。自分の大事なものが決まった時ほかのすべてを捨てる。そして行動したとき、必ず道が開けた。(私の場合は、先生が道を開いてくださった。) そうした体験が自分の経験となり、次の捨てる勇気をくれる。成功体験は、作戦ではなく、自分を見つめることなのかもしれない。

2012/11/22 安らげない原因


 不愉快な人は本当に好きなものがないから(好きなものを好きと言わないから)だと先生は言う。そのままぴったり私に当てはまる。 控え目なもの、こっちを選んだら可愛いんじゃないかという方を選びながら、自分が好きで選んだような演技をする。 好きだということをたくさんアピールしてしまう。しまいには、その部分をくんでくれないと腹が立つ。 いつになっても、相手に緊張感を与え、安らぎを与えない原因がはっきりと分かった。気づいたこの時から、好きなものを好きということ。 そして相手との関係を冷静にみることをしようと思った。

2012/11/21 守る


 自分を守ることが出来ない人がどうやって人を守れるかというようなことを先生がおっしゃっていた。
 この世に命をもらった以上、大事にしなければ、守らなければいけないものがある。私が自分の欲でそれを捨てそうになったとき、先生はものすごく怒った。
 私がその位置になることを先生は許せないと言ってくださった。この場合の位置というのは関わりによって作られる。絶対的位置はない。行為以上にその行為の奥にある感覚の部分を先生はおっしゃる。


2012/11/20 世界で一番


 先生は触れる感覚、あたたかさ、ぬくもりを教えてくれる。先生の手がにぎってくれたおにぎりは世界一のおにぎり。

2012/11/19 頑張れる理由


 今、頑張らなきゃと自分を奮い立たせるエネルギーはどこから来るのか。
 私が大理石に正座したとき、先生も私の後ろに正座したこと。私が検査に行く日の先生の声。そうしたことを思い出すと、私がここでやらなくて、何の生きる意味があるのかと思える。

2012/11/18 全ての原因


 目先の欲に走るとき、自分だけを考える。大事な人に対して”できないこと”もやり通してしまうことがある。
 大原先生はきっと、その部分をなくして掴む大きなものなんていらない、何の意味もないとおっしゃる。

2012/11/17 私が打算になるとき


 打算になったらいけない。私はどんなときに打算になるのか。
・自分に出来ることをしないとき。
 ⇒私はコンピューターしか出来ない。コンピューターも、もっともっと出来る人はたくさんいる。でも、私は先生の教えて下さることを形にする専門になる。お教室を出てから、次にお教室に行くまでのノルマを作る。
・自分の位置や動きを見せなくするとき。
 ⇒先生がおっしゃったことに対する今の自分の位置を言うこと。質問するときも同じ。理解が難しいとき、新しい技術を導入するときなど、次のステップに上がるとき、必ず意識する。
・失敗を繰り返しそうになるとき。
 ⇒私の場合、特に携帯電話。携帯電話の意識がほかの意識にもつながる。肝心なのは、失敗の後。失敗の後の行動が失敗を失敗でないものにする。
・心に誓ったことを破るとき。
 ⇒大学院でのイメージ。お風呂。自分が心から求めた自由、だからこそ、1日も希望を捨ててはいけない。
・だらだら寝るとき。
 ⇒私は、だらだら寝たら、思考も顔もくずれる。1度寝たら、アラームをかけた時間に必ず起きる。起きたら最低2時間は寝ない。特に違う世界に行ってしまい、心が乱れた日の次の日の朝は早く起きる。食べ過ぎがバロメーター。自分の世界にいれるようにコントロールする。
・本当は不安なこと、怖いことを隠して何かを得ようとするとき。
 ⇒自分が1番大事な人に二度と前と同じようなことはしてはいけない。出来ない自分を知って、言ってくださっている。だからこそ、自分自身が自分の器を忘れてはいけない。自分がどの位置にいればいいのか必ず聞く。

2012/11/16 頭がいい人キレる人


 キレる人間と頭がいい人間は違うと先生はいう。頭のいい人間は、全ての知識の中で切るところを考える。でも、キレる人間はその時の状況・状態に応じて、切り口を決める。 昔から、先生は「頭がいい人は上にいくらでもいる。キレる人間になりなさい」とおっしゃった。

2012/11/15 生きる道


 私はある環境に入ると別人になってしまう。自分が作って置きながらその環境から抜けられなくなる。そして、極端に自分の位置を下にしたり、高圧的になったりしてしまう。目が泳いでしまう。 先生はその私をなおすために、電話越しで話しながら実際にイメージを作ってくださった。イメージができると私は動揺しない。
 今はイメージと実際の自分が離れている。だけど、いつか先生が演じていても10年演じきったらそれは本物だとおっしゃっていた。
 自分の原点を忘れない。だからこそ、この授けてもらったイメージを守る。

2012/11/14 すっかり


 私が、死んでやると思ったとき、先生は「死ぬときは応援する。だから最後に一本電話ちょうだいよ。」という。 そうなると、いっつも、すっかり死ねなくなっちゃう。そして、あれはなんだったんだろうとなる。
 今の私にはもう必要ない会話だけれど、私の好きな会話。

2012/11/13 原点


 自分の原点を忘れないことと先生はいう。私には自分の心を原点に戻らせてくれる場所がある。ひとつは電話BOXの中。(これは短時間で冷静になる方法。受話器を持つと先生と頭の中で会話できる。先生だったらなんておっしゃるか想像できる。だから、歩いて行ける。線路は続いていると思える。)もうひとつは皇居。(私のコースと特等席がある。そこには先生がいる。)欲や損得に走っては、いつも私を原点に戻してくれる場所。

2012/11/12 心の行動


 「先生、やっちゃった、どうしよう」と何故走って来なかったの?と先生に言われた後から私は2か月半お教室に来なかった。
 お教室の下まで走ってきたのは事実だったけれど、上がらなかった。走ってきた事実だけ残し、どちらにもとれる行動をした。今思えば、このどちらでも取れる行動を一番やってはいけなかった。それまでは、自分にとってすごい話だからこそ、関係を持っていながら、いざとなったとき自分だけを考える行動だった。
 2か月半後、先生と公衆電話からお話した時は、頭の中に何もなかった。ただ、夢中に思ったままを話した。助けてほしかったのか、半分は安心したのか、めちゃくちゃだったけれど、必死だった。
 あの2か月半は私にとって2度と戻りたくない月日だけれど、あの2か月半が私に心を教えてくれたのかもしれない。

2012/11/11 数字の意味


 「ものごとは3が基本。次は6。7は1週間の感じた色。」と先生がおっしゃった。数字にも意味がある。確かに、色の三原色があり、その組み合わせによる六色が、マルチメディアにおいても数学においても、全ての基本となっている。

2012/11/10 いつも読んで下さる皆様へ


『私と大原先生の思いで日記』を書き始めて、3年目になりました。
 書き始めたきっかけは、ひとつも続けることが出来なかった私に何か続けられるものはないかと考えたことでした。 それから、「今日も続いた」、「3日続いた」、「1週間経ったじゃない」という先生の言葉で、例えて言うならば、赤ちゃんがハイハイするように、気づいたらここまで歩いてきました。
 この日記には、二度とない今日という日に感じ、触れ、そして想像したこと。自分自身が胸に刻んでおきたいこと。先生の生きた言葉を記しています。
今では、私にとって救急箱でもあり、地図でもあり、教科書でもあるこの思い出日記。
いつも読んで下さる方、更新を楽しみにしてくださる方、メッセージを下さる皆様に、心から、心から、感謝申し上げます。


2012/11/9 見守る


 見守る意味を教えてもらった。見守るというのは、自分が何かを負うことで先に進む場合は、何も言わないこと。そして、相手が何かを負うことになるときは、強くなり、揺るがないこと。
何にも言わず、ただ信じてるというのは見守るじゃない。大原先生は、必ず見守っていてくれる。だから、朝1番の電車に乗るとき、空を見るとあるお月様を見て、「先生がついているじゃない」と思う。


2012/11/8 背負う


 何かを背負ったことがあるかと考える。背負うとき、真実は自分しか知らない。それでも守りたいものがあるから背負う。
先生は私が覚悟を決めたとき、先生が全てを背負い込んで下さる。だから私は気づいたら過ごしやすい空気を吸って歩いている。

2012/11/7 大原先生の問題対処法


 覚悟を決めたとき、行動が決まる。すると、落ち着いて相手の動きをみることが出来る。私の場合は決行日まで1週間あった。その間に、自分の何が原因だったのかが明確に見える。 原因さえ分かれば、決行しなくても、何も事は起きないことが不思議だった。そして決行日までに出来た自分の核があるから、判断が出たる。大原先生のこの問題対処法。 問題は起きているようで起きていない。問題があったことで、自分の世界が広がり、同時にもっともっと大きな問題の芽を摘んでくれた。

2012/11/6 いつ、どんな


 相手の人がいった言葉。いつ、どんな状況でそれを言ったのかを考える。そこではじめて、言葉と反対の優しさがあることを知った。

2012/11/5 大丈夫


 私は何かあるたびに自由という言葉を言っていた。小学生のころ、空を飛びたいと言って翼を作ったのも感覚的に自由な世界を知りたかった。自由な世界を求めて2度も家出した。
 1週間前、大原先生にものすごく怒られた。私にとっては、なぜ、先生が怒るのか分からなかった。でも、はじめて分かった。 先生は私の希望である自由な世界を本気で見せてくれようとしていたこと。本当の自由は自分の中にある。先生は私にイメージが出来るようにいろんなことをさせてくださろうとしていた。 それなのに、希望を捨てて、同時に自分も捨てた生き方をする私を怒った。先生が本気で怒るから、その何かを感じ、心を決めた私が泣き喚いて先生の肩にすがると、「大丈夫」と言って背中を擦ってくれた先生が忘れられなかった。 もう、私は振り返らない。後戻りしない。過去の自分を封印する。

2012/11/4 控えめ


 自分が本当に欲しいとき、控えめじゃいけないと先生は言った。でも、先生のお話を聞いていると、控えめじゃなく堂々と行くには準備があることを知った。 朝一番に行くことがそのひとつ。それから、待っている時間の過ごし方もあった。私の心に聞いてみると、控えめなときは、自分の中にやるだけやっていないことを知った。

2012/11/3 好きだから


 先生のお話の中で、「好きだから。身を削る。」という言葉が心に残った。私は、私が判断してしまうことがある。

2012/11/2 逃げないと避けない


 「逃げない」と「避けない」似ているようで違うこの言葉。「今回は避けなかった。」という先生の言葉でこの違いが分かった。 避けないことは、他の人には分からない。目に見えない心の部分で自分が覚悟を決めること。逃げないことは、行動。今までは、逃げて逃げて逃げまくる私だった。 なぜなら、現実を見ることを避けていたから。これからは、避けない。だから逃げることもない。

2012/11/1 精算する生き方


 「清算する生き方」にとって試練はなくてはならないもの。試練がお互いを揺るぎないものにすると先生は教えてくれた。私の場合、試練は自分のツケが作り出していることしかない。だからこそ、前に進むためにも精算する。

2012/10/31 捨てる覚悟


 起きたことがよかったことできる人は捨てる覚悟がある。捨てる覚悟は、自分の中に何かを持っていなければ出来ない。私にとっては、朝4時56分にかけた電話を先生がとってくださったとき、もう十分、その何かを見つけた。

2012/10/30 覚悟


 強い人はそれ以上捨てるものがないから。捨てることが覚悟を決めること。

2012/10/29 香り


 人格は香りのようなもの。それは毎日の生活からしか作れない。と先生がおっしゃっていた。生活と人に見せてる部分にギャップがあると自信を失う。見せてる部分以上に見せない部分に力を入れられるようになりたい。

2012/10/28 一番の幸せ


 何でもない中にその人がいること。何にもなくても、時間を忘れて夢中になれること。心でつながって、頭の中に同じ世界を共有できることが一番の幸せ。

2012/10/27 愛すること


 いつか先生が自分を愛せなければ人を愛することはできないとおっしゃったことがあった。
 この意味は、無駄に命を懸ける先生の言葉なんだと思う。無駄というのは見返りを求めない生き方。 見えないところに命を懸ける。命を懸ける理由は相手が好きだから。そうして、相手がそれをそのものだとしか見ていなかったとしても、そんな自分が愛おしく思えることがある。文字で書くとなんだかすごく変な感じだけれど。そうして生きてきて、あるとき、その何でもないものに涙を流してくれる人に出会ったら、それは永遠のもの。私は無敵になれる。

2012/10/26 私色


 自分の中に2つの要素がある。要素Aの自分でいれたら、私は無理なく生きられる。きっと夢を掴めると心から思える。 でも、すぐに要素Bの自分の部分が出てしまう。そしてそんな自分に落ち込む。要素Bの部分でした行動を思い出すと、もうだめなんじゃないかと思ってしまう。 その話をすると先生は、失敗があって気づいていく。それがなければ掴めない。とおっしゃってくださった。今日から、私は私色でいられるように、一歩ずつ準備をはじめる。夢を抱いて一歩ずつ。でも確実に。

2012/10/25 時間の中の優しさ


 会いに行くことが優しさじゃない。会いに行かない時間の中に優しさがあることに気付いた。そのときの言葉は心の言葉。

2012/10/24 社会・人・法則


 先生に教えていただいて、最近実感することは、
 社会を構成しているのは人だということ。
 そして人が作り出したものは全て、人だということ。
 それらは、全て、自然界の法則の上に成り立っているということ。

2012/10/23 怒る理由


 なぜ怒るのか。そこに一番の思いがあったことを忘れてはいけない。だから、決して馬鹿なことをしてはいけない。

2012/10/22 心の家を作るには


 時間をためること。それが心に家をつくることなんだ。

2012/10/21 普通


 私は、いつもなぜ、普通の生活が出来ないのか。なぜ、みんなは出来るのかが分からなかった。 私が思う普通の生活とは、朝、起きてカーテンを開け、顔を洗い、3回の食事をし、夜お風呂に入り、歯磨きをし、カーテンを閉め寝ること。これが私にはすごく難しかった。 私は、先生に自分の世界を作ってもらった。それにどんどん私がはまったとき、心の居場所を見つけたみたい。そうしているうちに、普通が出来るようになった。

2012/10/20 心の家


 自分の欲求を満たすことだけを考えてはいけない。勉強も好きな人のときも同じだと先生は言う。つまり、積み重ねがなく、その場の感情ですぐに出来ることを考えてしまっていたら、欲しいものは手に入らないということ。積み重ねた時間、その時間の分、夢や相手が入る家を心の中に建てることが出来るんだと学んだ。

2012/10/19 先生の映像分析


 意識してみる部分ではなく無意識に入る情報の中に真実があることを先生の映像分析によって教えていただいた。そうして感じ取った情報の粒子が集まって、人は想像し、感動する。だから一貫性、すなわち内面から出るものでなければいけないんだと分かった。

2012/10/18 座標


 全ての思考は座標に置き換えられると先生は言う。もちろん、数学もコンピューターも人間の心も。軸を持つ座標が出来たら、必ずそれはシステム化出来る。 コンピューターも人間とおっしゃった先生の言葉を理解するのに、また一歩近づけた気がした。

2012/10/17 意志の強さ


 意志の強さは一に捨てる強さ、二に先を見る力なんだと先生に教えてもらった。この二つが出来たら、迷いはなくなる。 困難が乗り越える強さに変わる。私は、捨てることは出来ると思っていた。でも、今までの、先を見る力のない捨てることは結局、 自分自身を守ろうとするだけで、意志はなく、何一つ守れないことが分かった。

2012/10/16 言葉のおもさ


 言葉の中に広がる、考えさせる、想像させる、そんな言葉があると先生は言う。説明するのではなく、何でもない言葉の中に相手と自分だけが分かる通じる言葉を使いたい。

2012/10/15 コスモス


 コスモスが風に揺れる季節。先生の季節。

2012/10/14 心の家


 捨てたときはじめて真実(自分が本当に大事なもの)が見えると先生はいった。私はわかる。公衆電話から2か月ぶりに話した先生の声が忘れられない。 誠実じゃないとか、やってはいけないことをしたとか、裏切りとか、自分のしたことは知ってる。だから、普通、怖さとかがあるのかもしれない。 でも、私にはなかった。帰れる場所があること。それが一番の求めていたものだった。

2012/10/13 秋の演出家


 大原先生が私にくださった音楽はいつも私を主役にしてくれる。普段通っている道に、カーペットがひかれる。私は今、秋の主役。そう思うと、気持ちが楽になる。緊張せずに話すことができる。でも、先生の曲じゃないとまるでだめ。私のとっておきの秘密。

2012/10/12 涙色


 涙には”くやしさ””かなしさ””うれしさ””ほっとした”の4色がある。そして、泣きながら言った言葉がある。さらにはその人の土壌(環境)がある。これらの要素でその人だけの涙の色があるんだと先生は言う。涙は”ナミダ”ではないんだ。

2012/10/11 安らぎ


 本当に相手を思うなら、言葉にしないものなんだということを先生とのお話の中で感じた。自分の道があり、時間にリズムをつくることはいつでも相手が入ってこれる家をつくることでもある。目に見えない、言わない、けれど飛び込める場所があるとき、それが安らぎなんだと知った。

2012/10/10 どんなことがあっても


 どんなことがあっても、何時間たっても、絶対にあの人はそこにいると思えること。ありますか?私は家出するとき、どこにいっても先生はという理由ない確信がありました。すると、思い立つ前に電話をしなければいられなくなり、結果今があります。

2012/10/9 空をみて思うこと


 空をみると、心の中にある感覚だけが思い浮かぶ。それは誰も邪魔できないもの。私は、いくつもの自分が出てきて、自分でいられなくなるとき、空をぼーっと眺める。 ふと頭に浮かぶのは、病院に行く前に先生に抱きしめてもらったこととかそういう一瞬の感覚。すると、自分は何をやっているんだろうという気持ちになる。 そして、意味もなく一粒か二粒、涙が出る。そうして歩き出すと、またいつもの自分でいられる。

2012/10/8 心の部屋


 心の部屋をいくつか先生にもらった。今、私の中で、こんなときはこの部屋という役割が出来始めた。それは、エネルギー補給の部屋であったり、避難場所であったり、落ち込みから立ち直る場所であったり・・・。どれも今の私には欠かせない。

2012/10/7 愛のデザイン


 先生が愛とは何かをデザインにして教えて下さった。わたしにはあの輝く、決してつかむことのできない虹が忘れられない。

2012/10/6 どこにいても


 家出をしたとき、いちばん苦労したのは、いたるところに先生がいること。先生のお教室の路線には乗れない。水が太陽の光でキラキラ輝けば先生を思い出す。ふとした瞬間に、あの先生のにおいがある。 先生の色だってある。夕日も先生。あったかい色のライトだってだめ。出来ることは、電車に揺られているか、騒音のある場所を歩くか、美容院に行くか。先生が私に大事なものをくださった。

2012/10/5 道の作り方


 先生が私に道をくれた。その過程は、まず、自己分析をした。自分の崩れる原因が明確にわかった。崩れる原因に対して、先生が自分の世界をつくる方法を教えて下さった。 自分の世界が出来ると、すぐに寝て逃げたりということがなくなり、早朝に起きて、調べごとや学んだことのまとめをするようになった。段々と、生活のリズムをつかみ、思考が働くようになった。 思考が働くと、新しいお話も置き換えて聞くことができる。こうして、先生は自分が何もない私に、道をつくってくださった。

2012/10/4 守るものと道


 本当に守るものと道があれば、何年かかっても夢を信じて生きられる、先生がそう教えてくれた。守るものと道がない決断は覚悟じゃなく感情。感情で動いたときは気づいたとき失っている。 私は道がないときは嘘なんだと身に染みて分かる。

2012/10/3 生き様


 自分の生き方を持つこと、いい意味でのプライド、守るものを知っていること。その瞬間みたら、それはいいことじゃないかもしれない。犠牲を払うことも多いかもしれない。でも、時間をかけるとそれが真実となって、最終的に愛を手に入れる。先生がそんなお話をしてくださった。 自分の生き方に嘘をつかない。目に見える嘘はつくかもしれないけれど、目に見えない部分、自分の心だけが知っている部分だけは、嘘をつかないでこれから生きようと心から思った。自分の心に嘘さえつかなければ笑って過ごせる気がした。

2012/10/2 「やってごらん」


「やってごらん」と言われたら、まず、やってみるということ。
この何でもないことがすごく大きいことだったと最近気づいた。
 私がお庭の池の魚だとしたら、「やってごらん」という人は、海も川も溜め池も井戸も天候の変化も様々なことを見ている。 見ていながら、私自身が発見出来るように、それで「やってごらん」という。 発見がなければ、同じことをしたとしても、それは移動しただけであって世界は広がっていない。
 先生は私に、様々な世界を見せてくださった。同時にいつも発見と小さな自信を与えてくれた。 だからか、私は物理的に困ることに対して、困ると思ったことはない。興味と感心だけで気づいたら乗り越えられる。 途中で全てが楽しみの心にかわってしまう。

2012/10/1 心の橋


 『相手が求めていることを考える力』この部分を先生が褒めてくださった。企業を受けるときも、学校を受けるときも、先生は相手をみなければいけないと教えてくださった。 今になって、はじめて分かる。好きだから相手が求めていることを考える。考えているうちに感覚をつかむようになる。相手がいて自分がいる。 その相手じゃなければ、出来ない。相手が変わっても出来るようなものは、ある条件で考えると一番都合がいいから関係を持っているだけなんだと思う。 今までの自分は、苦しさから逃れる部屋を求めていて、その部屋はひとつしかなかった。自分中心で相手がいなかった。 一度、相手を知ると、やってしまった後の行動が何よりも大事だということに気付く。失敗の後の行動が、心の橋が唯一、目に見えるそんなときなのかもしれない。 自分しか考えていなかった私は、失敗の後、逃げることしか考えなかった。そのときは、何にも見ようとしなかった。今は現実に自分の目で見ている気がする。

2012/9/30 電話


 先生はいつか電話は心だといつか教えてくださった。私が、雨の中とった公衆電話の写真を見て先生が「どんなことを考えながらこの写真をとったんだろうと思う」とおっしゃってくださったこともある。 それでも、私はその意味が分かっていなかった。今はわかる。電話は心と心が通じるものなんだ。だから、そのときしかとれない電話がある。

2012/9/29 気持ちの整理


 大原先生は、ものをなくしたとき、これが命を守ってくれたとおっしゃる。また、自分が痛手を負うことに対してはこれが自分に教えてくれたという。 先生のこの考えを持つようにすると、気持ちの整理が着く。納得しないままそのものに執着すると、まわりの人を考えない行動をしてしまう。 そのものは帰って来ないうえに、後々、自分の行動にも後悔する。さっぱりした人が魅力的なのは、自分が納得する気持ちの整理をしているからかもしれない。

2012/9/28 シナプス


 先生は、点のように見える事実をシナプスで繋げていく。そうすると、目に見えない相手が見える。また、先生にしかない切り口の論文の全体像が浮かび上がる。そのつなげていく過程を見させてもらうと、思わず鳥肌が立つぐらいどきっとする。この興奮を書いておきたくて、日記に書きました。

2012/9/27 ふさわしくない顔


 場にふさわしくない顔をしてしまうときは、相手がいない。関わりがないとき。どんな失敗をしてしまっても、関わりを考えたら行動しなければいけないことがある。私は自分だけが・・・と思っていて、相手がいなかったんだと気づいた。

2012/9/26 失敗


 対処対応が出来ない失敗はないと先生は言う。目に見えることは必ず道は開ける。だからこそ、目に見えない、心の部分で相手に仕向けるようなことをしてはいけないんだ。

2012/9/25 いいこと


 ”いいこと”と思うことはすぐに崩れる。準備をしていたらいいことではないと先生がおっしゃっていた。”いいこと”は本来思いがけないもの。なのに、そのいいことを(実際には違うのに)自分がやったかのように思ってしまうから崩れてしまう。思いがけないことに対して感謝があればきっと運も味方してくれる。ところが、つい、自分の力と思ってしまうから道を踏み外していたことに気付いた。

2012/9/24 絶対的


 理由はないけれど絶対と自信を持てるものがある。本当に好きなものに理由がないと同じなのかもしれない。ひとつに先生の握手や先生の気が入っているものは私の中で絶対。

2012/9/23 わかる


 「分かる」ということは分けて考えることだと先生はいう。ひとつのことが分かるには、その中のいくつかの構成要素をひとつひとつ理解して、はじめて分かる。 コンピューターシステムのフローチャートは核となる四角(処理)をまず行う。そのあと、さまざまな定義済み処理やループなどがある。でも基本は核となる処理が分からなければ、全体を理解できない。 因数分解の問題においても、難しい問題は最初に大文字のAに置き換え、構成要素を分けることで解ける。感情もシステムも勉強も理解するには、まず分けてみることだと学んだ。

2012/9/22 明日はない


 昔の資料を整理しているとこんな言葉をメモしていた。

************************

なぜ失敗するのか。
それは簡単に見えると感じるから。
メダカの大群を見ると、簡単に取れそうな気がするが、実際に取ろうとするとなぜか取れない。
また、反対にあまりにも慎重すぎても逃がしてしまう。
簡単と思う意識が行動を雑にする。
原因は、どちらとも状況をみないで、見えるものだけで判断するから。
例えば、若さ。まさにメダカ取りの状況に似ている。
メダカはたくさんあるが、若さはいつまでも続くと思う気持ちと同じ。
当たり前と思うからゆえ、雑にあつかう。
そして、気づいたときあわてる。

************************

 最近、先生が『明日はない』とおっしゃっていた。
私たちは、明日が来ることが当たり前だと思ってしまう。だから、今日1日を大事にしようとは思わない。 でも、明日になれば、それは今日なわけで、本来、明日なんかないのかもしれない。
 先生は、今日を生きていれば、過去への執着は消える。今日が明日をつくり1週間・1か月・1年後をつくると教えてくださった。 それが『なせばなる』という意味とおっしゃっていた。

2012/9/21 永遠


 もしも神様が目の前に「永遠の愛」か「一瞬の名声といつ変わるかわからない権力」を用意してくれたら、きっと100人の人が100人永遠の愛を求めると思う。 私も、永遠が欲しい。先生は、永遠の愛を手に入れるには、試練が必要なんだという。試練があるから、乗り越えたとき、試練を乗り越えた顔になり、1番欲しいものが手に入る。 試練がきたとき、私は逃げてしまうから、早く手に入る方法、みんなに見せられるものを望んでしまう。 逃げてしまうのは、自己実現していないから。自己実現は決してぶれないこと。一貫性を持つこと。私はその場その場のいい顔をするから、いつまでも選択ができず、何でも欲張ったり、いざとなったら人のせいにしたり、結局道を見失う。

2012/9/20 自己実現


 自分のいちばん大事なものを知っていること。次に自分の道があること。そのときは、今を生きている。
 これが先生の言う自己実現なんだと理解した。自己実現が出来ていれば、夢をつかめる。時間をかけること、待つこともできる。そのためには、自分のぶれない軸、一貫性を持つ。

2012/9/19 奇跡


 奇跡は何で起きるのか。一番、大事なものに気付いたとき、これさえあれば何もいらないと思うから、そんなとき奇跡って起きるんだと思った。 はじめて、先生が昔、一番好きなものを生涯やめたとおっしゃった意味が分かった。

2012/9/18 心の底の底


 自分も知らなかった、でも心から求めていたものだと気づくそんな、他にかえられないものを先生はくださる。つまり私の世界をつくってくださる。 偽りだけで生きてきた自分は、自分がわからなくなる。その私の心の底の底の部分に先生は触れる。だから、自分が自分でいられるようになる。

2012/9/17 言葉にできない美しさ


 この間、お教室から見えるビルに夕焼け空が映ってた。きれいなグラデーションが等間隔の窓ガラスに浮かび上がっていた。 先生はそれを素敵なデザインだと言っていた。自然が描くそのデザイン。
 そして、夕日が沈む前の最後のわずかな時間。ビルに映った夕日はダイヤモンドのように輝いた。先生とみたあの、あっと息をのむような輝き。 忘れられない。

2012/9/16 休み方


 先生が、解けないときはどんどん追いつめる、休まない、そして解けたときにいちばん自分の飲みたいものをゆっくりと飲む。と、休み方を教えてくれた。 私はそれが至極の時間に思えた。時間が長い、短いと感じることはあるけれど、それは退屈か楽かであって時間の色は全く変わらない。 同じ時間なら、楽じゃなくて喜びを感じたい。これから私は休み方上手になる。

2012/9/15 松は松


 どんなに状況が変わっても、松は松。ひのきはひのき。楓は楓。これが信用なんだと学んだ。 でも、私は松だとしても、状況が変わると、そのときの都合がいい桜を演じてしまう。なぜ、そうなのか。
 自分の世界(専門分野)を持っていなかった。専門分野があれば、そこにその分野の思考がある。 ひとつを極めれば、他の人と話すことができる。これが大原先生のいうブレインなのかもしれない。 いつも、最初の興味関心のエネルギーだけですぐやめてしまうから、結果それが思考に結びつかず、人間関係にも影響している。 私はこれから、自分の世界をもつ。先生に何度も背中を押してもらって続けてきたコンピューター。これが私に道をつくってくれた。 これからは、コンピューターの中でも自分の専門、世界をつくる。

2012/9/14 流れる雲


 雲は、どんどん流れていく。目に見えるものはすぐに消えてゆく。先生はそう言った。
 私は、空が好き。先生のこのお話を聞いていて、自分が空が好きな理由が少し見つかった気がした。
 私は、目に見える部分に100の力を注いで生きてきた。 褒められること、怒られないこと、みんながすごいと注目をあびることだけにエネルギーをつかった。 そのためなら、人のことはどうでもいいと思った。 今も習慣のなかで、それが出ることもあると思う。 でも、ふと空をみると自分は何をやっているんだろうと思う。
 空をみると、空と自分の間には何にもない。そのときはそこに自分がいて、自分の記憶と希望がそこにある。 私が求めるような快晴の空が毎日変わることなくあったとしたら、空をみても自分はいないかもしれない気がした。

2012/9/13 蓮の華


 人は完璧であることを求めてしまう。でも、泥の部分が華になるんだと先生は教えてくださった。
 自分はこれしか出来ない、と知っているからこそ、それを補うために日々、積み重ねる。これが華を咲かせる。 本来、夢は劣等感から抱いているのに、劣等感をないものにしようとしているから、夢が現実にならない。 泥を華にかえられる力は、その人にしかない。だから、その人だけの華が咲く。
 この先生のお話が頭の中にずっとある。自分の弱さを知らないことがいちばんの弱さであり、弱さを知っていることが真のつよさなんだと学んだ。
 これから先、すぐに表面だけを取り繕ったり、調子に乗って、自分の位置を忘れそうになる自分に必ずこの先生のお話を思い出させたい。 そう思っていたら、蓮の華を思い浮かべた。私はあの白い花が好き。心の中の神様のように思える。心が揺らいだとき、目をつぶって、蓮の華の神様にきく。 きっかけがあれば、私は必ず先生の声を思い出せる。 

2012/9/12 始める覚悟


”何かをはじめるには覚悟があればいい”

この言葉を先生が説明してくださった。その中で「覚悟というのは命の次に欲しいかどうか」と先生がおっしゃったことが最も印象的だった。
命の次に欲しいものであれば、決して諦めることはない。だから、覚悟さえあれば、必ずいつか夢は手に入る。
私は、生きていくうえで、”覚悟”がすごく大事だと思った。
覚悟のない判断は感情であり、今そのときの自分にとって都合のいい行動をしているだけだということに気付いた。

2012/9/11 先生のコンピューター


 大原先生はコンピューターは人間と教えてくれた。 だから、先生のお教室のコンピューターには名前がついていた。 大学生の時Google分析をしてくださったときも、人間との結びつきがテーマとなった。 その先生のコンピューターは人間というもっと奥の意味を知ることが、今もこれからも私のテーマとなっている。

 いつも、先生は私に先生のコンピューターを使わせて下さった。 ところが、私がインターネットのLANケーブルをお借りすると、次に先生のコンピューターは接続ができなくなるし、私がプリンターをお借りすれば、次に印刷はできなくなるといった具合だった。 一度、ケーブルの先を折ってしまったこともあった。私は、私が原因で壊れているとはまったく思っていなかった。 あるとき、コンピューターも植物と同じように、話しかけながらやってごらんと先生に教えてもらい、そう心掛けるようになった。 信じられないような話だけれど、それから故障はしないし、壊れてしまったパソコンだって今日、生きかえった。 私はすごく驚いたのともっと分からなくなったのと、もっともっと先生のいうコンピューターが理解したくなった。

2012/9/10 不幸だと思ったとき


不幸だと思ったときは、生きたいエネルギーがあると先生が教えてくれたことがある。不幸じゃないから不幸に気づく。好きだから嫌いなのと同じなのかもしれない、と思った。

2012/9/9 紙1枚の人生


 私が高校生の頃、先生が人生のカレンダーを書いてごらんといった。小さく書いてみると人生はA4の紙1枚におさまった。
 紙1枚の人生、だからこそ、現実に向き合って、その奥にある真実を見たい。

2012/9/8 日本を担う


 今日、先生が”日本を担う”話をしてくださった。 日本を担うというと自分とは別の世界のように感じてしまう。 でも、先生は一人がやったことが何でもない事でも大勢の人がやるととんでもないことにあるように、 ありが集まって大きな虫を運ぶことができるように、ひとりひとりが集まって国があるとお話してくださった。 そして、日本を担っていくには、大掛かりなことをやることだけではない。 自分のぶれない位置を持ち、そしてコミュニケーションをとることができること。これだけでもまわりから、人から人へ変わっていくのだと知った。 でも、多くの場合、他者との関わりではなく、自分がより得するにはどうすればいいかという考えで行動してしまう。 だから相手も自分も見えなくなってしまうのかもしれない。 そうなったとき、まわりを見る目はなくしてしまう。

2012/9/7 15年前の学習


 小さな頃、お教室でやっていた学習をふり返ると、小学生の学習がすべての思考の基盤だったことに気づいた。ひとつの学習が平面から、立体、さらに4次元(時間)となっている。先生はいつも、ひとつのことを深く掘り下げた時ほかのこともできているとおっしゃっていた。

2012/9/6 朝の時間


 心の中にひきずったものを外に出してしまうときとそうでないときがある。ひきずったものを切り替えられないのはなぜか。これが出来ない限り,重い存在になり,愛されない。私の場合,ひとつに,朝の時間の過ごし方が影響している。明日は,朝を意識して行動する。

2012/9/5 孤独


 先生が私に孤独の楽しみ方を知っているとおっしゃってくださったことがあった。その言葉が不思議と頭に残っていた。私は確かに孤独が好きなところがある。出来るなら,好きな人と一緒に過ごしたい。好きな人に会えない時間は,孤独を過ごしたい。ずっとこの2つの世界にいれたらなあと思う。

2012/9/4 10の夢と5の器


 夢は10持っていい。でも器は5なら5であることを忘れてはいけない。5の人が10で話をするから、その差を見たとき人は離れてしまうと先生はいう。
 私がよく調子にのる悪い癖。それは、5の私に思いがけない10の話が来たとき、自分も10の感覚で上滑りすること。もうひとつ、5の私なのにもしかすると手に入るかもしれないと思った10の話がだめになったとき、等身大の5すら、適当にする。感謝の気持ちはひとつもない。でも、先生はだめといったときほど、そのあとの行動を人はみるとおっしゃっていた。それから、10の夢を持ったなら、どんな道にいったとしても、その道を懸命に生きていれば必ずいつかは夢にたどり着くと教えてくださった。このお話をこれから自分にいつも言い聞かせる。そうしている限り、自分は夢に向かって歩いていると思えた。

2012/9/3 使命


 「私が命をもらったのは・・・」その生きる使命をもらった日。先はまだ分からないけれど、自分の生きる道が分かった。

2012/9/2 道


 自分が意志を持っているかぎり行き詰まりはないと先生はいう。意志を言わないから道がない。意志があれば、必ず”YES”か”NO”の2つの道がある。またその先にも”YES”か”NO”の道がある。本来、道は指数法則で増えていくはずなのに、意志がないときには、道がないと思って行き詰る。
 そして、もうひとつ。人に聞いて、道はないと諦めるときは、1分ではなく、最低1時間は諦めないことと先生は言った。人に流されて結局自分自身を見失う理由はここからくるのかもしれない。でも、私は、ひとつだけ自信がある。それは、私はこの人と思う人にしか聞かないこと。そして、その人は「道はない」とは言わない人だということ。だからこそ、聞いてくれる、導いてくれる人に、誠実でなければいけない。私の一番の問題は、調子に乗ってくるとその誠実さが欠けてしまうこと。

2012/9/1 失敗した後


 大原先生は失敗したあとが大事と繰り返し教えてくださった。この意味が感覚的にしかわかっていなかった。失敗した後の行動で失敗が失敗じゃなくなる。失敗した後の行動によっては失敗が失敗でしかない。わかったことは、心からやってしまったと思ったとき、失敗の後の行動は潔く、そして教えてもらったことがまっすぐに頭に入る。ところが、言い訳していると、教えてもらっている最中も100で聞いていないから、次も同じことをしてしまう。失敗したと思ったときは、原因は何かすぐに自分で認めることが大事だった。

2012/8/31 負けない理由


 試験から逃げたくなったとき、ここで逃げるようじゃ、好きな人は絶対に手に入らない、そう思うこと。と先生はいう。
 テストなら、まあいいかと思う私も、自分の努力不足のせいで、好きな人を逃すと思ったら、急に負けたくないと思った。そう思ったとたん、死んでも逃げるもんか!と意気込む私。

2012/8/30 生まれ変わった日


 試練の日は、生まれ変わる日。大原先生は試練の日をダイヤモンドの日にしてくれる。生まれ変わった今日から、私は現実に生きる。現実に大事な人がいて、現実に好きな人がいて、現実の夢を目指して、だからこそ、自分の心を伝えて生きる。

2012/8/29 試練


 試練は、神様が本当にその夢が欲しいの?と聞いている、と先生は言った。試練によって守られることもあれば、試練でしか生まれ変われないこともある。だから、起きたことは全部いいことだと先生は言う。夢が見つかったとき、試練はとってもありがたいものになることを知った。

2012/8/28 意志


 現実に向き合うこと、事実に生きることは同時に意志を持つことでもあることを学んだ。自分にぶれない意志があるとき、逃げることはない。逃げられない環境にいないなら、自分が強い、強い、意志を持つこと。

2012/8/27 データベース


 大原先生が教えてくださる思考は全ての科目に共通する。ひとつに情報整理がある。コンピューターでいえばデータベース。いかにして、情報を整理するかを教えてくださる。自分だけのデータベースと検索システムが出来れば、どんな問題も、どんな注文にも応じることが出来る。そのお話を聞きながら、きれる人は頭の中にこれが入っているのかと思うと私は最高に興奮する。

2012/8/26 スター


 大原先生と小さな子の会話を聞いていると自分が小さかったころを思い出す。その頃も同じ感覚だった。誰がなんていってもこの先生は自分を守ってくれるそんな感覚を覚えている。確かそのときは、先生が私の横にいた。不思議なのは、必ず自然とまわりも笑顔になるということ。だから孤立することがない。孤独だった自分がスターになれるあの瞬間。

2012/8/25 心と心


 心が通じ合うのは、言葉じゃない、先生がおっしゃってた。お互いが心の中で通じ合っているとき、何でも乗り越えられる、そう思える。それは大きなことではなくて、2人しかわからないような、何でもないこと。

2012/8/24 今続けていること


 今、続けていることが3ヶ月後、いいことも悪いことも結果が出ると先生がおっしゃっていた。続けていること、続けていないことを書いてみると、自分でも先が予想できる。だからこそ、今しか出来ないことがあるのかもしれない。

2012/8/23 架け橋


 私は感情に流される。必要とされる人になるには、社会で生きるには、どんな感情があっても、先に橋を渡しておかなければいけない。それができない。今日から、自分の明日への橋、それから相手の人との橋を必ず作る。

2012/8/22 経験


 経験を積んで大きくなると先生がおっしゃっていた。同じ失敗を経験として自分のものにするかしないかが一番大きなことなのかもしれない。経験にするには、失敗と向き合って、自分の何がいけなかったのか、どうしてそうしてしまったのかを、徹底的に考える。そして、二度としないように、自分に叩き込む。これから先もその人に学ばせて頂きたいとき、言葉だけの生き方はしてはいけないんだ。そういえば、先生が、「ごめんなさい」は、一度しかいってはいけないとおっしゃっていた。きっと、その一度きりのごめんなさいを言うときは、顔が違うんだと思う。

2012/8/21 秋の空


 秋の空。先生がそう言って窓の外に見えるきれいな淡い色をした空を指した。雲がビルより低く広がっている。今年、初めて秋を感じたその日。何でもないこの会話。だけれど、これが生きている実感になり、じわじわとエネルギーがわいてくる。

2012/8/20 育てる


 先生は爪やにきびの位置、ほっぺたに出る色、目線、机に向かっているときの背中など、それだけで、その子の状態がわかるとおっしゃる。(一人ひとりそのサインがあるらしい。)私は、小学生のころ、問題を考えて限界になると、ほっぺたにうっすら青い線が出るとおっしゃっていた。それがいつも自分の心とぴったりだから不思議なくらい。自分に関心を持ってもらえること、自分では気づかないことを教えてもらえることが、一番幸せなことなんだ。
 大原先生が「親はお腹を痛めて子供を生み、心を痛めて(配って)子供を育てる」と言っていたけれど、関心がなければ、育てることは出来ないのかもしれない。

2012/8/19 自分の心


 原因は自分の心が知っていた。自分の心が知っているから、当たり前のことが出来なくなる。ふとしたときに冷たさがでる。そうじゃない、そうじゃないと思っているから、パニックになることに今日気づいた。

2012/8/18 道


 いつも何といえないものに心が動揺したとき、ただただ歩くことがある。歩いていると自分が自分に戻れる気がする。歩いているときは、目の前の道しかない。小学生のころ、先生と明治神宮にいったときの感覚を思い出す。線路は続くよを歌って帰った日。小さなころは、無垢だから、目の前の道しかない。
 先生が、無垢か、現実の厳しさの中で磨かれるしかないのかもしれないとおっしゃっていた。現実から逃げているかぎり、いつもイライラ、不満、人のせい、見えない意地悪をしてしまう。そして、そんな自分が嫌になり、自分の生きる道を見失う。私の場合、そのきっかけは大きなことではない。小さな決まりごとが守れないとき、どんどん現実から逃げてしまう。先生が、細やかなことを続けることが自分を律することになるとおっしゃっていたけれど、本当にそうなのかもしれない。
 もう一度、もう一度、やってみる。

2012/8/17 橋をかける


 自分のありのまま、そして、その自分が先に進むにはどうすればいいかを考える。それなのに、多くの場合、自分を棚に挙げて話として理解したり、事実ではなく事例、事象だけを話したりしてしまう。心の中で求めていることは横に置いて、相手から言ってくれるのを待つ。こうした生き方は今日でやめる。

2012/8/16 基準


 大原先生は基準が分かれば判断が出来ると教えてくださった。最初に、基準の話を聞いたのはもういつのことか分からないくらい。でも、私はいつも自分で考えて行動するのではなく、出来るだけよく思われるようにという考えしかなかった。だから、理解できなかった。体験がいつも経験にはならなかった。本当は、自分が基準を持って行動していたら、何が間違っていたのかも気づく。気づくことが出来るのは、基準があるから、それが経験になるのかもしれない。確かに、自分の意志で行動したときは、私には数えるほどしかないし、どれもそれはとんでもない行動なんだけれど、それは時間と共に経験となっている。

2012/8/15 遊び


 遊びは自分が中心であること。自分が中心になって遊ぶことで道をつくるのが遊びだと先生が教えてくださった。遊びにも二つある。満足感を満たす遊んでもらう遊びと、達成感の遊び。達成感の遊びは、無限の可能性。宝石は宝石でしかないけれど、心の中では最高級に輝きさえ作ることができる。達成感の一筋の涙がきれいなように、達成感を得たそのものはきっとどんなものであっても輝いてみえる。私はそんな心でありたい。

2012/8/14 勇気


 大原先生がかけてくださる言葉は勇気。「あなたをこうはさせない。」と、必ず言いきってくれる中に、力をもらう。勇気なんて、一人では出ないけれど、あのときのあの言葉を思い出すと、体中から勇気が沸いてくる。きっと、今、私の中には勇気をたくさん蓄えられている。先生の勇気をありがとう。

2012/8/13 時間


 神様から1日24時間という時間を誰しも与えられている。だけれど、その24時間を5時間分で終わってしまう人もいれば、何十時間にもしてしまう人もいる。大原先生は、時間の色、時間の濃度(リズムをつける)、そして時間の橋を教えてくださった。生きていくうえで時間はすごく大事なものであり、永遠のテーマなのかもしれない。私の好きな言葉の中に”一瞬の中に永遠を感じて”という言葉があるけれど、そんな心も持てるようになりたい。

2012/8/12 可能・不可能


 『生きる豊田佐吉』という本の中に「可能、不可能の結論を学問や知識だけで割りだすことを佐吉はきらった。「まず、やってみよう」というのである。」とあった。まさに、大原先生がおっしゃることと同じだった。私が小学生の頃は、実践、実践の繰り返しだった。実践によって数学が強くなった。ある友達が「習っていないから出来ません」というと、大原先生は、最初に日本地図を作った人のお話や、文字も言語もわからない外国に最初に渡った人はどのように勉強したのかというお話をしてくださった記憶がある。出来ないと決めるのは自分。私には負けず嫌いの根性があった。だから、公式を知らなくても解けませんとはいいたくなくて、何度も作図して、切り張りして解いていた。高学年になると自分が気づかないうちに、公式を導き出し、証明することもあった。大原先生に教えてもらっていたこの感覚を久しぶりに思い出した。今、もう一度原点に戻って取り組んでみようと思う。

2012/8/11 無形から有形


 「無形から有形をつくる」私が小学生のころから先生が教えてくださった言葉。いつもこの言葉は難しくもあり、私のテーマでもあった。今では、大原先生が様々なソフト(アイディア)を教えてくださる。新しいソフト、発明は、ある世界とある世界が重なり合ったところにあるという。だからこそ、自分の世界を持つことが大事でもあるという。そして、先生はいつも、その先にあるのは何かとおっしゃる。大原先生のこの思考がどうしても私は身につけたい。

2012/8/10 自由


 私は昔から、自由を求めてた。子供このころから夢は空を飛ぶこと。大空が私にとって自由だった。大学のときは2回、家出をした。自由になりたくて。でも、自由にはなれなかった。
 今、いつもと変わりのないこの毎日に自由がある。心が自由。ありのままの私を大原先生が全部受け入れてくれる。そして、そのありのままの私を包み込んでくれて…上手くいえないけれど、共同体なんだ。はじめて安らぎが分かった。

2012/8/9 プレッシャーに強い子


 百発百中の大原先生。先生が「受かる」とか「いける」とおっしゃったときは、必ず叶う。
 先生は、夏は基準と精神力をつけるときだという。愛を恐怖に感じたとき、プレッシャーに負ける。愛がプレッシャーに強い子を育てるとも言っていた。一人じゃ頑張ることは出来ない。誰かが、この子をほっとけないと思うから・・・。だから、こそ、自分の損得だけを考えたり、取り繕ってごまかしたり、相手に仕向けることをしてはいけない。
 先生がお話の最後に、「受かるよ、と言えるのは先生がほっとかないから。」と言っていた。何年も先生の傍にいて初めて聞いた、その真実。

2012/8/8 見えない箱・見える箱


 中身が見えない箱と中に毒蜘蛛が見える箱。人間どちらに安心感を感じるかと先生が言った。
 毒蜘蛛と分かれば、対処が出来る。怖いのは見えないこと。それなのに、私たちはよく本来の自分を言わずに、”ふり”をしてしまう。そうしているうちは、関係を築くことは出来ないんだと学んだ。

2012/8/7 誓い


 (豊田佐吉傳より)

 いよいよ今晩から始めるという時、佐吉は厳粛な顔をして三人の青年にいった。
「おい、みんないいか。はじめたら一日も休まんぞ。雪が降ろうが、雨が降ろうが、どんなことがあっても一日も休まんということを申し合わせておこうじゃないか。」
 ・・・
 佐吉はかねて用意して来た白紙へ
「我等同志今般夜学会を開催するにつき、璽後一日たりとも欠席致さざる事、天地神明に誓って申合せ候也」
 と書いて、真っ先に自分の名を認めた。

 これは、大原先生が私に印をつけて渡してくださった資料の中の一節。私も、心に誓う。これから、毎日が研究。缶詰になることは私には出来ないけれど、糸をさきに繋ぐことが一日たりとも休まないことだと私は思う。(糸をつなぐための知恵の道具は先日、大原先生に教えてもらった。)
 私は今日から、どんなことがあっても、夢に生きる。夢を忘れないかぎり、(私のことだからたくさん失敗するけれど、)100で聞くことができるって先生が教えてくれたから。

2012/8/6 遠回り


 私は、きっとついこの間まで、自分を取り繕うことだけに全てのエネルギーを注いでた。だから、お話を聞くことができなかった。私はこんなに苦しいのと訴えることだけが生きがいだった。でも、何が苦しいかと聞かれるとわからない。なぜなら向き合おうとしなかった。解決なんて求めていなかった。そもそも心が作り出しているものだから、納得はあっても解決はないのだし、例え、解決したって、欲しいものがなければ、解決できないことを理由にしていた方が都合がいい。
 大原先生は、問題の原因は自分にあると気づいたとき前に進めるとおっしゃる。仕方ないと決めているのは自分であって、自分がしたいと思ったことは、時間をかければ必ずすることができるのに、しないのは自分なんだと今は思う。究極、一度全て周囲を忘れて自分が求めているものを考えると、”好き”は見つかる。今すぐには無理でも、自分はこれが好きなんだと見つけるだけで世界は変わる。それは、たどり着く道がちょっと遠回りかそうでないかの違いでしかない。だから、やっぱり原因は自分にあった。
 それから、私は、大事な人に向き合うとき、その人と私しかいないんだと意識する。それだけで、自分の口から出る言葉が変わってしまう。私にはその当たり前のことが難しかった。

2012/8/5 絶対的な基準


 資料も洋服も全て相手が心地よいものは何かを考えることが一番の基準。
 それなのに、すぐに、自分をよく見せようとしてしまう。相手が求めていることを考えられることが、どんな自分の世界観で考える”いいもの”よりも大事なことだと学んだ。私は、両方の感覚を経験で覚えている。いつも、よく見せようとするあまり、ぼーっと立ち尽くして、何もすることなく1日を終えたあの日を思い出す。だからこそ、必ず、自分の位置(ぶれることのないもの)を確認する。それさえ持っていれば、判断力がない私にも判断ができる。

2012/8/4 チャンス


 大原先生は、どんな状況でも自分の位置を必ずつくれることを教えてくださる。自分の位置を持つことが出来たら、自分の夢の切符が手に入る。自分の位置をつくるには、自分を知る、そして相手を見る。先生は頭の中ですべてその一度しかない状況を組み立てて、教えてくださる。そうして、先生が教えてくださったことを実行すると、不思議なくらい、見えない何かが変わっていって、気づくと空気が自分色になっている。チャンスを掴むには、準備に準備、そして度胸なんだと学んだ。

2012/8/3 8月からの受験


 ひとつのことを掘り下げるという意味。それは、卵料理だとしたら、徹底的に卵焼きを訓練することによって、卵の性質が理解できる。そのときは、全ての卵料理が出来るようになっている。勉強も同じだと先生はいう。それなのに、心に焦りがあると、卵焼きも目玉焼きもオムレツも、全部少しずつやってしまうから、いつになっても理解できない。心の焦りは、あの人をターゲットにしているからだという。先生は受験は自分との戦いだと教えてくださった。今なら、この言葉がわかる。どうしても欲しいものがあると、自分がやるか、やらないかしかない。だから、理由は何だとしても、本当に欲しい、好きなものがあることが強さになるのかもしれない。

2012/8/2 自分の宝


 これがなくなったら自分じゃない、と思えることが今までに2つある。ひとつはここ1番のときに、自分の執着の全てを捨てられる潔さ。もうひとつはこの思いで日記。それに加えて、今見に付けようとしているのが、約束の日にはどんなことがあっても必ずやるという信用。これがなかなか出来ない。自分の心の中で知っている。

2012/8/1 光の道


 きっと私ほど損得を考える人間はいなかったと思う。損得というのは、表面上やっているように見せかけてやらないこと。それが、好きなものを見つけると、自分に誠実に生きようと思う。好きなものは、待っていても見つかるものじゃなくて、今の自分より憧れの世界の中にある。だから、頑張ろうと思ってしまう。憧れの世界を一度も見ることがなかったら、一生、損得の中で、生きていながら死んでいる毎日だった。でも、ずーっと井戸の中にいれば、暗闇が当たり前で、いくら、明るい世界があるといわれても、分からないように、自分の意志で立ち上がることは出来ない。大原先生は私にいつも光を見せてくださる。

2012/7/31 100で聞くこと


 100で聞くことは簡単なようで難しい。大原先生が私を褒めてくださることといえば、私は100で聞いて100で実行するということ。(大学3年生のとき、中途半端に聞いて、実行して、後から自分がすごくかっこよかったように膨らませて話したとき、先生に、その部分をすごく怒られたことがある。反対に、留守番電話に”よかった”とほっとしたままの気持ちを吹き込んだときは先生がものすごく喜んでくださった。)
 なぜ、100で聞くことができるのか。ひとつは、経験の中で大原先生の100で実行したときのその後のすごさを感覚的に知っていること。先生が教えてくださった知恵は、それからずーっと加速度的に通じて行く。もうひとつは、私にはそれしかないと思っていること。その自分の中での覚悟を決められないなら、私じゃないと思ってる。(他の人に言わせれば、覚悟だなんて笑ってしまうかもしれないけれど。)
 最後は、100で聞けるか聞けないかは理解力とか、そういう問題じゃない。心の問題。理解できなくても、腹をくくるその気持ちが顔に出る。その顔だから、判断力がなくても、必ず通じるものがある。私はその腹をくくるための心づくりを100でやる。それは自分が自分に課した約束事であり、念じることであり、おまじないでもある。

2012/7/30 座標軸


 全てX軸とY軸の座標平面上で考える。例えば、今の行動や起こした問題には、(x+y)には意識化(x−y)と家庭生活・環境(−x−y)、そしてお母さんとの関係・幼児期(−x−y)がある。というように、大原先生が教えてくださったこの座標軸の考えは先を見ることができる魔法のような道具だった。

2012/7/29 大空を翼で飛ぶように


 きっと生きていくうえで、「これだけは死んだ気になってやらなければいけないこと」がいくつかあるんだと思う。それは、やればすごいこととか、絶対やっておいたほうが後に繋がるから、というのもそうなんだけれど、死んだ気になってやるときは、それが1番の理由じゃない。大原先生は、これが信用とおっしゃった。先生の目には涙がうかんでた。「よかった。」と今日ほど思ったことはないかもしれない。
 私は、いろいろ言っているけれど、今まで先生との関係を見ることは全くなかったということに気づいた。いつも、自分が中心。「私が夢を諦めるんだから、辛いのは私。私には出来ないんだからしょうがない。」本当にこう思ってた。そこに先生の心はひとつもなかった。「非情な愛ちゃん」の意味がはじめて、分かった。大原先生は、私を一人にはしなかった。一人だとどこへ行ってしまうかも分からないような私だから。ずっと横にいてくださった。それなのに、いつも一緒にいるような感覚で(それを信じていなくって)、いざとなったら、一人の怖さで自分は無理だからと全部を投げ出す。もう絶対しない。先生の喜んだ意味、今まで怒った意味がはじめて分かった。
 いいところといえば、明るさ(潔さとおおらかさと先生は言ってくださった)くらいしかないのだけれど、いつか必ずそばにいてくださる先生を・・・、とはじめて思った。まるで私が子どものころ夢だった大空を翼で飛ぶように。何も出来ない私をなぜか心から信じてくださった先生に、きっと、必ず。今日から、もう一度、先生が今まで教えてくださった、与えてくださった、さまざまな道具や部品を組み立てなおす。

2012/7/28 黄金の時間


 大原先生は勉強の中からは自信は生まれない。生活の中で「私は出来る」と思ったとき、それが一番の自信だとおっしゃっていた。生きるエネルギーは生活の中でしかつくられない。水車が回転しながらエネルギーを生むように、毎日、毎日、繰り返し、続けることによってエネルギーが生まれる。私は、朝、6時には起きると決めたこと、これを必ず守ったことで、1日、1日が回転するようになった。自分のその歯車が動き出すと、必要なものを吸収したいと思うようになる。私は本来、欲しいと思ったものにとにかく飛びついてしまって、最後に何も残っていなかったということをよくやる性格。だけれど、そのときはきっとこれはすごいから欲しいんだろうと思って飛びついていた。今は、本当に欲しいものがある。それは私の憧れであるからこそ、準備する。今は、時間をじっくりかけた準備期間と思うと、同じ、手に入っていない状況でも、その時間が黄金の時間になる。

2012/7/27 最初の扉


 大原先生は裁ける人になりなさいとおっしゃる。裁ける人は、いつも全体を見なければいけない。それは集団の中においても勉強においても同じだった。自分の位置を見ることが出来ることが共通点なのかもしれない。生きていくうえで一番苦しいのは自分の位置がないこと。だから、お手伝いが大事。お手伝いが身につくことが、社会で一人で生きていける人間になるための最初の扉なんだと思った。

2012/7/26 自分をつくる


 好きなものを見つけるとこんなにも毎日が楽しくて、今までわからなかったものがわかるようになって、わからないものはなぜわからないのか考えるようになって・・・。生きてることが嬉しい。大原先生は自分を探すんじゃない、自分をつくるんだとおっしゃった。好きなものなんて最初はわからない。だからこそ、とにかくやるだけやることが大事なのかもしれない。一度、好きなものを見つけると、ずっとその世界にいたいと思う。だから、素直になろうと思う。以前のように意地悪したら神様が大事なものをとってしまうかもしれないから。最大の意地悪は攻撃することではなく、聞かないこと。私は聞く心、聞く力を絶対に身に付ける。

2012/7/25 生きている


 以前は、課題がなければやることが何にもなかった。いつも、課題に対してしか反応しない。生きていない毎日だった。今は、頭の中に地図があり、そしてこれから時間配分を身につける。そうして、無限大の可能性が創られていく気がする。今、毎日を生きている。

2012/7/24 線対称・点対称


 線対称・点対称は小学生のときに大原先生のところで徹底的に考えた。それは軸と基準の違い。こうした小さなころ先生のところで考えた思考力が、今、22歳になって、ひとつのものを見る道具になっている。先生の勉強法は、生きるための、人間関係の分析だって活きる。

2012/7/23 算数遊び


 私が小学生1年生(もしくは2年生)のころの大原先生の問題は難問だった。3時間の講習会で、たった一問。真っ直ぐな定規だけで正確な円を書きなさいというもの。私は2通り考えた。ひとつは、数百本の直径を書き、真っ黒い(塗りつぶした)円。もうひとつは、髪の毛を抜き、鉛筆にくくりつけてコンパスのように円を書いた。こうした、先生の図形の性質、本質を捉える勉強の基礎が、一番今になって大きな力になっている。こうした思考を持って、今、あの私が小さな子と数学遊びが出来ることが最高の喜び。

2012/7/22 赤い色


 色は赤だから赤ではなく、バックの色によって赤になる。そう、大原先生がおっしゃっていた。きっと、これから生きていくうえで、私は、赤そのものの色だけを追求することはあると思う。でも、その先生がおっしゃるバックの色で赤になるという、その部分を学びたい。上手くいえないけれども、その見方、考え方ができるようになりたい。

2012/7/21 やりたいことをやる


 やりたいことをやる、と聞くと、普通、せつな的なことを考えてしまう。大原先生のやりたいことをやるというのは、違う。それは何だか、豪快で気持ちがいいもの。心が晴れるもの。ほとんどの人は、人からどう思われるかとか、無駄だからとやらないことかもしれない。でも、私は一度の人生、大原先生のおっしゃるやりたいことをやる生き方をしたい。

2012/7/20 私と季節


 季節があるように、自分自身にも季節の顔があることを知った。喜びはそうして作られることを学んだ。大原先生のスケジュールのたて方は、本当にエネルギーを生み出す方法だった。

2012/7/19 動機


 先生は動機は何でもいい、自分がなぜ、それが欲しいのか、本当の気持ちをはっきり意識することだという。例えば、あの人の喜ぶ顔が見たいから。自分を馬鹿にした人を見返したいからでもいい。問題なのは、それを思えないこと。例えば、小さく見えないところで意地悪をしてしまっていたら、見返したい気持ちはわかない。だから、自分の心にうそをついてはいけないんだと知った。今の、私は、ただひとつ、これをやめてしまったら大好きなあの人に会えない、と思い込んでしまっている。皆は、無理だというかもしれない。でも、私は絶対に、会える、そう信じてる。だからこそ、ずーっと寝てすごす、何にもしたくない私が、必ず毎朝起きれてる。はじめて、生きていることを感じる毎日を過ごしてる。

2012/7/18 力


 新しい世界に行けば行くほど、自分に「これは負けない」と思えるものがあるのかと考えてしまうときがある。あらゆるものを考えても自信を持てるものはない。本当に、出来ることはない。けれど、私は、やってみようという力が出る。それは、大原先生との20年間、その時間の中で先生が私に授けてくれた力なんだと思った。

2012/7/17 事実と本質


 事実と本質は違う。いかにして本質を見るかが大事と先生はいう。トラブルは納得して溶かしてしまえば、先に進める。本質を見ることで相手が見えたら納得できる。そのためには、自分が一貫性を持つこと、同じ位置から相手の動きを見ることだと学んだ。私は自分の位置がぶれてしまうから、自分も分からない、相手も見えない。その中で、心の中だけ問題がどんどん大きくなってしまう。

2012/7/16 なくてはならないもの


 私は自分を持っていない子だった。だから、文章読解力も文章構成力も作文もいつも、だめだった。感想文だってまとまらない。そんな私が、少し本を読めるようになったとするなら、この思いで日記のおかげだと思う。私自身が感じたことを、そのまま、ありのままに書いているこの日記、そのうちに、自分が分かるようになった。時には、この日記を通して、自分に言い聞かせ、時には、自分に自信をつけながら・・・毎日書いたこの日記。最初は続けることが苦しくて、やっとだったのに、今では、私にとってはなくてはならないものになった。大原先生が時間(続けること)が財産をつくるとおっしゃっていたけれど、心から、そう思う。

2012/7/15 地獄と天国


 小学生の頃、大原先生に「死んでしまったら地獄に行くの?」と聞いたことがある。そうすると、大原先生が、「地獄も天国も自分の心の中にある」とお話してくださった。それは、先生と明治神宮に行って歩きながらのお話しだった。そのお話を聞きながら、見た空や木は何だか、いつもと違って見えた。丸い世界の中にいるんだなあというようなことを思っていた気がする。そんな蘇ってきた昔の記憶。

2012/7/14 後悔


 私は、それまで生きてきて、後悔したことが一度もなかった。過去に戻りたいなんて、正直思ったこともなかった。去年の冬、人生ではじめて、後悔したことがあった。今まで後悔がなかったのは、好きなものがなかったからであって、はじめて、自分を知ったのかもしれない。

2012/7/13 美学


 私はいつも先生がおっしゃっていた”細やかさ”が分からなかった。それから、先生の”無駄”のお話が私の頭にはいつもあった。でも、結びついてはいなかった。毎日、朝起きて、朝を感じるようになった今、はじめて、それがわかってきた。目に見えない細やかさ(一見、無駄なこと)こそが、最高級の美学のように思えた。

2012/7/12 チャーチルと傘


 大原先生が教えてくださった、大好きな言葉「決して、決して、決して、諦めない」といったチャーチル。チャーチルは祖国を守りたいという強い使命感を持っていたと先生のご本にあった。諦めないのは、守りたいものを知っている、愛するものを知っているからなんだと分かった。自分が傘にならなきゃいけないときは、守りたいもの、一番大事なものを知っていることが、一番の強さになるとわかった。今度は、傘ではなくって、自分が本当に欲しいもの、例えば、大好きな人が出来たときは何が自分の核になるのかと考えた。そのときは、まず自分のことが好きであることなのかもしれない。そう思った。

2012/7/11 学問と生きる


 大原先生は全ての学問を生活や生きることに置き換えてお話してくださる。どんな学問も人間が生きるためという土台は変わらないという。先生のこのお話を聞いていると、無限の世界が広がっているようなそんな気持ちになる。

2012/7/10 大きな声で笑うには


 不安は不安といっているだけで何もやっていないときと先生がおっしゃっていたことがあるけれど、本当にそうだった。状況はそれほど変わったわけじゃないのに、とにかく、朝起きる、そして身近な気になることから少しずつ、その朝の時間にやっているだけなのに、不安が全くなくなる。それから、楽しいとき、大きな声で笑うことができる。笑うと何だって嫌なことは全部飛んでいってしまう。人間の心は不思議だなあと思った。

2012/7/9 好き


 「好き嫌いがあることが大事。」いつか、先生がおっしゃった。その当時(高校生)、好き嫌いが分からなかった。本当に好きなのか?と疑問に思っていた。大学時代は、これが好きなんだと思い込んだ。それは、どこか”逃げ”の好きだった。
 例えば、それを好きということで、「本当は私はこれが好きなんだから」と誰かに見せたい。もしくは、多分私を嫌うことのない人とお互い好きということを確かめたい。または、それが手に入ったとしたら、みんなが驚くものが好き。最後の、みんなが驚くものが好きなのは今も変わらない。でも、今は本当に、好きなものを見つけた。今までも、好きだったんだけれど、心にこなかった。今は、私が心に感じた好き。だから、その好きなものが欲しいから、絶対に続けられる。やめることが出来ない。生まれてはじめてだった。
 そうすると、自分の体を考えてどうすればいいかを考えるようになった。今までは、お得意の、「なんとかなる」で結局、無理になることばかりだった。まだ、やりはじめたばかりだけれど、今までの自分と違う。

2012/7/8 もの以上のもの


 「子どもがものを投げてこわしたとき、お母さん、なんていいますか?」大原先生がそうおっしゃったことがあった。大原先生は、子どもの心をくみとってくれる。物は物でしかない。でも、見えるものは物でしかない。見えない心はどうしようもない。だから、いけないとはわかっていても、物を投げることでしか表現できない。大原先生は見えるものよりも見えない心を大事にしてくれる。
 先生だったら、そんなとき、物をどんどん持ってくる。それで割れたものを拾うっておっしゃってた。そのときのかけてくれる言葉が、それ以上のものはないくらい、落ち着く言葉だった。(心に響いたんだけれど、一字一句覚えていないから、上手く表現できない気がするので書けません。)その心をくんでくれるなら、物を投げてしまったことがとんでもなく悪かったようにさえ思う。そのときのお母さん(先生)の姿を見たら、物にだってお母さんが入ってしまうんだ。

2012/7/7 出会い


 大原先生は石ころも見方をかえればダイヤモンドと教えてくださった。この意味のひとつは、心なんだと思った。出会っていても自分の心が曇っていれば、出会うことはできない。でも、自分の心が雲ひとつない空だったら、必ず出会うことができる。私はこの出会いを大事にしたい。

2012/7/6 関心


 大原先生との20年間、「うわあ、見つかった。」と汗が止まらない経験が私には何度もある。それは、目が回るほど。なぜなら、自分でも、そんなつもりじゃないと思い込めるほど、完璧な言い訳が出来ていても、先生には見つかる。(むしろ、完璧な言い訳が出来ているときほど、確実に見つかる。)私は、いつも「しまった!見つかった」とばかり思っていた。
 そんな、パニックになることもほとんどなくなってきたとき、先生が、こんなお話をなさっていた。先生のおばあさんは、「見つかったときは、それほどあなたに関心を持っていたんだよ。だから、よかったと思ってね」と言われたというお話。そのお話を聞いていて、今までの自分の見方がまるで変わった。自分に関心を持ってもらえるからこそ、やっちゃいけないと思うことが出来る。つまり、自分の中の基準が出来る。守りたいと思う気持ちが生まれる。

2012/7/5 夏休み


 「夏休みは新しい夏の世界がある。だから、夏休みの前に全部心の執着を捨てる。そして、夏休みに何をするか考える。」と先生がおっしゃっていた。大原先生は確かに、毎年違う夏の世界を教えてくださった。講習会のお料理も、生活も思考法も。夏休みの決まりごとをやり抜きたい。そして、自分の心に残る夏を今年も送りたい。

2012/7/4 後悔


 後悔は大きなことじゃない。日々の小さなこと、出来ることをやらなかったときと先生がおっしゃっていた。後悔しない生き方をしたい。だから、今日のこと、それをする。

2012/7/3 命をかけて


 「命をかけて(予定を)やめさせます。」先生のこの言葉が頭にずっと残っている。大原先生は、その感覚を持ってしまうこと、その性格になってしまうことを直したいとおっしゃる。
 私の場合、そこまで自分を見てくれる先生に満足してしまう。私は、いつも”なぜいけないのか”の基準が分からなかったから。

2012/7/2 チョコレート


 キットカットのチョコレートをみんなで食べたことがあった。キットカットの袋をピリっと破って食べるとき、そのピラピラしている部分を先生は下半分に巻きながら指で押さえ込み食べていた。だから、まるで先生のキットカットだけ、袋はゴミではなく下半分が綺麗な赤い色のペイント模様のようだった。先生が食べているところは数回しか見たことがないけれど、チョコレートひとつでも違う。食べているようで食べていないような、動きがあるはずなのにないような先生の食べ方。絶対に習得したい。

2012/7/1 世界


 「自分の世界を作る。」この先生の話が忘れられない。世界というのは自分の頭の中に、心の中に無限に広げられるもの。それには、半径(知識、経験、・・・)があり、必ず円になるという。損得を考えるとき、円は作れない。ある一箇所だけ、もっと欲しい、早く欲しいと思うから、線にしかならない。でも、先生は円と円が重なり合ったところに新しいものが生まれるとおっしゃっていた。準備は円を作ること、その面積を少しずつ広げていくこと。

2012/6/30 一週間の色


 大原先生が、今は両親がいて子どもの顔、今は女性の顔、など顔を作ることが大事とおっしゃった。これを持つと、はじめて一週間に色が出来た。毎日がグレーのような私の毎日が変わった。私は演技が上手だと先生がほめてくださった事がある。(演技というのは、本気でなり切ることができるということ。)その自分になっているうちに、エネルギーがわいてくる。演技ではあるけれど、どれも本当の私。

2012/6/29 情


 「情」は、あのときを思い出すから。こうなるんだったら、あのときもっとこうしていればよかったといろんなことを考える。当たり前と思っていることが当たり前じゃないと思ったとき、考える。そんな話をふとしたことから先生がしてくださった。
 わかったことは、なんでもなく過ごしている毎日が幸せだということ。それと、いつも頭のどこかにその人がいるから「情」がわくということ。嫌いであっても「情」はわく。でも、まったく無関心の人には「情」は沸かない。先生は「嫌いな人を嫌いと自覚したら優しくなれる」とおっしゃるけれど、本当にそうかもしれない。また、相手が分からないとき、感情にいつも波があるとき(怒っているのか怒っていないのかわからないとき)、自分の中で相手を消してしまう。相手が好きなのに、嫌い。だから、「情」が沸かないのかもしれない。人間の「情」を考えてみるとあっという間に時間が経った。

2012/6/28 喜び


 恋愛も100、失恋も100。大原先生はそう言った。10代は10代の、20代は20代の、・・・その時代を生きること。先生は生きる喜びを教えてくれる。大好きな人に振り向いてもらうには勉強も必要なんだ、そう思うと私は俄然やる気になった。

2012/6/27 いいもの悪いもの


 いいものも場合によっては悪いもの。悪いものも見方によってはいいものと先生が教えてくださった。つまり、必ず前後をみなさい、とおっしゃる。だから、一貫性が大事だと先生に教えてもらった。先生のこの教えが最近、少しずつ理解できる。私はその場の感情で動いてしまうから、いつも真実が見えなかった。

2012/6/26 究極


 自分の大事なものを自覚すると不満は不満であるのだけれど、はじめて大事なものが気になる。気になったら自分にできること、大きなことはできないけれど、小さな自分のできることはしようと思う。大事なものを知るためには、究極を考える。究極の選択をしなければいけないとき、自分が何を選ぶか考えたら、わかった。大原先生がこの究極を考えることを教えてくれて、私の中で何かが変わった気がした。

2012/6/25 先生の絵


 小学生のころの油絵クラス。キャンパスに思いのまま絵の具をつけていく。思いっきり楽しんだ後、ぼーっと先生の描かれているところを見ていることがあった。きれいなパレットに絵の具が順々に出されていて、端っこに油の入った小さなつぼのようなものがついていた。先生の描かれる絵は引き込まれてしまうようなそんな絵。きれいのひとことでは表せない。小さなころの私にとっては感じたことのない(今、言葉を捜すなら、”せつなさ”があるような)感覚を受けた。先生の絵を見ていると時間も、そこが教室であることも忘れてしまうような気持ちになった。

2012/6/24 普通


 昔、大原先生に「普通に過ごしたい」と言ったことがある。大原先生は「普通って、どういうこと?」とおっしゃった。考えているうちに「普通って結構難しい」と思った記憶がある。最近、大原先生が「普通は毎日の中で作る」とおっしゃっていた。毎日、少しずつ少しずつ変えていくことで、いつしかそれが普通になるんだと学んだ。

2012/6/23 約束


 大原先生が私に教えてくださっているのに、その間に違うことの感情を入れてしまう。だから、泣いたり、分からないといってしまう。また、違う人を入れてしまうからとぼけた顔になってしまう。いなくなって1ヶ月半ぶりに先生と公衆電話から話したとき、これからは必ず先生との関係なんだと心に思ったのに、また、繰り返してしまった。教えてもらえることがどれだけすごいことなのか一度わかったはずなのに。もう、絶対に絶対にしない。

2012/6/22 興味関心


 大原先生は私の見た私の視点での話を本当に真剣に聞いてくださる。そして、必ず具体的に教えてとおっしゃる。私はすごく夢中になる。先生にお話したいから、もっと相手に興味を持つ。眺めるのではなく見て、観察する。そのときは必ず自分がいる。自分の経験があるから相手が見える。もしくは、自分にまったく経験がないからなぜ?と思う。私が人一倍、興味関心が強いのは、先生との会話の中で作られたものだった。

2012/6/21 相談


 相談するときは必ず自分の意志(目的)を明確にすること。だから、最初に自分の不安なことは何か、そして選択したときどういう状態になるかなどの状況を話す。それなのに、私はよく、相談ではなく、あの人が言ったからと責任をとってもらえるような状況をつくることをしてしまう。自分の不安などは話さない。これが相手を求めているのに、自分が上になってしまう・・・やってはいけないことだった。大原先生は、「質問という形で持ってきたけれど、本当は話していたかったから来た」ということを言ったとき、その私の位置で、必ず答えてくださった。

2012/6/20 もしも


 私は2才のときに大原先生に出会った。ふと、もし、大原先生に出会っていなかったらと思うことがある。(今、自分の心が満たされているから思うのかもしれない。)出会っていなかったらの私を想像すると、今の自分はまるでそこにいないことがはっきり分かる。容姿も考え方も心も。私は、いけないことも何でいけないのか理由が分からないことばかりだった。まわりが悪い、自分は悪くない、そう思うと”人間としての当たり前”が分からない。私に当たり前は通じなかった。その私が一番忘れられないのは、なぜ、泥棒をしてはいけないか。それに対して、大原先生は当たり前とか、よくないこと、ではなく、「それは、お母さんが泣くから。」と言ったこと。
 大原先生が本当に怒ったり、本当に誉めたりするときは、なぜ?と私を見てくださった。だから、私も自分がいるから、違う世界に行かなかった。違う世界に行くときは、刺激を求めて、その中で自分を知りたいのだと思う。これが、自分なんだというのを探すためにいろんな自分になってみる。(中学のときの学校生活はいつもそうだった。今も、そう思うときは少しあるからわかる。)でも、本当の自分はいつも分からないから心の中はめちゃくちゃだった。  

2012/6/19 騙す・騙される


 騙されたと思うのは自分が騙しているということに私はすごく納得できた。自分が自分を騙しているとき、特に、騙される。なぜ、騙されたのかもう一度考え直すと、自分が何とかして得をしようと思っていることを隠しながら、いい人のふりをして相手に接したとき、騙されたと思う。原因は自分だったと分かれば、心がすっきりするから前に進める。

2012/6/18 ダイヤモンド


 大原先生は、どんなこともそこから何か見つかるとおっしゃる。石ころも見方を変えればダイヤモンドと昔から先生に聞いてきた。今日からその実践がはじまる。何もないところから糸をつむいでいくような、そんな先生とのこれからにすごくわくわくする。

2012/6/17 プレッシャーに強い


 自分の核は、「これだけはしなければいけない」というものを持っていること。それを、少しでも繋いでいく。そうして核が出来たとき、この核が、自分の怠け癖が出たときに、助けてくれると大原先生がおっしゃっていた。勉強はいくらやっても不安になるけれど、あれだけやったと思えるのは核の部分。これがプレッシャーに勝つと先生はいう。「これだけは」と思えないうちは、何をやっても何にも身につかないことが経験の中ですごくわかる。どんなにすごいことを教えてもらっても、頭でわかっていても、身につかない。

2012/6/16 美しさ


 大原先生はマナーは自分を飾るものではなく守るものと教えてくださった。それから生活に密着した心の楽しみから、優雅さやスマートさなどのしぐさが自然にできることを教えてくださった。相手に見せるためだけのものは、美しくないのかもしれないと思った。

2012/6/15 生活と思考


 大原先生が、以前、整理するとものが見える、生活と思考はつながっているとおっしゃっていた。それを少しずつ実行してみた。実行してみると、それだけでやらなければいけないことをやろうという気持ちになる。それから、課題に対しても、どうすれば理解できるかを考える。話も、いつ話すことがいいか(自分中心ではなく)を考える。今日、ここまでやろうという自分の中での決まりごとができる。だから、生活が大事だったんだと実感する。やってないときに限って、生活をおろそかに考えてしまう。

2012/6/14 心と顔


 自分の心と違う顔をしていると笑い方や話すことも分からなくなる。大事な人、大事なときは、自分の心のまま、でも意識を持つことをしようと思った。

2012/6/13 理想の生活


 好きなものだけの生活と、トラブルを避ける生活は同じという話を先生がしてくださった。これが欝の原因だった。好きなものだけじゃないから、好きなものがわかる。それなのに、私は好きなものだけか、何もない生活、どちらかを求めるような毎日を送ってた。幸せを感じたいから、嫌なことにも取り組もうと思った。

2012/6/12 好きの理由


 なぜ、そこに行きたいのか。それは、そこにいけば素敵な人に会える!そう思っていく。という大原先生の言葉にすごく私は納得した。すごいところだと思ってしまったら、頭の中で考えるだけで終わってしまう。すごいと思わないところだったら、行けたとしても喜びはない。好きの理由がわかった気がした。

2012/6/11 基準


 大原先生は、どんなことにも必ず基準があるという。基準を持つことで相手が見えると教えてくださった。基準のひとつに時間がある。朝の約束、昼の約束、夕方の約束でまったく自分の位置は違うことをしった。ところが、自分の生活に時間の切れ目がないときは、相手を見ることもできない。

2012/6/10 夢中


 好きなもののとき、食べることも寝ることさえも忘れてしまうということがはじめて理解できた。先生が選曲、強弱をつけて、流してくださると、その取り組んでいるものに夢中になる。夢中になると、時間を含め、ありとあらゆる全ての感情がなくなる。ただ、目の前にあることに100で取り組んでいる。

2012/6/9 おにぎり


 私が中学生のころ、大原先生が夜の授業のときおにぎりをつくってくれた。そのおにぎりはまだあったかくってお腹がすいてた私たちは、夢中で食べた。先生のおにぎりはどこかあまい。おにぎりは手のひらに塩をつけて、あったかいごはんをにぎるからおいしいんだって先生から聞いたことがある。先生の手を見ると真っ赤な手をしてた。私はおいしいおにぎりを作れるお母さんになりたい。

2012/6/8 同じ位置


 なぐさめたり、同情する人にはたくさん出会ったことがある。確かに嬉しいけれど、前向きになることはない。(すごく傲慢なことをいえば)そういっても相手は自分とは違うし、自分の一部を見て心配してもらっても、どこかすっきりしない。
 大原先生は、違う。いつも私と一緒の位置にいてくださる。私が断崖絶壁の状況になったら、先生も断崖絶壁の状況になる。それは心も同じだった。必ず同じ位置にいてくださる。例えば、忘れられない先生の「あなたは、こうじゃないと生きてこれなかったんだ」という言葉。この言葉に救われる。すごくひどいことをする私だけれど、相手が嫌いだったんじゃなくて、相手が大好きだったことは、嘘じゃない、そう思えた。

2012/6/7 自分が主役


 先生が組んでくださる音楽は、自分を物語の主役にしてくれる。だから、誰でも、全力を発揮しようと思う。主役であったなら、自分がどうするかであって、相手がやってくれないと不満になったり、相手を責めることはない。自分の生き方がひとつのドラマのように思える。この自分の性格に合わせた音楽をいくつも持っていたら、遠回りしても必ずつかむことができる、そんな気がした。

2012/6/6 生きる


 大原先生からの音楽のプレゼント。それは、先生からのメッセージのような、誰も知らない私を信じてくれている力のような音楽。だから、一人で泣ける。ふと、大原先生のところにいかず、何をすることもなく、生きていて死んでいたころ、先生の赤い文字が書かれた、たくさんのカードをただ呆然と眺めていた頃を思い出した。先生と私だけがわかるその意味。私は、この音楽とともに必ず生きる、そう思った。

2012/6/5 環境


 小学生のころ先生のお教室に飾られているものを背伸びをしながら見ていた記憶がある。壁にあるボードには、アメリカ、日本、イギリスの旗が飾られていて、その中に今思うとすごい人たちの写真が飾られていた。当時は、その写真をじーっとただ見つめていた。

2012/6/4 判断


 自分で判断ができない人だけれど、「大原先生だったらなんておっしゃるかな」と考えることはできる。結果として、それを頭に描いて判断する。(新しいこと、自分の世界観だけで考えるときは判断を間違う。)大原先生は、必ず基準を教えてくださる。誰か一人、感情ではなく明確な基準で接してくれる人がいたら、判断は出来るようになるのかもしれないと思った。

2012/6/3 達成する人


 「狩猟民族のすごいところはね」と先生がこんなお話をしてくださった。まず、大きな獲物を狩りにいくという目的を持って家をでる。家を出たときに野うさぎや鶏を捕獲するための罠を仕掛けていく。少し歩いていくと、木の実や、薬草になる植物を見つける。それを採っていく。また、少し行くと蜂の巣を見つける。すると、それを食べる。こうして、獲物をとるという目的を置いて、過程の意識のあるものを全部自分のものにしながら進んでいくというお話。
 私の場合は、大きな獲物を捕るという意気込みだけで何も準備せずに行ってしまうと思う。だから、獲物がとれなかったとき何もない。心も焦る。(また、そういう思考だから観察力、判断力がないため、獲物をどうやって追いつめればいいかわからない。情報収集ができない。)でも、大原先生は、目的という石をまず投げることが大事。そうしたら、自分の身近なところから、今あることをやっていくこととおっしゃった。こうして半径を広げておいて、そこからどんどん絞り込んでいくことが、今日1日を生きるということだと理解した。

2012/6/2 最初の物理


 私が小学生のころ、大原先生は実際にみせてくれた。記憶にあるのは、てこの学習の距離と重さの関係。それから浮力。てこの原理は、両腕に等間隔の印をつけ、まっすぐ横に手を伸ばす。肩から手までのどの位置にかばんをぶら下げたとき重いかを感覚で理解した。浮力はさまざまなボールと透明のケースに入った水でみせてくれた。そのあと、食塩や油ではどうなるかなどを考えた。そのとき、混ざると溶けるの違いを学んだ記憶がある。見せてもらうことで、感覚的に物理学が理解できた。原理がわかれば、物理は最高に面白かった。

2012/6/1 本音


 本音で話したとき、必ず最後は笑いになると先生は言う。これは本当。このときほど、前に進めるエネルギーをもらえることはない。

2012/5/31 手と手のおまじない


 手と手のおまじない。それは気持ちがひとつになった。先生と向かい合って気合を入れるために手と手をパン、パンと合わせたこと。それから、みんなせーので、手をパンとたたいたこと。いきが合うと、一人じゃない、一緒に歩き出してる、そんな気持ちにさせてくれる。不思議な力を持ったおまじない。

2012/5/30 小さな自分


 4歳か5歳のときに大原先生に教えてもらって縫って作った等身大のお人形。今では私の身長の半分の高さもないけれど、寂しいとき、ぎゅっと抱きしめて寝ると安心する。
 今でも、はっきりお人形の生まれた日を覚えている。その日は、自分の一番好きな水色のワンピースを持って行った。最後の髪の毛やかわいいお鼻をくっつけた。自分と同じ大きさだったから、お人形にも自分と同じ「愛ちゃん」と名前をつけた。私はこの愛ちゃんに力をもらってる。意味も分からず泣くときはいつも愛ちゃんが側にいた。
 「今日はここまで縫う」と決めてからはじまるあの裁縫の時間。何でもない白い布から、愛ちゃんが生まれたときの達成感と喜びは、今でも全く色あせない。

2012/5/29 円周率の証明


 円周率の証明。円周率は何で3.14なのか分からないといったとき、先生はいつものように、「証明してみなさい」といった。小さな扇形をたくさん作り、それを長方形になるように並べなおして、正方形(半径×半径)の約何倍になるかをはかった。あの頃は、何でも証明だった。だから、算数や数学が謎解きゲームでしかなかった。先生の算数は、誰でも算数が大好きになる授業だった。

2012/5/28 2つの表現


 小学校低学年のとき、色紙に自由な絵と、それを表す言葉をかくことをした。(私は、あまりこの表現が得意じゃなかった。)もうひとつ、音楽(クラシック)を聴いて自由に想像した絵を描くというカリキュラムがあった。私はこのほうが得意だった。心を自由に表現できる気がした。
 大原先生のところでやっていたこの2つの学習。この2つが、私が共に大好きなテレビと映画の違いのように感じた。まだ、分からないけれど、今、忘れかけている小さな頃の大原先生の五感教育が全てに通じていたことを感じる。

2012/5/27 願


 小学生のころから、大原先生の講習会の最初は、よく目を閉じることから始まった。目を閉じて、想像する。今日何をするのか。それから自分の弱点を意識化する。例えば、焦ったら、作図をし直すと、自分に言い聞かせる。この習慣は、私が一番集中するための決まりごとになった。だから、大事な試験や面接の前は決まって、願掛けのように私は目をつぶり、もう一度想像する。

2012/5/26 気持ちがいい風の中


 夕方、気持ちがいい風が吹く商店街を歩くと、先生との昔を思い出す。中でも、大学2年生で家出をして帰ってきたとき、1週間逃げて(無断で休んで)帰ってきたとき、1ヵ月半逃げて帰ってきたとき、それから、幼いころ、先生と明治神宮から歩いて帰った帰り道がよみがえって来る。多分、人間としてやってはいけないことが多いけれど、本当に自分そのままで生きた部分なのかもしれない。だから、あのとき先生からもらった感覚が私にとって、大事なもの。疑問はたくさんある。自分のことしか考えていないから、先生が理解できない部分もある。自分がなぜ、その行動をするのかもはっきりとは分からない。私は時間をかけて、それを知りたい。

2012/5/25 約束


 「こうなりたいなあ」と言ったこと、それが理由もなく、準備もなく、漠然としている、でも自分の本心の部分を大原先生は覚えていてくださる。ひとつの夢は、人が聞けば「え?」と思うこと。もうひとつの夢は、不可能と思われること。自分でもそう思うところがあるのに、先生は覚えていてくださった。きっと先生だけは本気で聴いてくださった。
 私が逃げたとき、先生はすごく怒った。それでさらに逃げる私だった。その逃げたことは、先生が下さったもう自分の人生には二度とないチャンスを私は自ら捨ててしまったことだった。1ヶ月半先生のもとから逃げて、(裏切ってしまった)戻ってきたときに先生と約束したことは”もう決して逃げないこと”だった。
 自分の得意技である”そんなつもりじゃなかった”と思い込んで現実を見ないできた。だから、その約束も「まずい」と思ったとき、私の中でときどき、頭にちらっと出てくるような約束だった。でもあの約束は私が生きるうえで、一番重い約束だった。

2012/5/24 「私はこうだから」


 「私はこうだから」というイメージをつけてそのイメージどおりに生きることが一番楽だった。今まで様々な場面でそのイメージを作ってきた。中学、高校、大学、家族、おばあちゃんの家、歯医者さん、習い事、全て。そこにある人間関係ごとに違う私がいる。直そうと思って、何度か挑戦してきたけれど、結局別のイメージを作るだけで、根本的なものは変わらない。ほかのイメージになることは勢いで出来るけれど、本当の自分になる勇気はない。その無理がいろんな部分で支障をきたす。
 大原先生は私も分からなくなるような私の本当の部分を見てくださる。(それが、自分の本当の部分だと思いたいだけかもしれないけれど。)一瞬の視線から、「あなたは本当はそんな子だと私は思えない」とおっしゃってくださった。嬉しかった。それなのに、それを大事にしないで結局いつもの自分の殻に戻り過ごしてしまう。

2012/5/23 英語のグループ学習


 高1の英語のグループ学習は、それぞれが先生になる。分からないところを役割分担し、次の回までにテキストを作ってきた。責任があることによって真剣になったので効率がよかった。幼い頃からずーっと一緒のメンバーだからこそ実現したのかもしれない。きもちのいい緊張感だった記憶がある。

2012/5/22 出来ないときは・・・


 中学に入るか入らないかの頃だったと思う。幾何の問題でどう考えても出来ないと思ったとき、大原先生に「出来ない」と言うと、先生は、「じゃあ出来ないことを証明しなさい。」とおっしゃった。本当に出来ないときは、もうひとつここの値が分かっていれば解けることを証明した。また、出来ないことを証明しようとしているうちに、頭が整理され解けてしまうこともあった。この「出来ないことの証明」という思考は私の中で新鮮であり、今でも大事に思う思考法。

2012/5/21 「次も頑張ろう」と思えるとき


 大原先生の褒めてくださり方は誰だって次の意欲に変わってしまう。先生は、「どこ、どんなお顔になったの、見せて」とお顔を見る。自分の顔を先生のほうにもっていくと、先生はその顔を見つめて、「大きくなった」とか言ってくれるんだけれど、そのときの先生は本当に喜んでいる。お顔がよくなったと言ってくれているから、プレッシャーがひとつもない上で、こんなに喜んでくれる人がいるなら、次も頑張っちゃおうかなと、単純な私は思った。

2012/5/20 4大文明


 小学4年生の講習会は大原先生に世界4大文明を習った。社会科が不得意な私だけれど、この文明ははっきり覚えている。先生が文明とは何か。なぜ、文明がその地に栄えたのかをお話してくださった。それが面白くて、夢中で聞き、川と地図を何度も書いた記憶がある。

2012/5/19 はじめての文字式


 中学に入学した頃の大原先生の図形の問題。問題が解き終わると、先生が「与えられた2つの長さを文字(AとB)に置き換えても解ける?」とおっしゃった。そのときはじめて私は文字式を使えば、どんな長さを与えられたとしても、すぐに解けることを知った。大原先生に、文字に置き換えて、みせると、すごく褒めてくださって「これが、高校、大学の勉強」とおっしゃった。それから、私は”仮定法”を自然と学ぶことになった。分からない長さを文字に置き換えて、解く。式を解く段階で、その文字を打ち消すという方法。そして、それが結局は、今までの解き方のひとつを、文字というものに代用していることも分かった。だから、その後、文字式を学んだとき、何の抵抗もなかった。

2012/5/18 自分のいきたい道


 大原先生が「自分のいきたい道を見つけられるようになってほしい」とみんなに言った言葉が印象的だった。先生が教えてくれることは、結局は好きなこと、好きな人を見つけるため、それをつかむにはどうすればいいかなのだと思う。

2012/5/17 守ること


 大原先生がいう基準はいつも、”守ることができるか”だった。まずは、命を守ることができるか。次に外の環境(社会)に出たときに守ってもらえるか。私が反抗して家出をしたときも、最初に先生がおっしゃったことは「こういうときに危険な目にあう」と、自分を守れていないことを言われた。どんなときでも先生のこの基準は変わらなかった。

2012/5/16 ひとつ、ひとつの大切さ


 先生が、畑で作物をつくるときに例えてお話をしてくださった。ホースに穴が開いていたとする。これくらいいっかと思ったその感覚で、耕す作業をする。すると、石ころが混ざっていても気にならない。最終的に植える作物は、これでいいかというものを植えている。だから、せっかく出来た作物も大事に出来ない。私はこの気持ちがすごく分かる。やっていても、やっている意味が分からなくなったり、次を考えることが出来ない時は、いつも、このひとつひとつを終わらせることが出来ていなかったということに気づいた。

2012/5/15 植物に語りかける


 植物を育てられない私に、土をさわりながら、今日の天気を見ながら語りかけるように教えてくださったことがある。今でも、何もいわない、植物を見れなくなった時は、部屋の中も生活リズムもくずれているとき。

2012/5/14 雨のしずく


 雨が降ると窓のサンの部分に並んだ雨のしずくを見る。そして、大原先生のお話を思い出す。「雨のしずくはみんな同じ大きさになって落ちる。」そして、雨のしずくを人間の心に置き換えてお話してくださった。雨のしずくを見るとき、私は冷静になれる。

2012/5/13 人格


 「人間の人格には3つある。自我と意志と行動。」と先生がお話してくださった。行動の言い訳をよくしてしまうけれど、行動は目に見える事実。そこにその人の意志やその人自体の自我ある。行動こそが全て。失敗しても、最小限自分のポリシーを持っていくこと。それが逃げない行動になることを学んだ。

2012/5/12 話せる環境


 「誰でも心の中に悪魔がいるけれど、それを話すことによって、すごいことを言ってる自分に気づき出来なくなる。」と以前先生がおっしゃっていた。話せる環境があることが幸せなことかもしれない。もし、”あなたに限ってそんなことはありえない”という環境を全ての人間関係で作ってしまったら、生きるのが苦しい。私には、心の悪魔を話しても受け入れてもらえる心の居場所がある。

2012/5/11 課題


 私は、何度言われても、怒られたあと黙る、時が過ぎるのを待つことしかしない。行動できない。私が怒られる原因は手抜きでいいものだけをもらおうとしているときやずるさ、自分がやってしまったことを誤魔化すときなど。だから、実際の自分と見せる自分にギャップがある。実際の自分の部分を見られたとき固まってしまう。このギャップをなくすことが今の私の一番の課題。

2012/5/10 手


 手には生活、人生、時間、感情、意志、全てが出ると先生がおっしゃっていた。先生は私の爪を見ただけで健康状態も生活も見てくださる。爪だけでも分かる、手の動きだけでも性格や心理状態が分かるという。先生が見る視点、観察、分析、感じ取ること、全てを見たい。

2012/5/9 受け入れる


 小さくきって、大事にとってあった先生直筆のメモがある。そこには、こう書かれている。
 自分の人生を大切にする。→自分を愛する人。どんなことが起きても受け入れる。
 自分の今を大切にする。 →損得の人。起きている出来ごとの前後、状況を見ないで損得で判断する。
 そのときは、この言葉の意味がよく分からなかった。ただ、自分は損得にすごく当てはまるなと思ってとっておいた。自分を愛する人は、自分が好きなものを手に入れたいという夢がある。そのためには、起きたことに対して、緻密な準備と対処をしなければいけない。それは受け入れるということだったんだと知った。私は受け入れるというのは、じーっと我慢することだと思っていた。

2012/5/8 すみませんの代わり


 「すみません」はいらない。どうしたらよかったんだろうと考えること、その意識が次につながると先生がおっしゃった。私には以前、この部分がなかった。あーあ、やっちゃった。と思うか、とにかく知らないふりをしてしまうことが多かった。言葉だけじゃなく、次の対策を考えることが誠意だったと知った。

2012/5/7 自分をどう思うかを考える


 「あの人にどう思われるかを気にするのではなく、あの人は自分をどう思うかを考えなさい」と先生がおっしゃった。似ているようでまったく違うこの2つの意味。あの人にどう思われるかは、表面上、その場、その場の取り繕いでしかない。あの人は自分をどう思うかは、結局、あの人に対して自分がどれだけ誠実であるかを考える言葉。だから、大事なことなんだと学んだ。

2012/5/6 夏のはじめ


 先生がお料理を作ってくださったことがある。確かおととしの夏のはじめくらいだと思う。真ん中にごはんの上にドライカレーがあって、確かその上に卵。そのまわりにトマトの輪切りをさらに半分に切ったものがお花のように飾られていた。「召し上がれ」と出してくださったそのお料理。そのとき、小さな頃の自分に戻れたようなそんな気持ちになった。本当のことを言えば、戻ったのではなく、子どものときこうしてみたかったということを実現したのかもしれない。せみを取りに行って帰ってきたとき、お腹がすいて夢中で食べるようなそんな気持ち。これも忘れられない思い出。

2012/5/5 言葉は生きている


 言葉は生きていると先生がおっしゃった。言葉の中にその人が見えるという。
 どうしても、恩を売る人の言葉、先生より立場が上になってしまう話し方。表面上、きれいな言葉を使っていながら、行動が違うとき、見せる言葉と本来の使っている言葉が違う。言葉には相手がいるとも先生はいう。だから、時と場合、相手によって使い分けなければいけないことを学んだ。最後に、よく私も間違えてしまう言葉の例、「今日、休ませてください。」

2012/5/4 仕向けること


 自分はなぜ勉強するのか。理由は人それぞれ。だけれど、他者に目を向けたとき、本番でパニックになる。この1問出来なかったら、落ちると思ってしまう。人を見返すためならそれをまず、自覚することと先生がおっしゃっていた。それからもうひとつ、コミュニケーションは自分の今の位置を的確に伝えること。この部分が分からないということ。言わないで答えを引き出すことは絶対にしてはいけないと学んだ。私もやってしまうこの仕向けること。損得の生き方、目先の生き方のとき、必ずやってしまう一番自分の悪い部分。

2012/5/3 何かと何かを結びつけたとき


 何かと何かを結びつけたとき新しいものが生まれると先生はおっしゃった。私はコンピューターの分野、妹は生命工学の分野だけれど、大原先生がそれを結びつけて今、新しいものを作ろうとしている。それがすごく面白い。先生のお話を聞いていると勉強も全て遊びになる。

2012/5/2 無難


 「人生に無難なんてない。」先生がおっしゃってた。私が無難に行こうと思うのは、何のリスクもなくあわよくばおいしいものをもらおうというとき。無難に通り過ぎたとしても何か心が少し曇る。学んだこともない。先生の言葉の本質はまだ理解できていないけれど、感覚的には自分にすごく当てはまる。

2012/5/1 人間であること


 人間であること。動物との境界線。ヒトではなく人間。それは心がある。心は生活の中で作られる。現実を見て話したときに、心が楽になる。そんな話を先生がしてくださった。心がおかしくなるのは現実を生きていないとき。私のように、いくらでも寝ていられる、人間らしい生活をするのがきつい場合、現実を生きるにはどうすればいいか先生に聞いた。すると、先生が時間を決めることを教えてくれた。自覚せず、過ごしているから楽しむこともできない、それでいて、前にも進まない。何時から、何時までは自分のしたいことをする時間、何時から何時までは寝る時間と意識して行動する。すると、その時間が楽しみだから準備する。その時間をくれる環境に感謝する。優しくなれる。エネルギーが出る。できなかったことも、やってみようと行動できるようになるとおっしゃっていた。私には画期的な楽しみの心を見つける知恵だった。

2012/4/30 意志を持つこと


 「意志を持つこと」と先生がよくおっしゃる。意志を持っている人と私のように意志がすぐ折れる人の違いはどこにあるのだろう。意志を持っている人は同時に感謝の心を持っていること。もうひとつは本当に好きなことがあること。

2012/4/29 問題の原因は自分


 私は、結果だけ、人が見てすごいと言われるものだけ自分のものにしてしまう。それになるまでは言葉だけ、形だけ努力して、教えてもらおうとする。でもとってしまうと、自分がやったかのように振るまう。その見せてる自分と本当の自分のギャップがばれてしまいそうになると、それ以上のびっくりするような行動に出て(家出など)逃げるか、人のせいにする。

2012/4/28 「始め」と「初め」


 「始め」と「初め」。初めの”ごめんなさい”と始めの”ごめんなさい”は違うと先生がおっしゃった。初めのごめんなさいは、コミュニケーションのひとつとしていう。この言葉に感情はない。だから抵抗なく言える。でも始めのごめんなさいは行動と一貫してなければいけない。女辺に台所と書くように、今後もずっと続いていく関係を意味する。そのときは、言葉だけではなく行動で示すこと。

2012/4/27 積み重ね


 「小さな小さなことを積み重ねていくこと。」と先生がおっしゃっていた。小さなことを積み重ねることが出来ない。積み重ねではなく、怖さを感じるときは、落ち着かせるために小さなことでもとにかく行動する。心が落ち着くとやらなくなるのが私だった。

2012/4/26 コンピューターと心


 大原先生がコンピューターだからこそ心とずっとおっしゃっていた。人間が作ったものは人間の心があるって。はじめてその意味が少しわかった。情報の中にその人と特定されるものがあり、多くの情報の選択の中にその人の心がある。ようやく、そこまで理解できた。

2012/4/25 上手く笑えない理由


 上手く笑えない、上手く話せないことが私にはあった。そのときは大抵自分の中にもう一人の自分がいた。表面で見せる中に偽りがありすぎると顔が引きつった。誰もが嫌いに思えた。今までと、行動はそこまで変わっていない。でも今は心が違う。それは表面と事実がほとんど同じだから。先生は私に私が私で入れる空気を必ず作ってくださった。だから、自然とありのままで生きられた。

2012/4/24 私のはかり


 今までの起こしてきた問題の原因の多くは選択的コミュニケーションだった。選択的コミュニケーションが続くこと、気づいたときに取り返しのつかないことをしてしまう。一度、行けなくなった約1ヶ月半を考えたら、もう、自分が守ろうとする変な執着は捨てられる。

2012/4/23 安らぎ


 先生が赤ちゃんを起こすとき、下くちびるをトントントンとやっていた。赤ちゃんと先生の顔が忘れらない。私が高校生くらいに見た光景。印象的で大好きな光景。

2012/4/22 言葉と行動


 「関係の上で言葉だけのごめんなさいを言ってはいけない。言葉だけはその人と次に会うことがないときだけ。そうでないなら、行動と言葉は一致しなければいけない」と先生がおっしゃった。なぜ、行動と言葉が一致しないのか。私の場合は、自分の中にもう一人の自分を作ってしまったとき、一致しない。ごめんなさいと言っているのは、もう一人の自分。だから行動が変わることはない。もう一人の自分がいるかぎり、相手との関わりは考えられない。自分自身がもうひとりの自分をコントロールするためには、関係ではなく、「たぶんこの方がいいだろう」で行動してしまう。自分にとって一番都合のいい行動。自分自身で生きている時は、自分が自分の心を知っているから、表面上のいい行動ではなく、関係の上での行動ができる。
 先生が、もうひとつ。「正義を盾に行動する時は怒りがある」ともおっしゃっていた。私はこの意味がすごく理解できる。正義を理由に、相手を徹底的に責めることができる。自分の心にたまっているものをぶつけることができる。これもひとつの表面上のいい行動。でも、よく考えてみると表面上のいい行動は当事者にとって嬉しいことじゃない。まず、第一にありがとうを示さなければいけない義務を背負う。真実は見えない部分にあるという大原先生の言葉。見える部分は真実じゃない。見える優しさをしたときの自分の心は私がよく知っている。

2012/4/21 自由


 言うことが事実、だから傷も負うけれど、まわりも笑ってしまうんだと先生がおっしゃっていた。自分が思ったことを思ったままに話せるのは、昔からそうだったわけじゃない。先生との関係の中で作られたんだと思う。先生との関係では、戦略なんて通用しない。とにかく必死だった。事実を言わなければ、自分が分からない。先生は事実の私を必ず受けとめてくださる。今、こうして事実を話せる場所がある私は本当の自由なのかもしれない。

2012/4/20 AとA'


 教えてもらうとき、学ぶとき、相手の人がAと言ったのなら、それがもし違ったとしても(言い訳があったとしても)全部Aだと認める。そこでAじゃなくてA'ですと言ってしまったら先はない。Aじゃないと言い訳したくなるその思考が全ての問題だと気づかなければいけない。そんな話を妹にした。すると、次の日先生にその話をしてくれたのか、先生が「あなたは、馬鹿じゃない、頭が良い」とおっしゃってくださった。私は損得を考えるのは大の得意だから身についたんだけれど、それでも、その部分を褒められて何だか嬉しかった。自分の生き方にもいいところがあった。

2012/4/19 明るさ


 私は、やるのも先頭、失敗するのも先頭、いいとこどりも先頭。体で覚えなければ分からない私は、いろんなことをして、直接教えてもらってきた。大原先生はあなたはずるさをしたらその分痛手も負っているとおっしゃる。私の明るい部分はこの経験から来ているのかもしれない。

2012/4/18 先生のお電話


 大原先生は、全てに意味があるとおっしゃる。私の世界観の中では、今まで、お電話をもらっても、内容しか頭に残らない。でも、見えない中に今日という日、時間、全てに意味があって、先生からのお電話が鳴ることがなんとなくわかる。だから、電話に関して心無い対応をしてはいけなかったんだと気づいた。

2012/4/17 怒るところ


 20年間の中で分かったこと。先生は事実やったことには怒らない。でも、それを分からない、とぼける、認めないところを怒る。それは守れないからなんだということ。もうひとつ怒ること、それは先生の心をためしたとき。

2012/4/16 やってはいけないことをやってはいけない理由


 泥棒したら、嘘をついたら、なぜいけないの?大体のいけない理由は納得できない。自分ばっかり我慢しているんだと思うと、人がみて自明なことが分からなくなる。自分の抱えているものが大きな問題に思えてしまって泥棒や嘘が小さなことに感じてしまう。だから、それが発覚したとき、なぜ、そんなことをするのと言われても、分からない。もっと言えば、その発言に対して根底から湧き上がってくる怒りしかない。そうなってくると、自分は何にも悪くない、本当にそう思える自分がいる。人を困らせることも同じ。どうして家に帰らなければいけないのか分からなくなったから、帰らない。人から見れば、困らせているという。確かにその部分もある。慌てている姿を見て、すっとするところだってある。でもそれは何の解決にもなってない。求めていることはそうじゃない。慌ててほしいわけじゃない。慌ててもらうことが家に帰る答えにはならない。大原先生は違う。先生は許さないといったけれど、必ず来ると言ったら来る。
 小さな子の手を持って「泥棒したら、泣く人がいるんだよ。」という先生に、昔(小学生の頃)の自分、ついこの間の自分を思い出した。だから、私の中に最後の悪いことは出来ない、人間としての何かが出来たのかもしれない。

2012/4/15 真実はどこにあるの


 目に見える部分は真実ではない。目に見えるものが真実であるとするなら、誰だってわかる。目に見えない部分に真実が必ずある。と大原先生がおっしゃっていた。大原先生がものすごくほめてくださったり、怒られたりする部分はいつもこの一歩奥に隠された部分の行動だった。だから、褒めてもらったときの見てくれている人がいるという感覚は自分の存在を認めてもらえる、そこに居場所があった。また、周りから見ると良い子に見えるその行動だからいっぱい言い訳をいうときもある。大原先生は背中だけで気づいてくださる。目線では百発百中。「どうして、先生は分かるんだろう?」と何度か聞いたことがある。すると決まって先生は「あなたたちが好きだから」と答えられる。

2012/4/14 おもてなし


 私が高校生のとき、大原先生に招待するときのおもてなしお料理を教えてもらったことがある。簡単で、見た目がきれいで、食べやすい、そんなお料理。テーブルクロスに、お庭にあったお花、それからグラスにはリボンを結んだ。思わずわっと嬉しくなるようなパーティーになった思い出。

2012/4/13 触れる


 私がコンピューターを身につけたのは、大原先生が任せてくださったホームページやコンピューターのトラブルに対して、とにかく手探りでやってみる、この連続だった。何もできなかった私が、今では、コンピューターを得意と言えるようになった。いつも、先生は常に触れていることが大事とおっしゃっていたけれど、私のコンピューターはその例かもしれない。とにかく、ずっとコンピューターと一緒に過ごした。数時間やっても問題が解決しないことはよくあった。この私がそれでも出来たのは、先生にわっと言ってもらいたい、それだけだった。あのときの先生を考えるとそれはもう、誰だって夢中になる。いつしか、それが、コンピューターを好きにさせてくれた。

2012/4/12 自己


 私が小学生の頃から、年下の子の算数を見る、その方法を大原先生に教えてもらってきた。全ての自信を失いそうになったときでも、立ち直ることができるのは、この算数があったからかもしれない。算数を見ることを通して、もっと算数が好きになったし、夢中になることを教えてもらった。また、問題の思考パターン、その子の思考パターン、導き方、テキストの作り方、何が重要かなど大原先生に全部習ってきた。算数のときだけ、コミュニケーションが出来る。もし、何かのテストで1番だとしても、(それはすごいことだし、出来たらそうなりたいのも事実だけれど)1番を維持するのは不安や焦りになる。でも、大原先生は私がこの私でよくて、それでいて自分を信じられるものを下さった。

2012/4/11 やったことは返ってくる


 やったこと(人としてやってはいけないことをうあったとき)は、必ず返ってくる。でも、普通は時間が経って、「え、こんなときに…」というときに返ってきてしまう。あなたは、こうしてすぐに返ってくる。それは、すごく幸せなこと、と先生がおっしゃっていた。確かに、そうなのかもしれない。私は、返ってこなければ、永遠に学ばない。表面上のことばかり考えてしまう。その性格がこれから先も作られていくとしたなら、今は、生きてるのかもしれない。今日も、心が折れそうになったとき、先生が、「今日を生きる」と言ってくださって、私もそれを自分に言い聞かせた。今日も、今日を生きた。

2012/4/10 今日を生きるの意味


 今日を生きるという意味は、「自分の考えはこうだけれど…」を言うということ。その人から見ればなんでもないことが、その人にとって、大きな大きなこと。実際にそれが受け入れられなかったとしても、事実に向き合っているかぎり、その重みを背負うことはない。言わずに相手に合わせていると、その場はよくても、あとで、「あなたのために」や「あなたが喜ぶから」と言われてしまったとき、どうしようもないものをひとつ背負ってしまう。大原先生にそのお話をしてもらった。私はその大きな大きな勇気を必要とする一言を大原先生との約束だからと思うと言える。言えたとき、自分が思っていた最悪にならないことに気づく。結局は、自分が作っているのかとおかしな気持ちになる。

2012/4/9 春の人気者


 桜を見ると大原先生が私が中学生の頃にしてくださった話を思い出す。桜は人に見られて、もっと見て、もっと見てと枝を伸ばしていく。その桜も、満開の花を咲かせるために、秋になると一番に葉を落として準備する。こんな内容のお話。春の人気者の見えない部分に、ドキッとするものがある。そんなとき、よく羨ましいって何だろうと思う。自分がまだ、何もしてないから、一瞬の脚光を浴びてる部分だけに目がいっているのかもしれない。

2012/4/8 プライドと見栄


 プライドと見栄の違い。自分のレベル以上の環境に入ってしまったとき、他の環境でも、それが当然のような顔をするのは見栄。どこかで、ありのままの自分、それでいて、それを受け入れてもらえるとき、強くなれる。いつも、私が間違えてしまうのは、一番、心の中では震えていても、「あんなの簡単よ」という顔をどこでもしてしまうこと。いつも、緊張状態。だから、できない時は、全てを投げ出すことしか思いつかない。でも、肝心なプライドは持ってない。プライドは、拒絶でも迎合でもない。自分が日本に生まれた誇り。そのプライドを持つためには、キーワードと音だと先生に教えてもらった。それが出来る強さをもつ。

2012/4/7 お守り


 私にはお守りがある。大原先生にもらったお守り。もらった日のこと、最初にそのお守りを見たときも鮮明に覚えている。私が2回目の家出をして、大原先生にお電話をしたとき、先生が何気なく「あれ、捨てちゃったの?」と聞いた。きっと、私のことだから「もう、こうなったら捨てる!」とか言うと思われたのかもしれない。でも、その言葉に何ともいえない優しさのような寂しさのようなでも温かさを感じた。捨てるわけないと思ったけれど上手く言えなかった。実際には、そのお守りを見ることが出来なかったので、封印していた。ただただ、言葉にならないくらいのパワーがあのお守りに入っている、この私にだってそれが分かった。

2012/4/6 社会で生きる


 実際に、これからは自分ひとりで考えなければいけないと思ったとき、はじめて今まで、空気のように過ごしていたことが、本当に特別で、最高級のものだったことに気づく。普通に歩いていた道さえも、考えられないくらい。そして今、大原先生が教えてくださった日々の小さなことが、少しずつ私の中で見えなかった「社会」とつながってきている、そんな気がする。大原先生の「子どもに一人で生きていける能力を身につけさせること」という意味が少しわかった。誰も、教えてくれない、どこにも書いていない、いつも現実ととなり合わせの先生の授業。

2012/4/5 捗る


 「捗る」。はかどるの言葉の意味は、一歩一歩、歩いていけば、必ずひとつひとつ、手に入ると大原先生がおっしゃっていた。1日、2問でも一ヶ月で60問、半年で360問。一歩一歩進んでいない時は、半年経っても0。私にはこの感覚がすごくよくわかる。もう一度、今日、やってみようと思った。

2012/4/4 人生、いかに無駄をするか


 『人生、いかに無駄をするか。』と大原先生がおっしゃっていた。今がある。過去はない。今があるのは、過去のあの一見見れば、無駄があるからなんだ。無駄をしなければわからないこと、無駄があるから気づくこと、学ぶことがあると教えてもらった。

2012/4/3 思考法


 医学も法律もコンピューターも経済学もバイオテクノロジーも思考は全部一緒だったと大原先生がおっしゃっていた。先生の思考法、自分だけの道具作りはいつも立体構造になっていた。それは人間関係にも置き換わる思考法だという。相手との交渉にリンクすると教えてくださった。

2012/4/2 嘘


 その場で嘘をついてしまったとき、いつも、どうしようと思いながら帰ってしまう私だった。でもこの間先生とある約束をしてから、また嘘をついてしまったけれど、その後、とっさに嘘ついたと言いにいった。すると先生は笑って、じゃあこれからどうしていくかを話してくださった。嘘は時間が経過したとき、偽りになる。偽りは相手に色んな憶測をさせてしまう。だから、嘘はその日のうちに言ったほうがいいことを体験と経験で学んだ。帰る前に言ったら、何でもないことだった。

2012/4/1 子どもは神様


 子どもは神様と先生は言った。子どもとの関わりの中で自信やエネルギーが生まれるともおっしゃっていた。でも自己蔑視が強いとき、子どもとは遊べない。自分を押しつぶしていると、ありのままの子どもに、どうコミュニケーションをとったらいいのか、分からなくなるときがある。険しい顔になってしまうときがある。子どもに好かれる人になりたい。本物の明るさを知りたい。

2012/3/31 逃げない


 私はどうしようと思うほど、ごまかしてしまうことがある。また、「これくらい」と約束を都合のいい解釈で破ってしまう。都合のいい解釈をしているから、本当のことは言わない。私に一番かけているところ。失敗や出来ないことをそのままいうこと。そのまま言ったら大原先生はきっと受け入れてくださるのに、対処も教えてくださるのに、どうしても衝動的に逃げてしまうことがあった。それはもう、やめる。

2012/3/30 夢計画


 私はない力をあるように見せて、いくつものことを通り抜けてきた。大原先生は私の見せる能力はすごいとおっしゃってくださる。でもそれはいつもその場限りの作戦でしかなかった。
 いつか、先生が”なりたい自分を演じていると、10年すぎた頃に本物になっている”と教えてくださった。だから、私はこれから10年、ひとつのことを演じる。大原先生が教えてくださること、イメージ作りや時間配分、全てがこれからはじまる私の夢計画の緻密な準備に思えた。そう思うと、わくわくしてきた。

2012/3/29 我慢の仕方


 大原先生が教えてくださる発想の転換は生きるのを楽にさせてくれる。例えば、ぐっと我慢しなければいけないとき、我慢しないとと思うだけじゃできないときがある。でも、先生は言った。「神様、お願い!何でもするから」と思うときがあるでしょう。そのときを想像して・・・。それとこの我慢どっちがいいか考える。やっぱりそれは、我慢のほうがいい。神様、お願いねと心の中に決めると、我慢だって我慢じゃなくなるから不思議だった。

2012/3/28 念じる


 念じるは今、心に誓うこと。10歩進むとしたら、15歩を目標にするのではなく、11歩。その1歩を念じることが先に繋がる。具体的な目標を考えたあと、なぜそうするのか、どうなりたいのかイメージをする。そして自分に2回言い聞かせる。これが先生が教えてくださった秘密の方法。1歩分、多く立てた目標を達成していくと、どんどん、面白く感じてくる。そうなったら、自分のものになっていく。

2012/3/27 縦割り


 大原先生の講習会には、小学生から大学院生までが同じ部屋の中でそれぞれ、もくもくと勉強している。同級生同士にはない、いい意味での緊張感や、その中でそれぞれが、自分の役割を探そうとする意識の高まりがある。また、教えるなかで教わること、教えてもらうことがたくさんある。私が小学生の頃も憧れのお兄さんに算数を教えてもらった。そこで夢が膨らんだ。自分のいる環境がとても、とても、恵まれていることを、改めて感じた。

2012/3/26 淡々と生きる


 いつか先生が淡々と生きる幸せの話をしてくださったことがある。その意味が私にはまったく理解ができなかった。淡々となんて何にも幸せに感じない、そう思った。でも、今になって少し理解できるのは、緻密な準備の積み重ね、そして、少しの変化にも気づく能力がなければ、淡々とは生きられないということ。人が見て、淡々とというのは、何もないように見えて一番つよいのかもしれないと思った。

2012/3/25 そこに生まれたこと、そこに自分の生かされる道がある


 昔の資料を整理していたら、先生のこんな言葉をメモしていた。
 『そこに生まれたこと、そこに自分の生かされる道がある。』
 先生のこの言葉が私は好きだった。つくられた、絵に描いたような人に見せる幸せなんてなくって、でも、そこにしかない幸せの道は必ずある、この言葉からそんなことを感じた。感謝を忘れちゃなぜいけないのか、それは自分が幸せになれないからなのかもしれない。生まれてきたかぎり、生かされる道を進みたい。自分にしか与えられることのない輝く道を見つけたい。

2012/3/24 3つの寿命


 寿命には3つある。命の寿命と身体の寿命と能力の寿命と大原先生がおっしゃっていた。目先の欲にとらわれてしまった時、この3つの寿命のうち、どれかひとつしか考えていないことに気づいた。心も体も健康であることがまず基準だった。健康になるためには、私の場合、まず、「後で」をなくすことかもしれない。「後で」が不安要素を作り、そして、生活のリズムをくずしてしまう。一週間くらい前に、大原先生と「後でじゃなくて今やる」と決めたばかりだったのに、自分ひとりだとやっぱり「後で」が多かった。

2012/3/23 人間の嫌なところが、本当は人間らしい生き方


「人間の嫌なところが、本当は人間らしい生き方」(大原とめ先生の言葉)
 見てくれのきれいなところではなく、醜いところ、嘘やずるさも素直に言えたとき、その力こそ、強い力であり、美しさだと大原先生はおっしゃっていました。逃げることは、(人間らしく)生きることをやめてしまうことだと学びました。人間として命をもらったなら、生きたい。逃げないためには、その自分も自分なんだと知ることだと先生はおっしゃいました。私は本当に嘘もつくし、ずるいこともたくさん考えてきたけれど、この言葉に救われたような気持ちになりました。
 最後に、大原先生は、”哲学”を持っているか、と言っていました。
 ”哲学”とは何ですか?年齢関係なく持てるものですか?と私が聞くと、「哲学とは生きるとは何ぞやということ」と答えて下さいました。
 この言葉がずっと残り、今日から考えて生きたいと思いました。


2012/3/22 文化


 小さな頃から聞いてきた”文化”。駅でパンを食べるとき、道を聞かれたとき、食べるとき、履いている靴、日常の中に、その人の文化が出ると先生は言う。いろんな世界を見てみたいから、自分がどう思われるかより、人はどこを見ているのかを知りたいと思った。

2012/3/21 楽しみの心


 楽しみの心はちょっとしたことで作られる。大原先生はその工夫を教えてくださる。その工夫によって、お金をかけずに、今日から、今すぐにでも、こんな生活してみたかったという生活を実現する。そんな楽しみの心は生活に活力をくれる。

2012/3/20 イメージ


 大原先生の味や、色、においは感覚で覚えている。町を歩いていても、これは大原先生の色(組み合わせ)だと思うときがあるし、すぐ、あのにおいだと思いだす。そういう思いだすことができることが、幸せなのかもしれない。それが、なんだか分からないつよさになる。

2012/3/19 喜んで


 私はよく、こんなに我慢しているのにと思ってた。でも先生がこんなことをおっしゃっていた。我慢も自分のためだと思ったら「喜んで!」。喜んでって言葉は気持ちも全部前向きになる。

2012/3/18 戦いに勝つ3つのこと


 緻密な準備と緻密な作戦と時間の中で作り上げる自信。戦いに勝つ3つのことを先生が教えてくださった。時間をかけた分析の大きさ、重要性を改めて感じた。

2012/3/17 目的地に着くには


 また、別の日にはこんなお話をしてくださったこともあった。嫌だな、行きたくないなと思ったときは、まずは最寄り駅まで行こうと思うこと。その次は、乗り換える駅まで行ってみようと決める。次は・・・。と決めているうちに気づいたら、目的地へ着いているというお話。嫌だと思ったときに乗り越えるのはこの方法が一番だった。

2012/3/16 草取り


 先生が草取りのお話をしてくださったことがあった。全体を見ると、まだこれだけかと思ってしまうけれど、目の前にあるものをひとつひとつ摘んでいくと、気づいたら全部終わっているという話。草取りは、無心になる。不安が消えていく。どうしようという憶測だけが大きくなってしまいそうなとき、小さなものの繰り返しをしていると、私は無心になれることを改めて知った。

2012/3/15 目を見ると・・・


 先生の目を見ると自分が小学生だった頃を急に思い出すときがある。緊張感、全てがあの小さなときの感覚になる。先生の目を見ると昔から変わらない自分しかいないのかもしれない。

2012/3/14 努力


 努力をしなければいけないと聞くと、私は耐えることや我慢に思えて、努力なんてしたくないと考えてしまう。先生は、努力はそうではなくて、夢をつかむための投資というようなことをおっしゃっていた。だから、楽しいものなんだともおっしゃっていた。夢は、ゆるぎのないもので、パラダイスのようなものだという。そんな最、最、最高のものを手に入れたいからその場のせつな的な楽しみではなく明日に繋がる努力をしたい。

2012/3/13 行為が嫌い


 よく先生はあなたは好きだけれどその行為が嫌いと言う。だから、この次はその行為をしない。

2012/3/12 自由を手に入れるための約束


 自由は基準があるから自由なんだと先生が教えてくださった。どこかで、そのしっかりとした基準を欲しかった。自分に甘い私は、自分では自分を止めることができない。だから、自分を守ることもできない。でも、約束したとしたら、自分ひとりじゃない気がして、心が安心した。

2012/3/11 お馬さんのお守り


 「そうよ、あれにはね、信念が入っているんだから。」私は、聞きたくない、聞きたくないとしきりに言った。先生の海のような、無条件のその優しさを聞いてしまったら、自分の認めたくない部分、ずるさを全部、見なければいけない気がした。

2012/3/10 運命


 運命の話を大原先生がしてくださった。そのときがきて、どっちになったとしても、それは運命。運命を決めるのも心なんだと思った。

2012/3/9 必ず


 「本当に困ったとき、必ず私のところに来るということだけは知っている」と先生は言った。
 先生の”必ず”は本当に必ず。この言葉が事実になって、そして真実(心を偽ることのない状態)だった。必ずと言ってもらえることがどれほどすごいことなのか。

2012/3/8 明るさの秘訣


 執着しないことが明るさの秘訣。明るいと、相手も楽しくなる。明るい人になりたいなら、納得して先に進むことなんだと先生に教えてもらったことがある。

2012/3/7 学ぶこと


 学ぶことは教えなければわからない。と先生は言っていた。教えることが一番学ぶことだった。

2012/3/6 能力は・・・


 「能力は、相手と時間をはかること」という先生の言葉。きっと相手と時間によって使う道具を考える。マニュアル通りにしか動けない自分は、相手も時間も見ないから、無理が出て、諦めてしまう。

2012/3/5 トラブルの乗り越え方


 トラブルはまず、トラブルの本質を考えることと先生は言う。例えば”悪口によるトラブル”は自分の不満をしゃべっている、(正論ではない)というのが本質。それが分かれば対処できる。
 また、トラブルの種が、これが「いいことだなと思ってやったこと」と「得することだなと思ってやたこと」では、乗り越え方が違うという。いいことだなと思ってやったことは、誤解だからすぐに解ける。得することだなと思ってやったことは、「得すると思ったこと」を捨てること。

2012/3/4 とけこんだつもりになること


 自分がそのものにとけこんだつもりになることが大事と先生に教えてもらったことがある。実際に、自分がこの仕事をするとしたらを考えて課題に取り組むのと、そうでないのでは、気づくところ、視点全てが違う。仕事を引き受けるとしたらと考えると、何でも吸収しやすくなる。

2012/3/3 歩くこと


 どんなに険しい道でも、どんなに高い山でも自分が歩くのをやめなければ着くと先生は言っていた。歩くことは、夢(長いスパン)も散歩のとき(短いスパン)も何か目的がある。私は自分を知りたいときが多い。目的なく歩いているときは、険しさも高さもない、ずーっと暗闇にいるような気がする。傷もなければ足跡もない、達成感もない。

2012/3/2 強さ


 大原先生は、強さは何だと教えてくださったのか。私が思っている強さは、スーパーマンのように何でも出来る人だと思っていた。そう思っている時は、現実に自分が向き合って生きていなかった。だから、私に強さなんて理解できるはずもなかった。記憶を紐解いていくと、強さは人に見せるものではなかった。先生が教えてくださった強さは、自分の意見をしっかり持っていながら、相手を突き放したり、冷たくすることもなかった。強さには緻密な準備があるのかもしれない。緻密な準備の第一段階は自分の心だったのかもしれない。自分の心が自分と一体化していなければ、感情で行動してしまう。感情に振り回されている人は決して強くない。

2012/3/1 表現


 小さな頃(小学生入学前)から、ちぎられた紙を見て、想像し、絵を描くというのを、先生のところでやっていた。ひとつの言葉からたくさんの例文を考えるというのもよくやっていた。目の前に積み重ねられたブロックの見取り図を描くこともやった。リンゴのデッサンもした。月と太陽などのテーマでディベートもしていた。表現する事を先生は教えてくださったのかもしれない。表現は一方通行なのではない。それぞれの人がそれぞれ感じとることの出来る。少し、表現の意味がわかった気がした。

2012/2/29 愛されたいと思う前に


 人間は答えを返すことが大事だと先生は教えてくださった。目で、言葉で答えること、愛は自ら表情に出したりや表現をすることだという。だから、人の話を聞くとき、目が生きているか、うなずくかどちらか。愛されたいと落ち込む前に、自分は返しているか、考えてみようと思った。

2012/2/28 思うようにいかないとき


 「すべてが思うようにいかなくなったときは、今まで思うようにいっていたということ。邪魔する人がいるから今がある。邪魔する人がいないと落ちてしまうと思うこと。」なんで、上手くいかないのかイライラして他人を責めたくなるとき、先生のこの言葉を思い出す。すると、自分が一度立ち止まることが出来る。立ち止まったときには、もう先に進めている、そんな気がする。

2012/2/27 立ち止まる原因


 目的は「田んぼに行きます」とか「果樹園に行きます」ではない、「果樹園で何をするのか」ということ。これも先生の言葉。目的を明確にできたら、進むことは出来る、そんな気がした。

2012/2/26 立ち止まる原因


 相手にどう思われるかではなく、自分がどうしたいか。相手がどういったかではなく、自分がどう反応したのか。私が立ち止まる悩みの原因はいつも相手が主語にある。自分を主語に考えると、立ち止まったまま時間だけが過ぎていくことはないのかもしれない。

2012/2/25 立派は誰に見せるの?


 「立派は誰に見せるのか。ご先祖様。」と先生はいう。生身の人間にいくら立派立派といっても相手は疎ましくなってしまうだと。きっと私は長い間立派に見せる相手を間違って生きてきたんだなあと思う。ご先祖様に立派であることを考えていると、そんなつもりじゃなかったということは、なくなる。

2012/2/24 前に一歩


 前に一歩出すときには、これはこれでよしとしようと思うこと。一歩前に出たとき人間は前に出る。人間はいいことでは前に出ない。怒りとか憎しみから前に進む。これは、半年くらい前の先生の言葉。否定していても、先に進むことは出来ない。見ないふりをしても、先に進むことは出来ない。そう思わない限り、もっと大きな憎しみになって、一歩も動かなくなってしまう気がする。

2012/2/23 本物


 「得した生き方をしているとき本物は手に入らない。」と以前先生がおっしゃっていた。本物って何だろう。考えて思い出すことといえば、本物になっていないときは、時間をかけてみると、行動に一貫性がなくなってしまうということ。気づく目を持っている人が行動しなかったとき、気づかなかった人よりも、その印象は消えない。行動に一貫性がないことが心配りと計算の違いだと、いくつもの苦い経験の中で教えてもらった。

2012/2/22 出発点・原点


 「必ず、出発点・原点を思い出すこと。」いつも先生がおっしゃっていた。何で、原点が分からなくなってしまうのか。欲なのかもしれない。好きなことじゃなかったからかもしれない。好きが原点だとしたら、諦めることはないのにと思った。

2012/2/21 逃げる


 昔、先生の言葉をメモした中に”逃げる人はそのときいい話を聞いている”とあった。本当にそのまんま自分にあてはまる。そのとき、そのとき、いいところだけをとっていたら、逃げることしか出来なくなる。

2012/2/20 人間関係


 家は新築に出来る。けんかは修復できる(お互いの感情を出しているから)。人間関係は修復できない。10年、20年の関係も0になる。上手くやろうという尻尾が見えたとき、関係は0になると先生はおっしゃっていた。なぜ、上手くやろうとしてしまうのか。自分が努力をしないから、もっといえば夢中になるものがないのかもしれない。なんで夢中になれないのか、人のせいばかりにして、現実を見ていないからだと思った。

2012/2/19 気づかないふり


 気づかないふりをしたとき、言われて一番きついことや、「不愉快な思いをさせてごめんなさい」ということは言わないときのお話を先生がしてくださったことがあった。どっちにもとれる行動は絶対にしてはいけないとお話の中で感覚的に身につけた。「悪人は悪人なりに・・・」という先生の言葉も覚えている。自分が向き合わないことが一番人間関係の中でやってはいけないことなのかもしれない。

2012/2/18 ひまわりのようになりなさい


 ひまわりのようになりなさい。怒ってくれる人は太陽だと思いなさい。だから怒られたときは目を見ること。下を向いたら拒否と同じ。「これから気をつけます」ということ。と、私が高校生のときに先生に教えてもらった。もっと前にも、怒ってもらえることは、あんたが好きだと言われていることと同じともおっしゃっていた。怒られているときが一番、幸せなときなんだと思う。

2012/2/17 自分の意見


 自分の意見を言える人は、㈰「なぜ」と考える。㈪前後を見ている。と先生に教えてもらったことがある。なぜと考えることまでは興味であったとしても、前後をみないから、意見ではなく好き、嫌いといった感情になってしまう。

2012/2/16 TPOの言葉


 TPOの言葉が出ないときは家で乱雑。そのときは、ここ一番を逃す。だから、家で使う言葉は丁寧でなければいけないと先生に教えてもらったことがある。先生の教えはいつも納得できた。

2012/2/15 お教室のあかり


 先生のお教室はいつもあかりがきれいだった。私が小学生の頃の教室もそれよりもっと小さな頃の教室も思い出すとあったかいあかりを思い浮かべる。きっとあかりだけじゃなくって絨毯やチロリアンテープや金色の額があったからだと思うけれど。

2012/2/14 料理と予定


 料理は描くという。だから必ずキャンパスは必要と先生に習ったことがある。キャンパスが「夫」なのか「子ども」なのか「私」なのか、これが優先順位だという。キャンパスを夫と決めたなら㈰夫の好きな食材、㈪夫の体(病気)、㈫工夫した料理を考える。優先順位が2・3ヶ月の基準となり予定がたつ。優先順位と予定表がしっかりしていれば必ず目標を達成できる、と先生はおっしゃっていた。優先順位を決める時は、目的を明確にすることなのかもしれない。

2012/2/13 発想の転換


 「問題があった」ではなく「発見があった」と思うこと。いつも、先生は発想の転換を教えてくださった。ものは考え方によって、いいことにも悪いことにもなる。先生は、私が悪いことと思ったことを、かえってよかったことに思うようにいつも導いてくださった。

2012/2/12 今日何かひとつ気づくこと


 気づくことが大事と先生はおっしゃっていた。現実を見ようとしないとき、気づくことをしない。それでいて、何で上手くいかないの?という不安や不満ばかり大きくなる。私が大学1年生の頃は、先生がおっしゃった『今日何かひとつ気づくこと』という言葉を意識するようにしていた。それを考えるだけで、前に、次の日に進める気がした。

2012/2/11 プラスの苦しみ、マイナスの苦しみ


 昔、先生が苦しさは皆が悪いと思えば憎しみに、自分の夢があると思えばプラスの苦しみになるとおっしゃっていた。私はいつもマイナスだった。だから、人を責めたくなるし、感情に全て流される。

2012/2/10 お月様の力


 月に1度の満月の日、お椀の水に満月を移してそのお水を飲む。お月様の”月”と”ツキ”。これも先生が教えてくださった自然から力をもらうおまじないのひとつ。

2012/2/9 夕日のエネルギーを背中にうけて


 「夕日のエネルギーを背中にうけて」
 私は、自分にエネルギーがあるときは、夕日にまっすぐに向き合って目を閉じ、お願い事をする。エネルギーがないとき、いつの日か先生がおっしゃっていた、この言葉を実践する。何にも出来ないとき、涙も出ないとき、背中を夕日の方に向けるだけで、明日につなげるエネルギーをもらえる。秘密のおまじないだった。

2012/2/8 路線図


 先生はよく、私が問題に躓いたとき、電車の路線に例えてお話してくださった。解き方を教えてもらうのは、道順を教えてもらっているだけ。全体の地図がわかっていなければパニックになる。そのときには、まず、いつも、間違う電車の色を整理する。整理してその共通をみつけること。

2012/2/7 努力


 努力はいいことも悪いことも裏切らないと先生はいう。必ず、自分に返ってくる。

2012/2/6 一貫性


 よく先生は「一貫性」とおっしゃった。自分には、いつも一貫性がない。ひとつも、ほんの小さなことでも努力をしようとしないから、一貫性がないのかもしれない。その場さえおさまるならば、あわよくば上手くいくならを考えているから、一貫性がない。

2012/2/5 目


 目にその人のすべてが出てしまう。目は心をうつすと先生は言う。

2012/2/4 生きる


 天国に行くとき、持っていけるものは何か。やっぱりそれは、思い出だったり研究したことや学んだことだったり・・・。大原先生が、それを知っていれば生きるのが強い!と言っていた。

2012/2/3 行事


 行事の準備をしながら、行事を意識することで欝にならないと先生に教えてもらったことがある。
 日本の行事は心をコントロールするためにあるんだと学んだ。
 先生と一緒にやった豆まきも忘れられない思い出。

2012/2/2 事実


 あるとき、先生が教えてくださった言葉。
 事実を言うことは愚かな事ではありません。相手とのコミュニケーションです。

2012/2/1 。


 これだけはどんなことがあっても続けるといったこの思いで日記を続けなかった。やっていない自分を知っていたけれど、心に引っ掛る程度に考えた。大原先生に言われたとき、それを妹に話したときの妹の顔を見て、はじめてやってしまったんだと気づく自分だった。

2012/1/30 逃げる


 逃げてはいけない。やってしまったとき、その後の行動で真実が見える。分かっているけれど、自分に出来ない。

2012/1/29 襟と袖


 中学の頃から、いつもだらしない私に大原先生が教えてくださったこと。それは、襟と袖をきれいにすること。洗濯もアイロンも大嫌いだったけれど、襟と袖だけはきれいにしようと、ブラシで磨いたことがあった。襟と袖口をきれいにすると、なぜかシャツ全体も、きれいに見える。続けることは出来なかったけど、大事な日の前にふと思い出す。

2012/1/28 自明性


 自分が意地悪してしまったら、息子に何か来てしまうかもしれないからしない。息子に来るなら自分に来て欲しいと先生は言う。先生は言うと書くと、あの雰囲気を伝えることは出来ていないと思う。先生の少し笑った後の遠くを見るような眼。心が分からない私でさえ、いつも人を見返そうと思っている私でさえ、そういうものかもしれないと思ってしまう。
 この人と頭に浮かぶ人がいれば、自明性は失わないのかもしれないと思った。やってはいけないと言われると、何でか分からないと反発してしまう。常識と言うのも私には答えにならない。でも、私がこれをやってしまったら、この人はプライドも全て捨てて、教えようとしてくれるだろうなあ、と思うと、そこまでしなくてもいいと私には分かる。この人が本当に悲しむことが分かれば、自分を大事にする。自分のために、自分は大事に出来ないから。

2012/1/27 心の満足


 小さな子が言った。「明日ね、お友達がお家に来るの!それがすっごい楽しみなの!」すると、大原先生が「ディズニーランドに行くのと、お友達とお話しするのどっちが楽しい?」と聞いた。「お友達!」と答えた。「じゃあ、テレビや漫画、アニメとお友達は?」「お友達かなあ」
 その日、今日が基準になると先生が教えてくださった。つまり、出来ない時は、何かがあったということ。心が満たされているとき、本来の力が発揮できることを知った。先生は、こうして私の知らないうちに情報を集めているから、ひと目見ただけで、背中を見ただけで、私の心の変化がわかってしまうのかなあと思った。

2012/1/26 見えない時間


 相手の人を思うことが誠実であることをはじめて感覚で知った。どんなに、相手の人を言葉で好きといっても、事実の中に答えは出てしまう。私は、見えない時間の中に、相手の人の心を考えられるようになる。見せることを考えてきた私にとって、見えない時間を考えることは一番欠けている部分だと思った。

2012/1/25 ほんもの


 大原先生が小さな子とお話しているのを聞いた。その子が「ほんもの」と言った言葉に対して、先生がこんなお話をされた。「本物とわかるのは、本物を知っているからよね。一度も本物を見たことがなかったら、これが本物よと言われてもわからない!」
 何でもない、会話だった。でも、聞き入ってしまった。

2012/1/24 やったことは、必ずかえってくる


 やったことは、必ずかえってくる。上手く表面上だけを、ごまかして、適当になめてしまったり、威張っていると、全てをだませたとしても、必ず自分で自分の首をしめてしまう。私の心境を大原先生がこう、置き換えてくださった。

 * * * * *

栗があります。
サツマイモがあります。
小麦粉があります。
「この栗はね・・・」と相手の人が話している時は、あたかも家に、すり鉢があるようなふりをして聞きます。
「このサツマイモはね・・・」と相手の人が話しているときには、あたかも蒸し器を使ったことがあるようなふりをして聞きます。
「小麦粉がね・・・」と相手の人が話しているときも、同じように生地を作ったことがあるようなふりをして聞きます。
このときは、知っている自分は立派、みんなよりもすごいと、自分でも思い込んでしまいます。
そうして、その栗をいざもらってしまったとき、栗はいらないものになっています。
(栗をどのように調理したらいいのか分からないし、今さら聞くこともできない、違うものが欲しいということも出来ない)
だから、感謝をすることも出来ません。
また、表面上だけの「ありがとうございます」を、”もしも次何かあったら”のために言ってしまいます。
そして、別の人が、あんぱんをもらっていたとしたら、その人に対して腹が立ちます。
こうして、最初に自分が、分かったふりをして、全てを手に入れようと思ったがために、何一つ手に入らなくなってしまいます。

 * * * * *

 私が、「何でもいいところだけを全部欲しくなっちゃう。得な話は全てもらおうとしていたら、何にもなくなった。」と言った事に対して、大原先生は、それは、本当に、欲しいものがないから。とおっしゃった。私は、欲しいものが分からない。それは、どこかで、欲しいものは手に入らないような気がしているのかもしれないと思った。

2012/1/23 「ありがとう」を言うときに


 「ありがとう」を言うときには、これだけのものをありがとうと頭に思い浮かべること。だから、ありがとうに重みがある。人間関係で、不快に思うのは、そのありがとうの重みにずれがあるからだと学んだ。大原先生は、贈り物でその人の文化、全てが見えるとおっしゃる。
 何でも、ありがとうは、もっともっとちょうだいと言っているのと同じと先生は言う。おかげ様でという言葉は、自分の器を知っているからこそ、言える言葉。だから、失敗しないともおっしゃっていた。

2012/1/22 大原先生のはなまる


 大原先生は、太いマジックで“はなまる”してくれるときと、同じ、全部出来てもしてくれないときがあった。あの、先生の走るはなまるが大好きだった。それから、10年くらい経った今、はなまるの意味を聞いてみた。すると、先生が「全部出来ても、人と競争していたからよ。」とおっしゃった。はなまるは、その心にもはなまるだったんだと思った。確かに、そんなとき、「全部出来たから、はなまるちょうだい!」と言える自分ではなかった。

2012/1/21 相手がわかれば、好きになる。


 「相手がわかれば、好きになる。その部分を、認めてくれたら、何にもなかった人よりも、もっと大好きになる。」
 自分自体を偽って、相手も偽っていると、とんでもないことをしてしまうことがある。つい、この間、そのとんでもないことをしてしまった。その自分を認めることが出来なくって、パニックを起こすことで、まわりを動揺させてしまって、逃げることしか出来なかった。逃げている最中は、そう思い込んでやっていけたけれど、どうにも逃げられなくなったとき、先生に電話した。あの公衆電話は忘れられない。すると、先生が、こんなことをおっしゃった。あなたから、電話が来ると思っていました。今から言うことを、一字一句書きなさい。そして、そのコピーを持ってきなさい。そうしたら、許します。
先生が話し始めたことは、目をつぶりたくなるほど、耳を塞ぎたくなるほどの、認めたら、おしまいのような自分だった。でも、聞いてしまうと不思議なことに、全部の重みから開放されたようなそんな気持ちになった。もうやめるしかない!とまで意地を張っていた自分が、コピーを持っていくときには、本当にもう何にもなかった。先生も何にもなかった。むしろ、気持ちがよかった。はじめて自由になれた気がした。出来ないことは、私はこれなら出来るけれど、これは出来ないと言おうと、本当に思った。

2012/1/20 “丁寧に書きなさい”というときに、どう書くの?


 「丁寧」「正確」「精緻」「模写」 は全部違う。みんなは“丁寧に書きなさい”というときに、どう書くの?と先生が言われた。
 考えても、文字をゆっくり確認しながら書くことくらいしか思いつかない。大原先生は、こう教えてくださった。丁寧のテイはお豆腐の一丁、二丁の単位よね。一丁分の大豆の養分をとろうとしても、食べれないけれど、絞ってそのエキスだけを固めることで私たちは食べれるでしょう。
 つまり、丁寧は、ある範囲の中の一番大事なところを抜粋してまとめること。全部描くことは、模写や写し書き。丁寧に書けないなあと思った時は、どれが大事かわかっていないから、ポイントを教えてくださいということ。
 丁寧の意味がはっきりと理解できた。

2012/1/19 自由


 昨日は、本当の自分の姿を見せないように必死になった。
 意地を張った。本当にやるだけやってしまった。
 そんな私を大原先生が全部受けとめてくださった。

 ほっとした。

2012/1/17 お願いの後


 お願いをしたときは、お願いを叶えてもらった後が大事。頼んだときと同じように自分に出来る全てをやることを大原先生が教えてくださった。私は、頼むまでは、自分が不安だから、先生に教えてもらったように、実践するために、時間から、全てを考える。でも、もらってしまったら、ぴたりと変わってしまう。それが私。同じ行動をする発想さえも頭に浮かばなかった。そこで、真実が見えると先生はいう。

2012/1/16 夢のような夢


 大原先生は私に続けることを、徹底的に身に付けさせてくださった。朝でも、夜中でも、教えてくださった。その度に、ごまかそうとしては、失敗したり、言葉を失ったり、人はそこを見ることを学んだりした。
 先生が、「もうこの電話もすることも二度とない。」とおっしゃった日もあった。そのときが忘れられない。夜中の2時頃だったと思う。先生の中に、納得できないものがあると言われた。今、思えば、それは本当に別れになってしまうかの瀬戸際だったのかもしれない。でも、そのお電話の開口一番も、私はとっさに嘘をついた。その嘘に対して、先生がおっしゃったのは、「その声は何なの?」と言われた。3回言われたときに、本当のことを言った。声で分かる先生の中に、昔からの何かを感じたような気がした。その後は、もうほとんど覚えていない。けれど、こうして、先生が私に続けることを教えてくださった。
 今、その私に、大原先生が、あなたはよく4年間続けたとおっしゃって、私には到底ありえない、すごすぎて、信じられないような夢をくださった。(今の)私は、自分をよく知ってる。だから、こそ。
 もし、こんな夢の世界に行けたとしたら、相当なものをもっている人だと私だったら思う。でも、私には本当に、何にも、何にもない。私は、心が全く分からなかったから、(今も分からないときが多い)信じるというとそんな頭で理解できるものでもない。ただ、その私に唯一負けないものがあるとしたら、大原先生の言葉や感覚にいつも、触れられていたこと。
 本来の私の根底は、人を見返すことしかない。だから、その自分になってしまうと、世界には自分と虚像の相手しかいなくなってしまう。その感覚で行動したとき、必ず大きなものを背負ってしまう。何にもない私が100以上の力を発揮できるのは、自分の唯一負けないものをはっきりと思い出したとき。目をつぶって、右手を握り締めると、私の中に大原先生がいるような気がして、何倍もの力になる。

2012/1/15 非情の原因


 ありのままに、自分の気持ちを言ったとしたら、”非情”にはならなかったのかもしれない。理解していないままにきてしまった自分には、すごすぎて、どうしていいのか分からないと、もっと早く言っていれば、違ったのかもしれない。
 大原先生が、「事実を話すことは、愚かな事ではなくって、相手とのコミュニケーションの基礎。相手が、大好きだから、自分が今まだ30の位置、40の位置ですと言うこと。それが尊敬していることにもなる。」と教えてくださった。

2012/1/14 夢への階段


1.与えてもらったものの中で、何かひとつ、必ず毎日続けること
2.自分の小さな小さな世界観を一度捨てること
3.必ず、実行してみること。(このとき、中途半端は何にもならない。)
 私には、この3つが出来なかった。偽って、ごまかして、自惚れて、欲に走ってを繰り返してきた。その度に、その自分の心が原因で起きたトラブルの対処法を先生が教えてくださった。ひとつ終わっては、ひとつ。この繰り返し。でも、まさか、これが、夢への階段を上がっていることだったとは全く知らなかった。
 大原先生は私に夢をくださった。今まで、先生が教えてくださったことが全部、不思議なほどその夢に繋がってくる。不思議に感じるのは、何も知らない私だけであって、大原先生に聞くと全て、答えてくださった。
(上手く、表現できていないかもしれないけれど、とにかく震えそうなこの気持ちのときに、出来るだけ、文章に残しておきたくって書きました。)

2012/1/13 一番のお願いの中の真実


 自分が、一番のお願いしたとき、相手の人とった行動が、今までの自分の生き方ということを学んだ。どんなことがあっても、日々、心のない行動をとってはいけない。自分の中では、あれはあれ、これはこれと、なかったことにするけれど、自分がそうされたときは、覚えているように、相手の人は全部、見ている。言わないだけで、ここ一番のときに、必ず、その生き方の様にかえってくる。ただ、それも、そういうものだろう、と自分に都合のいい解釈をして、その生き方のまま、どんどん年齢だけが年を重ねていく。気づいたときには、まったく世界が違ってしまう。大原先生は、気づいたときすぐに、素直に言うことを教えてくださった。

2012/1/12 今しか出来ない、今の私に出来るすべて。


 少しでも、楽しようとか、あわよくばこのままいいところだけとってしまおうという考えを私は常に持っている。今日、それを自覚した。この部分を”そうではないと思いたい”と言い訳するから、先生のお話が理解できなくなってしまう。
 今、自分を振り返ってみると、自分の適当にへらへら笑う部分は、笑うことでいい人を演じながら、全部いいところだけを下さいという自分の嫌な部分だった。目標だって、口だけ、最初だけになってしまうのは、自分は努力せずに、手に入れてしまおうと思っているから。
 そんな私の性格を見て、先生が、「あなたが石ころと思ってやらないことが、ダイヤモンドの価値があると言ったら、やるでしょう。つまり、あなたはその価値がどれだけのものか気づいていない。」とおっしゃった。ダイヤモンドは、今、やらなければ、ダイヤモンドではなくなってしまうものだと先生は言う。私には、この意味が今もはっきりと理解できていない。ただ、ダイヤモンドだと気づいたら、誰よりも真っ先に、人目も気にせず、飛びつく私は知っている。それほど、都合よく、その場その場をごまかして、逃げて、どうにかここまでその、いいとこだけをもらってしまう性格で、きたのだと思う。その自分と自分が現実に向かうために。そして、先生がおっしゃる今(大学4年の最後の授業)はもう、ないのだから、自分が今、出来るすべてのことをやろうと決めた。

2012/1/11 朝1番の電車


 誠実は、自分の心が知っている。だから顔に、一瞬の行動に出てしまう。大原先生は、大学4年間でその部分を私に教えてくださった。
 今、この日記を書いている3時間前までは、自分の中にやっぱりどこかいい訳があった。そんな私の心を手にとって見ているかのように、大原先生がお電話をくださった。そして、何が一番大事なのかを教えてくださった。自分の中の言い訳を全部捨てようと決めた。一瞬のかげりもないように。明日、朝1番の電車で、まっすぐ研究室に向かおうと心に決めた。

2012/1/10 無限の可能性を秘めた地図


 大原先生が私に何かを教えてくださるとき、紙にメモをしてくださる。卒論のまとめを書くとき、その紙を一枚、一枚見返してみた。いつも、理解力がなくて、分からなかったけれど、大事にとっていたメモ。1年かかってやっと理解できた。すると、そこに全ての答えがあったことにはじめて気づいた。
 メモには、情報分析方法、どんな本にも載っていない法則、無形から有形を作り出す方法、先を見通す方法、全てがあった。先生のメモは、それは、どんな宝石にもかえられない、何かを生み出すとき全てに通じる思考法だった。いつか、先生が企業は生み出すところだとおっしゃっていたことを思い出した。私は先生のこのメモを自分が迷ったときの地図だと思って、完全に脳が記憶するまで、離さないでいようと決めた。なぜなら、地図が頭に入ったとき、私も鉛筆一本で世界に行けるようになれる、そんな気がしたから。

2012/1/9 愛される人になる掟


 「一番、幸せなことはその人のまわりに、その人のちょっとした変化を気づける人がいること」と大原先生がおっしゃっていた。自分では自分のことが分からない。その人がいなければ、嫌われるしぐさ、言動、全部気づかずに、30歳、40歳、50歳・・・となっていく。その間にいろんな人をそれも、気づかないうちに失ってしまう。
 大原先生は、講習会のお食事のとき、好きな人に、好かれる飲み物の注ぎ方、配分するときの一言、嫌われるしぐさとその組み合わせ、相手のタイプによって違うこと、全部教えてくださった。それは誰も、教えてくれない、一番身につけたいこと。自分の世界観で、これは絶対にいいこと、好かれることと決めてしまうけれど、それが間違っていることを知った。それでは、愛されるために頑張っているのに、どんどん人が離れていってしまう。私はこの、大原先生が教えてくださる、愛される人になる掟を絶対に身につけたい。

2012/1/8 夢をつかむには・・・


 一人ひとりが意志を持って行動していたら、時計を見なくても決まった時間通り、はじめることが出来ると、大原先生が講習会を通して教えてくださった。この時間の計算が出来ることが、夢をつかむための大事なことと先生は言う。時間の計算と自分の身体を知ることが、受験でも全てまず基本とおっしゃる。
 そういえば、先生と約束事をするとき、先生は、1.怪我をしないこと、2.風邪を引かないこと、3.ありのままを言うこととおっしゃった。どんなときでも先生はまず健康をおっしゃる。私がお母さんになったら、私は絶対に欲でまわりが見えなくなってしまう人だから、いつも先生のこの約束を思い出そうと思う。今までにも、はじめての経験のとき、「大原先生だったら・・・」と考えて、その勇気で行動していつも、いつも助けられている。思い返してみたときに、心臓がドクドク聞こえるような「よかったあ」と思うことがたくさんある。

2012/1/7 もったいないの意味


 その人の愛を捨てることは出来ないというのが”もったいない”。何でも動物のように食べることは”もったいない”じゃないと先生が教えてくださった。
 私は、自分にとって、得なものは、それが、余り物を集めたものであっても、とにかく食べたいから食べる。それは、生活の中でも同じだった。寝たいときに寝たい場所で寝てしまう。段々、人間の生活が出来なくなる。でも頭の中では、あの人たちより、私は立派と思っている。自分では、自覚していなくても不思議なほど、振り返ってみると、それも、行動に出てしまう。あの人より、少しでも行動しておこうと、全部基準が人だった。自分の意志を持った行動じゃないから、長い目で見ると全部行動に嘘があることを見抜かれてしまう。
 大原先生は、そんな私に食べ物は「その人のために」作るから、残したらもったいない。余り物をひとつのお皿に盛り付けたものの中に、心はない。(自分が盛り付けた場合、家族の場合、恋人の場合はいい)とおっしゃって、私が食べようとしたその特性のサラダを、「あなたを守るために捨てる」と捨てられた。
 その後に、先生は食材はあまりものでも5分で作れる、あなたに作るものを作ってくださった。それは、私が大好きな先生手作りの干し葡萄とわかめと人参の皮と白きくらげが盛り付けられた特性ドレッシングのサラダだった。本当に美味しかった。

2012/1/6 風


 大人をなめたときは、社会全体から簡単になめられる。成熟した大人というのは、相手を洞察する。どんな大人であっても、経験がある。それだけの人に会ってきている。特に、父親、学校の先生をなめたときには、その垢が大きな大きなものとなっていざというときにかえってくると大原先生がおっしゃっていた。
 いつも、大原先生は、最後に決めるのは人。それを絶対に忘れてはいけないと繰り返しおっしゃる。学校も会社も全部、結局は人が合否を決める。人と人との関係の中で生きているのに、ついそれを忘れて、自分の根底にある怒りを出してはいけない人に出してしまう。それが取り返しのつかない結果を招いてしまう。
 2012年の講習会の初日、大原先生がおっしゃった「風」という言葉がすごく心に残っている。誰しも怒りを持つことはあるけれど、それを自分の中でコントロールする人と出来ない人の違いは何だろう?「風のように生きる」って何だろう?2日で簡単に、顔も思考も生活も全てくずれる私には、その言葉にすごく興味があり疑問に思った。

2012/1/5 あなたは今、どんな守りをしていますか?


 守るにもいろいろある。ひとつには、愛されたいための守り。人は本来、愛されるために勉強すると大原先生は言う。ふたつめは、防衛の守り。三つ目に、口先だけの守り。いくつかの守りがあるけれど、あなたは今、どんな守りをしていますか?と大原先生がおっしゃった。
 私は、いつも防衛だった。決まった時間に言われたことをやっていればいいんだと思っていた。それでいながら、こんなにちゃんとやっているのに!という怒りを持つのが私の得意の戦法だった。でも、愛されたい守りは違うことを知った。大原先生は、人は意味のないことは言わないとよくおっしゃる。愛されたいのなら、相手を見ることが大事だった。

2012/1/4 大原先生の指導法


 私が小さな頃は、憧れのお兄さんに算数・数学を教えてもらった。(今思えば、だから算数が大好きになったのかもしれない。)今度は、私が大原先生に教えることを教えてもらっている。
 私は、教えるときに相手の子も私と同じ思考だと思って教えようとしてしまう。もっと言えば、それすらも頭になく、自分の方法でなぜ理解できないんだろうと思う。そのため、あまりにも相手の子とかみ合わなくなってきたので、大原先生に質問した。すると、大原先生はその子が解けないだろう問題を、抜粋して下さった。その抜粋された問題を見ると、私が簡単だと思える問題だった。反対に、私が難しいと思う問題は彼にとって簡単であることに気づいた。先生は、「今回のテスト簡単だったよね」という言葉に落ち込んで自分は出来ないと思ってしまうけれど、その人にとっての簡単は違うということをおっしゃっていた。
 そして、大原先生は「出来ない子は一人もいない」とも言っていた。大原先生に教えてもらうと、なぜか、最後には自分で問題がどんどん解けていく。問題自体は何にも教えてもらっていないのに。自分で気づいて、自分で意識するようになる。だから、自信がつく。私はそれで、中学生の頃、「時間はかかったとしても、自分に解けない問題はない」と思うほどまで自信を持っていた。今はそんな大原先生の指導法を身につけたい。

2012/1/3 軸を持つ方法


 私は、優先順位や手順を考えること、臨機応変の対応が苦手。自分が好きなことに夢中になってその後、何をすればいいのか、何をしていたのか、分からなくなることがある。その私に、先生が自分の軸を持つ方法を教えてくださった。毎日、第一に自分の核であるコンピューターの資料を準備する。第二に1日のスケジュールを考える。そして、第三に、今やること(課題など)をやる。
 自分で時間配分が出来るようになったら、もっと確実に夢に近づける気がする。今日から実践しようと決めた。

2012/1/2 時間が財産をつくる


 私が中学生の頃だったと思う。先生とこんなお話をしたことがある。1日15分続けるとする、1週間続けると、何時間になる?先生が言った。私は計算して1週間で1時間45分と答えた。すると、先生は1ヶ月では?1年、10年続けたらどうなるか?と聞かれた。1ヶ月で7時間、1年間で84時間、10年間では840時間(=35日間中、休まず続ける)だった。
 先生は、時間が財産をつくるとおっしゃるけれど、今はその意味がわかる。時間は、お金をたくさん払っても、どんなに頼んでも、買えない。その時間、憎しみや怒りを人に向けることで過ごしていたときは、いつもその場その場の感情で、時間が途切れていた。先生が「1日の中でこれだけは変わらない時間というのがありますか?」とも教えてくださったことがあるけれど、続けることが本当に一番の財産だった。あとから結果(目に見えるもの)がついてくる。その続けた時間の中にその人の色があって、その時間の中で心が作られていくんだなあと、今までの先生のお話が線で繋がったような気がした。

2012/1/1 最初の一歩


 新しい一年がはじまる今日、この”私と大原先生との思いで日記”を書こうと、目をつぶって昔から思い出そうとした。すると、最初に思い出すのは明治神宮に行ったときのことだった。あの天空から自分たちに差し込んでくるような太陽の光に大原先生と手を合わせてお祈りしたこと、あのとき感じことがなぜだかわからないけれど、いつも私に力をくれる。私の中の最初の一歩を踏み出せる。

2011/12/31 大理石


 今年も、たくさんのことを大原先生に教えていただいた。一年を通して、ひとつ自分の中に決めたことをあげるなら、相手に仕向けることをしないということ。
 それは11月の初めの頃だった。私は先生からある大事な役割をもらっていた。私は、自分にとって直接、得なことは真っ先に、行動するし、最大限考える。ところが、そうではないとき、相手のことはまったく考えない人だった。それで大きな失敗をしてしまった。問題は、その後だった。私は反省しているように、しおらしく、第三者の目を意識して行動した。先生だったらこうおっしゃるだろうなあということを予測して、質問すると、先生から返ってきた答えは、私の中で「まさか」の答えだった。先生は、私のその部分が嫌いなんだとおっしゃった。私は、結局、自分が質問したとおり、大理石の上に正座した。そこで、はじめて、自分の中で必死に、その状況をどうすれないいんだろうと考えた。先生は、その私を見て笑って「あなたは、短時間の間に一人の人の縮図を見せてくれた。人生では、これをやってしまって、気づいたときに、なぜこうなってしまったんだろうとなる。全部、事の発端は自分なのね」とおっしゃった。その後、自分で言って、自分で大理石の上に座っている私を全部許すともおっしゃっていた。
 正座をあまりしたことがないせいで、足が思うように動かなくなった私の後ろに先生も正座なさって「もう、相手はこう言うだろうとか仕向けることは絶対にしない。この大理石を思い出すでしょう。」と私に言った。

2011/12/30 夢は必ず叶う


 講習会の最終日、大原先生は「夢は必ず叶う」とおっしゃった。理由は明確には分からない。でも、私が感じるのは、きっと点数がいいとか悪いとか、そういうものじゃない。心が通じるか通じないか。  心が通じるには、まず自分がありのままでなければいけない。ありのままになると、余計なエネルギーを使わなくてすむから目の前にある課題に全力で取り組むことが出来る。先生もそのありのままの自分を導いて下さるから、気づいたときにベクトルが違うほうに向いていたということがない。
 そして、心が通じると、選択が出来るようになる。通じないとき、相手も自分も偽っている時は、時間を埋めることばかりで、あれもこれも欲張っているうちに、結局、何が大事なのか、何一つ手に入らない。今を生きるには、1.生活すること。2.ひとつのことに没頭すること。(3と4は忘れてしまった)とおっしゃっていたけれど、その今を生きるにも、心が通じている人がいなければ、生きられないんだと思った。

2011/12/29 全て環境


 今年最後の講習会の最終日だった。5日間を通して、ここずっと先生のおっしゃっていた「全て環境」という言葉が何となく分かる。朝9時から16時までのこの講習会で触れた感覚、それは、朝の緊張感から、先生の作ってくださるお食事、空気、特別な紅茶、窓の外に走る車の音しかしない静けさ、触れている全てのものが全て自分に力をくれる。この環境で過ごせたことが何にもかえられない宝物でもあり、これを忘れないように自分の軸を持って、新年を迎えたい。

2011/12/28 親子のコミュニケーション


 親子のコミュニケーションの基本は食事と体調だと先生がおっしゃっていた。講習会になると、体調をカードに書く。すると、普段気にしていなかったけれど、色々な問題が見つかる。講習会の3日目が過ぎた頃には、その問題(何となく、気だるかったり、鼻水が出るなど)が全部なくなる。気持ちの良い朝がはじまり、やる気がわいてくる。すると、何でも乗り越えられる気がするし、一気に集中できる。時間配分も考えるようになる。こうしたコミュニケーションが親子関係で大事なんだという。
 確かに、「学校で嫌なことがあったの?」と聞かれると「何にもない」と言ってしまうけれど、先生のように、「何を食べたい」と言ったことから、体調を見て、気づかないうちに身体を元気にしてくれたら、もっと頑張ろうと思うし、もっとお母さんが好きになる。先生は、小さなおにぎりで子どもの風邪の具合だってわかるし、さみしさを満足させてくれるおまじないも知っている。私もいつか、お母さんになったら、そんな先生のような、親子のコミュニケーションが出来るようになりたい

2011/12/27 立っている姿


 自分の立つ位置がどこか、どの向きに立つかによってその人の生活が見えるということを先生に教えてもらった。私は、私が立っている姿をあまり意識したことがない。自分しかいなくなってしまい、自分の世界に夢中になっている。でも、その一瞬で見る人は見てしまうことが知った。今日から、外に出たとき、待ち合わせのとき、信号待ちのとき、電話するときの全ての行動の基準をもらった。基準を持てば、できない行動はたくさんある。

2011/12/26 自分の弱点に対する準備


 何をするにも、行動には必ず準備が必要と先生がおっしゃっていた。準備というと私は、何か買ったり、まるで遠足の荷物を揃えることばかりを想像してしまうけれど、そうではなくて、ひとつひとつ、意識することも準備なんだと思った。来年1年間、どんなことをしたいか、朝、一番に意識して考えるだけで、1日が変わる。これもひとつの準備だった。自分を知っていてはじめて、緻密な準備ができる。それなのに、私は自分の性格(楽なほうにすぐ逃げる所)に対する準備をしていなかった。そこで、いつも達成不可能になってしまって、挫折してしまうんだ。これからは、目標の日までの心のコントロールを出きるよう準備する。

2011/12/25 お線香の煙


 講習会はお線香の煙を見ながら、5日間で達成すること、そのために今日やること、目的を考えることからはじまった。そういえば、私が小さな頃も、この煙を見るというのをやった記憶がある。煙を見ていると、不思議と心が落ち着く。お線香が灰になるとその灰を、手の甲に大事に擦り込んだ。それはまるで、”必ず達成する”というようなおまじないのように感じた。

2011/12/24 選択的コミュニケーション


 先生がこんなお話をしてくださった。

 * * * * *

茶わんを割ってしまった。
が、茶わんを私が割ったということはなかったことにする。
私は割っていない、むしろ、割れていないと思い込む。
まわりは、その行動をみて、この子は、茶わんが割れていても気にしない子と解釈し、割れた茶わんにご飯をよそう。
ある日、割れた茶わんで唇を切ってしまった。
痛いのを我慢している自分。
段々イライラしてくる。
なぜ、あの人は割れた茶わんにご飯をよそうのかと思う。
こうして、自分が原因ということに気づかない。

 * * * * *

 私にはこの例えがすごくよく分かる。割ってしまったときに、割ったと言えば、終わったことなのに、あるときから、すり替えて、そこから、ずーっと、ずっと感情だけを根に持ってしまう。私は、もうこの生き方を捨てる。

2011/12/23 特別な日


 クリスマスが近づくと私が中学生の頃の冬の講習会を思い出す。独特の先生の教室の明かり、なぜかすごくあったかく感じるあの明かりを思い浮かべる。その中で、先生が作ってくださったフルコースを食べたこと、しーんとした中で勉強したことが私の思い出のクリスマス。特別な日に、大原先生の講習会に参加できていること、その環境にいられることが一番嬉しい。そういえば、私の成人の日も講習会の補講だった。振袖でも、祝賀パーティーでもなく、大原先生の講習会が私の成人式。

2011/12/22 違うと変化


 違うと変化は一対になっていると先生がおっしゃっていた。私には、まだこの意味が理解できない。水は温度の違いによって氷や蒸気に変化する。共通点は、水。これを様々なことに置き換えて先生が教えてくださった。いつか、この意味が分かるようになりたい。

2011/12/21 行き詰ったとき


 思考がミクロ的になってしまうことがある。ミクロ的になっていることに自分では気づかない。ただ、感覚的に行き詰ってきていることは分かる。工夫が全くなくなり機械的にこなすような作業が多くなる。そんなとき、先生が幾何の問題を与えてくださった。中学生の問題だけれど、この図形の問題が難しい。どうしても三平方の定理や方程式などを考えようとしてしまって、算数の柔軟な発想がない。何分か経った頃、あきらめて初心に戻って作図から、やり直した。すると、昔の感覚と経験から学んだ勘がよみがえってきて問題を解くことが出来た。これからは、定期的に幾何の問題に取り組もうと思った。
 先生と何の会話をしたわけでもないのに、先生は私に的確な教材を下さる。私は、自分がそれを実際にやってみて、気づいたとき、はじめて今の自分が理解できる。

2011/12/20 自分がわからなかった私


 自分がわからなかった私に先生が教えてくださったことは続けることだった。どんなことがあってもこれだけはやるというものを繰り返し、繰り返し、身につくまで言ってくださった。挫折しそうになっては、先生が導いてくださった。もし、私に続けてるものがなかったとしたら、「これだけは」と思えるものがなかったら、今も自分の生活はないとはっきりわかる。

2011/12/19 スキル(技術)とアイテム(道具)


 スキル(技術)とアイテム(道具)は違うことを学んだ。私はいつも技術も道具といっていたけれど、まずは思考の技術を身につけて深く掘り下げたときに道具を使うと先生がおっしゃっていた。問題が解けないのも、本が頭に入らないのも、時間が足りないのも技術がないことを知った。よく、先生は直前の勉強方法、3日の勉強方法、1週間、1ヶ月、半年、1年など全て勉強方法は違うとおっしゃるけれど、それこそが技術なのかもしれない。また、その尺度は日数という時間だけではなく、学問の分野によっても様々なものがある。私も、いろんな技術を身につけたいと思った。

2011/12/18 「恥ずかしい」の意味


 言葉の中にその人の真実があると先生は言う。普段何気なく使っている「恥ずかしい」という言葉の奥には敵意がある。そのまんまの自分でいること、「私、そうなの」と言ったら相手がどう思うか分からないから「恥ずかしい」となると教えてくださった。誰にでも分かる簡単な言葉を説明するのは、難しい言葉よりももっと難しい。熟知していなければ分からないんだと思った。

2011/12/17 なぜ、生きるの?


 目に見えない苦しさ、自分が分からない心の問題が大きな大きな問題だった。私は、誰よりも苦しいと思うことでしか、生きる目的を見出せなかった。苦しさの世界には私しかいない。考えることといえば、「相手に自分がどう思われるか」だけであって、「相手がどう思うか」はなかった。その他者のいない世界の中で、自分の意志を持たない私に自分を大事にする必要はなかった。
 大原先生にも、心配してもらいたい、気を引きたいくらいの軽い考えだった。でも、先生は違った。大原先生は、私に生きる意味をくれた。それを感じたとき、思わず、「自分の身体は自分だけのものじゃないんだ」と言った記憶がある。それから、何をしたわけでもないけれど、はっきり変わったことがある。それは、自分の意志を持つようになったこと。相手を理解しようとするようになったこと。以前は、どの自分に対する言葉や行為なのかが分からないから、理解は出来なかった。そして、はじめて理想や形ではない夢が出来たこと。あの5日間がなければ、今も私はきっと、時間が過ぎるのを待つことしか出来なかったと思う。

2011/12/17 愛は関心を持つこと


 先生は「愛は関心を持つこと」という。誰も見てくれなければ、きれいな服を着る必要も、ご飯をお皿に入れる必要もない。食べれれば、着れればいいという考えになる。
 誰かが見てくれているという意識なしに、ひたすら頑張ろうだけでは人は頑張れない。関心を持ってくれる人がいるから生活に意識を持つことが出来る。だから、人間は一人では生きていけないんだとおっしゃっていた。
 先生は、私のちょっとした変化、顔が違うとおっしゃる。怒られたときも、「その目」と私の心を見る。この間、太ったときも、ぴったり何キロ太ったか先生はおっしゃった。小さな頃からそうだけど、その毎日の気づいてもらえることが幸せなことなんだと今まで気づかずに過ごしてきた。ただ、はっきりと分かることは、先生が「いける!」と言った時は絶対にいけるということ。どんな小さな心の揺れも見逃さない先生がおっしゃるんだから、間違いないと私は確信する。だから、何倍もの力を発揮できる。

2011/12/16 何がなんだか分からなくなった怒りの原因


 私は、いつも起きた時に、自分の意志で行動せずに、起きたことはなかったことにしていた。そうすると、感情だけが心に残る。時間が経つと、そのなかったことにしたことはすっかり忘れて、こんなに我慢している私を誰も理解してくれないと怒りになる。
 先生とお話させてもらって、はじめて自分のもう何がなんだか分からなくなった怒りの原因が自分ということが分かった。ひとつひとつ、自分の意志を言うと、怒りを向けていた相手の見方を全く間違っていたことに気づく。意志を言うとき、どきどきしたけれど、終わってみると何でもないことだった。先生はよく、心によってコップの水も大海原にもなるという話をしてくださったけれど、本当にそうだと思った。

2011/12/15 予定通りに終わらないとき


 「予定通りに終わらないときは2つある」と大原先生が教えてくださった。
1つは、手抜きのとき
もう1つは、深く掘り下げているとき
 このどちらかであるという。
 そのとき、判断基準となるのが楽しいか、楽しくないか。もし、楽しくって予定通りに終わらない時は、掘り下げた深い研究になっている。だから、徹底して仕上げることが大事だと学んだ。
 こうして、先生は自分の心を見る方法、判断方法を教えてくださる。

2011/12/14 一度渡った川は最後まで渡り切る


 私が中学のとき、苦しかったという話を先生にした。思い出すと涙だって出てきた。くやしさがこみ上げてくる。先生は、その話を聞いてくださった。私は、ありのままの自分、きっとほとんどの人が「えーっ」と思うことまで話した。最後に、先生がこうおっしゃった。
 神様が選択させてくれるとしたら、どっちにするか。
㈰過去の苦しみの部分を全部取り除いて、そのときのあなたの理想にする
㈪今
 私の答えは「今」だった。
 すると、先生が幸せの意味を教えてくださった。今が不幸だとしたら、絶対に今は選ばない。だから、きっと過去があって今があるなら過去はあってよかったんだと思った。今を選択できなかった時は、それでも過去には戻ることは出来ないんだから執着を切ることだと学んだ。”過去に執着するのは死んでいるのと同じ”と先生はおっしゃるけれど、はじめてその意味が分かった。

2011/12/13 一度渡った川は最後まで渡り切る


“一度渡った川は最後まで渡り切る”昔から先生がおっしゃっていたこと。
 渡り始めても、戻ればいいと思うけれど、戻ったときには、服はぬれているし、体も冷えている。(プラスマイナス0じゃない。)だったら、向こう岸を見ること。この言葉が頭から離れない。

2011/12/12 生活と心


 目に見えない部分に生活が出てしまうと先生がおっしゃっていた。私は、目に見える部分をきれいにしようと、人に見せることを頑張る。けれど、先生がおっしゃっていたポイントは、香りだったり中敷だったり、袖だったりと全部、一瞬、気づかないような部分だった。でも、自分を振り返ってみるとすごく納得できる。結局、憎しみや怒りがあると、生活が乱れてしまうから、全て心なんだと思った。心の中が、不満の(それももう、何に対してなのか、自分でも分からなくなった)とき、目に見えない部分なんて、考えようともしないし、頭にも浮かばない。

2011/12/11 私が私である時間


 自分を見失いそうになるときがある。自分にとって都合のいいことに何でも解釈しているとそうなるのかもしれない。素直や、ありのままになろうと思っても長い時間にわたる週間はなかなかとれない。そんなとき、無心になれるのが、小学校から中学にかけて大原先生のところで夢中でやっていた幾何の問題や展開図を作ることだった。今は、コンピューターで展開図も描いてしまっていたから気づかなかった。この間、その展開図を切っている瞬間、久しぶりにあの無心になれた瞬間だった。私が私である唯一の時間なのかもしれない。大原先生の理数クラス、幾何クラスはいつも私の原点だった。

2011/12/10 思考の道具


 卒論をまとめているとき、先生が新しい思考の道具を教えてくださった。
 「何かを形にする時はまず、全体を見る」ということ。
 私は、あとで書くものを集めて、それだけのリストを他の紙に書いていた。この方法をやっていると、何でそれを書こうと思ったのか、どこで必要なのかが分からなくなってしまう。先生は、全体を見るというのを、家を作ることや日本地図を書くことに例えてお話してくださった。
 家を作るとき、あとで、柱を一本足すなどと、別の紙に書いても、家は立たない。いつまで経っても全体が見えないから、まとめることが出来ない。形だけでも柱を入れておけば、家を作ることは出来る。後から補正する。卒論の場合においても、中は空白でもいいから、間に挟んでおくことが大事だった。
 全体が見えないと怖いのは時間配分も間違えるということ。いつも先が見えないから不安感があった。それは、日本地図を書くときに、九州だけがやたら大きく書いてしまっているかもしれないし、九州に七つの県があることすら分かっていないかもしれないと同じ状況。まずは知っているかぎりの情報を出して流れを作れば、あとであてはめていくことが出来る。
 置き換えて話してもらえるとすっかり私も理解が出来た。私は、いつも、気力との勝負になってきて、最終的には、もともと不可能なことだったんだからしょうがないと言い訳するけれど、必ず、約束どおりに仕上げる人は、こういう思考の道具を持っているということを知った。

2011/12/09 欲しいものは手に入る


 小さな頃は、あめがすごく大好きで、食べたくってしょうがなかった。だから、あめがすごく貴重なものに、ダイヤモンドのように思えていた。よく、隠れてこそこそ食べていた。隠れて食べると、あわててしまってあんまり味わうことが出来なかった。あるとき、「頑張ったご褒美に何が欲しい?」と先生に聞かれて、「あめがたくさん欲しい」と言った。すると、先生はあめの袋をダンボールにどんどん開けては入れて、そこから両手いっぱいのあめを下さった。そのとき、すっごく嬉しかった。でも、段々、あめはあめに思えてきた。
 その話を今、あれから10年経って先生に言うと、「欲しいものはいつでも手に入る」と思えることが子育てで大事なんだとおっしゃっていた。手に入ると思うと、そこまでやらなくてもいいかなあという気持ちになるから不思議。

2011/12/08 私の自惚れと先生の課題


 先生とのある約束があった。でも、その約束を守らなかった(確信犯ではなく、いろんな言い訳があった)。先生も何もおっしゃらなかったこともあって、自分の中ではもう、忘れかけていたところもあった。今思えば、この忘れられる感覚が全ての原因だった。
 それから、2日後、お教室に行くと、先生からの課題が私の机の上にあった。先生は、それを7時までとおっしゃった。私は、最初、「これが7時まで?」と思った。なぜなら、7時までには3時間以上あったし、小学生でも出来ることだと思った。とりあえずやりはじめたが、途中でこれは1時間もかからないから、後で先生に道具を借りてからやろうと決め、途中でやめてしまった。残り、1時間半くらいのときに道具を借りやってみると、その単純に思える作業が出来ない自分がいた。結局、7時に間に合わなかった。恥ずかしかった。7時を過ぎて先生に持っていくと、先生はこんなことをおっしゃった。
 「思考は全部通じているのです。作業したときの感覚、そして、今の気持ちを忘れなければ、もう次は同じようにはしないでしょう。」
 こうして自分の思考が目に見えてしまうと、何も言えなかった。ただ、あまりにも目に見えてしまったので、気持ちはすっきりした。自分の一番気をつけなければいけないことをひとつまた、学んだ。私は自惚れてしまうと、謙虚さがなくなって自分の失敗を失敗と見せないように行動してしまう。私じゃない、誰かのせいにしようとしてしまうところ。

2011/12/07 夢


 私には夢がある。それは、通過点であるけれど、生まれてはじめて理想だけじゃなく、本当に挑戦してみたいと思った夢。現実から逃げてばかりいると、自分自体も見失って、夢はいつも理想だったり、こうあるべき姿でしかなかった。だから、エネルギーもないし、すぐに手に入れたいとばかり思っていた。でも、今は違う。感情で行動する前に少し考えるようになった。そうなると、全部が、夢のための準備になる。先生がいつもおっしゃっていた「好き」っていうのはこういうことなのかと思った。

2011/12/06 欲の人・一生懸命の人


 欲の人と一生懸命の人の違い。
 欲の人は”どうしても、今、手に入れようとする。”
 一生懸命な人は、”今やることをやる。だから先がある。”
 と、先生がおっしゃっていた。
 よく、先生はやるだけやったときは神様が決めてくれるとおっしゃる。いつも、私はその本当の意味が理解できなかった。途中で不安になってしまうのは、私の頭の中に途中から欲が生まれてしまっていたからだということに気づいた。やるだけやるというのは、目の前にあるものをひとつひとつ納得する形に仕上げることだと思った。私は理由をつけて逃げてしまう。だから、いつも何にも形にならない。形がないから、達成感もなく、土台も築けないし、次へ進む踏み台もない。

2011/12/05 賢い人・馬鹿な人


 コミュニケーションは自分がやった行動をどう見られるかを学ぶことと先生がおっしゃっていた。自分の姿を自分では見ることができない。賢い人は、自分の姿を人に聞くいう。注意された時や、不快に思うことを不快だと言ってもらえることは、自分の気づかないことを教えてもらえるチャンスなのに、つい、言い訳をしてしまう。その言い訳が、自分ではよく見せようとしているかもしれないけれど、相手にとって嫌になる原因であることに気づかない。私は、ついむきになってしまうけれど、大事な人であるなら、絶対に見えない自分の姿を聞こうと思った。先生は、賢いと馬鹿の違いは知識ではないという。

2011/12/04 聞くマナー


 教えてもらう時は、100%無垢で聞くこと。そして、「教えてください」と言えることが最大限の謝礼でありマナーと先生がおっしゃっていた。先生は、その相手が私であっても、小さな子どもであっても真剣に聞いてくださる。私は、誰かに聞くとき、つい知ったかぶりをしてしまったり、その「教えてください」という言葉を言うことが出来ない。これからは、聞くときのマナーを必ず忘れないように意識しようと思った。

2011/12/03 夜、ぐっすり眠るためには・・・


 「あれもしなければいけない、これもやらなきゃいけない」と義務を感じるとやる気がなくなってしまう。でも、「夜、ぐっすり眠るためには・・・」を考えると自然と意欲がわいてくる。”今やるか”、”やらないで眠れないか”の2択は、単純明瞭で、先生が教えてくださったとっておきの方法。
 先生は、仕事は頭と身体を使うこととおっしゃる。その仕事をしたとき、人はぐっすり眠れる。心ばかり働かせていても夜は眠れないという。一日のうちに、頭と身体を使うと思うと、その日のスケジュールを考えている自分がいる。同じ1日がちょっとした発想の転換でまったく違う1日になる。

2011/12/02 階級


 マルクスの『階級』の話を大原先生がしてくださった。「階級社会のどの位置にいるかによって見えるものが違ってくる」。悪口を言う人の周りには悪口を言う人しかいない、だますグループにはだます人しかいない。つまり、階級によって人生が決まる。同じことを見ても、見え方が違う、見ていても、見ていない、通り過ぎてしまうのは悔しい。私は、今見えない世界を見えるようになりたい。だからこそ、悪口は、悪口を言ったとしてもそれを意識する確信犯でありたい。まずは自分を知ることからはじめたい。

2011/12/01 お母さん


 ”子どものため”ではなくって、”お母さんが好きだから頑張ってくれたんだね”と先生は言う。
 そんなとき、口唇欲求を満たしてくれたら、子どもはもっと頑張ろうと思うと先生は教えてくださる。その会話は、プライドとか世間体ではなくって、本当にお母さんと子どもの心の会話だった。

2011/11/30 生きる意味


 もし、自分のことを心から思ってくれた人がいると分かったなら、憎しみも怒りも恐れや恐怖、不安も全部消えてしまうことを知った。苦しさはあるとしても、エネルギーが大きく大きくなる。自分が大事に思える。そして、いつか必ず本当に喜ぶ姿をまた見たいと思う。

2011/11/29 先生の準備


 準備をすることで、自分の意識が変わる。その意識が自分の顔を作ってくれる。
 先生が教えてくださる準備は、自分の頭も心も整理できる。そして、自分の弱点、もしこうなってしまったらの対応策も教えてくださる。だから、しっかりと、自分の足で立っている(現実を見ている)。準備がなければ、風に押されるような気にもなるし、誰もいないところで波に流されている気もしてしまう。

2011/11/28 悪いことはいいこと


 起きたことは必ずいいことと先生はおっしゃる。悪いことは自分に何かを教えてくれる。悪いことがなければ、ずっと気づかずに直さない。だから、長い目で見れば絶対いいことだと学んだ。
 だから、悪いことが起きたとき、たまたまだからとか、しょうがないと逃げるんではなく、自分と向き合って考えるチャンスなんだと思った。

2011/11/27 迎合


 何かを褒めてもらったとき、恥ずかしいから迎合するのはターゲットを間違っていると先生がおっしゃった。
 私は、大事なものを大事にしていなかった。一番、大事なものを大事にしていれば、迎合することはない。本当のありがとうを言うことが出来るし、本当のごめんなさいも言うことができる。いつも、この部分を間違える。あやふやにしてしまう。

2011/11/26 真実を見るには


 子どもを見るというのは、どういうことか。先生がお話してくださった。見るというのは、変化を見る。瞬間だけを見るのは、見るではない。変化の中で、いつもと違うと思ったとき、そこから、流れを見ると、真実が分かる。今日のことは目に見えることだけれど、例えば3日前からの変化は目に見えない。何でも、目に見えない部分に真実があるとおっしゃっていた。
 よく、先生はそれは感情で言ってると私の心を見抜く。感情だと分かるのは、その一瞬の部分だけを見て、あの人にこうされたとか、あの人が悪いと言ってしまうから。流れを見れば、感情ではなくなる。対処や準備が出来ることを学んだ。

2011/11/25 見えない部分


 先生が、枯れそうになった木の枝の部分を握って、「お願いね。これから、必ず毎日お水をあげるから。ごめんね。」と言っていた。その後、きれいな水でぬらしたふきんで一枚一枚、残っている葉を拭いていた。すると、この間、確かに、ほぼ死んでいるように見えた木から、小さな、本当に小さな芽が出てきていた。先生は、木の芽を見て、私は自信をもらえるとこんな話をしてくださった。
 木でも、心が通じる。心を返してくれる。念じると必ず通じるものだと。
 自信は、人から褒められることではなく、自分が感じるもの。人は、見えないものを安易にしてしまうけれど、見えるものほど軽いものはない。見えない部分を自分の中でやったというものがあるとき、人は強くなれるという。
 先生は、幼児クラスで使うどんぐりなどの実をひとつひとつ、磨いていた。女性セミナーや講習会のときに出してくださるスプーンやフォークナイフも、ひとつひとつ磨いているのを見たことがある。後から、聞いた話だけれど、受験週間は、1番神聖な朝5時に、水をかぶるとおっしゃっていた。私にはない先生の感覚。この部分を身につけたい。見えない心が分かる人になりたい。

2011/11/24 とぼけること


 だますにも2つある。ひとつは確信犯。例えば100円のものを2000円で売ること。
 もうひとつは、自分の心をもだます。相手を巻き込む(責任転嫁)。このだますには、証拠が1つもない。「あなたがそういうなら、そうです。」という。相手を見て、真剣になってくれる人と分かっているからこそ、演技やとぼけることで、だましてしまう。先生は、人間関係において一番やってはいけないのは、この心をだますことだとおっしゃっていた。
 どんなことがあってもとぼけてはいけない。私は、まわりの目を気にして、とぼけてしまうことがよくあった。どうすればいいのか対応は思いつかなくっても、そのことだけを、どうすればいいか考えていたとき、先生は話をしてくださった。自分を大事にすることは、ことが起きてしまったとき、どう生きるかだと学んだ。

2011/11/23 価値


 先生とお話させていただいたとき、先生が、あなたは価値を知っていると言ってくださった。生きる喜びは価値(自分が本当に求めているものや愛)が分かることだという。
 私の瞬発的なエネルギーはここからくるんだと思った。私は、確かに、自分ひとりで最高の幸せを感じる瞬間を知っているし、永遠に感じるような安らぎも知っている。それは、ポケットに100円しか持ってなくたって出来ること。そんな私の話を先生が真剣に聞いてくださるから、嬉しかった。急に、特別な、とっておきのことのように思えた。

2011/11/22 多目的に考える


 どんなことでも多目的に考えることを学んだ。ひとつひとつの節目の部分を私は形だけ済ませてしまおうとすることがよくある。でも、その状況でしか学ぶことが出来ないこともあると先生はいう。多目的に考えると、自分の役割を考え準備をする。準備にはイメージや服装も含まれる。そして、最大限、自分が出来ることを考えたとき、はじめて体験になるとおっしゃっていた。そのとき、その環境でしか学ぶことの出来ないチャンスを逃していたんだと思うと、避けたかった事だって楽しみになるから不思議だった。

2011/11/21 今日がスタート


 朝と夜で人の心は違う。心次第で、人生、明日は分からない。と先生が教えてくださった。過去を引きずって生きていると、こんな自分だから無理だと思ってしまう。まわりもそう思っている。
 先生はこんな話もしてくださった。「今日がスタートだとしたら・・・。」スタートに他の人と比較はない。スタートにだめな自分なんかない。いつも、今日の自分を信じて、目の前のことに向き合いたい。今日の自分を信じるために、ひとつのことを続けたい。

2011/11/20 「どうしよう」と思ったとき


 「どうしよう」と思った時は動かずにみること。先生のこの言葉が一番、印象的だった。相手にどう思われるかではなく、相手が必要としているものは何かをみる。自分の位置、立場、役割を見つけること。私は、言われたことしかしないか、もしくは、売りこみをしてしまう。そんな自分だから、今日学んだ”みること”を絶対に忘れないようにしようと思った。


≪総集編≫
  • 問題の原因は自分だった
  • 心を自由に解き放てば優しくなれる!
  • 落ち込みの原因は愛されないという孤独感
  • 愛されている幸せ
  • 先生との20年 記憶に残った学習
  • 心の叫び
  • 見方を変えればこの世はすべてダイヤモンド




  • ≪大原式 年齢別カリキュラム≫
    4歳5歳6歳7歳8歳9歳10歳11歳14歳16歳17歳

    ≪大原敬子先生 出演・出版情報≫
    出演情報著書一覧教育子育て人間関係自己啓発恋愛論翻訳本その他

    ≪大原敬子幼児教室(大原とめ研究会・遊育会)≫
    教室・講座・セミナーについて幼児教室基本形態幼児教室の宝幼児教室の写真
    【大原式】小中学受験 勉強法【中高一貫受験】リテラシー教育秀才児はこうして育てられた
    立体思考をつよくする幼児の工作算数が好きになる教室女性セミナー乳幼児の母親講座・相談室

    ≪幼児教育に関するコンテンツ≫
    大原敬子先生による連載幼児の心の窓を理解する大原とめの子育て100の提言
    言葉で子どもを傷つける親−愛し方をわかっていれば……。【大原式】子育てストレス解消法

    ≪人間関係(家族・親子)・悩み・心理に関するコンテンツ≫
    大原とめの人生を生き抜く100年の知恵生まれ変わる道家族問題研究会【大原式】介護ストレス解消法
    人間関係・親子言葉はことだま(続)心が軽くなるおまじないワールド
    悩みを喜びにかえるDUCKMAMからの愛のおくりものひとことアドバイス総集編

    ≪生活・料理に関するコンテンツ≫
    お洒落の演出なぜか人に好かれる77の習慣
    女性セミナーのレシピ講習会のお料理幸せをつかむ世界のハーブ料理

    ≪Amenity Communication Group 制作ページ≫
    生まれ変わった道 〜私と大原先生の思いで日記〜難解ではなかった東大の学習法
    人生相談 大原敬子先生と共に…。本当の自分を見つけるまでの記録
    1日1日の人生の色心の整理JAPAN LADIES CLUB

    ≪大原敬子公式ホームページ 製作者より≫
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